第一章
立っている沙依の後姿を見て成得は疑問に思った。今日はなんだか沙依が酷く小さく見える。沙依ってこんなに小さかったっけ?成得がそんなことを考えていると沙依が振り向いた。自分を見上げてくるその姿を見て、やっぱりいつもより小さいと成得は思った。小さいけど、これは沙依だよな?沙依に見える。別に子供になっているわけでもなんでもない。どういう事だろう?自分を見上げて疑問符を受けべるその姿が凄くかわいい。やばい、すごく抱きしめたい。どうかしたの?と心配そうに顔を覗き込んでくる沙依の顔が見えて、その柔らかそうな唇に目がいって…。
「いや、俺そんなこと望んでないから‼」
思わず叫んで成得は飛び起きた。
そこが自分の部屋で、自分が布団の中にいることを認識して、成得はうなだれた。あんな夢見るとか何なのもう、やめてよ。同じ寄宿舎内に住んでんのにどうしてくれんの。気まずいじゃん。そんなことを考えて成得は天井を仰ぎ見た。自分が夢を見るほど熟睡していたこと自体が不思議で仕方がない。気が緩んでるってまた楓ちゃんに怒られるかな。そんなことを考えて成得は気が重くなった。気持ちを切り替えて支度する。出勤停止命令期間も明けたし気を引き締めてかなきゃな。いくら今の自分の状態が良くないとはいえ、通常業務さえおろそかになったら、それこそ目も当てられない。そう考えて成得は気を引き締め直した。
成得が食堂に行くと沙依がいた。
「おはよう。そういえばナルは今日から出勤だったっけ。丁度わたし朝ごはんにしようと思ってたんだけど一緒に食べる?ついでに作るよ。」
そう声を掛けられて成得は遠慮なくお願いした。
調理をする沙依の後ろ姿を見て、やっぱりあんなに小さくないよな、と成得は思った。ありゃなんだったんだ?そんなことを考えていると、今朝の夢を鮮明に思い出してしまい、成得は慌てて思考を切り替えた。
「どうしたの?大丈夫?」
箸を並べに来た沙依に顔を覗き込まれて、成得は心臓が止まるかと思った。
「お願いだから今はそれやめて。大丈夫だから。」
そんな成得の言葉を聞いて沙依は怪訝そうな顔をしながら炊事場に戻っていった。それを見送って成得は深呼吸をした。俺は次郎じゃないし、沙依は末姫じゃない。それは受け入れた。今は兄妹じゃないって、それは受け入れたけどさ。だからといって俺はそういうの求めてないから。沙依はかわいい。まじでかわいい。それは認める。だけど、親兄弟みたいな家族ポジションは欲しいなって思うけど、でも沙依とどうこうなりたいとか考えてないから。そう自分に言い聞かせて成得は自分を落ち着かせた。
落ち着いてから成得は炊事場に顔を出して沙依を手伝った。食事を運びながら、片付けは俺がやるよ、いやいいって仕事あるんだし、いやそんくらいやる時間あるって等と話していると、後ろから声がかかった。
「こうして見てると兄妹っていうより新婚夫婦だな。人前でいちゃつくのまじでやめてくれる?」
二人が振り向くと、あからさまに二日酔いで不機嫌そうな磁生がそこに立っていた。
「そういうこと言うのやめてくれる。こないだの件で完全に高英に家族としての繋がりが負けたの実感してショック受けてんだから、兄妹に見えないとか傷心の俺に対する嫌がらせでしかないからね。そもそもいちゃついてないし。自分が女っ気ないからって当たるなよ。」
いつも通りの薄ら笑いを浮かべて磁生を見据えながら成得はそう言った。本当、冗談でもそういうこと言ってほしくない。特に今は。
「なんでもいいよ。あんた元から兄ちゃんとしておかしいから。普通の兄ちゃんは妹にあんなにベタベタしないから。あんたが本当に沙依の事を大切にしてるってことはこないだの件でよく解ったけどさ、それでも兄ちゃんとしてはきもい。あれはあれで行き過ぎてるだろ。自分が異常だって認めろよ。」
怠そうにそう言う磁生に沙依が大丈夫か問いかけた。
「今日が非番だからって昨日ちょっと飲み過ぎた。頭痛いし、気持ち悪い。」
そう言って磁生は椅子に座り込んだ。
とりあえずできた朝食をテーブルに並べ沙依は成得に食べる様に促し、磁生にお茶をさし出すと、再び炊事場に戻っていった。
「そう言えば今帰ってきたみたいだけど、そんなになるまで飲んでたのか?」
成得の問いかけに磁生は、飲まされたんだよと答えた。
「昨日、仕事終わって帰ろうとしたら太乙に捕まってあいつらの寄宿舎に連れてかれたんだよ。で、宴会。俺が今日非番だって知ると朝まで付き合わされた。あいつらあれだけ強い酒あおり続けて、ケロッとしてるっておかしいだろ。飲んでた時は酔ってるような感じだったのに、解散になった瞬間素面みたいになんだぜ。太乙はそのまま仕事行くっていうし、道徳は非番で少し休んだら訓練所行ってくるって言うし、あいつらまじでおかしい。」
それを聞いて、仕事終わりから朝までってどんだけだよ、と成得は心の中で突っ込んだ。朝まで飲んでたなら二日酔いじゃなくてただの酔っぱらいだな。成得がそんなことを考えていると沙依が戻ってきた。
「磁生って、いっちゃんや道徳真君と知り合いだったんだ。いっちゃんあの性格だから苦手意識持たれることが多いみたいでさ、磁生と仲が良かったなんて意外だな。」
そんなことを言いながら沙依は梅干し粥や柿のはちみつ漬けを磁生の前に並べた。
「別に仲良かねぇよ。昔ひょんなことで知り合ってそれ以来の付き合いなだけ。」
そんなことを言いながら磁生は沙依にお礼を言って、出されたものを口にした。
「あれだな。あんたこうしてるといい奥さんにはなりそうだな。酒のせいかあんたがいい女に見える。本当な、見た目だけならあんた本当に俺の好みなんだよな。あと五歳くらい年食ってたら、まじで好みのど真ん中なんだよな。ガキじゃなくてさ、年上になれねぇの?ちょっと試しに二十半ばぐらいになってみろよ。」
そう磁生に絡まれて沙依は渋い顔をした。
「磁生、酒癖悪い。そんなにお酒弱かったっけ?」
そう言う沙依の横で成得がいつもの薄ら笑いを浮かべて冷たい視線を磁生に向けていた。
「お前ちょっと酔いちゃんと醒ましてきた方がいいんじゃないの?」
そう言われて磁生は、それもそうだなと頭を掻いた。
「ずっとそんなに飲んでなかったから、弱くなったか?沙依がいい女に見えるとか、本当おかしいしやばいよな。ちょっと漢方飲んで寝てくるわ。」
「おかしいと思う基準そこ?ひどい。」
間髪入れず突っ込む沙依の言葉を無視して磁生は自分の部屋に戻っていった。自室に戻っていく磁生を見送って、成得は視線を沙依に移した。
「お前さ、今日の予定は?」
そう問われて沙依は決めてないけど、と首を傾げる。
「とりあえず、今日は一日どっか出かけてろ。」
「別にいいけど、何で?」
「今のあいつと二人で寄宿舎残ってるとか、俺心配で仕事になんないから。まじでお願い。」
