戦友
男は広大な広間の人気のない場所で、身動ぎ一つせずひたすら祈りを捧げる。
祈りを捧げる対象は、高い場所にある玉座。その玉座には誰もいない。それにも関わらず、男は真剣に祈りを捧げる。
彼にとって、そこにいたであろう人物は、崇拝に値する者だった。1度裏切られ、2度目の人生を歩むことになった彼にとって、2度目も裏切られるかもという恐れも少なからず心の片隅にあった。そんな彼の心は、1年も仕えれば全く意味のない心配事と悟る。彼が仕える王はまさに理想の王そのもの。家臣に優しく、民を第一に考える。ただ不満があるとすれば、もう少し、王らしくあってほしいところではあるが、これは彼のわがままなのかもしれない。
彼は玉座を仰ぎ見る。
そして彼は一言。
「皇王・・・」
それ以上の言葉はでない。謝罪の言葉もどんな言葉も違う気がして。
私はどうすれば良かったのか、王が王をやめたがっているのは繋がっている自分には薄々感じていた。だからもうひとりの兄弟とも呼ぶべきあの者の行動を見逃した。だが、抗うべきだったのかと、もっと別の方法があったのではないかと、今でも悩む。そして、朝議で皇王を信じきっている家臣の純真な目をみて、いつも申し訳なく思う。彼らにはきっと今も玉座に王がいるのだろう。姿すらも思い出せない王が・・・。共に歩む同胞達に仕える君主がこの場にいないことを知られたらきっと隠していた私は憎まれるだろう。それでも私は彼らは幸せだと言える。仕える王がいないとわからず、気がつかず、日々を過ごせるのだから。
欲が出る。それを押さえ込もうと、右手で左腕を握り締める。それだけの行動では、もはや押さえつけることができず、言葉に出る。
「陛下、お会いしたい」
「ご命令を直接受けたい」
「褒めていただきたい・・・」
右手により一層力が込められる。思いを吐露してしまった騎士としてあるまじき行為への罪悪感。そして2度目の人生を歩み、いまだ共に将軍として働いている彼女への罪悪感が押し寄せる。
彼女レイナは人であり竜だ。半人半竜の彼女は人の姿にも関わらず、竜の特性を持つ。最初のころの同胞は寿命でほぼいない。だが彼女はいまだ共に軍人として将軍として国を守ってきた。その彼女すら騙している自分が言葉にだすなど、彼女への侮辱に等しい。それでも、誰もいないこの場での弱音を許して欲しいと心底思う。
しばらく、王の間で滞在した後、自室に戻り公務に戻る。仕事を始め、まだ幾分も時間が経ってない時、部屋ドアが開けられた。
「しょ、将軍大変です!」
部下の礼儀のなってない動作に、少し説教をしようと口を開けた時。
「レイナ将軍が!レイナ将軍が!」
彼女の名前は説教をしようと開きかけた口に別の言葉を言わせるほど、重要人物に近い。
「レイナがどうした?なにがあった?」
慌てて来たのだろう、荒い息を吐いている兵のひとりはそれでも、息を整えることなく。
「はっ、と、突然、軍を辞めたいと」
その言葉は驚き以外なかった。
「なんだと・・・」
「あのレイナが軍を辞める?まさか・・・」
いつも冷静な姿しか見せない彼が動揺しているのが兵士に見て取れた。
「現在宰相以下審議中で、すぐにシルクス将軍にも参加していただきたいと」
「わかった」
すぐに椅子から立ち上がり、先ほどまでいた王の間に戻る。重要な議題は必ず、ここで行われる。建国以来にいたレイナの進退はまさにそれだ。逆に小さな議題は王の間以外で行われる。各役職が己が分野で判断し、決めている。
話し合いはそれほど時間が関わらず終了する。さすがに建国以来の英雄を辞めさせるのは国益に大きな損失がでる。かといってここ皇国では、辞めたいと意思表示すればどんな立場の者でも避けられない。ただ王以外を除いて。そこで宰相がだした提案は、休職ということにして、しばらく休みを与えるという方法をとったのだ。それには誰も異論がでなかった。レイナ本人もだ。話し合いが終わり、解散するときに、レイナはシルクスの下に歩み寄り、ひたすら見つめる。
