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シスコン次男の決断  作者: さき太
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序章

 夢を見た。ひどく懐かしい夢だった。夢の中には女性がいた。顔は見えない。ただ彼女が優しく微笑んでいることは解った。

次郎(じろう)様。あなたを心より慕ってた女がいたことをどうか忘れないでいてください。」

 夢の中の女性にそう言われて、成得(なるとく)は目が覚めた。

 また夢を見るほど深く眠っていたのか、そう思うとなんだか不思議な気分だった。以前ならそれを怖いと思い、気が緩んでいると自分を律していたが、今はそれでもいいと思えた。深く眠れるならそれに越したことはない。自宅でさえ厳重に術式を張り巡らせているのだし、それに少しでも殺気を向けられたらどうせどんなに深く眠っていたって飛び起きるのだから。人を殺すのに完全に殺気を消せる者なんていない。いるとしたらそれはきっともう人ではない。それにもうそんなに常に張り詰めている必要はない。そう思えるのはどうしてだろうか。成得には自分自身の事がよく解らなかった。

 数日前、訓練の報告書が成得の元に提出された。それに目を通した時に成得の中で何かが崩れた。自分がいなかった数か月の間も、自分が戻ったあとも部下たちは訓練を真面目に遂行していた。部下たちが訓練にかこつけて自分に嫌がらせをしていたことは気が付いていたが、報告書からその裏にある副隊長たちのメッセージが痛いほど伝わってきて、胸が締め付けられる思いがした。あのふざけた訓練の中で何重にも仕掛けられた工作、自分さえ騙し切った策略、報告書に書かれていない事実もきっと沢山あるのだろうと思う。それは、自分たちはもう成得に守られなくても大丈夫だという意思表示だった。成得がいなくてもこれだけのことを考え実行できるのだという証明だった。子供が親離れをして出て行った、そんな喪失感を成得は感じていた。これも見たくないから目を逸らしていただけできっと前から気が付いていた。あいつらがもうかわいそうな子供じゃないって、自分がいなくても一人で生きていける自立した大人だって、それを認められなかったのはきっと自分を守るためだ。自分の生きる理由として、軍人で在り続ける意義として必要だったからだ。そんなことを考えて成得は自分が情けなくなった。

 沙依(さより)道徳(どうとく)が自分たちが恋人同士であったことはおろか、深く親交があったことすら忘れて過ごし、その状態で道徳が第二部特殊部隊で三年の訓練期間を全うし隊員たちに認められること、それをクリアした状態で記憶を戻し、その時にまだ二人がお互いを想い合っているのなら二人を結婚させるという条件で始めたゲーム。それを妨害し沙依と道徳を破局させることを目的とした、内部偵察、内部操作の訓練。その結果はまだ出ていない。それでも報告書が提出されたのはこれ以上の工作が必要ないと判断されたからだ。成得もそう思う。後は記憶が戻った時に沙依がどんな判断をするかだったが、どっちを選ぶにしてもきっと沙依は辛い思いをする。それを考えると成得も辛くなった。彼女がどんな選択をしようとそれを尊重して受け入れよう思う。もう邪魔はしない。もう介入しない。自分にそんな権利は元々なかった。それに、彼女ももう小さな子供ではないのだから、自分の事は自分で決めて一人で歩いて行けるのだから。

 成得は今朝見た夢の女性に思いを馳せた。悪いな柚香(ゆずか)。俺、ずっと忘れてたよ。記憶が戻った後もずっと、お前の事を少しだって思い出しもしなかった。もうお前の顔も声も思い出せない。なのに何で今更お前の事を夢に見るんだろうな。

 夢に出てきた女性。それは成得が今の身体に生まれる前、地上の神の次男である次郎だった頃妻だった女性だった。あれは父親が狂い実家の事が心配になった時、(すえ)(ひめ)の所に行ってやれと自分を送り出した妻が言った台詞だった。実家を出てから次郎は一度も実家に帰らなかった。いや、結婚するときにだけ妻に促されてしぶしぶ報告に行った。それ以外は本当に一度も戻らなかった。そのことを気にする妻に、姉貴が毎日行ってるから大丈夫だとか何とか、いつも言い訳をして帰らなかった。ずっと気にしていたくせに戻らなかった。ずっと距離を置いていた。いつでも妻は、帰らないと言い張る次郎に優しく促すことはあっても、強制はしなかった。でもあの時だけは譲らなかった。例え次郎が戻ってこなかったとしても家や子供の事は自分が護るから末姫のところに行ってやれと、実家に駆け付けることを躊躇していた次郎の背中をそうやって押して、妻は次郎を送り出した。

 今思うと妻には全部見透かされていたと思う。自分が逃げているだけだと、目を逸らしているだけだと、自分と向き合うことが怖くて誤魔化していただけだと。そんなことを考えて成得は空笑いが出た。次郎だった時も今も本当に成長してないな、俺。でも、もうさ、そろそろ向き合うことも覚えないといけないよな。そう考えて成得は気が付いた。そうか、俺が変わろうとしてるからお前が夢に出てきたのか。あの頃のことにもちゃんと向き合えるようにお前が出てきたんだな。そんなことを考えて成得は気持ちを切り替え仕事に向かった。


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