存外に真剣な成得の様子に沙依は思わず解ったと頷いた。
「あと、あいつのことは心配しなくていいからな。出かける前に様子見に行ったり、世話とか焼かなくていいから。ってか、そういうこと絶対するなよ。」
それを聞いて疑問符を浮かべる沙依に成得は、本当お願いだから、と懇願した。
「前も言ったけどさ、お前が安全だと思ってる男が安全とは限らないの。男女の仲になってもいいと思う相手以外に優しくしちゃダメって言ったでしょ。今がその時だから。あいつなら自分で何とかできるから。大丈夫だから。」
成得のその言葉に、沙依は少し考えてから解ったと答えた。以前なら確実に反論してきたのに素直に頷く姿を見て、成得は不思議な気持ちになった。
「わたしにだって学習能力はあるんだよ。また怒られたくないし。」
そう不貞腐れたように言う姿を見て成得は、一応言われたことは気にしてるんだ、と思った。
「それに、わたしのわがままで三か月近くもナルの事独り占めしちゃったから、これ以上わたしのことで気を割かせるわけにもいかないし。」
伏し目がちに沙依がそう言って、成得は固まった。独り占めしちゃったってさ、間違いじゃないけど、間違いではないけどさ、その言い方は止めた方がいいって。申し訳なく思ってるのは解るけど、見方によったら恥ずかしそうに言ってるようにも見えるから。お前の治療に付きっきりで付き合ってただけで何にもなかったし、お前子供になってたし、お前が俺に何かってことがないのは解ってるけどさ、本当、そんな態度でそんなこと外で言ったら誤解を招くから。解ってて誤解招くような情報拡散させる奴もいるからね。その言葉にそれ以上の意味がないのは本当に解ってるけど、それ以上の意味を妄想するのが人の性だから。まじでやめて。そんなことを考えて頭を悩ます成得を沙依が不思議そうな顔で見ていて、成得は心の中でため息をついた。くそっ、かわいい。もうやめるって言ったけど、すごく抱きしめたい。欲求我慢するのって大変なんだな。そんなことを思って、成得は遠くを見た。
「ナルはさ、次兄様じゃなくなったけど変わらないね。ちょっと距離ができた気がするけど、今でもそうやって心配してくれるし、なんか不思議な気分だよ。わたしまだナルの事お兄ちゃんだと思っててもいいの?」
沙依にそう訊かれて成得は考えた。多分、ダメ。お兄ちゃん扱いされても家族じゃないの実感しちゃったし、俺がもう家族だと思えないし、いろんな意味で辛い。これから時間をかけて兄妹やり直すって言うのも悪くないのかもしれないけど、やっぱ高英に勝てる気がしないしさ。成得はつい最近にあったことを思い出してそんなことを思った。
短期間で色々あったと思う。前世の記憶を取り戻して、溺愛していた妹の生まれ変わりの沙依に妹を重ねた。沙依も自分を兄だと慕ってくれ心を開いてくれた。トラウマと向き合うことになった沙依に利用される形で治療に付き合った。その結果、どうしようもなく今の沙依の家族は彼女の養父の実弟であり子供のころから一緒に暮らしていた高英で、家族として彼女が求めてるのも高英で、今の自分と彼女の間にはそんな繋がりがないと実感して撃沈した。今の自分と沙依の間にあるのはこの身体に生まれる前に兄妹だったという縁。お互いにその時の記憶を持っていても、家族だったというだけで、実際の家族にはなれない。そんなことを考えて成得は苦しくなった。
「いっそお前、俺の養子になる?そうすれば誰にも文句言われずに、間違いなく家族になれるし。俺、お兄ちゃんじゃなくてお父さんでもいいよ。お前が子供になってるとき、親子扱い散々されたし。」
いつもの薄ら笑いを浮かべてそう言う成得に、沙依は渋い顔をして嫌だよと答えた。
「この年になって養子とか意味わからないし。青木の当主が他の家の養子になるとか無理だし。それにナルがわたしを養子にしたら、確実に青木の秘術狙いだって思われるよ。」
沙依のその台詞に、拒否する理由ってそこなんだ、と成得は思った。ってか、自分が青木の当主だっていう自覚はあったのね。なのに実家出てくるし、当主の役割放棄して好き勝手やってるんだ。そんなことを考えて成得は呆れた気持ちになった。龍籠には中心になる家系がいくつかある。医術の正蔵家。神官・神封じの青木家。守り人・神殺しの山邊家。それぞれの家にはその家の役割があり、情報司令部隊も把握していない秘術があった。家の役割自体は時代の流れもあり、簡略化やマニュアル化が進み軍部の役割へと転化していってほとんどなくなっているが、今でも秘術は代々の当主に受け継がれていた。なので、沙依の言ってることを成得は理解することはできたが、なにかずれているような気がした。俺の娘になることはどうでもいいの?俺の娘にはなってもいいの?そんなことを考えて、成得はもやもやした。
「いくら職場まで近いとはいえ、そろそろ出ないとダメじゃない?片付けしておくから行っておいでよ。」
沙依にそう促されて、成得は身支度を整えて寄宿舎を後にした。
○ ○
出勤した成得は額を押さえて天井を仰ぎ見た。
「そんなところに突っ立って何をしているんですか。さっさと仕事に移ってください。三か月も留守にされたせいでこっちは余計な仕事が増えて迷惑したんですから、さっさと通常業務処理していってもらえますか?」
いつも通りの無表情で淡々とそう楓に促されて、何も言う気力が起きずに成得は自分の席に着いた。自分の席に置いてあるものを見て、ため息をつく。
「どうかしました?」
楓のその言葉に成得は、なんでもないと言って業務に入った。
「よく撮れてるでしょ?」
机の上の物に意識を促されて、成得は楓の方を見た。
「今、見なかったことにしようとしてんだからあえて突っ込まないでくれない。」
そう言う成得に楓はちゃんと見る様に促した。
「あなたがいない間の、あなたが始めたバカらしい訓練における情報収集結果の資料でしょ。あなたがいない間、青木沙依はあなたとずっと一緒だったんですから、こういう資料が揃うのは当たり前じゃないですか。それを目を通さないとか、アホですか。職務放棄ですか。もういっそ復帰しないで、このまま退役してしまえばいいじゃないんですか。」
