第二章
机に突っ伏して沙依が眠っていた。近づいて肩をゆする。むにゃむにゃ何か言い返してくるが、何を言っているのか解らない。そのまままた眠ってしまいそうな沙依を見て、子供じゃないんだからと成得は呆れた気持ちになった。しかたがないから部屋に連れていこうと抱きかかえた沙依の身体がいつもより小さく感じて、成得は不思議に思った。沙依ってこんなに小さかったっけ?最近どっかで同じようなことを思った気がするがどこでだったか忘れてしまった。そんなもやもやした思いを抱きつつ、成得は沙依を彼女の部屋に連れて行った。
沙依を布団に横にして一息つく。心地よさそうに寝息を立てる姿を見るとため息が出てくる。本当さ、子供じゃないんだから。そんなことを考えながら、沙依の頬にかかった髪を避けそっと彼女に触れてみた。本当に子供のように安心しきって眠る顔を見て胸が苦しくなる。触れた頬をそっと撫でながら成得は自分は何をしてるんだろう、と思って辛くなった。彼女の髪が、まつげが、鼻が、彼女を造形する全てが愛おしく感じる。視界に映るその唇に触れたいと思って、手で触れそうになって、その手をそっと下げた。本当、何を考えてるんだろう。こんなのさ、ダメに決まってるだろ。そう思って逸らした視線の先に彼女の細い首が見えて、襟の間から彼女の鎖骨が、白い肌が垣間見えて…。
「それ以上はダメだから‼」
そう叫んで成得は飛び起きた。
また夢か。いや、夢で良かったけどさ。なんなの本当。やめて。自分にそういう願望があることは認めるから。お願いだからそういう夢見るのやめて、まじで。同じ寄宿舎内に住んでんの。気まずい通り越して、もうどんな顔して会えばいいか解んないじゃん。
「本当、もうヤダ。」
そう呟いて成得はうなだれた。さっき見た夢を思い出して布団に顔を埋める。しばらくそのままでいて、成得はあることに気が付いた。そう言えばあの夢の場所って青木家じゃね?よく考えると前の夢も青木家だった気がする。もしかしてあの夢って…。そんなことを考えて成得は天井を仰ぎ見た。そう考えると辻褄が合う気がする。原因は解らないけどなんか絶対そうな気がしてきた。そう考えるとさっきまでのもやもやが消えて怒りがこみ上げてきた。俺のこれは全部お前のせいか。そんなことを考えてイライラしながら成得は布団から出て支度をした。
成得が食堂に行くと磁生と沙依がいた。雑談していた二人が成得に気が付いて怪訝そうな顔をする。
「ひでぇ顔してんな。どうかしたのか?」
そう言う磁生に、なんでもない、と不機嫌そうに答え、
「なんか朝から機嫌が悪そうだけどどうかしたの?」
沙依にそう訊かれて成得はそっぽを向いて、なんでもないと答えた。夢のせいで沙依の顔がまともに見られない。でもそれも今日でお終いにしてやる。そんなことを考えながら成得は簡単に朝食を作ってかきこむと寄宿舎を後にした。
○ ○
「高英いるか?このむっつりが、いい加減にしろ。」
そう言って勢いよく扉を開けて入ってきた成得を確認して、高英は怪訝そうな顔をした。
「ここ最近見る夢、お前のだろ。願望だか記憶だか知らねぇけどまじでやめて。お前がむっつりだってことはよく解ったから。お前が沙依にどういう事したいのかよく分かったから、人にんなもん見せてくんじゃねぇ。」
そう責められて高英は成得の記憶を覗き見て頭を押さえた。そんな高英の様子を見て、やっぱりお前のだったか、と成得は呟いた。どうりで夢の中の沙依が小さい訳だよ。俺よりお前の方がだいぶ背が高いもんな。どうせ俺はチビだよ。そんな関係のない悪態まで心の中で吐いて、成得は大きくため息を吐いた。
「沙依から実家出てきた経緯聞いてお前がそういう選択したのは解ってたけどさ。能力が制御できないで無意識に頭ん中が人に流れるくらい想いが抑えられないなら、ぐだぐだ気持ち悪いストーカーちっくな事してないで、はっきりすればいいだろ。さっさと沙依に告白でもなんでもしてすっきりして来いよ。」
そう言われて高英はしばらく黙り込んで、お前にだけは言われたくない、と呟いた。その瞬間二人は高英の作った精神世界へ移っていた。
「勝手な事言いやがって、お前には言われたくないんだよ。それに制御できてないんじゃなくて、それはお前んとこの副隊長の仕業だ。俺のせいにするな。」
珍しく感情的な高英の勢いに飲まれ、成得は思わずごめんなさいと呟いた。
「今調べたら楓に思考ジャックされてお前らの寄宿舎に拡散されてた。怒るならそっちに言ってくれ。」
そう言って普段の仏頂面をさらに酷くしている高英を見て成得は背筋に冷たいものが走った。やばい。相当怒ってる。どうしよう。
「いや、悪かった。本当ごめん。よく調べもせずに怒鳴り込んでまじで悪かった。」
