英雄シルクス
「どうしてこんな事態になったんだろう」
皇は呟く。
皇に与えられた私室でただ後悔の言葉を呟く。
「こんな力なんてなければ」
後悔だけが後から後から押し寄せてくる。過ぎ去ってしまった過去には戻れない。だけど皇は後悔せずにはおれなかった。それもそのはず、今いる私室に入る前、偵察からの報告を聞いたからだ。
それは砦、それも南、東のどちらも陥落したとの報告だった。幸いな事に北からはその様な報告がないのだけが救いだった。街にたどり着くまで数日、そして王都には二日でついてしまう。もう残された時間はほとんどないと言える。
「皆馬鹿だ、馬鹿ばっかりだ!王なんて凡人の俺が勤まるはずがないんだ!まだ利用してくれた方が良かった」
後悔の波は止めど無く皇を襲う。昔もあの世界にいたときは後悔ばかりしていた、それでも空想の世界に逃げ込んで現実逃避ができた。だけど今回は違う。逃げる事も、ましてや空想の世界に浸ることも許されない。
「いや・・・馬鹿は俺だ・・・。この世界に来た時、無駄に生き残るべきではなかったんだ。人に出会えたからと、善人の振りなんてするべきじゃなかったんだ。クズはクズらしく一人寂しく死ぬのがお似合いだったんだ・・・」
ふと腰に差してある剣を見る。宝石等埋め込まれた、実用よりも見た目重視の剣。
「皇様には相応しい剣とは私共も思っておりません。ですが王が剣を差さないのも格好にならないと思い、他国から買ってまいりました」
そう商人がにこやかにこの剣を渡してくれた。
一体どれほどの金額だったのだろう。皇国に余分な金銭等があるはずがない。ならばこれは商人達が懐から集め出してくれたのだと推察できる。皇は感謝せずに入れなかった、まるで何でもないように渡してくれた剣には一体どれほどの汗と血が滲み込んでいるのかを知って。
そんな大事な剣をゆっくりと抜く。
磨きぬかれた刀身は鏡の様に皇の顔を映し出す。
そして、ゆっくりと自分の首元にあてる。
皇が死んだとしても、もう意味はないだろう。しかし王が責任を取って自害したとなれば、民への危害は少なくなるかもしれない。ただの淡い期待であり現実逃避でもあった。
目を閉じ、剣を持つ力を強くする。
幾度の深呼吸を繰り返し。
一気に剣を引こうと腕を動かそうとする。
が、腕は動かない。まるで鉛の様に重く自分の腕じゃない錯覚すら覚える。
何度も何度も腕を動かそうと、汗が額を流れる中、試すがいくらやっても動いてくれない。
剣を首から離し、皇は笑う。
「ハハハ、死ぬ事もできない。なんて弱いんだ。なんて情けないんだ」
笑顔が一気に崩れ、皇の顔はくしゃくしゃに歪み、地面に倒れこむ。
部屋の中には、皇の嗚咽の声だけが響き渡るのみだった。
実際今の皇には出来る事はほぼなかった。
開戦が始まる前、自分も出撃する事を望んだ。にも関わらず、それは重臣の猛反対により却下された。 戦場で、他人の手で死ぬことで戦争を終わらせる事もできず。
とうとう、皇は力に頼った。
毎日毎日、皇は祈りにも近い形で力に頼った。
だがいくら力を行使しても、何も起きなかった。
それもそのはず、皇の想像は具体的な者ではなかったのだ。
敵国の兵を殺す想像なんてあっちの世界にいた皇にできるはずもなく、したくもなかった。
だから、皇の力の使い方は具体的なイメージ等ではなく、ただの祈り、戦争が終わりますようにと祈るだけと言える。それでも一日一度の使用回数は使われ、ただ消費される。