淡々と楓に畳み掛けられて成得は押し黙った。自分が始めた訓練。元々は沙依を襲撃地点から無事に避難させるために成得が吐いた、道徳と沙依からお互いが恋人同士であったこと含め深く親交があったことすら忘れた状態で、道徳が三年の訓練期間を全うし第二部特殊部隊の隊員たちに認められること、それがクリアした状態で記憶を戻しその時にまだ二人がお互いを想い合っているのなら二人を結婚させるという話が始まり。成得が二人を破局させるために始めた、内部調査・工作訓練。その経過報告書。まじで見たくない。今の俺にこれ見ろって、嫌がらせだよね。確実に嫌がらせだよね。朝、出勤した途端にこっちに解るようにわざとこそこそ沙依と自分の噂話しはじめたりとかさ。しかも半分以上は俺への暴言だし。経過報告だって、子供姿の沙依と自分が一緒に寝てるとことかの写真とか色々。ってか、風呂入ってる時っていつどうやって撮ったんだよ。実際いつごろから沙依が元に戻ってて、自分がどこあたりから気付いてたかとかも書かれてるし、うちの連中が凄く優秀なのは解ったけど本当やめてほしい。復帰早々精神がどんどん削られてく。元々回復すらしてないのに。回復する余裕なかったのに。そんなことを考えて成得は心の中でため息をついた。こいつらはいつも通りか。おかしいのは自分の方だよな。こいつらがこうやって人をおちょくってくるのはいつものことなのに、いつもの冗談で流せないとかさ。いつもの冗談にこんなに拒否反応示すとか、何かあるって言ってるようなもんじゃん。結局、復帰までにいつもの自分を取り戻せなかったけど、復帰したからには戻らないとな。そう思って、でも上手く気持ちが切り替えることができなくて、成得は困った。
「楓ちゃん。俺なんか変だわ。いつもの調子が出せない。本当に隊長職譲ってもいい?」
いつもの薄ら笑いではなく弱弱しく笑ってそう言う成得に周囲がどよめいた。いつも通りを崩さず、好きにすればいいんじゃないですか、なんて言ってくる楓をよそに、他の隊員たちが心配してくる。隊長がおかしい、天変地異でも起こるんじゃね?変なもんでも食べたのか?そんな言葉も含まれてて、心配されてるのか?とも思うが、愛されてるなとは実感する。やっぱりここが自分の居場所だよな。そう思うと同時に成得は沙依の言葉を思い出した。
「隊長やってるとさ、強がらなきゃいけない時って沢山あるじゃん。辛くても言えない事って沢山あるじゃん。だから、何があったかとか、どうして辛いのかとかは言わなくていいよ。でも、ナルがわたしにくっついて気持ちが落ち着くなら、それは我慢しなくてもいいよ。」
あぁ、そうなんだよな。俺は隊長なんだよな。だからこいつらには見せられないこともあるし、どんなに信頼してても全部をさらして甘えるわけにはいかないんだよな。それが解ってるから、あいつはあんなこと言ったんだよな。俺が次郎だったから、大切な兄の支えになろうとしてさ。自分の方が変わっただけで沙依はきっと変わってない。そして自分にとってやはり沙依が支えだということも変わってない。そう考えて成得は気持ちを切り替えた。自分の感情を処理するのは個人的な問題だ。それを仕事に影響させるわけにはいかない。最近自分を出し過ぎて、さらけ出し過ぎて、歯止めがきかなくなっていた。もう復帰したんだから、いくら調子が出ないとはいえこれ以上はダメだ。これ以上落ちるなら本当に退役するべきだ。
「お前らの冗談、毒が多すぎなんだよ。俺が隊長辞めて困るならあまり人で遊ぶんじゃない。」
いつもの薄ら笑いを浮かべてそう言う成得に、隊員たちは胸を撫でおろした。さっきのは成得の演技で、自分たちがお返しで嵌められたのだと思っている。それを確認して、成得はこれでいいと思った。そう思ってない奴もいるけどそれは問題ない。これからをちゃんとすればいいだけだ。
一息ついて成得は沙依に想いを馳せた。いくら沙依が自分の支えでも、誰かのところに行ってほしくないと思っていたとしても、もう子供でない以上いずれは誰かと一緒になるってことは受け入れようと思う。だから癒されるために抱きしめて、彼女に甘えるなんてことはもうしない。これからは親子や兄妹じゃなくても支え合える、そういう関係性を築いていけばいいんだよな。隆生と沙依みたいな友人関係が築ければきっとそれに越したことはない。それが一番だと思う。今更そんな関係を築き上げるのにいったいどれだけ時間がかかるか解らないけどさ。今更元の関係には戻れないから、そういう関係を一から築いていくべきなんだよな。そんなことを考えて成得は千里眼で沙依の様子を見た。ちゃんと言うことをきいて寄宿舎を出ている。沙依が公共の訓練所に入っていくのを確認して成得は部下に声を掛けた。
「誰か第四公共訓練場に行ってきてくれない?沙依と道徳が接触する可能性が高いから、様子見てきて。」
二人に監視がついてるのは解っているが念のためと考えて成得が放った言葉に、一人がすぐ動いて詰め所を出て行った。
「自分で行かなくていいんですか?」
楓が成得に問いかけた。
「俺は処理しなきゃいけない書類がこんなにあるでしょ。俺が休んでる間、わざと急ぎじゃない書類溜めといてこの山作ったの楓ちゃんでしょうが。その時は急ぎじゃなくても、今はもうぎりぎりなのも沢山あるからね。しばらく俺ここから離れられないから。」
そう言う成得に一瞥をくれ、楓はしれっと言った。
「極力余計な仕事はしたくありませんから、あなたが戻ってきてからで間に合うものはあなたに処理してもらった方がいいに決まっているでしょ。本来それら全てあなたの仕事ですし。」
それを聞いて成得は、そうだよね、君はそういう人だよね、と呟いて仕事にとりかかった。
○ ○
「清廉賢母か。こんなところで会うなんて奇遇だな。」
そう声を掛けられて沙依は違和感を覚えた。清廉賢母とは沙依の仙人としての名だった。沙依は仙号で呼ばれることに抵抗があったこともあり、崑崙にいた時も公式の場でもない限り沙依で通していた。なのにこの龍籠でその名で呼ばれることがあまりにも抵抗感があり、思わず怪訝な顔をして振り向いた。そこに道徳が立っていて、なるほどと思う。最強の仙女と謳われていた沙依と崑崙十二太子の一人である道徳。お互い有名で顔と名前は知っているが、彼とは接点がほとんどないから仙号で呼ばれるのも仕方がないと思う。
「道徳真君、久しぶりだね。こうして顔を合わせるのは修練時代以来かな?仙号で呼ばれるのは好きじゃないんだ。できれば沙依って呼んでもらえると嬉しい。」
そう言う沙依に道徳は、じゃあ自分のことも道徳と呼んでくれと言って笑い掛けた。その笑顔を見て、沙依はなんだか落ち着かない気持ちになって疑問に思った。孝介や最近の高英に見られてる時と同じような感じがする。でも、その時の不安感というか、得体のしれない怖さというか、そういう物は感じない。なんだろうこの感覚。意味が解らない。
