勇気
近くで足音が聞こえ、未だ体が重く感じられるながらも少し身を起こし、音の出処を探る。
そして目を見開く。そこにいたのは赤。
真っ赤な髪をした女性が立っている。女性は周囲を見渡すように、視線を動かし時雨達の方を見る。横たわっている時雨を見たからだからだろう。
「大丈夫か?」
赤色の髪、そして何よりその容姿は美しく。同じ同性である時雨もまた、見惚れてしまうほど。女性の質問に返答を返さなかったからだろう。再度同じ質問を繰り返す。
「具合が悪いのなら、手持ちの薬がある。それを飲めば多少は良くなるだろう」
ゴソゴソと腰に着けたカバンから薬を出そうとしているのに気がつき、すぐに我に返る。
「いえ、大丈夫です。少しめまいがしただけですので」
時雨の言葉を聞き、女性はカバンを漁るのを止め。
「そうか、ところでここでなにをしている?」
彼女は質問をしてくる。答えようとする時雨は一瞬思案する。そのまま伝えることは大丈夫なのかと。
「ここで事件があったそうなので、少し見てみようと来たらめまいがしてしまって」
一瞬、彼女の表情が少し変わった気がした。
「そうなのか、私もだ。私もここでなにかあったそうなので、見に来たのだが・・・」
少し寂しそうに遠くを見る。なにか関係があるのかと、少し訝しぶむが、すぐに雑念を捨てる。それよりも今だ一言も発してないセトがきになり、視線を移すと。セトの表情が固まっているのが見て取れた。
「セト先生・・・?」
時雨は恐る恐る声をかけてみる。その声に反応する様にセトは。
「レイナ将軍・・・ですか?」
自信がない声で呟くセト。ハッと女性に視線をやる。
困った表情を浮かべ。
「なんだ私を知っているのか、知っているなら隠す必要もないな。そうだ私はレイナ、皇国で将軍の任を賜っている」
「やはり・・・、留学の時1度お目にかけたことがあります。しかし、何故将軍である方がここに?」
「理由などない。まあいわゆる休暇というものだ。色々見て回っている」
皇国には長期休暇が存在する。ただ不思議なのはレイナがここにいるという事実にだ。レイナははっきり言えば真面目だ。真面目過ぎるほどに真面目。彼女にとって休暇というのは、あってなきような物。休めと言われても皇国の為に使うそんな人物だ。その彼女が休暇を満喫するだろうかと言う違和感がセトにはある。
「あなたが皇国を離れるなど信じられない・・・」
ついセトの本音が声になって漏れる。聞こえたのかレイナは苦笑する。
「私とて休む時は休むさ」
セトは頭を振る。
「僕にはわかりません。ただ忠実に皇国の為に人生を捧げてきたあなたが・・・」
そして次の言葉で、レイナは苦渋の表情を浮かべる。
「皇王の側を離れるなど」
レイナはすぐに表情を戻し。胸に手を置く。
「皇王はここにいる。いつも私の側にいる」
セトはそこで首を傾げる。まるで皇王が現在いないかの様な表現だ。
「それじゃ皇王が死んだみたい・・・」
ボソリと時雨は呟く。ただそれはうかつと言うレベルの言葉ではすまないと彼女の行動が物語。レイナから殺気と呼ぶべき、気配が時雨やセトを貫いてるからだ。
「もう一度いってみろ・・・」
レイナは先ほどの優しい声ではなく、敵に向ける低い声で時雨達に向ける。目の前の人物が別人ではないかと思えるほど、レイナの気配が変わっている。それに時雨は固まる。動きたくても動けないと言ったほうが正しい。
何秒たったか、もしくは数分か、時間の感覚が狂う。レイナの気配が収まると同時に、時雨とセトは一気に息を吸い込む。
「すまない、しかしあまり人前で言う言葉ではないな。特に皇国の臣下に言う言葉ではない」
続けて、皮肉げに。
「殺されても仕方ない。私なら見て見ぬ振りするだろうな」
セトがすぐに言葉を上げる。
「申し訳ありません。彼女は異世界人なのです。だからまだこちらの常識が理解していない。お許し頂きたい」
異世界人!?とレイナは少し驚き。
「ならば仕方ない。だが次からは注意したほうがいいな」
すぐに優しい表情に戻る。セトと時雨には先ほどの気配が一変した姿を見ては、その優しげな表情にも警戒心が湧き出る。