そう言う成得を一瞥して高英は深くため息を吐いた。
「確かに俺は沙依とそういう関係になりたいと思っている自分を受けいれた。いずれは本人に伝えるつもりでいる。でも、お前が始めたゲームが終わるまでは何もするつもりはない。」
そう言って高英は成得を見た。
「お前の始めたゲームに俺も加担してるしな。二人の結末をちゃんと見届けるまでは何もすべきでないと思っている。そう思っているが、沙依が傍にいると抑えきれなくなりそうな自分がいて、お前の見た通りだ。まったく情けない話だと思うが。」
そう言って高英は目を伏せた。
「正直言うと怖いんだ。自分の想いが沙依に受け入れられないことがじゃない。受け入れられなかった場合、自分が力を使って沙依を操ってまで自分の物にしようとしてしまうんじゃないかってことがだ。そして、受け入れられたとしてもそれは無意識に自分が力を使って沙依に強制した結果じゃないかって、そんなバカなことを考えて怖くなる。そんなことばかり考えてどうしようもなくなる。だからそんな自分の気持ちに整理をつけるためにも時間が必要だとも考えているし、それができてから時期を見て沙依には気持ちを伝えようと思っている。」
沙依が俺を男として見てないってことを嫌ってほど理解してるからな。話しの終わりに高英はそう呟いた。それを聞いて成得は、あぁ、そうね、と思った。そもそも沙依が男と認識する基準が解らない。
「まぁ、俺はこんな風に考えているわけだが。言いたい放題言ってくれたお前はどうなんだ?あんな風に俺に喧嘩を売っておいて、まさか俺が何も解ってないなんて思ってないよな。」
そう冷たい視線を向けられて成得は背筋が凍った。
「いや、すみません。本当にごめんなさい。俺が悪かったから。全面的に俺が悪いの認めるから。本当、許して。」
そう謝り倒す成得を高英はじっと見つめ続けた。結局、刺すような高英の視線に耐えられなくなって成得は両手を挙げて降参のポーズをした。手を下ろすと、成得は背筋を伸ばして高英の視線を正面から受け止め、いつもの薄ら笑いを浮かべた。
「どうせお前に嘘ついたって仕方がないからな。それに、俺が吐くまで帰してくれないだろ?」
そう言って成得は一つため息を吐いた。
「俺も沙依の事が好きだよ。どうしようもないくらい大好きだよ。本当、どこにも行かないで俺の傍にいてほしいって思ってる。俺の事支えてほしいし、あいつの事全部受け止めてやりたいって思ってるよ。その感情が妹だからじゃなくて、あいつの事女として好きだからだって気づいちまったよ。気付きたくなかったけど、気付いちまった。」
成得は静かにそう言って真っすぐ高英を見た。
「でも俺は沙依にそれを伝える気はない。自分にも今まで通り俺の好きはあいつの好きと同じでそれ以上の意味はないって思い込ませるつもりだ。」
そう、この想いを、感情を、もう切り捨てることはできない。無自覚の内に踏み込み過ぎてもう自分が後戻りできないところにいることはよく解ってる。ならすり替えて暈せばいい、それだけのことだ。そう成得は考えていた。
気が付くと成得は元の場所に戻っていた。
「お前のことはお前が決めることだ、好きにすればいい。」
それだけ言って高英は沈黙した。そんな高英を見て成得は心の中でため息を吐いた。用が済んだならとっとと帰れって事ね。そう考え成得は部屋を出て行った。
○ ○
成得は情報司令部隊の詰め所で楓を捕まえて問い詰めていた。
「もうバレてしまいましたか。もう少し楽しめるかと思っていたのですが、残念です。」
いつも通りの無表情に無感情な声で楓にそう言われ成得はうなだれた。
「確かにわたし達が青木沙依に接触しないという条件はありましたが、青木沙依になにも工作をしてはいけないという条件はありませんでしたよね?丁度いいところに司令官がわたしでも捉えられるぐらいはっきり青木沙依に懸想していたので利用させてもらいました。しかしバレてしまった以上、この作戦はこれ以上の遂行不可ですね。わたし程度の力ではあの人に太刀打ちできませんし。」
そう言って楓は訓練の中間報告書を渡してきた。それに目を通して成得は頭が痛くなった。確かに楓は思念系の能力者だが、人相手には表層意識を読み取る程度のことしかできなかったはずだ。コンピューターが発展した現在、彼女の能力が機械相手ならとても有効に活用できることは知っていたが、人の思念を利用してこんなに器用なことができる様になっていたなんて成得は知らなかった。
「有効な手段でしょ?青木沙依に懸想している司令官の感情派を拡散することで、受け取った者がそれを自分の感情と勘違いしてしまう。いわば対象が青木沙依限定の惚れ薬のようなものです。拡散する場所を寄宿舎に限定したのは一応配慮のつもりだったのですが。隊長が言っていたんじゃないですか、彼女を普通に大切にしそうな男だったら交際を許せるって。確か磁生もその候補の中に入っていましたよね?」