清虚道徳真君。彼は崑崙山脈の仙人だった。仙人とは女媧の力で不老長寿の肉体にされ人ならざる力を植え付けられた元人間。元は沙依達、地上の神と人間の間の子の子孫であるターチェを滅ぼすために作られた存在。後は伏犠に封じられていた女媧が自身の力を取り戻し、地上を手に入れるための力を得るための贄にされるためだけに、力を与えられ、力を蓄えさせられた存在。沙依はターチェを滅ぼすために起こされた戦争のあと、崑崙の教主だった原始天孫に捕まり、拷問の末に記憶を失い子供の姿にされ、彼の直弟子として修練を積み仙号を得て仙人として生きていた時期があった。道徳は修練時代を共にした沙依にとって兄弟子にあたる人物だった。仙人達のほとんどは自分たちの存在の真実を知らずにいる。道徳がその事実を知っているかどうかは解らなかったが、知らないなら知らないままの方がいいと沙依は思っていた。
龍籠の国民は彼ら仙人が自分たちを滅ぼさんとした存在だと知っている。いくらここにいる仙人達が当事者ではないとはいえ、仙人という存在自体を憎く思っている者も少なくないと思う。でも現在龍籠には、医療部隊の訓練生の磁生、第二部特殊部隊の訓練生の清虚道徳真君、崑崙と龍籠の同盟に当たっての技術提供係として技術開発部隊に出向している太乙真人の三名が受け入れられている。そこには情報司令部隊及び第三部特殊部隊の並々ならぬ努力があったことは想像に難くなかった。
それにしても、受け入れだけではなく同盟まで組んでしまうとは沙依にとって意外だった。それを第二部特殊部隊の短気な連中が普通に受け入れていることも沙依には輪をかけて驚きだった。それだけでも今の第二部特殊部隊は自分が纏めていた頃と違うと感じる。副隊長二人は自分の復帰を強く望んでいるが、それはただあいつらの中で隊長である青木沙依という幻想が膨らんでいるからで、実際に復帰したら失望されるのではないかと思って踏み出せない自分がいた。自分が隊長職を務めていた時だって本当は自分ではなく一馬の方が隊長に向いていると沙依は思っていた。それでも自分が隊長にならざるを得なかったのは、偵察部隊の一面を持つ第二部特殊部隊の隊長には敵勢力の把握と報告の義務があり、当時の一馬はその能力が欠けていたからなだけだと思っていた。自分は一馬がそれをできる様になって彼に引き継ぐまでのただの繋ぎだと思っていた。自分程度の実力でもなんとか纏められるように、酷いことを沢山した。無駄な犠牲を沢山強いた。自分は皆から慕ってもらえるような隊長じゃない。皆が思っているほど凄い人物でもない。全部、自分が弱くてそれ以外の選択肢を考える頭もなかったからそうするほかなくてしていただけ。その頃の選択を後悔してはいない。その時にはそうするしかなかったと思っている。でも、実質一馬が隊を率いている今はもうその必要はない。一馬は強い。自分のようなことは絶対にしない。弱い自分は第二部特殊部隊の隊長にはふさわしくない。そんなことを考えては沙依は胸が締め付けられるような思いがした。
「太乙から聞いたんだが、仙界大戦の時は君に命を助けられたらしいな。ありがとう。あの後姿を消していたらしが、ここにいたのか?」
道徳のその言葉に、沙依は首を横に振った。
「ずっと崑崙にいたよ。大戦後は生死の境を彷徨ってて、ある人が匿って治療してくれてたの。命を繋ぎとめた後はなんとなくそのまま崑崙にいたよ。」
それを聞いて道徳が、じゃあ君も太乙と同じで技術提供か何かでここに来たのか、と問われ、沙依は疑問符を浮かべた。沙依のその様子に道徳も疑問符を浮かべ、その様子を見て沙依はあることに気が付いた。
「そっか、道徳はわたしが本当は仙女じゃないって知らないんだね。わたしはターチェなんだ。で、ここはわたしの故郷だよ。」
それを聞いて道徳は納得した様子だった。
「そう言えばこの間、あなたが訓練してるとこ見たよ。一馬には負けてたけど、うちの連中相手にあれだけ戦えるって本当に強いね。あれ見て一度手合わせしたいと思ってたんだ。付き合ってよ。」
沙依のその言葉に道徳が同意し、二人は訓練用の模造刀を手に向き合った。訓練とはいえまともに戦うのはいつぶりだろう。孝介と戦った時は大戦後の後遺症でまともに戦えない状態だったし、それを考えると女媧と戦った時以来かもしれない。昔はあれだけ入り浸ってた訓練所にも戻ってきてからずっと来てなかった。ターチェである自分の身体が鈍るということはないが、感覚は鈍る。大丈夫かな、まともに戦えるかな。せっかくあの道徳真君と戦えるのにまともに相手にならなかったら恥ずかしいな。そんなことを考えて沙依は緊張した。妙に鼓動が早くなっていて、沙依は不思議な気分だった。戦いを前にこんな風になるなんて自分らしくない。やっぱり実戦から離れすぎるとよくないんだな。軍に戻るにせよ戻らないにせよ、訓練所通い復活させよう。そんなことを考えて気持ちを切り替えて、沙依は目の前の敵に集中した。
確実に相手を仕留めるより、より少ない手数でより多くの相手を戦闘不能にさせることで、より多くの戦力を奪うことを求められる第二部特殊部隊の戦い方は速攻が基本。先に沙依が仕掛け、道徳が応戦する。戦いが始まれば沙依の身体は勝手に動いていた。連撃をかるく流されその全てに反撃が返ってくる。気当たりを囮に死角から攻撃と見せかけて、少し攻撃角度を変えて打ち込むも返される。道徳の攻撃を紙一重で躱して、踏み込むも決められない。誘いにあえてのって押し切ろうにも押し切れない。沙依の猛攻は全ていなされ、躱され、返ってくる。やばい、楽しい。そうだった、生死が関わらなければ戦うこと自体は好きだった。強い人と戦うことが好きだった。そんなことを思って沙依は笑った。沙依はいったん大きく距離をとると、道徳に休戦を申し出た。怪訝そうな顔をする道徳に沙依は提案をした。
「つい訓練じゃなくて稽古みたいになってるけどさ、実戦形式の訓練をしよう。術式の使用はなしで、後は何でもあり。頭部・首・胴体に武器で打ち込まれたら負け。それでどう?」
それに道徳が了承し、戦闘が再開された。再び沙依の猛攻が始まり、先程までの展開と同じようになるかと思われたが、道徳の攻撃を受けきれず沙依はバランスを崩し、手から模造刀が離れて飛んでいった。その隙に道徳が打ち込むと、沙依は身体を逸らしてそれを避けながら道徳の手を掴み自分が倒れるのに巻き込みながら蹴りを入れて、反動をつけて投げ飛ばした。受け身をとった先に沙依の模造刀が降ってくる。それを弾き飛ばすと、すでに間合いを詰めていた沙依がそれを近距離で受け取って、道徳の眉間にそれを突き付けた。
「わたしの勝ちだね。」
そう言って笑う沙依に道徳は頭を押さえて、もう一回と言った。
それから二人は何度も戦い続けた。
「さすがにお腹が減ったからこれくらいにしようよ。」
そう言う沙依に道徳はもう少しと食い下がった。
「あとちょっとで掴めそうなんだよ。お前、動きが早いし気当たりの操作が幻術レベルだし、本当やりにくいけど、あと少しで勝てる様になるから。あとちょっとだけ。頼む。」
そう言う道徳に沙依は渋い顔をした。
「それ、お昼食べてからじゃダメ?」