南から進軍してくるウカルナ軍は国境に面していた砦をわずか3日で落とし、最終防衛とも言えるサンランドからそれほど離れてない民兵中心の基地を撃破し、全戦全勝という有様であった。そしてあとは数刻でサンランド目前まで迫った。
悠々とサンランドを落とす前の腹ごしらえに昼食を取り終え、進軍を再開した時に最前列にいた兵がそれに気が付く。
目の前に立ちはだかるように一人の姿を目撃したのだ。
その姿は、近づくごとに鮮明になりどうやら武装していると伺えた。漆黒の鎧に身を包んだその人物をすぐにウカルナの兵は指揮官に報告する。指揮官の返答はただ一つ、そのまま進軍。ただ一人に進軍を止めるなどと一笑に付したのだ。先陣にいた兵は100mほど迫った時、それがただの民兵ではないことを肌で感じ取る。
漆黒の鎧に身にまとうその人物の気配が、尋常ではないと経験から悟る。推察でも歴戦の勇士、そう思わせるほどの気迫を感じ取る。かといって進軍命令が出てる以上、歩みを止める理由にもいかず、目前までの距離に迫る。それ以上誰も進まない、後ろから叱咤とも取れる声が聞こえるが、誰もそれ以上進めなかった。今まで全戦全勝で浮かれていた先陣の兵の中にその余韻に浸る者がいないことは、狼狽えている事から伺える。
何故か進めないのだ。
進めば良くないことが起きると、本能が警鐘を鳴らす。
焦れったく感じたのか先陣の指揮官が前に出、怒声とも言える声で。
「貴様何者だ、投降するのなら命だけは許してやるぞ」
指揮官の勇気とも無謀とも言える言葉を受けてなお、漆黒の人物は微動だにしない。いや、それに答える様に口だけは動かしいる。その声は男の声、それも場慣れしているのか少しも怯んでいるとは思えない。
「騎士として名乗ろう。我が名はシルクス。今一度主に仕える事を許された騎士。かつては救国の英雄等と呼ばれていたな」
シルクスと名乗る男の言葉に兵達はザワめきつ立つ。指揮官だけはやはり勇敢なのか馬鹿なのか首をかしげている。兵達は皆、口を揃えて言うシルクスという名前を。
「救国の英雄シルクスだと」
「馬鹿な、あれはおとぎ話。それも300年前の話だぞ」
「だが、国は滅んだが実在した国だ。しかも見ろ、おとぎ話に出る漆黒の鎧だぞ」
「ありえん、300年前の人物が今いるわけがない」
「しかし、あの気配は尋常ではない」
兵達は思い思いに口を開ける。英雄シルクスの話は誰もが知っている話。寝かしつける為に聴かせる親もいるほど有名な話。
かつて、魔国に接する国、シンドラ国があった。シンドラ国は度重なる魔国との侵攻に疲弊していた。そこに現れたのが救国の英雄とも悲劇の英雄とも言われるシルクスである。シルクスは騎士であった。生まれながらの騎士。主に仕え、忠義を尽くし、国を想う誰もが尊敬する騎士。彼は強かった、国の誰もが彼に敵わなかった。しかしそれよりも彼の強さは、部下を率いた時に現れる。
彼が率いた部下は異常なまでに強かったのだ。それが生まれながらのスキルだと死後分かることになるが、彼が部下を率いた時の強さは、1国の軍勢に値すると言わしめたほど。その部下もシルクスを尊敬してやまない死を恐れぬ強者。幾度も魔国から国を救い、いつしか救国の英雄といわれた。
シンドラ国の次代の王に成り代わった時、悲劇が起きる。あまりの民の人気に王がシルクスに嫉妬したのだ。そしてその嫉妬は大きな憎しみに変わり、援軍が来るまで時間稼ぎをしているシルクス率いる一隊もろとも背後から、魔法と矢の雨で強襲する。まさか味方から襲われるとは思わないシルクスなすすべくもなく、ただ一言言い残して死んでいった。
