バラック
旅を続けて2週間以上になろうとしている。毎日馬車に乗る旅も、もうすぐ終わりが近い。
そう、魔法王国がもう目前に迫ろうとしているのだ。
あと一つ国を超えれば、魔法王国にたどり着く。
その最後の国、ベルガ国の国境に入った時だった。
この国を3日ほど馬車を走らせれば、魔法王国。
ある程度の知識は旅の中で得たつもりではいるけれど、魔法王国という名前からして、きっととんでもなく難しい事を学ぶことになるのだろう。レンはきっと私の力の事も分かるだろうと言ってくれるし、私もそれを望んでいる。だからせっかくレンが結びつけたこの紐を無為にならないよう、頑張るつもり。
だけど、今頭の中は不安と、緊張と、そして普通に暮らせるかもしれないこの胸の高鳴りが止まらない。
いつもの様に馬車を降り、国境で形だけの身元調査をする。私の身元は、どうやってか知らないけれど、レンと出会ったイラス国の民という事になっている。その戸籍もあるそうだ。そしてその手形も。おそらくは、役人にTVでやるような賄賂を送ったのかもしれない。だけど、それを責めるつもりも問いただす気もない。
私は悪人になるつもりもないけど、善人ぶって、生きていく道を閉ざす程、愚かでもないつもり。それにレンは私の為に、やってくれたこと。感謝しても足りないくらいだ。未来が例え暗い底だとしても・・・。
手形を順番に見せ、私の番になった時、いつもより長く兵士が目の前にいる気がする。
顔を上げ、兵士の表情を読もうとして、目が合う。
そこに浮かんだ表情はなんだか嫌な感じだった。
「おい、お前異世界人か?」
突然、声を掛けられ、体が硬直する。
何も答えられないでいると、再度声がかかる。
「黒髪の女、お前異世界人か?」
さすがに2度目の質問に無視はいけないと。
「はい、そうですけど・・・」
小さな声になってしまったが、答える。
兵士はニヤリと笑う。
「そうか、異世界人か。喜べ、この国の王の従兄弟であらせられる、バラック領主様が異世界人の女を所望だそうだ。年齢もまだ若そうだしな」
何を言われたか一瞬分からず、呆然とし、すぐに理解する。
「お前はしばらくここに待て、あとは行っていいぞ」
焦って、大声を張り上げる。
「私は魔法王国に行く途中なんです、困ります!」
時雨の声を聞いて、兵士はジロリと睨むように。
「異世界人風情が、逆らうと言うのか?」
怒りを感じる言葉に次の言葉を発しようとしたが、止まる。
絶望で世界が回転する様な衝撃を受け、立ち尽くす時雨に後ろから小さく声がかかる。
「あとで助けに行く。今はおとなしくして。ここで逃げ出しても兵士に追っかけられて魔法王国が遠のく。大丈夫、必ず助けにいくから」
すぐに毎日聞いているレンの声だと気がつき、少し安堵する。それでも完全には不安は拭えない。だけど、レンの言葉はきっと正しいのだろう。例え、ここで逃げ出しても、何十人もいる兵士に追いかけられては、最悪2人共捕まる。ならば、油断しているところを逃げ正したほうがいいのだろう。だけど、本当に助けてきてくれるのか、助けにきても逆にやられるんじゃないか、そればかりが頭に浮かぶ。
後ろから足音が遠ざかる音が聞こえる。
そして馬車に乗ったのだろう、木が軋む音が聞こえ、まるで何事もなかった様に、馬車が走る音が聞こえる。振り向きたくなる気持ちを何とか抑える、ここでレンに救いの声を上げれば、知り合いがいると教えてしまう。だから、必死にこの見知らぬ土地で感情を押し殺す。
諦めたと思ったのか、時雨を別の馬車に誘導し、ベルガ国領主バラックの元への馬車を走らせる。それからの記憶は曖昧だ。昼前に国境にいたと思ったら、夕刻になっていたのだから。寄るはずのない道の
小さな街で一泊し、また朝には馬車を走らせる。
本当に、バラック領主に連れて行くために、私を連れて行ったのだろう。一度も手を出されなかったし、食事も与えられた、領主に渡すために公然と人攫いをするこの世界をやはり、別世界なんだと実感させる。
