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シスコン次男の決断  作者: さき太
2/8

間章 次郎と柚香①

 次郎は夜の森の中をぶらぶら歩いていた。実家を出た後も夜間の見回りは日課になっていた。実家の近くまで行って千里眼で中の様子をうかがう。四郎(しろう)と末姫が心地よさそうに眠っているのを確認して次郎は温かい気持ちになった。

 実家を出てから一度も実家に帰ってはいない。よほどの用事でもない限り帰るつもりがない。姉が、次郎が残ってたら安心して嫁げないなんて言い出すから家を出たのだ。しょっちゅう自分が戻っていたら毎日実家に通って弟妹の面倒を見ている姉にどやされる。

 長兄は許嫁であった神官の娘が十五になると結婚し家を出た。それを機に、いつの間にそんな相手を作っていたのか三郎(さぶろう)が、実は自分も結婚を考えてる人がいるんだと言って相手を連れてきて、そして家を出た。それで姉をからかったら、自分にだって嫁に来てほしいと言ってくれる相手がいるのだと、自分だってその相手が好きで気持ちに答えたいけど行けないのだと、半泣きになりながら言われた。いつも強気な姉のその様子に次郎はたじろいた。

 「そんなに好きなら相手の男んところ行けよ。何で行けないんだよ。」

 そう言うと目元を赤くした姉に睨みつけられた。

 「わたしがいなくなったら誰が家の事するのよ。四郎はもうすぐ成人だけど、末姫はまだ子供だしおいていけないでしょ。」

 そう言われて次郎はなるほどなと思った。

 「確かにずっと姉貴に頼り切ってたけどさ、俺だってある程度家のことぐらいできるんだぜ。四郎だってできないわけじゃないし。姉貴がいなくたって大丈夫だって。ちゃんとするから。相手が諦めて他の女のとこ行く前に嫁いでこいよ。姉貴みたいな暴力女好いてくれる相手なんてそうそういないぞ。そんな相手に逃げられたら後がないって。どうしても心配ならまめに様子見にくりゃいいだろ。」

 そう言う次郎に姉は黙り込んで何か言いたげな視線を向けていた。

 「何だよ気持ち悪いな。言いたいことがあるならはっきり言えよ。」

 姉からの視線が居心地悪くて次郎が促すと姉は小さい声で何かを言った。聞き取れずに聞き返すと、あんたが残ってたら安心して出て行けないのよ、と怒鳴られた。

 「兄様(あにさま)や三郎もいなくなって誰があんたを止めるのよ。四郎は脳天気で出歩いてばかりだし、父様は臥せってばっかだし、何やらかすか解らないあんたと末姫を残して出ていける訳がないでしょ。」

 うわっ、ひでぇ。姉の言葉に次郎は思わず呟いた。でも言っていることは解らなくもないからそれ以上は何も言わなかった。引きこもりだし、世間でも穀潰しで有名だし。次郎は姉から邪険にされているというか信用されていないことは解っていたが、でも直接こう言われるとさすがに気が滅入った。

 「じゃあ、俺が出て行けばいいんだろ。」

 次郎がそう言うと姉は驚いた顔をしていた。

 「だから、家のことぐらい俺だってそれなりにできるって言ったろ。一人暮らしぐらいわけないって。それで姉貴が安心して嫁いでけるなら、喜んで出てってやるよ。後々、俺のせいで結婚できなかったなんて言われても困るしな。」

 そう言って次郎は姉に笑い掛けた。

 「そのかわり嫁いでってもちゃんと家の事頼んだぞ。俺は関わらないから。」

 姉が何か言おうとするのを遮って次郎はその場を立ち去った。


 自分が家を出た時のことを思い出して次郎は苦しくなった。姉は毎日実家に通い、少しづつ末姫に家事炊事を教えている。一日中入り浸ってるわけではないとはいえ、姉がそうやって実家に通うことを快く許し支えている姉の夫はよくできた人物だと思う。だから問題ない。自分は帰らない方がいい。次郎は来た道を戻って自分の家へ向かった。

