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シスコン次男の決断  作者: さき太
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終章

 「とくちゃん。わたしはあなたと添うことはできない。ここでお別れしよう。」

 沙依に真っすぐ見つめられながらそう言われ、道徳は息を飲んだ。何か言葉を紡ごうとして、それを沙依に遮られる。

 「とくちゃんだって解ってるでしょ?とくちゃんは優しいから。小さい頃のわたしがとくちゃんに頼りきりだったから、わたしの傍にいてあげなきゃいけないって、わたしを守ってあげなきゃいけないって責任感を感じて一緒にいてくれただけだったんだよ。」

 そう言われて道徳はとっさに違うと答えていた。

 「俺はお前が好きだ。そんな責任感とかじゃなくて、本当にお前のことが好きなんだ。」

 そう言う道徳に沙依は笑い掛けた。

 「本当にそうだったかもしれない。でも、とくちゃん。今はどう?もうわたしのこと前みたいに好きじゃないでしょ?わたしにドキドキする?わたしに触れたいって、わたしのこと抱きしめたいって思う?」

 真っすぐ自分の目を見つめながらそう言われて道徳は動揺した。沙依の言っていることは図星だった。この試練を始める前のような気持ちを道徳はもう持ってはいなかった。あんなに愛おしく思って、どうしようもないくらい強く彼女を求めていたのに。彼女の身も心も全て自分独りの物にしてしまいたいと思っていたのに。そんな気持ちを彼女にもう感じることはできなかった。今の道徳にあるのは、以前自分がそれほどにまで強く彼女を求めていたという記憶だけ。いくら彼女に見つめられても、彼女を見つめてみても、以前のような感情は湧き出てはこなかった。

 「わたしはずっとドキドキしてたよ。ずっと触れたいって思ってたよ。とくちゃんの事考えると落ち着かなくて、どうしようもなくなって、苦しくなったよ。昔もそうだった。昔は自分の気持ちに気が付いたときには、自分はあなたと一緒になれないと思ってたから、その気持ちを押し殺してた。一緒になれてからも、ずっとあなたからの気持ちが大きくて、それに戸惑って、うまく自分の気持ちが表現できなくて、でもいつだってわたしはあなたの事考えてた。ずっと好きだった。本当に好きだったよ。」

 そう言うと沙依は満面の笑みを道徳に向けた。

 「とくちゃん。今までずっと一緒にいてくれてありがとう。さようなら。」

 そう別れを告げる沙依に道徳はもうなにも言うことができなかった。自分も好きだった。本当に好きだった。でも、それはもう過去のことだった。何でもうあんな風に彼女を想うことができないんだろう。あんなに大切だったのに。あんなに一緒にいたいと思っていたのに。まるでその感情だけがすっぽりと自分から抜け落ちてしまったようで、もう自分がそういう想いを彼女に抱くことができないという喪失感だけが道徳の中にあった。

 去って行く沙依の後姿を見送って道徳は心の中で呟いた。俺もお前が好きだった。もうそれを感じることができなくても、お前を好きになれたことは幸せなことだった。沙依の後姿が見えなくなると、道徳の頬を一筋の涙がつたった。


 「お前、あいつから恋愛感情奪っちまったのか?」

 成得にそう問われて高英は首を横に振った。

 「二人の仲が良かった記憶を奪った際に、俺があいつの身体を借りた形跡も消させてもらった。二人に記憶を返す際にそれだけ戻さなかっただけだ。」

 それを聞いて成得は道徳に思いを馳せた。結局、やっぱりあいつの沙依への感情は高英の物だったってことか。自分が感じることのできない他人の感情を自分のものだと勘違しつづけるとはどういう感覚だったんだろうか。そんなことを考えて、成得は少しだけ道徳を憐れに感じた。でも、事故のようなものだったとはいえ勝手に植え付けられた他人の感情を自分の中で消化するなんて出来る訳がないんだから、きっとこれで良かったんだろうと思う。

 「全部終わったけどどうすんの?今から沙依に告白しに行く?」

 いつもの薄ら笑いを浮かべてそう言う成得に、高英は一瞥をくれた。

 「帰る。」

 それだけ言って高英が背を向けた。

 「沙依を実家に連れて帰らなくていいの?あいつ今俺と寄宿舎で二人暮らしだよ?あいつに下心がある俺と二人にしといていいの?傷心のあいつにつけこんで俺なにしでかすか解んないよ?抜け駆けして沙依の事奪っちゃうかもよ?」

 そう言う成得に高英は、好きにしろと言って去って行った。好きにしろって、本当に好きにしたら怒るくせに。そんなことを考えて成得はため息を吐いた。

 「じゃあ、俺も帰るかね。」

 そう呟いて成得も帰路についた。

 あっという間の三年間だった。三年なんて寿命のないターチェにとっては瞬きをするようなほど一瞬の出来事だったが、そのほんのひと時の間に本当に色々あったと思う。この三年で自分は変わった。色々と変わった。俺はもう自分の気持ちから逃げないよ。そんなことを考えて成得は寄宿舎の扉を開けた。