シルクスもまたレイナを見る。レイナの視線はなにかを訴える様であった。
「なんだ・・・?」
一瞬の沈黙のあと。
「少し付き合え」
「わかった」
レイナに続いて、シルクスが着いた先は、レイナの公務室の中。
「しばらくここの風景とはお別れだな」
少し寂しそうな声が聞こえ。
「ならば、休職せずそのままでいればいいだろう。お前にとってここで仕えることより重要なことがあるというのか?」
返事がないことにシルクスはレイナを見る。そこにはレイナの真剣な表情と視線があった。
「ある。ここですることよりも私にとって重要なことがある」
「それはなんだ?」
未だレイナの視線は真剣なままだ。
「それはお前が一番わかるだろう」
その言葉に心臓が大きく跳ねる。
「なんのことだ」
そこでレイナは視線をはずす。
「同じ戦場の釜の飯を食べた仲とはいえ、隠し事の一つや二つあるのは別にかまわない。それに、私がもしそれを最初に聞かされたら、まずお前に当たっていただろう、そして国など考えずに走り出していたと思う。なにも考えずにな・・・」
シルクスの頬から汗がながれる。
「それに、黙っていたのはお前にとっての優しさだとつい最近わかった。すまなかったな、辛かっただろう。同じ忠誠を捧げた相手がいないのはお前も同じだったのだから。むしろわかっていて動けないお前の辛さは痛いほどわかる。この国を託された、お前にはこの国を守ることがお前の生まれた理由だったのだから。それを無視できるわけない」
レイナは笑う。
「だから、私が探しにいく。そして見つけくる。私たちの王を」
「どうして、どうしてわかった」
「教えてくれた人がいた。そしてその人達も探しているんだ」
シルクスが大きく机を叩く。
「お前もお前たちも何も分かっていない!あれは邪魔する者は例え一緒に生み出された私でも排除する。そいう存在なんだ。お前に何度言おうと思ったか、だが話したらお前はまっすぐ向かっただろう。そして殺される。それは王も私も望まない。決して望まない」
必死なシルクスの顔がレイナの目に映る。
「あれを倒そうと考えているのなら思い違いだ。それこそ最悪の手段だ」
「どいうことだ?」
「わからないのか!なぜ人である王が今尚生きていおられる。人の寿命はそんなに長くない。ならなぜ生きていられる?答えは簡単だ。あれがクロウが民の命で生まれた存在。それも何千、何万もの命の集合体だからだ。それが陛下にも流れている。つまり、やつを倒せば王もまた死ぬ。わかるかこの意味が。ならば王の望むままに生きて欲しい、お前に話さなかったのは、もしやつを倒す手段を見つけてしまうのを恐れたからだ」
沈黙が降りる。レイナにとっては全く予想しなかった答えであり。シルクスにとってもここまで感情で話してしまったことでの沈黙であった。そもそもクロウとかやつとか言って、伝わっているのかすら怪しい。クロウの存在を知っているのは、シルクスと王の2人だけのはずだから。
時間がながれる。
先に動いたのはレイナだった。
シルクスの肩に手を置き。
「そうか」
レイナは少し寂しそうに笑う。
「それでも私は行く」
シルクスは言葉がでない。
「ならば倒さないで、取り返す方法を考えるとしよう」
「お前・・・」
「私には思えないのだよ。王が何度も記憶を消され道を歩ませられていることが本当に王の望むことなのかと・・・むしろこれはクロウの行き過ぎた行動だと私は思っている。王を辞めたいのならそれでもいい。別な道を歩みたいならそれについていこう。だが、王、いや皇様の決められない人生など私には我慢ができない。だから私はいく」
「くっ・・・」
「では、シルクス元気で」
足音が遠ざかりドアを開ける音が聞こえる。そしてドアが締まる音が聞こえ。静寂だけが場を支配する。
シルクスはレイナの去ったあと、崩れ落ちるようにしゃがみこむ。レイナの言葉はシルクスを貫いたのだ。今まで自分の心を守ってきた、王が望んでいるという言葉を破られたのだから。




