準備
「それでどこの国に行くの?」
「ああ、魔法王国に行こうと思う」
「魔法王国か~」
時雨が何度も言葉を噛み締め、まだ見ぬ国を想像する。
この質問に至ったのは数分前のレンの言葉からだった。
時雨の力を抑える事は出来ても、その力の使い方を教える事はレンにとっては不得意に該当する。ならばと、教える事が得意な国に行くのが最善というレンの提案からだった。
時雨はふと思い出したかの様に首を傾げながら、レンに言葉を投げかける。
「レンはどうしてそこまでしてくれるの?それと、私の力はどうやって抑えているの?もしかして異世界人?」
レンは苦笑いを浮かべながら。
「見ての通りさ、俺は異世界人じゃないよ。時雨を助けるのは時雨が助かりたいと自分の口で言ったからだ。ただ自分の殻に閉じこもっているだけの人を俺は助けるほどお人好しじゃない。それに時雨はここまできたじゃないか、何もわからない土地で教えてもらえたからだろうけど、ここまで自分の足できたじゃないか。だから協力する。それで納得できる?」
ん~と指に顎を乗せ。
「随分お人好しなんだね。でもそのおかげで私は道ができた、ありがとう。実はまだ半信半疑だったりするんだけど・・・」
レンは微笑む。
「それでいいんだ。最初から全部信用しちゃいけない。知らない土地なら特に」
「それで、どうやって私の力を押さえ込むの?」
悪戯めいた表情で。
「それは企業秘密さ」
翌日、レンはイライラしている。
今いる場所は中央広場の服売り場にいる。
「どうして女っていうのは・・・」
レンは汚れた服のままでは行けないと、時雨の服を買いにここまで来ている。その他にも、旅をするための2人分の保存食等を買う目的があった。
レンが買い物を済ませて時雨が終わるのを待ってすでに2時間が経過している。それなのにだ、今だ時雨は服を楽しそうに選びながら店員と楽しく話をしている。
「魔法王国へ行かれるんですか?」
時雨は嬉しそうに頷き。
「そうなんです。私は異世界人なので、力をちゃんと使える様にと」
「左様ですか、しかし魔法王国ですか・・・」
「なにか問題が?」
店員の女性は慌てて手を振り。
「いえ、問題といいますか。確かに知識を深める魔法王国では、魔法以外でも異世界人の力の在り方も知識の一貫として修めているそうですが。実際異世界人の講師もいるそうですし・・・。ただ・・・」
時雨は首を傾げる。
「ここに来て日が浅いのでしょう?だから力の使い方を知りたいのですよね?」
「ええ・・・」
「そうですよね。魔法王国も悪くない選択だと思うんです。ただ決して安くないお金がかかるのですよ。もちろん自国民であれば安くすむ法もあるそうですが、国民になる条件というのは決して簡単なものじゃないです。異世界人でも他国の者でもです」
「あの、おいくらくらいかかるのでしょうか?」
「正確な額まではわかりませんが、魔法王国は知識をなによりも大事になさますから。恐らくは金貨10枚はかかるとは」
時雨にはピンと来ない。こっちの世界の通貨の価値を把握しようにも買い物をする機会に恵まれなかったし、労働もできなかった。ただここ数週間生きてこれたのは本当に親切な人に出会えた幸運のおかげだ。
「金貨10枚・・・、あのそれだけあればどれだけの物が買えるのでしょうか?」
女性の店員が少し悩む仕草を取り。
「そうですね、馬車1台が金貨10枚程です。もちろんそれ以上の物もありますが、最低そのくらいかかります」
時雨は少し考える。馬車というのはこの世界では乗り物。つまりあちらで言う車に該当する物なのだろう。つまりそれだけの価値があるという事に思い至る。
「そ、そんなにするのですか?」
申し訳なさそうな表情を浮かべ。
「ええ、残念ですが」
時雨はレンの身なりを想像する。とてもじゃないが、豊かそうには見えない。豊かであっても馬車1台を買うだけのお金をポンと支払ってくれるだろうか。金額を知ったらやっぱり止めたと言われたらどうしよう。希望を抱いていた魔法王国が暗い未来になるのではないかと、しばらく時雨は思案にくれる。
「あの・・・」
思案にくれていた時雨に店員の遠慮がちな言葉が聞こえ、すぐに慌てて店員に視線を合わせる。
「は、はい?」
「魔法王国は悪くない選択です。ですが、先程も言ったように金銭的な問題があります。それよりもここから魔法王国よりも近く、異世界人には国民でなくても援助し教えてくれる国があるのです。そちらにいかれましては?」
店員の言葉が理解できなかった。魔法王国では大金が必要と言われたのに、もう一つの国は無償で教えてくれ、援助までしてくれる?何を言っているのこの人?
怪しむ視線に気がついた店員は、微笑みを消し、真剣な表情になり。
「あるのですよ、そんな夢みたいな国が。なにせその国の王は異世界人なのですから」
時雨は目を見開く。
「異世界人が王に?」
「そうですよ、異世界人が重職に就く国はありますが、異世界人が王なのはその国だけです。国は富、領土は広く、軍は強兵、それもすべて王のお力によるものだとか」
感嘆の息が漏れる。
「すごい・・・、それでその国の名前は?」
「ええ、その国の名前は」
時雨はレンの財布事情を考慮して、装飾は質素で動きやすさを重視した服を買い、店の外で退屈そうにしているレンを強引に連れ立って、店で聞いた話をすぐにしたくて帰宅を急いだ。
「ダメだ」
それがレンの答えだった。
時雨はまるで理解できない表情を浮かべ。
「何故?魔法王国よりも近いし、お金もかからないのよ?ダメな理由がわからない」
レンはため息を一つついて。
「答えは簡単だ。俺が皇国の王が嫌いだからだ」
嫌い?店員の話では素晴らしい王と聞いている。なのにレンは嫌い?
戸惑う時雨に
「時雨はこの世界の事をまだ分かってないから仕方ない」
その言葉に時雨はふつふつと怒りが沸き立つ。
「知らない?知らないわよ、確かにわからない事だらけよ。でもわからないから知りたいんじゃない!どうしてダメなの、理由を教えてよ」
レンは再度ため息をつき。
「あいつが何をしたかわかるか?この世界はなここまで紛争に見えた世界じゃなかった。だがな、今じゃ戦争をしない国の方が珍しいくらいだ。この国みたいにな。どこいっても戦争さ。力を得たことで神にでもなったと勘違いしたのだろう。一人の人間ということを忘れて、神の真似事をした結果がこの世界だ」
レンの初めての激情に任せた言葉に時雨は言葉を失う。
その表情を見て、レンは慌てて笑顔になり。
「大丈夫だ、お金のことは心配しなくてもいい。それに魔法王国に行く理由はもう一つある」
恐る恐るレンの顔に視線を移し。
「時雨に魔法を覚えてもらいたいからだ。はっきり言えば、時雨の力は使い勝手が悪い。ならばすぐに使える魔法を覚えた方がいいだろう?」
「そ、そうかもしれない」
「才能があるかわからない、だが初級でも使えないよりは全然いい。よし、今日は休もう。明日には出発だ」
時雨は進められるまま、寝台に行き布団にもぐりこむ。
目を閉じ、眠るよう努力するが、どうしても先程の光景が思い出される。レンが初めて見せた怒りは本物だった。女性の店員から聞いた話からはとても想像できないレンの言葉に何度も思考を巡らせるうちに眠りにつく。