しれっとそう言ってくる楓を見て成得はため息を吐いた。絶対、それ俺への嫌がらせだよね。高英巻き込むとかさ、そんな工作ができたことも驚きだけど、手が込み過ぎでしょ。
「それにしても、対象である磁生よりあなたの方が強く影響が出たみたいですね。司令官のところに怒鳴り込むくらいですもんね。あんな思春期みたいな感情派にやられて感化するなんて、これだからまともに恋愛経験のない人はダメですね。」
そう言われて反論しようとした成得に楓が追い打ちをかけた。
「経験人数は恋愛経験に換算しませんよ。彼女いない歴=年齢の未婚男性に反論の余地はないと思いますが。好意寄せられてもまともに向き合ったこともないくせに。」
そう言われて成得は言葉に詰まった。
「ちなみにわたしはそれなりに経験して今の状態で落ち着きました。わたしにだって誰かを想って心ときめかせるかわいい時代があったんですよ。それがこんな風になったのはどうしてですかね?大昔の話ですが、わたしが自分に恋してたの知ってたくせにまともに向き合ってくれずにちゃんと失恋さえさせてくれなかった人がいた気がしますが、それはどこの誰でしたっけ?その人そうやって何人の女泣かしてきたんだか分からないですよね。まったく本当に酷い男ですよね。」
さらなる追い打ちを掛けられたうえに、他の隊員からは軽蔑や好奇心丸出しの視線を向けられて成得はいたたまれない気持ちになった。これ何の嫌がらせ?初めて会った時から殺意ならいくらでも向けられた記憶はあるけど、楓ちゃんからそういう好意向けられてたとか感じたことないよ。依存的な意味での独占欲みたいなのは向けられてそれを流して殺されかけた記憶はあるけどさ、あれは恋じゃないよね?どうせ突っ込んだら、誰もあなたのことだなんて言ってないですよ、自意識過剰ですか気持ち悪い、とか言ってくるんでしょ?本当、やめてよ。
「楓ちゃん。俺、楓ちゃん怒らせるようななんかした?」
そう言う成得に楓は、別にしてませんよ、と答えた。
「そうですね。三か月も仕事さぼって帰ってきたどっかの誰かさんの仕事の処理速度が酷く落ちていて、しわ寄せがきて迷惑してるとかそんなこと全然ないですよ。ついでに言うと、どっかの誰かさんが苦悩する姿見て鬱憤晴らしてるとかそんなこと全くありませんよ。いっそ再起不能なところまで落ちてしまえばいいのに、とかそんなこと微塵も思ってないですよ。」
いつもの調子で放たれる楓の言葉を聞いて成得は、あぁ、うん解った、と力なく言った。本当悪かったよ。ちゃんと仕事すればいいんでしょ。ちゃんとやりますよ。真面目に仕事しますよ。本当に通常運転で仕事するからさ、これ以上嫌がらせするのやめて。ってか、嫌がらせされなければ通常運転で普通に処理できるのに、仕事がはかどらないの嫌がらせのせいだからね。このまま嫌がらせ続けられたら俺まじで耐えられないから。そんなことを考えながら成得は業務に入った。
○ ○
「うげっ、何で美咲がここにいんの?」
ある非番の日、成得はちょっと出かけて寄宿舎に戻ったそこに美咲の姿を確認して思わずそう口に出していた。
「人見てその反応っていったいどうゆう事?」
そう言って美咲に嫌悪に満ちた視線を向けられて成得は反射的にごめんなさいと言っていた。もうその目とかさ、完全に姉貴そのものじゃん。姉貴の生まれ変わりってだけで春李の事もちょっと苦手意識あったけど、お前の場合完全に姉貴の記憶持ってるじゃん。無理。まじで。受け入れられない。そんなことを考えて成得はこの場から逃げたい気持ちになった。
「わたしは一姫じゃないし、あなたも次郎じゃない。そういう反応されると傷つくからやめて。あなたの噂話は知ってるけど、実際のあなたの事はわたしよく知らないし、あなただってわたしのことよく知らないでしょ?」
真剣な瞳で美咲にそう言われて成得は心から謝った。そんな成得に美咲は、解ってくれればいいんだと笑顔を向けた。その笑顔を見ると、やっぱり姉貴とは違うなと思って成得は少し罪悪感が湧いた。
「本当に悪かったよ。お前も知ってる通り俺と姉貴は本当に相性が悪かったからさ、散々怒鳴られて殴られてたし、もう反射でさ。記憶なかった頃も、お前の前の姉貴の生まれ変わりだった山邊春李な。あいつのことも苦手意識が強くて避けてたんだ。それくらい姉貴に対する苦手意識が魂レベルで染みついてんの。バカみたいだろ?でも本当にそんなレベルで苦手でさ。すぐには直んないかもしれないけどお前に姉貴見ないように努力するよ。」
そう言って成得は美咲の頭を撫でた。