「感覚っていうのは掴めそうな時に掴んでおかないとどっかにいっちゃうもんだから。頼む。あと一回。あと一回でいいから。あと一回で掴めなかったら、諦めるから。」
そう頼み込まれて沙依は、しかたがないな、としぶしぶ了承した。手を掴まれてお礼を言われてどぎまぎする。本当に嬉しそうに笑うその姿を見て、落ち着かない気持ちになって沙依は目を逸らした。
最後の一戦。沙依は道徳に組み伏せられた。
「これはわたしの負けなのかな?条件は満たしてないから、戦闘不能ないしは死亡扱いにはならないけど、身動き取れないし。」
そんなことを言ながら少し考えて、わたしの負けでいいやと沙依は言った。道徳は勝ち負けよりも、掴みかけていた感覚が掴めた様子で満足げだった。
「とりあえず勝負がついたし、どいてほしいんだけど。」
沙依がそう言うと道徳は、悪い、と謝って沙依の上からどいた。道徳が離れると沙依は上体を起こして、そこに座り込んだ。何かがおかしい。動悸がおさまらない。ターチェでも、云千年も動いてないと体力落ちることってあるのかな。でもそんな息切れとかしてないし。そんなことを考えて、沙依は頭を悩ませた。
「腹減ってたのに付き合わせて悪かったな。昼食べに行くか。お礼とお詫び兼ねて奢るよ。」
道徳にそう言われ、沙依は考えることを放棄して立ちあがった。
道徳と昼食をとっている時も沙依は落ち着かなかった。道徳が食事をとっているのを眺め、綺麗にご飯食べるな、おいしそうにご飯食べるな、なんて考えて、視線に気が付いた道徳と目が合うと見ていたことが後ろめたいような気持ちになって目を逸らした。普段なら、ご飯の食べ方綺麗だね、とか、おいしそうに食べるねって声を掛けるところなのにそんな言葉が出てこなくて、ひどく落ち着かない気持ちになる。訓練場から出てだいぶたつのに動悸がおさまらない。おさまらないどころかなんかひどくなってる気がする。どうしてだろう?沙依がそんなことを考えていると道徳に話し掛けられた。
「沙依はよく訓練所行くのか?」
そう問われて沙依は、昔は非番の時はだいたいいつも入り浸ってたかな、と答えた。
「戻ってきてからは来てなかったんだけど、今、運動不足実感してるからこれから通おうかと思ってるよ。」
「なら俺も非番の度に通ってるからまた会えるな。」
そう言って向けられた笑顔に沙依は頭の中が真っ白になってその場に突っ伏した。顔が熱い。おかしい。風邪ひいた?そんなことを考えて突っ伏したままでいる沙依に道徳が、大丈夫か?と声を掛けた。
「大丈夫。久しぶりの運動なのに楽しくなってちょっと羽目外し過ぎたのかも。ちょっとおかしいから。帰って寝てくる。」
それを聞いて道徳は申し訳なさそうな顔をした。
「俺が無理やり付き合わせたからな。悪かった。送ってくよ。」
そう言われて沙依は慌てて否定した。
「いや、大丈夫だよ。一人で帰れるし。元気なんだけど、なんかちょっと調子おかしいだけだから。それに楽しかったし。無理やりなんて付き合ってないよ。」
そう言ってから沙依は成得に今日は一日中外出してろと言われたのを思い出して固まった。どうしよう、帰れない。帰ったら怒られる。
「大丈夫か?やっぱり調子だいぶ悪いんじゃないか?」
そう言って道徳が手を伸ばして沙依の額に手を当てて、沙依は飛び上がる様に立ちあがった。驚いた顔の道徳と目が合う。今の自分の行動と感覚が理解できなくて、沙依は俯いた。
「大丈夫だから。今日はありがとう。わたし行くね。」
そう言って沙依は逃げる様にその場を去った。
○ ○
「隊長。青木隊長が女でした。」
戻ってきた隊員の台詞を聞いて成得は怪訝な顔をした。
「知ってるよ。沙依は元から女だろ。何言ってんの?」
そういう成得に隊員は、そうじゃなくてと興奮気味に話し始めた。
「青木隊長が完全に恋する乙女だったんすよ。相手の事じっと見つめちゃったり、目が合うと恥ずかしそうに視線逸らしたり、挙動不審になったり。あの青木隊長がですよ。あれだけ隊長にセクハラされても平然としてるあの人がですよ。高木孝介にあれだけあからさまに視姦されて執拗に粘着されてたのに完全無視してたあの人がですよ。変質者に襲われたら平然と男のぶつ握りつぶすようなあの人がですよ。」
なんか今すごく物騒な単語が混じってた気がするんだけど。そんなことを思って成得は、沙依ならやりかねないか、ってかたぶんそう仕込まれてたか、と思い直した。
「沙依があいつに本当に惚れてんのはとっくに知ってるよ。報告するならちゃんと報告してくれる?それじゃ、状況全然わかんないから。」
いつもの薄ら笑いを浮かべて少し厳しい口調で、成得は自分の感想を話し続ける隊員に報告を促した。
報告に耳を傾けながら成得は考えた。記憶を奪っても想いは残る。その結果、沙依は道徳に惹かれた。実際に会ってそういう反応になった。たぶん昔の沙依ならこうはならなかった。恋愛感情でさえきっと不安や恐怖と同じような自分にとって不要なものだととらえて、意識の外側に追いやっていたに違いない。見捨てられることが怖くて、必要な存在であり続けようと必死に自分の感情や想いを抑え込んで躍起になっていた頃の沙依なら、自分の感情に気付くことなんてできなかったに違いないと思う。克服はできていなくても、自分のトラウマと向き合って、自分の感情を受け止めようとするようになって、今の沙依は普通の感覚を手に入れかけてる。きっとあの男にそんな反応をすることもいいことなんだと思う。そう思うけど、やっぱりしんどいな。沙依の想いはきっと実らない。それが解るからこそ余計、成得は苦しくなった。ようやく自分の感情と向き合えるようになってきたのにさ、ここで失恋なんかしたらどうなるんだろうね。また感情捨てて抑え込むようなことにならなきゃいいけど。そんなことを考えて成得は心の中でため息をついた。
「にしても、普通あれだけあからさまな反応されたら自分に気があるって解りますよね?青木隊長、顔立ち整ってるし、胸デカくて肉付きの良い尻して本当エロイ身体してるじゃないっすか。まだ内部の奴だったら忌み色を持った厄災の御子って拒絶する奴もいまだにいるかもしれないけど、普通あれにあんな反応されたら少しはくらっときてもおかしくないと思うんだけどな。あれに反応しないって隊長みたいにロリコンなんすかね?それかそうとうむっつり。」
隊員のその言葉に、俺ロリコンじゃないから、と成得は突っ込んだ。
「え?二次成長期の頃の青木隊長の胸や尻もんで連れ込もうとしてたのに?」
そう返されて成得は頭が痛くなった。そこ突っ込むのほんと止めて。それ俺の黒歴史だから。そんなことを考える成得をおかまいなしに、隊員は何かに気が付いたような顔をして話を続けた。
