霞
話ばかりです。全然動きなくてすみません。
結論から言えば彼は帰ってこなかった。1週間経っても、2週間経っても姿を見せず、月日だけは流れる。最初は冒険者の仕事はそのくらいかかることもあるとセトは言っていたけど、2週間経っても姿を見せない彼にセトも疑問の色を隠せずにいるのを見て、さすがに心配になってくる。
セトはきっと帰ってきますと毎日励ましてくれる。不安な気持ちを忘れさせようと、力の扱い方と同時に、魔法も教えてくれる、それだけではない、この世界で生きていく方法をセトは教えてくれる。一生懸命学んだ、必死に学んだ、絶対帰ってくると信じて。
何時ごろだろうか、不安でたまらない気持ちは徐々に消えていく。最初は生活に慣れてきたせいかと思った。もしくは時間の流れとともに、過去は消えていくからなのだろうか。だけどさすがにそれは薄情ではないかと、自分に少し絶望もする。
1月経った頃、さすがにおかしいと思い始める。帰って来ないこともそうだが、私は救ってもらった恩人の顔も、名前も、性別もまるで最初からいなかったかの様にすっかり忘れてしまっている事に。だから、少し恥ずかしいがセトに特訓の休憩の合間に聞いてみる。
「セト先生、えーと、私の連れの人の名前、何だかど忘れしちゃったみたいで、教えてもらえます?」
名前を聞けばいくら、それほど記憶力がない私でも思い出す事ができる。はず。いつもならすぐに帰ってくる返事が来ないことに、鼓動が早くなっていくのを感じる。恐る恐る、セトの表情を伺えば、顎に手を乗せ、考え込む素振りを見せる。心臓が更に早くなっていくのを感じ、セトが口を開く。
「そんな方いましたか?」
セトの返事に時雨は目を見開く。
「何を言っているんですか?冗談にしては、少しひどいですよ。自分の雇用主なのに」
時雨は少しぎこちない笑顔で笑う。セトの言葉を冗談であろうと勝手に思い込んで。
「はて、雇用主・・・。あれ、私は誰に雇われたのでしたか?・・・確かに、給金をもらっていますし、それに時雨さんのお世話をと、大金を預けられています」
時雨の世話、つまり宿代等生活に関わる物はセトが支払っている。別れる時に、預けられていたことは、すでに時雨も聞いている。それについてセトは、苦笑いを浮かべながら、一体何年分の生活費と給金なのでしょうね?と、袋に溢れるばかりの金貨、銀貨を預けられている。
だからこそ、セトがわからないはずがないのだ。時雨よりも記憶力のあるセトが忘れるはずがない。
だが、現実は今セトがとっている行動が物語っている。
真剣に考え込んでいる。自分の雇用主である人を。時雨は一気に青ざめる、いくらなんでも、これは常識から外れている。今でも話しかけられた事、行った場所は思い出せるのに、一緒に行った人の存在だけがまるで霞の様に思い出せない。
「ほ、本当に思い出せないの?」
時雨は淡い期待を抱いて再度同じ質問する。結果は同じだった。セトは真剣に考えている。でも。
「申し訳ありません。何故だか思い出せないのです。今までこんな事なかったのですが」
セトの本当に申し訳なさそうな言葉で、確信に変わる。
「そんな・・・」
時雨は、両手で頭を覆う。嘘だと、これは夢なのだと現実から逃げるかの様に。
時雨が現実逃避を続けている間も、セトは何かを考え込む様に、特訓場所としていつも使っている、平原の開けた場所をグルグル回る。数分程過ぎた頃だろうか、セトが思考から戻って時雨に声を掛ける。
「これは異常事態ですね。2人共、それも1ヶ月ほど前に別れた人の存在を忘れてしまうのは。時雨さんの力は決して、記憶を操作できる力ではありません。なので、時雨さんの力の影響ではないことは確実です。となると、ほかの要因があるはずです。消去法ではありますが、一つずつお互い方法を確かめながらやるしかないでしょう」
時雨はただ絶望していただけ、しかし、セトは決して諦めていなかった。結果がでるか分からない、方法ではあるが、セトの言葉に覆っていた手を外しセトを見る。
「諦めるのは早いですよ、まだ何も試していないじゃないですか?まずは、時雨さんと出会った時の出会った場所、行った場所、話した事、大変ではありますが、言葉にして思い出してください」
セトは朗らかに笑む。それに感化されるように、時雨も大きく頷き、最初の出会った場所を思い出し、ゆっくりとではあるが、言葉にする。
時雨は思い出す。絶望仕切っていた頃の自分、そして急に声を掛けてきて、意味のわからない事を聞いてきた人。そして、宿で話した事、行った場所を少しずつ思い出しながら話していく。ある場所でセトは時雨の言葉を止める。
「ちょっと待ってください。それは初耳です。ベルガ国のバラック領主に攫われたのですか?」
「うん、本当は秘密にしろって言われたんだけど、なにせ国の領主様から逃げてきたから」
セトは時雨を真剣に見つめる。
数秒視線を交わし。
「驚かないで聞いてください」
時雨は少し不安になりながらも頷く。
「ほんの数日前の事です。こんな噂が流れたのです。隣国でもあり、確実性はないかもしれませんが、ベルガ国のバラック領主が狂ったと」
時雨は首をかしげる。