「気やすく人の頭を撫でないで。」
そう言いつつ美咲は少し打ち解けたように微笑んだ。そして少し何かを考えるそぶりをして口を開いた。
「一姫は後悔してた。次郎に酷いこと言ったって。自分のせいで次郎が家族から距離を置いて戻ってこれなくなったって。あの時の次郎の酷く傷付いた顔が、家を去ってった後ろ姿が頭から離れなくて、ずっと後悔してた。」
それを聞いて成得は驚いた顔をした。
「信じられないかもしれないけど、一姫は次郎を嫌ってた訳じゃないんだよ。なんだかんだ言ってもいざという時には頼りになるって思って信頼してた。なのに、何故か末姫に近づけさせちゃいけないっていつも頭の中で警鐘がなってて、いつも過剰反応して、怒鳴って殴って、酷いことばかり言ってた。自分でもそんな自分が理解できなくて止められなくて、それでもいつも次郎は飄々としてたから、それでもいいやって甘えてた。普段からそうやって次郎には暴言吐いてもいいって、何したっていいって、酷いこと続けてたから、あの時あんなこと言ってしまったんだって後悔してた。本当は自分が腹をくくれなくて嫁いでいくことに二の足踏んで一歩が踏み出せなくて色々言い訳してただけなのに、全部次郎のせいにした。あんな酷いこと言って、弟をどうしようもないくらい傷つけて、そのくせ謝りにも行けなくて、ただ後悔し続けてた。せめて約束は守ろうと毎日実家に通ってたけど、結局、父様の異変に気付いてても、父様の狂気が他に向くのが怖くて末姫を人身御供に差し出して何もしなかった。そしてあんなことになった。いざという時に自分がいつも二の足を踏んで何もできないから悪いんだって、どうしようもないくらい後悔した。そうなって、そこまでどうしようもない状況になってようやく腹をくくることができて、兄様が姉弟を皆殺しにしようとしてるって解った時、兄様を殺してでも止めようとしたけど、せめて次郎と三郎だけでも守りたかったけど、結局は兄様を止められなくて誰も守れなかった。」
美咲はそう独白し成得をまっすぐ見つめた。
「わたしは一姫じゃないけど、一姫の代わりに謝らせて。ごめんね、次郎。」
それを聞いて成得は軽く微笑むと、ありがとうと呟いた。
「お前の中の姉貴にさ、気にしなくていいって伝えといて。俺もさ、家を出るべきだと思ったんだ。姉貴に言われたことはもっともだって。俺は出て行くべきだって思ったから出て行ったんだ。俺が帰らなかったのは俺が逃げてただけでさ、姉貴のせいじゃないって、伝えといて。末姫のことだって、俺も気づいてたけど何もしなくてああなったんだ。姉貴だけのせいじゃないからって、そう言っといて。」
それを聞いて美咲は、意味が解らないよ、でも解った伝えとく、と言って笑った。
「成得さんって面白い人だね。わたし嫌いじゃないよ。」
そう言う美咲に成得は、そりゃどうもと言って最初の問いに戻った。それを聞いて美咲が何かを思い出したように沙依の部屋に向かって行った、と同時に、何か言い合いをしている声が聞こえてきた。沙依を無理やり部屋から出そうとする美咲と嫌がる沙依の声がきこえる。いくら美咲が誰の魂を持ってようと、軍人じゃないあげく生まれてこのかたろくに鍛えたこともないひ弱な彼女が、休職中とはいえ第二部特殊部隊の隊長相手に力技で敵うわけないだろ。そんなことを成得が考えていると、手伝えという美咲の声が聞こえた。その直後にそれを否定する沙依の声も聞こえたが、成得は美咲の指示に従った。だってね、姉貴に逆らうと後怖いし。そんなことを考えながら成得は部屋の中を覗いた。成得の顔を確認すると美咲と格闘していた沙依が力なくその場にへたり込んだ。
「来ちゃダメって言ったのに。」
そう言って顔を赤くして半泣きになりながら見上げてくる沙依の破壊力が凄くて、成得はとっさに自分を抑えた。うん。解ってた。こういうことになってるって解ってた。怖いもの見たさと言うか、これが見たかったって言うのはあるけど、やばい、色々抑えられなくなりそう。恰好がどうっていうよりその恥ずかしがってる姿が本当にかわいい。まじでかわいい。室内でそれって破壊力半端ないだろ。昔見た時は連れ込みたくなったけど、室内だと、うん、色々やばい。まじでやばい。沙衣にせよ美咲にせよそっくりな見た目してるのにどうしてこんなに違うの?本当、何が違うの?こう並んでても美咲とかかわいいなんて微塵も思わないもん。美咲の方が華奢でひ弱で普段から女らしい恰好してて女っぽくてもさ、まったく魅力なんて感じないからね。まぁ、美咲に関しては中身に姉貴がいる時点で見た目がどうでも無理だけど。そんなことを考えつつ、成得はそんなことは全く感じさせないいつもの薄ら笑いを浮かべた。