 「あ、ナルおかえり。」

 沙依が笑顔で出迎えてくれる。

 「思ったより元気そうだな。もっと落ち込んでるかと思った。」

 そう言う成得に沙依は笑った。

 「自分で決めたことだもん。覚悟はできてたからね。失恋ならもうとっくにしてたし。でも、やっぱ辛いかな。うん、辛いや。でも大丈夫だよ。」

 そう言う沙依の頭を成得はぽんぽんと撫でた。

 「正直さ。お前はあいつと一緒になる事選ぶんじゃないかと俺は思ってた。お前、本気であいつの事が好きだったろ?」

 成得のその言葉を聞いて沙依は遠くを見た。

 「そうだね。好きだったよ。でも好きだからこそさ、自分に気持ちがないの解ってるのに一緒になれないよ。唯の儀なんてしちゃったら、自分に気持ちのない人を一生自分に縛りつけることになるんだよ?そんなことしたら辛いだけじゃん。」

 そう言う沙依に成得は純粋に疑問をぶつけた。

 「相手が自分に気持ちがなかったとしてもさ、一緒になりたいって思ったりしないの?気持ちは薄れてたかもしれないけどあいつだってそれを望んでただろ?なら縛ったもん勝ちじゃね?」

 それを聞いて沙依は、わたしはそうは思わないと答えた。

 「さっき言ったことさ、言い方を変えるよ。自分に気持ちがない人を自分に縛るのが嫌なんじゃなくて、自分に気持ちがない人に自分が縛られるのが嫌なんだよ。」

 そう言うと沙依は伸びをした。

 「世の中には好きな人といられるだけで幸せっていう人がいるのも知ってるけどさ、わたしはそういうタイプじゃない。わたしは一緒になるなら想い合える人がいい。自分に気持ちのない人なんて嫌。」

 そう言って沙依は笑った。

 「それにさ、とくちゃんとわたしは相性が悪かったんだよ。付き合ってた時だって上手くいってたとは言えなかったし。とくちゃんにはさ、わたしみたいなのじゃなくてか弱くて守ってあげなきゃいけないようなそんな娘の方がきっと合ってる。」

 そう言う沙依を見て成得はため息を吐いた。

 「ほら、強がんな。愚痴ならいくらでも聞いてやるからさ、我慢しないで吐いちまえ。酒でも飲むか?今日だけはいくらでも付き合ってやるぞ。もらいもんだけど甘ったるい酒もあるぞ。ちょっと飲んじゃったけど。」

 成得がそう言うと沙依は、飲むと答えた。今日は飲める気がする。そんなことを言っている沙依にコップを渡して酒を注ぐ。それをちびちび飲みながら愚痴る沙依を横目に成得も酒を煽った。どうせさ。わたしなんてさ。好きで強くなったんじゃないもん。とくちゃんがわたしより弱いのがいけないんだ。そんなことをグチグチ言っている沙依に成得は話し掛けた。

 「お前が案外コンプレックスの塊なのは解ったけどさ、気にすることないぞ。お前は充分かわいい。めちゃくちゃかわいい。俺はお前の事好きだからな。末姫ちゃんだった頃からずっと俺はお前が好きだよ。」

 そう言う成得に沙依がありがとうと言って抱き着いてきて、成得は頭の中が真っ白になった。

 「お前、もしかしてもう酔ってんの?まだコップ一杯も飲んでないよね?ってか顔に全く出てないけど。」

 そう焦る成得をしり目に、沙依は胡坐をかいている成得の膝を勝手に枕にしてくつろぎ始めた。いや、ちょっと待って。この体勢はやばいから。せめてむこう向いて。そんな成得の心の叫びを無視して、沙依はそのまま寝息を立て始めてしまった。その様子を見て成得は深くため息を吐いた。楓が酒を渡してきたのはこういう事かと妙に納得している自分がいた。自分の膝で心地よさそうに寝息を立てている沙依の頬を撫でて、成得は困ったように笑った。

 「本当さ、俺お前のことが大好きだよ。だからさ、あんまりそうやって信頼されても困るぞ。俺はもうお前の兄ちゃんじゃないんだからさ。」

 お兄ちゃんじゃないから、もう我慢する必要なんてないんだからさ。成得は思う。自覚してから色々と考えてみた。自分がいつから沙依に惹かれていたのか、そんなことは解らなかった。でも、ずっと昔から沙依のことが好きだった。それこそ本当に末姫だった頃から。姉はきっと第六感で次郎が末姫にそういう想いを抱いていることを感じていた。だからあんなに次郎のことを拒絶した。次郎も本当は気が付いていた。色々と言い訳をして誤魔化し続けていたが、だんだん大人に近づいて行く末姫を見て、このまま大人になってしまったら自分の想いが抑えられなくなりそうな気がして、兄でいられなくなりそうな気がして、だから離れた。近づいちゃいけないと思った。きっとそんな次郎の気持ちを柚香も気が付いていた。女の勘ってすごいなと成得は思う。

 なぁ柚香。お前は本当にそれで幸せだったのか?本当はお前だって次郎に心から好いてもらいたかったんじゃないのか?一緒になるわけにはいかない誰かの代わりなんかじゃなくてさ、真っ直ぐ自分のことを見てほしかったんじゃないのか?本当に真っすぐ自分を想い続けてくれた、そんなお前の気持ちにちゃんと向き合ってやれなくて悪かった。ずっと思い出さなくて悪かった。忘れてて悪かった。でも、俺もう逃げないよ。これからはちゃんと自分の気持ちにも、人の気持ちにも向き合うようにしていくから。本当に、こんなどうしようもない自分を心から慕ってくれて、ずっと支えてくれてありがとう。お前の最後の願い、これからはちゃんとかなえるから。本当にどうしようもない次郎のことを、心から慕ってくれた女がいたって事、もう二度と忘れないよ。


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