「あの頃隊長があんなに揉むから青木隊長あんなに胸デカくなったんすかね。あ、隊長、巨乳好きだったんすか?だから青木隊長の胸揉んで育ててたんだ。なるほど。青木隊長のあのデカパイに顔埋めてあれを存分に堪能してましたもんね。いいな、まじでうらやましい。俺もあのデカパイに顔埋めて堪能したい。でもそう考えると隊長ってさ、うわっ、キモイ。妹の胸に顔埋めてその感触堪能する兄とか本当キモイ。ロリコンじゃなくても充分変態っすね。隊長、まじキモイ。」
隊員のその追い打ちに成得は撃沈した。最近そのネタで俺いじるの流行りなの?マジやめて。いや、ネタ提供したのはどう考えても自分自身だけどさ。そんな隙見せたら、そりゃこうなるよね。にしても今日特に酷くない?なんか、気を取り直して通常運転しようとする度に追い打ち掛けられてる気がするけど。三か月も留守にした腹いせなの?沙依が戻ってたの知ってたのに放置して仕事復帰しなかったから、怒ってんの?いつもならそんな嫌がらせすんの楓ちゃんぐらいなのに、なんで今日は皆してそうなの。そもそも仕事上で知り得たプライベート情報伝えてくんなよ。軍規違反だから。それと、知られてるって知ってるって事と、それを直で伝えられるってことはだいぶダメージ違うからね。そんなことを考えて、成得は注意するべき点だけ注意して仕事に戻った。
○ ○
「成得、ちょっといいか?」
成得が内線をとると沙衣がそう訊ねてきた。
「今、時間があるなら少し話がしたい。」
そう言われて成得は自分が処理すべき仕事量と期限を考慮して少し考えた。普段なら大したことない量だが、いろんな意味で邪魔が入るせいでいつものペースで処理ができない。でも少しくらいなら平気だろ。最悪、泊り込めばいいだけの話だし。そんなことを考えて成得は沙衣を執務室に来るように促し、自分も執務室へ向かった。
「まずは仕事復帰おめでとう。あれから調子はどうだ?」
開口一番、沙衣にそう言われて成得は頭を押さえた。
「よくない。まじでよくない。よくないけど、どうにかはなりそう。」
そんな成得の姿を見て沙衣は優しく微笑んだ。
「お前には感謝している。医療部隊にも守秘義務と防音設備があるからな、聞かれたくない話がしたくなったら訪ねて来い。」
そう言われて成得はお礼を言った。
「お前、優しいな。俺、今弱ってるから優しくされると惚れちゃうかもよ。」
いつもの薄ら笑いでそう言う成得を見て、沙衣は眉間に皺を寄せた。
「冗談はやめろ。お前に惚れられても迷惑だ。」
そう言われて成得は、はっきり言うな、ひどい、とショックを受けたふりをしてみた。それを見て沙衣がため息を吐く。
「いつもの調子が戻っているようで何よりだ。」
呆れたようにそう言う沙衣に、いつもの調子なんて出ないよと成得は呟いた。
「で、なんの用なんだ?」
そう促すと、沙衣は少し考えるそぶりをして口を開いた。
「沙依が、今日一日寄宿舎にいるなとお前に言われて戻れないとか言って今うちの詰め所にいる。高英と何かあったのか知らないが、青木家にはなんとなく戻りたくないそうだ。だから、仕事が終わったら迎えに来い。今日泊まり込みするようなら、わたしが帰宅するときにうちに連れて帰るから連絡しろ。」
沙衣のその言葉を聞いて成得は、律儀に言いつけ守ってんだ、と思った。その言いつけを守るっていうのがまた強迫観念からじゃなきゃいいんだけどな。成得はそんなことを考えながら、沙衣を見た。こうやって見ると、やっぱり沙依と沙衣はよく似てるよな。沙衣の方が少し大人っぽいっつうか、色気があるけど。表情とか色々、同じ遺伝子でも育った環境と内面の違いでこんなに変わるんだな。でもやっぱそっくりだよな。間違えたことないけど。そんなことを考えながら成得は沙衣を見つめ続けていた。
「そんなに見られると気持ち悪いからやめてくれないか。」
そう言う沙衣を軽く無視して成得は彼女を見続けてみる。そうしていると落ち着かない様子で沙衣がとても嫌そうな顔をした。
「前言撤回する。お前は本調子じゃない。まだおかしい。おかしいのは解ったから、こっち見るのやめろ。なんなんだまったく、本当に気持ち悪いな。」
そう言われて成得は目を逸らした。
「お前らが小さい頃からさ、お前と沙依間違えたことないなって思ってさ。こんなにそっくりなのに、俺、お前にはセクハラしたことないよね。っていうか、沙依以外にした記憶がない。」
そう言う成得に沙衣は不信の目を向けた。
「あれだけ色々手を出しといてか?情報司令部隊の女でお前に手を付けられてない女はいないってもっぱら有名だぞ。」
それを聞いて成得はうなだれた。うん、そう言われてるの知ってる。あながち間違ってもいないけどさ。でも、それはあれよ。楓ちゃんみたいな諜報員になりたいって奴がさ、最初から楓ちゃんみたいに誰彼構わず練習相手にするのは気が引けるって俺のとこ来るんだもん。最初の相手は隊長にお願いしたいんですとかさ、そんなこと言われて我慢できる男っているの?末膳食わぬは男の恥っていうじゃん。それに諜報員としてそういう技術も身に着けたいってことだからさ、こっちだって楽しむっていうより色々教え込む方が主でさ、自分の性癖とかそう言うのは二の次だよ?やりたくないこともやらなきゃいけないし。あれはある意味で仕事みたいなもんだから。一回がっつり教え込んだら、それ以降は絶対しないし。したことないし。
「色々手を出してたことは認める。ちょっとそういうことしたいなって思ったら、ナンパして一夜の相手にするとかそういうことも確かにしてました。でも、そういうことしても後腐れないような女選んでしてたから。普段から女の子にくっついたり、胸とか尻触ってないからね。」
そう言う成得に沙衣は汚物を見るような視線を向けた。
「否定しないって、お前本当に節操なしだったんだな。ちょっと見直し掛けてたが、やっぱりお前は信用ならんわ。こんな奴に沙依を任せたとか、わたしの一生の不覚だ。」
この軽蔑しきった視線と声音、凄く覚えがある。次郎だった時に姉から向けられてたのと一緒だ。本当さ、何で女ってこんな潔癖なの?だってさ、したいもんはしたいでしょ。同意でするならなんの問題もないでしょ。嫌がる相手に無理やりした訳じゃないのにさ、なんでこんな目で見られんの。同意のない行為は俺だって反対だよ。お互い楽しんでなんぼだと思ってるよ。家庭持ってるわけでも特定の相手がいる訳でもないし、誰となにしたっていいじゃん。そんなことを考えて成得はため息をついた。
「まともな女からしたら俺みたいな男は本当軽蔑の対象でしかないよな。こんな俺が普通に家庭持つとか絶対無理だよな。」
自分が普通に所帯を持って子供を持つ、そんな未来があったっていいという隆生の言葉を思い出して、成得は天井を仰ぎ見た。
「何だお前、そんな願望あったのか?」
沙衣にそう言われて成得は視線を沙衣に戻した。