「本当、学習能力ないな。姉貴にしろ、春李にしろ、着せ替え人形にされたら、見せびらかされるまでがセットだろ。」
それを聞いて沙依が俯いて、これはどうとか、でもなんとかだとか、何かぼそぼそと言ってくる。そんな沙依を見て美咲がため息を吐く。
「ほら、どうでもいい男に見られるだけでそんなんなっててどうするの?女の子らしくなるんでしょ?」
「それは美咲ちゃんが言ったんであってさ、わたしは別に女の子らしくなんて。こんなのわたしに似合わないし。」
「何言ってるの。好きな男の人に振り向いてもらいたかったら、ちゃんと女の子アピールしなきゃダメだよ。見た目は大事だよ。」
そんな二人のやり取りを聞いて、なるほどそういうことねと成得は思って胸がちくりとした。
「美咲。言ってることは解るけど、いきなりそんな乙女ちっくな恰好は沙依には難易度高いからな。お前の趣味押し付けないでちゃんと沙依の話もきいてさ、本人が受け入れられるようなところから徐々に慣らしてやれよ。」
成得は美咲にそう言って、今度は沙依に目を向けた。助け船が出されて安心したのか、半泣きのままほっとした顔をしている。うん、かわいい。かわいすぎて本当辛い。
「沙依。ちゃんと似合ってるから自信持てよ。昔からかわれたのは似合ってないからじゃなくて、お前のその反応が普段と違い過ぎてだからね。その反応をからかわれたのであって、恰好が似合ってなくて笑われてんじゃないからね。」
成得はそう言ってため息を吐くと、沙依の頭をぽんぽん撫でた。
「お茶入れてやるから着替えたら出て来いよ。」
そう言って成得は沙依の部屋を後にして食堂へ向かった。
薬缶で湯を沸かしながら成得はぼーっと考えていた。どうしよう。まじでやばい。自分の気持ちをすり替えてごまかすとか無理じゃない?沙依が本当にかわいく見える。いや、昔からかわいく見えてたんだけどさ。よくよく考えれば本当に大昔からだよな。沙依と沙衣が子供のころから二人を見間違えたことはない。沙依の事を抱きしめたいと思ったことはあっても、沙衣に対してそんなことを思ったことはない。あれ?俺、いつから沙依のことそういう風に見てたんだ?いつからあいつに惹かれてた?どうして?なんで?そんなことを考えて成得はドツボに嵌っていった。自分を勘違いさせると言っておきながら、逆に沙依への気持ちが抑えられなくなっている自分がいて苦しくなる。くそっ、高英の奴こうなる事解ってて絶対言わせやがった。思ってるだけなら、はっきりと形にしなければ、まだ誤魔化しはきかせられたんだ。それが誤魔化そうとしてる最中に、はっきりと明確な言葉として発声させられたせいで、誤魔化しがきかなくなった。こんな感情ごまかせなくなってもさ、どうしろっていうんだよ。本当どうしたらいいんだよ。まじできつい。そんなことを思って成得は天井を仰ぎ見た。湯が沸いた音がして、成得は何処までもいってしまいそうな思考をいったん止めた。沙依が来てから、彼女がお茶好きなせいでここには色々な種類の茶葉があった。今日はどれを淹れようか。そんなことを考えて、こんな所まで彼女の影が見えて苦しくなった。
お茶を淹れ終わった頃、沙依と美咲が連れ立って食堂に入ってきた。席に着いた二人にカップを差し出して成得は自分も席に着いた。
「いい香りだね。ほっとする。ナルありがとう。」
出されたお茶の香りを楽しんで、本当に気が抜けた様な顔をして沙依は笑った。それを見て成得はまた胸が苦しくなった。
「着替えられてそんな安心しきった顔すんなよ。昔からあれだけおもちゃにされても女らしい恰好一つまともにできないようじゃ、本当に誰にも相手されないかもよ?考えてみろよ、沙衣なんて二回も結婚してんだぞ。そっくりな見た目してんのにこの差はいったい何だろうな?」
いつもの薄ら笑いを浮かべ嘲笑するように成得がそう言うと、沙依は黙り込んだ。
「お前さ、少しくらい女らしい恰好したいとか思ったことないの?かわいい恰好がしたいとか、綺麗な恰好したいとか、綺麗になりたいとか、かわいくなりたいとかさ。好きな男にかわいく見られたいとか、綺麗だって言われたいとか、そういう女らしい欲求ってないの?」
成得にそう訊かれて沙依は、全くない訳じゃないけど、と小さな声で呟いた。それを掘り下げてみると、沙依は難しい顔をして机に突っ伏した。
「自分が女らしい恰好してるのとか違和感がありすぎて、どうしたらいいかわからなくなるんだもん。そういう格好しただけで軽くパニックになるというか。自意識過剰だとは思うけど、そういう格好してると皆の視線がなんかいつもと違って落ち着かないというか。怖いというか。昔、隆生にも言われたし、ナルの言う通り、わたしが堂々としてないからからかわれるんだって解ってるよ。でもさ、自分じゃないみたいでさ、やっぱりわたしにはそんな恰好似合わないし。」