そして、レンと別れて1日半後、つまり翌日の夕刻に少し大きめな街に到着する。たくさんある建物の中でも一際大きな屋敷の前に馬車を止め。馬車を降ろされる。
玄関に通され、満面の笑みで出迎えたのは、肥満で油ぎった中年の金髪の男性だった。
上から下まで、眺められ背筋に寒気が走る。
「クフフ、よくぞ来てくれました。私がこの領地の領主バラック・ベルガです。お疲れでしょう、今食事と部屋に案内させまます。またあとでお会いしましょう」
そう目の前の男は話、時雨を連れてきた兵士の一人の元にいき。
「よくやった、あとで褒美をとらせますからね」
「ありがとうございます」
執事に案内される時雨の背後で、喜びの声を上げる2人に怒りが湧き出る。
食事を終わらせ、部屋に通される。安宿ばかりの時雨にはその部屋はかなり贅沢な部屋に思えた。
部屋にある椅子に腰かけボーッとこれからの事を考える。
これからあのバラックが来るだろう。その時どうするか、殴って拒否するか、それとも今から逃げ出すべきか、それともレンが来るのを信じるか。
いくつも考えが浮かぶが、どれも絶望しかない様に思える。
レンは今頃どうしてるだろう。本来なら、この中心の王都に付く頃合。そして私がいるところは、中心から外れた南の領地の街。
「ハァ・・・」
ため息がでる。あんなに希望で満ちていたのに、一気に絶望になるとは、思いもよらなかった。
「なんでこうなっちゃうのかな・・・」
一人言を呟く。
そもそも、この世界に来た理由がわからない。受験勉強をする為に図書館で勉強をして帰宅する途中に、いつのまにかこの世界に来てた。理由があるのならば知りたい、自分がここにきた理由を。
ギイィイ
目の前のドアが少しずつ開く音がして、思考を停止させドアを凝視する
頭を少し覗かせるのが見て取れた。
金の髪が目に入り、一瞬警戒心を最大限あげるが、すぐに解く。
「レン!」
時雨の声に気がつき、慌てて人差し指を鼻まで上げる。
その意味を時雨はすぐに気がつき、両手で口を閉ざす。
小走りで駆け寄る、レンに嬉しさのあまり抱きつく。
「おいおい、喜ぶのはまだ早い。まずはここから脱出してからだ」
レンの言葉に何度も頷く。
部屋をでると、屋敷は意外と人気がなかった。
そのまま外に出、バラックの馬を拝借し、一気にかけさせる。
街の入口を見張っている、兵士を走る勢いに任せて突破し、息をつくまもなく走らせる。
1時間程走らせ、だいぶ遠ざかったのを確認し。馬を降り。
「時雨無事か?」
「うんうん、無事!
「良かった、すまないな强思いさせて」
時雨はあの時の状況なら仕方ないと理解している。だから。
「不安だったけど、助けにきてくれたから」
「魔法王国に行くにはあそこで国境から戻るのは避けたかったんだ、バラック領主の領地からなら魔法王国まで馬を走らせれば約1日、別の国を経由した場合、かなり遠回りになっていた。だからこれが最善だとおもった」
少し複雑な心境ではあるが、結果的にはなにもなかったから、多少不満はあるが口に出すのを止める。
「でも、どうやって、あの屋敷に入ったの?兵士だって何人かいたはずだし」
レンはニヤッと笑い、小さな袋を出す。
「これは?」
「おそらく、時雨は食事をまともに取れる状況ではないとおもった。まあ取ってもバラックの馬車もらっていくつもりだったけど。これは、睡眠効果のある粉さ。本来は敵に投げつける物だけど、食事に入れても効果ある。むしろ体内に入れる分、効果は覿面だったな」
「道理で・・・、あまりにも人気がないと思った」
「だからみんなが食事を済ませた後じゃないと意味がなかった。休憩したら、すぐに馬を走らせる。バラックの追っ手が国境に掛かる前に抜けるつもりだ。ほとんど休憩ないと思ってくれ」
「お尻が痛いんだけど・・・」
「我慢してくれ・・・」
「分かった、我慢する」
レンはそう言って、カバンからポーション瓶を取り出し一口で飲み干す。
不思議そうに時雨が見るのに気がつき、苦笑いを浮かべる。
「ちょっと一人起きてる奴がいてな、まあ気にするな」
さらに首を傾げる時雨に。
「さあ、いくぞ」
レンがそれを断ち切る様に声を上げる。