「さて、屋敷の様子も見たし。私は行くとしよう。そのほうが2人にとってもよさそうだ」
レイナが後ろ姿を向き、歩みだす。
「待って!」
時雨の頬に汗が伝う。次は本当に殺されるかもしれない。だけどこれだけは確認しなくてはならない。そして1番信頼できる情報を持っているのは、将軍であるレイナだ。
「皇王は生きているんですか?」
ピタリとレイナの歩が止まる。セトに至っては顔を一気に青ざめる。
「どいうことだ?」
怒りに近い声でレイナは応える。
「失礼を承知で聞きたい。皇王は玉座にいるんですか?」
レイナと時雨の視線が交わる。
真剣な表情の時雨、それに対してレイナの表情は苦悶の表情を浮かべる。
「玉座・・・。皇王・・・」
レイナは呟く。本当に困惑しているのか考え込んでいる。更に質問を時雨は続ける。
「玉座には誰もいないんじゃないですか?皇王という名前だけではないのですか?」
時雨にとってこれは賭けだ。レンの側にいる男が、もし皇王という名前と痕跡だけを残し、存在を忘れさせている可能性に賭けたのだ。時雨やセトにしたように、存在を忘れさせる。ただ皇王という名前だけは決して忘れさせないだろうと思った。心底レンを守りたいと思うならば、帰る場所を残すだろうし、功績を誇らしいと思うだろう。でも、レンで遊ぶつもりならばこれは時雨の負け。レイナに殺されるだろう。
今だ、苦悶の表情で考え込むレイナが時雨の後押しする。
「私はいえ、私とセト先生は皇王を知っています。つい先月までは一緒にいました。だけど消えてしまった、私達は何故消えてしまったのか、理由がなぜなのか知りたいのです。レイナ将軍もそうなんではないんですか?あなたも探しているからここにきたんじゃないですか?」
「な、名前はなんて言っていた・・・?」
「レンです!レン・ホシ。彼は自分をそう呼んでいました」
グラリとレイナの体が揺れる。そして遠い記憶が蘇る。
それはレイナと皇王がまだまだ発展途上の国で頑張っている時だ。そこで、レイナは近況報告で王の私室にやってきた。そこで、少し雑談をする。いつもの、レイナにとってみれば幸せな時間だった。その時に、王は秘密を教えてくれた。「私の名前は皇ではないんだ。本当は星漣。この世界に来た時に昔の名前を捨てた、そこで改めて名前を付けたんだ。それが皇。あっちの世界ではね、星と皇は似ているんだ。完全に捨てきれなくて笑えるだろう?」そう自分の主は笑いながら教えてくれた。
急に動きを止めるレイナに、少し焦りが生まれる。失敗したかと、殺されるかもしれないと。
「フフフフフハァハハハハハ」
突然大声でレイナが笑い出す。ここで時雨は失敗したと理解する。逆鱗に触れたのだと。覚悟をして身構えるが、時間だけが流れる。笑う彼女はいつまでも笑っている。だがそこで時雨はレイナの頬に流れる雫が見えた、彼女は泣いていた。笑いながら彼女は泣いている。そこで時雨は賭けに勝った事に気が付く。レイナは悲しいのだ、自分の主君を忘れていた事実に。ただ悲しんだ。それと同時に喜んだ。自分の主君を思い出した事実に。レイナは空席の玉座に忠誠を尽くしていた。だがそれが心のどこかでおかしいと気がついていた。心がいつもざわつく。何故こんなにも心が激しく動くのか、それが不思議であった。
心の赴くままに休みを利用して、国々を回る事にした。そこではいつも何かの事柄があった。それを見るたびに思う。なつかしいと、それと同時に心が壊れそうになる。その理由が今分かった、自分の剣を捧げる人物を認識できたから。
「名前はなんという?」
彼女は今だ、頬に伝う涙が流れたまま問う。
少し動揺するが時雨ははっきりと応える。
「神崎時雨です」
レイナは微笑む。
「ありがとう、神崎時雨。本当にありがとう」
レイナの声は震えている。感情の起伏が激しかったのだろう。セトはそれをただ呆然と眺めている。事態は把握している。皇王=レンと確認する手段は確かに時雨のとった行動だろうと、理解もしている。しかし、それを言う勇気はセトにはない。時雨はそれほどまでに勇気ある行動をとったのだから。