そんなことをぶちぶち言う沙依を一瞥して、成得はため息を吐いた。
「お前さ。お前に女らしい恰好が似合わないって、美咲や沙衣はどうするんだよ。元をたどれば二人ともお前のコピーだぞ?お前そっくりな二人が女らしい恰好してるのはどうなの?似合ってないと思ってるの?」
そう言う成得に沙依は抗議の視線を向けた。
「そういう事じゃなくてさ。二人はいいんだよ。二人とも元々ちゃんと女の子として育ってるじゃん。それにわたしみたいにごつくないし。第二部特殊部隊の連中がさ、術式なんて軟弱者が頼る術だとか言って肉弾戦の強さしか認めてくれなかったせいでさ、子供のころからあそこにいたわたしはこの通りだよ。別に筋肉つけようとして筋トレしてたわけでもないのにさ、ただひたすら訓練続けてただけでこの通り。腹筋だって割れてるし、肩だっていかついし、背中や足もさ。ほら腕なんて美咲ちゃんの1・5倍ぐらいの太さあるよ?しかも女の子らしい柔らかさとか無縁だからね。」
そう不貞腐れたように言う沙依がかわいくて成得は言葉を詰まらせた。気を抜いたら自分が何を口走るか解らなくて不安になる。そんな成得をよそに美咲が口を開いた。
「何言ってるの?ボディービルダーみたいなガチムチマッチョならともかく、普通にスポーツ選手みたいでかっこいいじゃん。それに締まるとこ締まって出るとこ出ててさ、充分女の子らしい柔らかさあると思うよ。むしろ羨ましい。同じ遺伝子なのにこの差って何なの?動いてるくせに沙依さんの方が胸大きいとかずるい。」
そう言って沙依の胸を恨めしそうに見つめる美咲は、本気で沙依の胸囲を羨ましがっている様子だった。
「いや、お前さ。お前も充分に胸デカいだろ。うらやましがる必要がどこにあんの?」
思わず成得が突っ込むと美咲に睨まれた。
「だって、あの人が胸が大きい人が好みだって言ってたんだもん。わたしのこと全然見てくれないし、自分より大きい人見たら、やっぱこっちの方がいいのかなとか思っちゃうじゃん。」
何その直球な男?そんなあからさまな男がタイプなの?絶対それってお前の好意に付け込んで身体目当てで遊んでるだけだよね。それでいいの?美咲の思わぬ発言に成得はたじろいだ。
「悪いこと言わないからその男やめとけよ。いつの間にそんな相手ができてたか知らないけど、絶対身体目当てで遊ばれてるだけだから。ろくな男じゃないから別れた方がいいって。」
成得がそう言うとまた美咲に睨まれた。
「付き合ってないし、あの人はそんな人じゃないから。確かにちょっとお酒と女にだらしないところもあるけど、それは昔の話だし。今は違う、と思う。たぶん。」
勢いよく否定から入って、だんだん威勢が無くなって、最後には自信なく小さな声で呟く美咲を見て成得は、付き合ってないならなおさらやめとけよと思った。酒と女にだらしない男って、ダメだろ。今は違うと思うって希望的観測すぎだろ。何、この恋する乙女な感じ。恋は盲目で確実にひっかかっちゃいけない男にひっかかっちゃった感じでしょ。
「美咲ちゃん。それは美咲ちゃんの気持ちなの?本当に美咲ちゃんが好きになったの?」
心底疑問そうにそう訊く沙依に、美咲は解らないと答えた。
「でも、あの人を見かけると目で追ってる自分がいる。胸が高鳴って、心が好きだって叫んでる。こっちを見てって、わたしを見てって思ってる。こんな気持ち初めてで、だからちゃんとこの気持ちと向き合いたいと思う。あの人にもわたしと向き合ってほしいと思ってる。あの人わたしから逃げてるから。理由は解るけど、やっぱ辛いよ。向き合った結果がやっぱり違ったでも、お互い傷つけ合うことになったとしても、それでもいいんだよ。ちゃんと向き合う前から勝手に決めつけて始まらせてもくれないなんてさ、酷いよ。中途半端に優しくなんかしないで、せめて自分は受け入れられないってはっきりふってくれたなら気持ちの切り替えもできるのに。このままじゃさ、ずっとひきずっちゃいそうじゃん。」
辛そうにそう言う美咲の言葉が成得の耳には痛かった。
「それってさ、お前がはっきり好意伝えないから相手も返さないだけじゃないの?思い切って告白してみろよ。そうすりゃはっきりするぞ。」
成得がそう言うとまたまた美咲に睨まれた。
「自分の事避けてるって解ってる相手にそうほいほい告白とかできると思う?牽制されてるのにそこを踏み出せるような勇気出せるような人はそうそういないの。まだ嫌われてるならともかく、嫌われてもいないし、何かあれば助けてくれて普通に優しいんだよ。いつも気に掛けてくれてるしさ。でも近づいてくんなって、自分の領域に入ってくんなって態度示されてさ、好意を向けられたり告白されるのは迷惑だって言われてるようなもんだよ?でもさ、時々あの人もわたしのこと同じように想ってるんじゃないかって感じる時があってさ。どっちなのって思うじゃん。わたしの気持ちに向き合う気がないならさ、期待させるような事しないでよって思うじゃん。」