「仕える主を間違えた」
故に人によってはこう呼ばれる悲劇の英雄シルクスと。
狼狽える兵に指揮官は憤る。
「何をしているか!名を聞いたからなんだと言うのだ。見ろ敵は一人だ。何を狼狽える必要がある」
その言葉を言い終えた時、指揮官の肌が粟立つ。すぐに正面に向き直り、今の言葉が誤りだと悟る。
「お前が指揮官か、ならば指揮官を断つのが早いか」
シルクスはそう言い終わると、指揮官に向かって歩みを勧める。
あまりの恐怖に、指揮官は取り乱し背後にいるだろう兵達に命令を下す、
「やれ!やつを殺せ!早くせんか!」
言葉が聞こえているはず、なのに兵達が動く気配がない。慌てて馬の手綱を動かすが、馬もおびえているのか動こうとしない。段々と迫るシルクスに口が泡立ちながら、兵達に命令を下しながら手綱を必死に動かす。目前まで迫ったシルクスに恐怖のあまり、股間が濡れているのを感じる。しかしそんな事は思考の端に追いやり、目の前の男に釘付けになる。
「残念だが、将を討つのは兵法。恨むなよ」
「やめ・・・」
指揮官の言葉は最後まで言い終える前に、いつの間に抜いたのだろうか。漆黒の剣が握しめられておりそれが振られる。ポトリと何かが落ちた音がして、兵達がそれに気が付くのに数秒の時間を要した。
そしてその音の正体に気がつき、一斉に恐怖が襲い一目散に逃げ出し始める。
背後から迫ってくる恐怖にいつのまにか武器もかなぐり捨て、訓練された兵とは思えない統率のとれてない敗走にはシルクスも眉をひそめる。
「なんだ一戦も交えず逃げるとは・・・」
軍全体の最高指揮官であり将軍がいる中陣が、先陣から遅れて数キロ進軍していると前から大勢の人が走ってくる姿に警戒が走る。それが先陣の数千の我が軍だと知るのにさほどの時間は要しなかった。
先陣の敗走した兵が中陣を通り過ぎて逃げ出す姿はあまりにも滑稽だった。逃げ出す一人を無理やり捕まえ、事情を聞き出す。
「何が起きたんだ?」
将軍の声を聴いて少し冷静を取り戻したのか、しどろもどろながら答える。
「ぜん、前方に一人の男がいるんです」
将軍は首を傾げる。一人がなんだと言うのか、それは敗走する理由には程遠い。
「まさか、一人に逃げたのか?」
厳しい口調になり問い詰める声に兵は緊張しているのが分かる。
「ち、違うんです、あの英雄シルクスがいたんです。先陣の指揮官が一瞬で殺されました」
何を言っているんだこの男はと馬鹿を見るような目つきになり、精神系魔法でも受けたのかと考え、すぐにその線はないと考えを改める。いくらなんでも数千人にかける広範囲の精神系魔法等聞いた事もないからだ。
「それで、その英雄シルクスに逃げたというのか、先陣数千人が?」
「わ、わからないんです!お、俺だってなんでこんなに怖いのか分からないんです。でも目の前にするとわかるんです。戦ってはいけない、敵対してはいけないと」
何が何だかわからない。確かに英雄シルクスだとすれば強敵だろう。しかし一人ならば何が問題だというのか、いくらかの英雄シルクスといえど数百人を例え殺しても、人である以上疲れる。残りの兵がとどめを刺せばいいだけの話ではないか。実際英雄シルクスは人の手で殺された。倒せない相手ではない。
事情を聞いている兵を拘束している兵に顎を動かし指示を出す。
「いやだ、頼む逃がしてくれ。あれが来る来るんだよ!」
逃げた兵と一緒に逃げれないことを悟り、わめきだす。
ため息を着き。