「狂った?」
「ええ、狂ったのです。自分の屋敷の住民を殺害したそうです。それも1人や2人ではなく、警備兵が止めるまで何人もです」
時雨は手で口を覆う。確かに、時雨自身良い気持ちはないのは確かだ、しかし、今はそんな出来事を過去としている自分としては、バラック領主等どうでもよかった。それが、こんな事件になるとは思わない驚きの行動だった。
「辻褄が合いませんか?バラック領主の館に忍びこび、時雨さんを助け出した。悪いことをしたのは、バラック領主かもしれません。しかし、ベルガ国の法では領主の館に忍び込んで、救い出すというのは罪なのですよ」
セトの言いたい事はなんとなくだがわかる。法というのはそいうものなんだと。結局はかつての世界で言えば家宅侵入して、更にいえば傷害罪だろうか?だが、それには納得できない。あの人はそいうことをする人ではない。だから、セトに食ってかかる。
「まさか、罪から逃れるために、バラック領主に毒物でも飲ませて狂わせたと言うの?」
鬼気迫る時雨の表情に動じず、頭を振る。
「そうではなく、ここで注目すべきことは、隣国の王の血族の家に侵入したという事です。当然バラック領主は嘘八百を並べて、その者を王に報告し、捕まえようとするでしょう。国外に逃亡したと分かれば、ここ魔法王国にだって捜査するよう要請だってするでしょう。バラック領主にとってしてみれば、顔に唾を吐きかけられ様なものなのですから」
それでもセトの言葉には納得はできない。わざわざ行く理由等ないと思える。むしろ時雨を追いて逃げてくれたと言ってくれたほうが安心する。
「ここで問題になってくるのは、一緒にいた僕と時雨さんあなたです。魔法王国で捕まれば、一緒にいた私たちも共犯と思われるかもしれません。そうなればどうなったと思います?」
頭を殴られた様に衝撃が走る。セトの言いたいことがだいぶ理解できたからだ。つまりは、一緒にいれば罪をかけられる恐れがあるが、自ら罪を名乗りでれば、時雨をどうにかしようとはできない。攫った女も一緒に連れて来いとは王には言えないだろうし、魔法王国もそのことには罪にする事ができない。ただ共犯と思われて連れて行かれた場合、バラック領主は罪を作る事など造作もないだろうから、連れて行かれた時点でもう全員道連れとなる。
理解の色を察したのか、セトは続ける。
「自分から行くことで私たちを救ったのです。おそらくはですが、僕が時雨さんを任せられるか見て、そして、時雨さんの力がある程度制御できるまで見届けてから行ったのが僕の予想ですね」
それはもう人がいいどころの話ではないのだろうか?それでは時雨を助ける為に終始している行動だ。そこで時雨は、ハッと言葉を思い出す。
必ず守ると約束してくれた。必ず助けると約束してくれた。
でもそこに入っているのは時雨だけで、助けてくれた恩人がそこには含まれていないのではないか。それだとしたら、本当に時雨だけを救うことに終始している事になる。
「何故・・・」
次の言葉が出ない。もしこれが真実ならば、時雨を助けることで救った人が不幸になる。それではこの力を制御できても、一番恩返ししたい人が不幸ならば、何の意味があるのだろうか。
「時雨さん・・・。気をしっかり持ってください」
セトの強い言葉が聞こえる。
今にもこぼれそうな雫を拭い。セトに向き直る。
「大丈夫、まだ諦めない。次は私が恩返しする番」
セトは一瞬驚き、次には微笑みながら頷く。
「そうです、その調子です。話を続けますね。ここで犯人を名乗り上げた何日後かはわかりませんが、バラック領主は先ほどの事件を起こしました。魔法でも狂わせることはできます。薬でもできます。しかし、警戒が厳重な領主の屋敷で、領主一人だけを狙って狂わせるなど、不可能に近いと思うのです」
時雨は頷く。それには同意だ。前にやったのは料理に睡眠薬を料理の中に入れた。それで大多数の者には効果がでる。しかし、領主一人となれば、難度はかなり上がる。魔法も同じだ。元々、屋敷の住人としてでも雇われてない限り、ほぼ不可能だろう。
「ですが、僕には過去の歴史にこれに似た出来事があった事を記憶しています。もう少しで思い出せそうなのですが、あれは・・・」
時雨もそれはどこかで見た記憶がある。それはどこで見たのか、もしくは聞いたのか。深く深く考え込む、確か旅の中で見た・・・、そんなわけない。では、そこで聞いたのか。時雨の中で閃くものが走る。被害はとても今回のレベルではないが、とても酷似している。
「・・・皇国建国で起きた戦争」
時雨自身蜃気楼の様にしか見えなかったし、話との整合性がとれているわけではない。だからボソッと呟く。
セトの目が見開く。
「そうです、それです。兵がなぜか反転し、自国を襲う。ベルガ国の領地で起きた、事件とは被害も規模も全然違いますが。縮小してみてみればとても似ています。しかし、何故、時雨さんこのことを?」
今なら分かる。私は誰かの記憶を覗いたのだ。それが誰だかわからない。ただきっかけはわかる。それは皇国の話を聞いて、いつのまにか力を発動しその人になりきっていた、この場合はその話を聞いている時だけ。




