六話
益獣からハム公へとクラスチェンジした元ネズミを連れて部屋に戻ると、僕は本を読みあさった。
魔法、生物、病気等、ありとあらゆる種類の本を集め、先ほどの現象に関して説明できそうな情報を集めまくった。
結果から言うと、説明出来なかった。
蘇生魔法や時間を逆行させる魔法といった、死んだ生命を甦らせられるかもしれない魔法はいくつか理論上存在する。だが、そのどれもが未だ誰の手にも実現されておらず、そのうえそれらの魔法ではネズ公がハム公になったことの説明が付かない。
仮死状態から即座に活動可能になるネズミも存在しなかった。当然ハムスターに変身できる種類もいない。この世界には四季がなく、常に温暖な気候のため冬眠といった行動をする種すらいなかった。
病気に関しても、死体を甦らせたり細胞を変成させたりするものはない。
手詰まりだった。
だけど、こうして調べてみて、別に分からなくても良いかなと僕は思い始めた。
ここは異世界だ。
魔法があって、魔物がいて。そんな世界だ。
別に分からないことが一つ二つあっても気にすることはないだろう。
そんな考えが浮かび始めていた。
死んでいたネズミが、なんらかの力でハムスターになった。
それで良いじゃないか。
「チュウ」
ハムスターはネズミのように鳴くと、全身の毛繕いを始めた。
可愛い。
でも、あれ?
たしかハムスターって滅多に鳴かないんじゃなかったっけ?
それに、ストレスを感じている時はストレスを感じているって聞いたことがあったような。
ストレス。
そりゃあそうか。
自分より遙かに大きい奴に捕まっていたら、そりゃあストレスを感じるよな。
前世の常識で判断していいのかは迷うけれど、もしストレスを感じているなら問題だ。
僕はハムスターを地面に下ろした。
「チュウ?」
「森へお帰り。この先はお前の世界ではないのよ」
「……チュウ?」
渾身のギャグだったが、流石にネズミ相手には通じない。
人が相手でも通じないだろうけど。
アニメとかなさそうだし、この世界。
ハムスターを放してやって、僕は集めた本の最後の一冊を手に取った。
魔物辞典。
正直、自分でもダメ元であるし、原因究明なんてとっくに諦めているけれど、一応集めた分くらいは読み終えたかったのだ。残しておくと何となく気持ち悪いし。
そこで、どこにいっていたのかフィアナが部屋へと戻ってきた。
「……やあ」
「…………?」
相変わらずの無言である。
正直、僕は彼女が苦手である。
かつて仲良くなろうとしていて何を言っているんだ、と思われるかもしれないが、苦手なのだ。
嫌いではない。
彼女と自分の能力の差に気付き、彼女が自分と同じ転生者なのかもしれないと疑惑を持ち始めてから、どうにも彼女と顔を合わせるのが気まずい。
べったりな彼女を引き離すべく、僕は出来る限り彼女を避けて行動するようになっていた。
見た目に釣られ仲良くなり、内面を疑うようになって裂け始める。自分の浅ましさが嫌になるな。
彼女の側からしたら、訳が分からないだろう。
仲良くなったはずの同居人が、何故か突然自分のことを裂け始めるのだ。
仮に彼女が転生者でなかったとしたらたまったものではない。
転生者であってもそれは同じかもしれないが、転生者でないただの子どもにとっては相当な仕打ちである。
なんとも申し訳ない。
かといって、僕にはどうしようもないのだけど。
自分より能力が上の者に対して嫉妬してしまうのは、自分ではどうすることも出来ない。
僕は聖人君子ではないからね。
いくら僕が彼女を避けようと、ルームメイトなのだから完全に逃げ切ることは出来ない。
それに、彼女の方にどんな理由があるのかは分からないが、フィアナは僕の側を離れたくないらしい。
必然、彼女と共にいる時間は今でもそれなりにはある。
「…………、…………?」
フィアナが目線で、何をしているの? と問いかけてくる。
僕は気付かないふりをした。
逃げるように、魔物辞典に目を通す。
ドラゴン、スライム、ゴブリン……それらを眺めていると、一体の魔物が目に留まった。
ゾンビ。
死体が生前の無念から甦ったもの。または、死体に悪霊の類が取り憑いたもの。生前と姿が異なるものに変化することもある。
これかもしれない。
根拠もなく、僕はそう思った。
そう思ったのだから、それらしい理由付けをしてみることにした。
転生者、という者は何故か、転生後にチートじみた能力を授かることが物語の中では非常に多い。前世ではそうだった気がする。
そしてその例に漏れず、僕もそういった能力を手に入れた。
ゾンビを作り出す能力である。
……なんてな。
そんなわけがない。
そもそもなんだ、ゾンビを作り出す能力って。
正直いらない。
「……? ……?」
疑問符を浮かべ、僕の後ろをぴょんぴょんと跳ねるフィアナ。
……本当に転生者なのだろうか?
その歳にして怖いほどの美貌といい、彼女には謎が多い。
僕が勝手に深読みしているだけで、本当はただの優秀な孤児かもしれないけれど。
「……!? ……!」
ポン、と頭に手を乗せると、憤慨したように彼女は手を振り上げた。
頭に触れられるのはお気に召さなかったか。
「チュウ?」
怒りを露わにする彼女の背後、窓のサッシのあたりをハムスターのような影が走り抜ける。
あんなのがゾンビなわけないよな。もしそうなら、この世界のゾンビは活きが良すぎる。
死体なのに、活きが良いとは。
苦笑する僕を見て、フィアナの怒りのボルテージが上がったのは言うまでもない。
僕はその日、久しぶりに腹パンされた。
お腹はあまり痛くはなかったが、彼女を疑い嫉妬している心の方はズキリとした。