「軍の規律を見直さなければいけんな。先陣の指揮官を貴族に任せるべきではなかった。指揮官がいなくなった途端これではな」
一人今後の軍の方針を考えていると、報告が入る。
「前方から漆黒の鎧を着た者を発見、先陣の報告の者と思われます」
報告を聞き、馬上から前方を睨みその男を見た瞬間、寒気が走る。
「なんだこれは・・・、まさか・・・事実なのか・・・ありえん」
だとしても、ここで逃げるわけにはいかぬ。王命がある以上逃げる事は許されぬ。
「すぐに隊列を組め!槍隊を前に、後方に弓手を配置しろ」
すぐさま兵達は動き出す。しかしどの兵もおびえている表情が伺える。それでも逃げないのは、まだ目の前の敵が攻撃行動をしていないからだろう。
弓矢の届く範囲まで男が近寄るのを待ち、攻撃命令を発しようとしたとき、男の歩みは止まる。
「我が主の国土に踏み入り、民に無用な嘆きを与えるお前達を私は許さない。逃げれば良し、逃げぬものは死を以て詫びよ」
男の声はかなり離れているにも関わらず、鮮明にはっきりと聞こえた。
「だ、黙れ!皇国という国を勝手に建てるなど、誰が許すか!」
対抗する様に将軍も大声で応える。聞こえているのか、聞こえてないのか、分からないが男はそれに反応する動きを見せる。
漆黒の剣を抜き、地面に刺す。
「良かろう、ならば戦場の華となれ!いくつもの戦場をくぐり抜け、死を共にした我が精鋭よ。今一度、我の力となれ!」
男が言葉を言い終わるか言い終わらないか、それが起きる。
今まで、シルクスの周りには誰もいなかった。しかし、うっすらとぼやけるように人の形が写し出され、それがだんだんと克明になり、武装した兵が次々と姿を現す。その数は500。
驚愕の表情でウカルナ兵は眺め、現実なのかまたは夢なのかとお互いの顔を見合わせる。
そしてそれが走り出しこちらに向かってくるまで、放けていた。
向かってくるという現実を目の当たりにして初めて、慌て始める。弓を番える者、槍を構える者、魔法の詠唱を始める者、剣を抜くもの、そして逃げ出すもの。
「馬鹿な、なんだ夢でも見ているのか。本当にシルクスだというのか、そしてあれが一国の軍勢に値するシルクスの兵・・・・そんな馬鹿な」
将軍は夢物語に陥った錯覚を覚える。
もしこれが現実だとすれば、どんな命令を下しても勝利を得ることは無理だと判断する。
そもそもシルクスが死んだ理由は、自国に対して最後まで、死ぬまで忠義を尽くした結果なのだ。
味方に殺されようとも忠義を尽くした男。それが敵と判断した者は、負けなしなのだから。
シルクスの精鋭達はまるで、野原を駆ける様に進む。敵の真っ只中を。通りすぎた後に残るのは味方の死体と夥しい血液だけ。槍衾が決壊した瞬間に勝負は決まる。矢の雨も、攻撃魔法も簡単に避けられ、更には前衛も崩壊、それを見せられて先程の先陣の恐怖で濁った色を思い出し、ウカルナ兵は我先にと逃げ始める。一人が逃げ出せば伝染病の如く広がり、指揮どころの話ではなくなる。
あっという間に、将軍の周りの兵がいなくなり、逃げる兵を呆然と眺めるしかなかった。
「我が主の為、勝利の為、民の為、同情はするが、これも戦。さらばだ」
いつのまにか将軍の前にシルクスはそこにいた。
漆黒の剣がピュンと振るわれ、意識が終わる。
ウカルナ国との戦争はシルクスの参戦により、勝利に終わる。レイナが力を見せた五日後の事だった。
視界がぼやけて、誤字多いかもです。また、頭がはっきりしないまま書いてしまい、思った表現が書けなかった気がします。もしかしたら修正するかもです。