「あ?ないよ。俺は所帯持つ気も特定の相手作る気もない。っていうか無理だろ。誰が好き好んで俺なんかと一緒になるっつうんだよ。悪い噂ばっかだし、実際どれだけ恨まれてるか解んないし。隊長職ついてからは内勤が多くて出歩くってことは少なくなったとはいえさ、仕事がら留守も多いし、話せないことも多くて、どこで何してるんだかわからないんだぜ。耐えられないだろ。俺のせいで危険な目にも合うかもしれないし。」
そう言って成得はため息をついた。
「隆生があほな事言うからさ、少し考えちまうんだよ。自分が普通に所帯持って父親になってる未来ってやつをさ。正直言うと願望がない訳じゃない。それは認める。でも、無理だなって思う。まず普通の生活なんて無理だし。俺、初めて会ったら、まずそいつを殺す時の事考えるような奴だぜ?自分に子供出来たとして、自分の子供見たらまずそんなこと考えるんじゃないかと思ったら、本当耐えられない。俺が家庭持つとか本当に無理だから。」
そう言って成得は遠い目をした。そんな成得を見て沙衣が溜息を吐いた。
「ようは逃げてるってことだな。まともに人とも自分とも向き合うのが怖いから、適当に欲求を発散できる相手とつかの間の恋人ごっこをを楽しんで終わらせてるんだろ。なにかあった時に責任を取ることが怖いのか?それとも特別を作ってしまって拒絶されるのが怖いのか?自分のせいで相手を傷つけることが怖いのか?そう言う事全て含めてようは自分が傷付くのが怖いんだろ。」
急に真剣な目で沙衣にそう言われて成得は、さっきまで軽蔑の視線向けてたくせになんなの、と思った。
「わたしも人の事は言えないが、自分の中で完結している以上、全部独り善がりだぞ。人と人の繋がりは自分と相手があってこそだ。友人でも、親兄弟でも、恋人でも、夫婦でも、同僚でも何でも、全部自分と相手があって関係性ができる。相手がいる以上お前だけの問題じゃない。相手にも考えて選択をする権利がある。それを忘れるな。」
そう言って沙衣は成得の目を覗き込んだ。
「もしだ。もし、本当に求める相手ができたとしたら、ちゃんと向き合うべきだとわたしは思う。最初から無理だと決めつけて抑え込んだら、始まるものも始まらないし、抑え込んだ気持ちは何処へ行く?きっとそれはお前を蝕む楔になるぞ。」
それを聞いて成得は、そんなこと言われてもな、と呆けた。
「沙衣はうちの連中と違って、俺の弱み握っても俺のことおちょくらないよね。いつもそうやって力になってくれるしさ、本当に惚れてもいい?」
そう言われて沙衣は深く眉間に皺を寄せた。
「だから迷惑だ。本当に惚れられても答えはNOだからな。」
「意地悪。さっきと言ってる事違うじゃん。」
「自分の気持ちと向き合えと言ったのであって、誰彼構わずアタックしろとは言ってないぞ。それにお前わたしのこと求めたことないだろ。それと既婚者相手に何言ってるんだ。」
そんなやり取りをして、沙衣は大きくため息を吐いた。
「ところで、他に何か用事があったんじゃないのか?さっきの話だけなら、内線で事足りただろ。」
成得がそう話を促すと沙衣は難しい顔をした。
「沙依の事なんだがな。調子が悪いと言ってうちに来たのはいいんだが、完全に健康体でな。というか、沙依の言う動悸や熱っぽさというのが完全に病気ではなくてだな。」
そう言葉を濁す沙衣に成得は直球で返した。
「あぁ、病名恋煩いね。まだそこまでじゃないかもしれないけど。これから確実にそうなるだろ。沙依が男の事考えて一喜一憂する姿なんてまじで見たくない。」
そう言う成得に沙衣は、知ってたのか?と驚いた顔をした。
「前に訓練所で会った時、沙依が完全に恋する乙女の目であいつのこと見ててさ、遅かれ早かれ自覚すると思ってたよ。その様子だと自覚してないみたいだけど。」
成得のその言葉に沙衣はため息を吐いた。
「そうなんだ。あそこまであからさまなのに自覚してないのが問題なんだ。あの状態の沙依にどう接していいのか解らなくて困ってるんだ。」
本当に困った様な顔でそう沙衣に言われて成得は怪訝そうな顔をした。
「俺にそれ伝えてどうしろって言うの?俺だって解んないよ。そもそもそれが無くても今、沙依をどういう扱いすればいいのか悩んでんのに、無理だから。」
成得のその言葉を聞いて沙衣は疑問符を浮かべた。
「お前が沙依の事をどう扱うかは好きなように扱えばいいだろ。何を悩む必要があるんだ。意味が解らないぞ。」
それを聞いて成得は、お前バカなの、と突っ込んだ。
「あんだけはっきり家族じゃないって突き付けられてよ。兄妹だったのはこの身体に生まれる前で、今は違うって受け止めようとしてんの。でもさ、沙依を嫁にやりたくないとかさ、離れてかれるのが淋しいとか思うだけならともかく、お兄ちゃんじゃないのにそれを口に出したり行動したらおかしいでしょ。何の権限があって、あいつの自由恋愛の邪魔すんのって感じじゃん。養子にならないか訊いたら拒否られるしさ、家族になれないのにこんな気持ち抱いたままどうしたらいいの。」
そう嘆く成得を、沙衣は救いようのないものを見るような目で見た。その視線が痛くて成得は目を逸らした。そんな目で見るなよ。本当は解ってるよ。自分が沙依をどう思ってるかなんて気が付いてるよ。気付きたくなかったけど気付いちまったよ。でも、認めるわけにはいかないの。だから扱いに困ってるの。無自覚だった時はあんなに堂々愛情表現できてたくせにさ、自覚した瞬間、何もできなくなるんだぜ。俺だって、自分の感情との折り合いの付け方が解らなくて辛いんだよ。感情の落としどころを探してるんだよ。
「お兄ちゃんじゃなくなったってさ、沙依が大切だって事には変わりないんだよ。大切だから、幸せになってほしい。沙依がちゃんと幸せになれるならさ、それに越したことはないんだ。」
そう言って成得は目を伏せた。
「沙依の事はほっといてもそのうち自覚するか、おせっかいな誰かが教えるだろ。接し方が解んないならほっとけばいいんだよ。」
そう言って成得は立ちあがった。
「じゃあ、そろそろ仕事戻るわ。仕事片付けたら沙依を迎えに行く。」
そう言って沙衣の頭をポンポン撫でると、成得は執務室を後にした。
○ ○
「何でお前、泥酔した酔っぱらいみたいになってんの?医療部隊の詰め所で何してたの?」
ぐったりと長椅子に寝そべっている沙依に、成得は冷たい視線を向け、冷たい声を出して訊いた。
「なんか落ち着かなくて、技術開発部隊の装置実験に付き合って色々してたんだけど。疲れた。」
そう言って沙依は突っ伏した。
「おい、起きろ。帰るぞ。」
そう声を掛けるも反応しない。
「こんなとこで寝たら風邪ひくから。ちゃんと帰ってから寝ろよ。おい、沙依。」