その言葉を聞いて成得は、ごめんなさいと口走っていた。まじで耳が痛い。美咲の相手が自分じゃないことは解っているが、心当たりが多すぎて自分が責められているような感覚になる。でもさ、そういう雰囲気察しててもさ、何も言われてないのにふるとか、あからさまに邪険にするとか、それこそ自意識過剰の勘違い男じゃん。これからも関わっていかなきゃいけない相手なら気を配るのも当たり前だし、どうせ付き合う気がないなら態度で示すのは当たり前じゃない?成得がそんなことを考えていると沙依が口を開いた。
「美咲ちゃんの辛いは解るよ。でもさ、それって相手に甘えすぎじゃない?自分はこんなに辛いから相手にどうにかしろってさ、美咲ちゃんも一歩踏み出せてないのに相手にそれを求めるのは違うと思うよ。はっきりした答えが欲しいならナルの言う通りはっきり相手に気持ちを伝えるべきだよ。はっきり態度で示されてるのに期待してしまうのは、美咲ちゃんがそれを求めてるからでしょ?それが辛いなら、美咲ちゃんの方が相手を切るべきだよ。自分が辛いことを相手に押し付けるのは良くないと思う。」
真面目な顔で静かにそう言う沙依の言葉を聞いて、美咲は黙り込んだ。黙り込むその姿が痛々しくて、成得は沙依に小言を言った。
「沙依、お前さ。言ってることは正論なのかもしれないけど、感情ってそう簡単に割り切れるもんじゃないから。辛いことから逃げようとするのは普通の事だし。そうばっさり切り捨てるんじゃなくて、今の美咲の気持ちを受け止めてやれよ。」
成得の言葉を聞いて、沙依は真剣な目を向けた。
「でもさ、それじゃ何の解決にもならないじゃん。辛いだけが積み重なって、相手の事理不尽に怒って、それでまた辛くなって。そんなこと繰り返しててもいいことないじゃん。相手が変わってくれることを期待するんじゃなくて、自分の為に自分が変わっていかないと。それが自分と向き合うって事じゃないの?わたしは美咲ちゃんに辛いままでいてほしくない。」
そう言うと沙依は美咲の手を取った。
「美咲ちゃんがわたしに恋は素敵なことだって教えてくれたんだよ。そんな美咲ちゃんがさ、辛いだけの恋をしてるなんておかしいよ。美咲ちゃんらしくないよ。人を好きになるって幸せな事なんでしょ?楽しいことなんでしょ?なら、美咲ちゃんの恋だって幸せで楽しいものにしなきゃダメだよ。ちゃんとわたしも逃げないで頑張るから、美咲ちゃんも頑張って。」
沙依のその言葉に美咲が満面の笑みで、うんと答えた。そしてきゃっきゃと話し出す女二人を見て、成得はこれっていったい何なの?と思った。話しの飛び方に全くついて行けない。女って本当によく解らない。っていうかここで恋バナ始めるのやめて。まじで色んな意味で耐えられないから。そんなことを思いつつ、沙依の動向が気になって成得はその場で二人の話を聞いていた。でも、やっぱりしんどい。これっていったい何の罰ゲームなの?くっそ、まじでかわいい。そんな顔して男の話するとかさ、もじもじとかしなくていいから。何、その可愛い態度。完全に女の顔しちゃってさ、本当かわいい。かわいすぎてまじでしんどい。そんなことを思って結局耐えられなくなって、成得は二人に冷たい視線を向けた。
「あのさ、そういう話しするなら他のところでしてくれない?人の色恋聞く趣味ないし、興味もないし。っていうか、聞いちゃいけない話し聞いてるみたいですごく居心地悪いんだけど。」
酷く不快そうな態度でそう言う成得に美咲が視線を向けた。
「いや、聞いていいから。せっかくここにいるんだから、男の意見聞かせてよ。アドバイス頂戴。」
そんなことを言われて成得は、なんでそんな事しなきゃいけないんだよと思った。本当、これってなんの罰ゲーム?そんなことを考えて成得はいつもの薄ら笑いを浮かべた。
「それよりお前さ、こんな所でそんな話してていいのか?もうすぐ磁生の勤務時間終わって戻ってくるぞ。あいつに聞かれてもいいの?」
それを聞いてあからさまに美咲が動揺する。やっぱりそうか。名前は出てこなかったけど、話しをきいててそんなことだろうと思った。美咲は一姫として生まれてから今までの前世の記憶を全部持っている。その中には磁生の妻だった春李の記憶も含まれていた。だから、沙依は美咲にそれは本当に美咲の気持ちなのか問うたのだ。ただ前世の記憶に引っ張られているだけではないのかと。そんなことを考えながら、成得はさらに追い打ちをかけていく。
