屋敷
目的の場所に私達は進む。前に見た道、でもしっかりと眺めている余裕がなかった道程。その道を今は時間をかけて眺めながら進む。こんな風景だったんだと馬をゆっくりと駆けさせながら、進む。なつかしいとは全く感じない。むしろこの国には来たくないというのが本音。あの人も来て欲しくなかっただろう。魔法王国で平和に穏やかに過ごして欲しいはず。では、今私がここに来ることは間違っているのだろうか?今していることは私の我儘なのだろうか?私にはわからない。わからなくても、初めてこの世界で道を示してくれたあの人を、忘れるのだけはそれだけは絶対嫌だ。だから今は進む。それがあの人の思いを無視することになっても。
ふと前を進むセトの馬が歩を止める。時雨もまた一緒に馬を止める。
「着きました。ここがバラック領主の屋敷です」
セトの言葉を聞き、前にある建物を眺める。大きな屋敷が広がっている。これほど大きな屋敷だというのに、人の動いている音がなく、ただ静けさだけが広がる。
「ここが・・・」
時雨は1度来たはずなのだが、初めて見た様に思える。あの時は、屋敷を眺める余裕も思考もないのだからしょうがないかもしれない。
お互い目を合わせ。どうしましょうかと訪ねるかの様に視線を交わす。ここに来ればなにか分かるのではないかと思い来たはいいが、ここまで人の気配がないと情報を聞き出す相手もおらず、2人の時間が少し止まる。
「私に考えがある。通用するかわからないけど、でもやってみる」
「それは・・・」
セトの言葉が言い終わる前に時雨は馬を降りる。そのまま歩を屋敷まで進め、屋敷の壁に右手の手のひらで触れる。
セトは少し驚いたように。
「まさか、人間以外にも可能なのですか?しかし、それはあまりにも危険すぎます!」
セトの焦りにも似た声を聞きながら、時雨はゆっくりと自分の意識を閉ざす。そして深く深く、潜り込む。幾つもの情景が浮かび、そして消えていく。それを幾度となく繰り返し、目的の情景が浮かび上がる。それは地下室の暗い部屋だった。暗い暗い部屋の中で、両手を錠に繋がれている男がいる。何度も拷問をされたのだろう。深い傷、浅い傷が所々にあった。それにも関わらず、その男は満足そうな表情を浮かべている。何分、何時間経っただろうか、コツンコツンと足音が暗い拷問室に響き渡る。男はその足音の主を探すように、視線をその音に向ける。コツンコツンと近くまで聞こえ姿を見せたのは、恐らくは人であり、男なのだろう。
「満足しましたか?」
近寄ってきた男はまるでもやがかかっているかの様に、姿がはっきりしない。ただわかるのは声が男の声だということだ。その言葉が理解できないのか、困った様に笑う。
更に男は近寄り、手を錠に繋がれた男の頭に置く。
「忘れなさい。ここでの出来事も、あなたがしてきたことを。残るのは、あなたの体験。そうあなたが満足するまで、何度でも何度でも。幾度でも繰り返しなさい、それがあなたの望みならば」
男はそういい、右手から閃光が走る。それが収まると、錠に繋がれた男は意識を無くしたのか目を閉じる。鎖は自然に取れ、近寄ってきた男が優しく大事な物を抱く様に抱き上げる。それからすぐだった、悲鳴が聞こえたのは。微かにだが、確実に悲鳴だと思われる声が無数に聞こえ、抱き上げた男は微笑む。
「踊りなさい、最後の芝居をみせてごらんなさい」
男はそのまま静かに姿を消す。抱き上げた男と一緒に。
悲鳴が止むことなく、いつまでも聞こえる。そういつまでも。
思考が止まりかけた時、怒鳴り声に近い声がどこからか聞こえてきた。
「・・・れさん」
その音に意識を向けると声は鮮明になり。
「時雨さん!しっかりしてください!」
セトの声が聞こえ、ゆっくりと目を開ける。目を開けると、セトは眼前にいて一瞬驚いたが、目を開けた時雨を確認したセトは緩む表情を見せ。
「ああ・・・、よかった。もう戻ってこないかとおもいました」
どうやら私は、セトに支えられている。視線が上を向いているのと抱かれている感じがする。
「私は・・・」
思考が上手く働かない。
「馬鹿!力を使いすぎていけないとあれほど言ったのに、せめて前もって言ってください。本当に驚いたんですから」
セトの叱咤に段々意識が覚醒していく。それと同時に見たことも思い出される。
「レン・・・、彼の名前はレン」
セトは目を丸くすると同時に、驚愕の表情を浮かべる。
「ああ、そうレンさんです。レンさん。見えたのですね?」
時雨は頷く。
「ごめん、止められると思って。でもこれしか方法が思いつかなかった」
ハァ~とため息を付くセトを見て、申し訳ない気持ちになる。
「あなたがいなくなっては本末転倒という事をお忘れなく。次からは必ず、私に教えてください。特に今回の様に力を使いすぎる場合はです」
「うん」
「しばらく横になっていてください。休みながらでいいので、お話を聞かせてくださると助かります」
そう言って、セトはゆっくりと時雨を地面に置き。時雨の身体を休ませる。まだ、完全とは言えない意識の中、時雨は話す。ここで何が起きたかを。全てを聴き終えた、セトは一つ頷いて。
「謎が深まったばかりですね。ですが、その男がこれらを仕出かしたということですか」
「多分、そうだと思う。理由はわからないけど」
ただこれだけは言える。
「男は、レンの事を大事に思っていたと思う。そうとしか見えなかった」
2人が色々話をしている時、ジャリと近くで足音が聞こえる。