身体を揺すると、何かむにゃむにゃ言い返してくる。かろうじて、起きれないという言葉だけ聞き取れて、成得はため息を吐いた。
「ほら、おぶってやるから。ちょっとだけ頑張れよ。」
そう言って成得は沙依を起こして背中に乗っける。背中にくっついた沙依が、何かを言った。聞き取れなくて訊き返すと、沙依は何でもないと呟いて眠ってしまった。本当、なんでそんなに無防備なんだよ。子供じゃないんだからいい加減にしろよ。もう俺が兄ちゃんじゃないって思ってんだろ。ならさ、もっと気をつけろって。そんなことを考えて成得はため息を吐いた。沙衣も沙衣だよな。俺の事信用ならんとか言っといて、俺の気持ちにも気が付いてるくせに、結局沙依のこと任せてくんだもんな。何?このまま俺が沙依になにかしてもいいの?俺と沙依の間に何かあってもいいの?何でこんな信頼されてんだろ。本当、わかんない。
第三管理棟を出ると外はもう真っ暗だった。すっかり遅くなっちまったな。そんなことを考えながら帰路に就く。
しばらく歩いていると、背中の沙依が声を掛けてきた。
「ナル、ありがとう。ちゃんと自分で歩くよ。ごめんね。」
そう言う沙依に成得は、べつにいいよと言った。
「疲れてんだろ。このまま連れてってやるよ、大した距離じゃないし。」
それを聞いて沙依はありがとうと言ってまた突っ伏した。
「なんかこうしてくっついてると落ち着くな。人の背中にくっつくの好きなんだ。」
そう言う沙依の声が耳元でして、成得は何とも言えない気持ちになった。
「ナル、なんかさ、わたし変なんだ。」
そう言う沙依に、知ってるよと言うと、ナルは何でも知ってるねと言って沙依は笑った。そして、今日会ったことを話してくる。沙依の話に耳を傾けながら、成得は自分の胸が締め付けられるような思いがしていることを静かに感じていた。ちゃんと心を決めなきゃいけないよな。そんでもって、この痛みにも慣れてかなきゃな。そんことを考えて成得は遠くを見た。
「ナルはさ、こんな風になったことある?」
そう訊かれて成得はあるよと答えた。
「大抵の奴は経験することだよ。お前も多分、経験したことがあんじゃね。忘れてるだけでさ。」
それを聞いて沙依が、そうなのかな?なんてぼやく。
「みんな経験するんだ。なら大丈夫かな?沙衣に訊いたら、病気じゃないって言われるし、治療法はないって言われるしさ。自分だけおかしいのかと思ってどうしようかと思っちゃった。」
それを聞いて成得は、まぁ病気じゃないしね、と思った。
「別に悪いことじゃないから。今、感じてることを大切にしてさ、どうしたいのかちゃんと考えていけばいいんじゃない。そうすりゃそのうち落ち着くよ。」
成得は自分で言って、どの口がそんなこと言ってんだかと思った。自分ができない事を平気で人には言うってどんだけだろう。そんなことを考えて成得は目を伏せた。そうだよ、俺は逃げてるだけだよ。自分とも人とも向き合いたくない。真実に気が付いてたって、受け入れたくない。自分が作り上げた、児島成得っていう殻の中から出るのが怖いんだよ。どんなにはがれかけてたってさ、しがみついてたいんだよ。今更、むき出しの自分なんて出してさ、どうやって生きていけばいいのか解んないんだよ。いや、もう解んなくなってる。解らないから、必死に残った欠片にしがみつこうとしてるんだ。それが解ってるけど、でもやっぱり受け入れられないんだよ。本当、俺はどうすればいいの?誰か教えてくれよ。成得がそんなことを考えていると沙依が話し掛けてきた。
「ナル、大丈夫?」
そう言って頭を撫でてきて、成得は苦しくなって歯を食いしばった。大丈夫じゃない。大丈夫な訳がない。
「辛い時は我慢しなくていいんだよ。ナルがさ、そう言ってくれたんだよ。ナルは次兄様じゃなくなったのかもしれない。でも、そう言ってくれたのは次兄様じゃなくてナルだよ。わたしを助けてくれたのは次兄様じゃなくてナルだよ。全部、次兄様の記憶を持ったナルがわたしにしてくれたんだよ。だから、わたしナルの事が大好きだよ。次兄様じゃなくなっても、ナルの事大好きだよ。」
そう言って沙依はぎゅっと成得を抱きしめた。そうされると成得は本当に息が詰まる思いがした。本当に止めてくれ。そんな気軽に大好きとか言うなよ。
「次兄様の記憶があるからナルはわたしに優しくしてくれたのかもしれない。でも、きっかけはそれでもさ、ナルがわたしにしてくれたこと全部、ナルがしてくれたって事実は変わらないんだ。わたしが嬉しかったことも、わたしのありがとうの気持ちも変わらないんだ。だから、ナルが辛かったらわたしヤダよ。次兄様じゃなくても力になりたいって思うよ。お兄ちゃんじゃなくても、どうしても辛い時はぎゅってしに来ていいよ。」
そう言う沙依に成得は、バカじゃないのと言っていた。そんなことしたら余計辛くなるだろ。俺がお前に求めてるのはさ、もうそういう事じゃないんだよ。そんなことを思って成得は泣きそうになった。
「お前さ、本当解ってない。男にそうやって優しくしちゃダメだって言ったろ。俺がそれで勘違いしちゃったらどうすんだよ。」
そう吐き捨てる成得に沙依は、その時になったら考える、と答えた。
「それにお前に恋人とかできたらさ、絶対相手嫌がるぞ。そん時はどうすんの。俺を切り捨てるの?それとも恋人を切り捨てんの?そういう選択迫られてお前がどっちを選んでも、選ばれなかった方はすげぇ傷つくんだぜ。そういうこと解ってる?」
そう言われて沙依は頭を悩ませた。
「そういう事考えたことなかったや。そっか、そういうこともあり得るのか。自分が誰かと一緒になるとか想像すらしたことなかったよ。難しいね。どうしたらいいのかな?」
脳天気にそう言う沙依に、バカじゃないのとまた成得は言った。
「だから、普段から気軽に男に優しくしなきゃいいの。言ったでしょ。男女の仲になってもいいって思える相手以外にはダメだってさ。愛はそんなばらまくもんじゃないから。そういう優しさはさ、本当に大切な奴ができた時にとっとけよ。そういうのは特別な相手にだけ向けとけばいいの。皆が皆お前から愛がもらえなくても、自分を愛してくれる別の誰かを探せんだから。」
それを聞いて沙依は、善処する、と呟いた。善処するって何に対してだよ。そんなことを心の中で突っ込んで成得は小さくため息を吐いた。無邪気に四方八方に愛をばらまく辺りは、末姫だった頃と変わらない。本当、それが許されるのは子供の内だけだぞ。そんなことを思って成得は胸が苦しくなった。でも、そんなお前だから俺は大好きだよ。本当に、どうしようもないくらい好きだよ。好きだからさ、お願いだからもう優しくしないでくれ。俺が俺じゃいられなくなっちゃうから。これ以上俺の中に入ってこないで。そうすればまだ取り繕えるから。俺の好きもお前の好きと同じ物だって、自分を勘違いさせられるからさ。