「それともここで待って、本人にどう思ってるか問い詰めてみるか?それとも、お前は隠れてて俺があいつに色々訊き出してやってもいいぞ?どうする?」
ニヤニヤ笑いながらそう問い続けていくと、美咲は頭から湯気が出そうなほど顔を真っ赤にして立ち上がった。
「今日は帰る。お邪魔しました。」
そう言って慌ただしく美咲は出て行った。その後姿を見送って、成得は心の中で胸をなでおろした。ここまで過剰反応されるとは思わなかったけど、どっか行ってくれて本当に良かった。あのまま続けられたら本当に耐えられない。そんなことを思って一息つく成得を、沙依が不思議そうな顔で見ていた。
「ねぇ、ナル。まだ昼過ぎだよね?磁生、訓練生だから日勤しかないよね?何かあって早退でもしてこない限りまだ帰ってこないよね?」
そう言う沙依を一瞥して成得はため息を吐いた。
「苦手なんだよ。俺に対するあの態度とかさ、まんま姉貴じゃん。まじ怖い。あいつとは極力関わりたくないの。だから基本的にあいつになんか頼む時も人使って自分が関わらなくて済む様にしてんのにさ。無理だから。あとろくな恋愛してこなかった俺にアドバイスしろとか無理だから。」
それを聞いて沙依は、次兄様と姉様仲悪かったもんね、と呟いて納得した様子だった。そんな沙依を見て、彼女と今二人きりだということを認識して、成得は胸が苦しくなった。
「ねぇ、磁生ってロリコンじゃなかったの?」
どうでもいいことを訊いてみる。
「知らないよ。昔からあと五年年くってたらなとか人の事言ってきてたし、二十代半ばくらいが好みじゃないの?わたし十八で年止まっちゃったし。」
そんなことを言いながら沙依は記憶を掘り起こしている様子だった。
「昔、淑英さんが女とみれば見境ないから気をつけろって言ってきたんだったかな?なんかそんなこと言ってて、それ聞いた磁生と喧嘩してたことがあったよ。何だっけな?確かに巨乳好きみたいなことは言ってたかも。淑英さんがどうせわたしは胸ないわよって怒ってた記憶がある。」
それを聞いて成得は頭を抱えた。お前、そんな男と昔同居してたの?ってか、あんな仲良さそうに友達してるの?あいつがそんな奴だったなんて知らなかったよ。もっとまじめな奴かと思ってた。美咲のあの発言も春李の記憶からだろうし、本当に酒と女にだらしなかったんだろうな。今のあいつからはそんな素振り見えないけど、実は今も遊んでるのか?いや、それはないな。いくら興味がないとはいえ、同じ寄宿舎に住んでて遊び歩いてたら確実に解る。
「春李、そんな男と結婚してたのか。春李の奴、確かにチビのわりに胸はあったけど、別に巨乳ってわけじゃかなっただろ。ってか、あいつが成人してるって認識できる部分がそこぐらいしかないくらいあいつ見た目幼かっただろ。あの春李に手を出すくらいだし、絶対ロリコンなんだと思ってたけど、あいつ単純に女に見境がないだけだったのかよ。それで酒癖悪いって、絶対不良物件じゃん。」
そんなことを呟いて成得は、ちょっとあいつには警戒しておこうと思った。この間、酔っぱらって帰ってきた時も沙依に絡んでたし。あれは高英の思念の影響受けてたのかもしれないけどあれが素なのかもしれないし、二人きりにさせない方がいいだろ。成得がそんなことを考えていると、沙依が呑気に情報をつけ足した。
「淑英さんはそう言ってたけど、別に磁生、女癖悪くないと思うけどな。わたし磁生が遊んでるとこ見たことないし。お酒は確かに酷かったけど。出会った時は飲んだくれで泥酔してて、治癒術の錬気譲渡も物理接触なしでまともにできなくて、いちいち接吻して錬気譲渡されてたくらいお酒には溺れてたからな。接吻されたっていってもあれは治療行為だし、女癖とかそういうのじゃないよね。押し倒されたこともあったけど、あれも女癖とかじゃなくて治療行為としてしようとしただけだし。」
「そんな治療行為ないから。それは治療行為と称してお前にやらしいことしてるだけだから。それ充分女癖悪い部類だからね。しかも質が悪い部類だから。なんでそんな奴と呑気に友達やってるの。」
成得は思わず突っ込んでいた。なんでお前は本当にそう無警戒なの?治療行為ならなにされてもいいの?あいつも沙依の事女じゃないとか言っておきながら、やる事やりやがって。相手が男だったら絶対そんなことしてないだろ。押し倒されたってどこまでいったのさ?しようとしただから最後まではしてないだろうけどさ。うわ、まじで考えたくない。そんなことを考えて、磁生に押し倒されている沙依をリアルに想像してしまって、成得の気力が撃沈した。
「大丈夫?」
そう言って顔を覗き込んでくる沙依に成得は、お前のせいで大丈夫じゃないよ、と心の中で悪態をついた。