 帰り道、次郎は人影を見つけた。千里眼で状況を確認するとすぐさま駆けつけて、とりあえず声を掛けた。

 「ねぇ、何やってんの?」

 次郎の言葉に反応して男たちが振り返った。自分を確認した上で襲ってくるあたり舐められてると思う。次郎は軽く返り討ちにして、逃げていく男たちの後姿を見送った。

 「腕っぷしの強さは姉貴や四郎が有名だけど、俺たち兄弟全員そこそこ戦えるんだぜ。それに地上の神の子を確認して攻撃してくんなよ。本当、俺どんだけ舐められてんの?」

 そうぼやきながら次郎は残された一人に目を向けた。それは恐怖に身を縮こまらせ震える若い娘だった。

 「大丈夫か?」

 そう声を掛けると、娘は血の気の失せた顔を次郎に向けて頷いた。ぎこちなく笑って、お礼を言ってくる。それを見て次郎はため息をついた。

 「その様子は大丈夫じゃないだろ。意味の解らない強がりすんなよ。ほら、立てるか?」

 次郎が手を差し出すと娘はそれをとって立ちあがった。足がもつれて次郎に寄りかかる。

 「申し訳ありません。次郎様。」

 娘がそう言ってとっさに離れようとするが、また足をもつらせて転びそうになる。次郎は呆れたような顔をして娘を抱き上げた。娘が驚いて小さな悲鳴を上げる。

 「お前さ、その状態じゃ歩けないだろうが。多少男に触られるくらい我慢しろよ。送ってやるから。」

 そう言うと娘は俯いて小さな声で謝った。娘の示す方向に歩みを進めながら次郎は娘に話し掛けた。

 「別に謝らなくてもいいけどさ。こんな時間にお前みたいな若い娘が何やってんの?ああいう連中もいるし、野犬だって出るし危ないだろ。うちの姉貴だってこんな時間に出歩かないぞ。」

 自分の腕の中で身体を強張らせて俯いている娘は、どう見ても遊び歩いているような女には見えない。そんな娘が誰もが寝静まった様なこんな時間に出歩いているなんて、次郎には不思議で仕方がなかった。

 「あの、病で臥せっていた父の具合が急変しまして、あわててお医者様のところへ向かってたところを先程の人たちに襲われて、ここまで連れてこられて、それで…。」

 小さな声でしどろもどろ説明する娘に、そりゃ大変だったな、と次郎は返した。

 「別に無理して全部話さなくてもいいよ。無事ですんだんだから良かったじゃねぇか。俺でどうにかなるか解らないけど、送ってくついでにお前の父親の具合も診てやるよ。それでいいだろ。」

 そう言う次郎に娘はまた小さい声で、すみませんと謝った。

 「だから別に謝らなくていいって。知ってるだろうけど、うちには女兄弟が二人いるの。末姫はもちろん、姉貴がこんな時間に出歩いてても心配にもなるし、もしさっきみたいな目に遭ったらそいつら殺してやるくらい思うわけ。そんなんなのに、他所の娘だからってほっとけるわけがないだろ。それにそんな理由で出かけたなら父親が良くならないとお前また出て行くだろうが。それが解ってるのに、送って行きましたはいお終いで、済ませられるわけないだろ。人の好意は素直に受けとっておけ。」

 それを聞いて娘はまた小さく謝って、次郎はため息をついた。

 「お前が悪い訳でもないのに謝られると気が滅入るし、ありがとうだけでいいから。俺なんてちょろいからかわいい娘に笑顔でありがとうって言われれば、それだけで何でもしてやろうって気になっちまうんだから、笑ってありがとうって言っておけばいいんだよ。その方がお前も得だぞ。」

 次郎がそう言うと娘は更に深く俯いて、小さな声でありがとうございますと呟いた。次郎が名を尋ねると、娘は柚香と答えた。次郎が良い名だとほめると、柚香は自分もこの名が好きですとはにかんで答えた。


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