四話
まずは、フィアナと会話をしなければ始まらない。
コミュニケーションすらまともに取れなければ、仲良くするもなにもあったものではないし、僕自身彼女と話してみたいと思っているからだ。
端的に言えば、彼女のことが知りたい。
よくよく考えてみると、僕はあまりにもフィアナのことを知らなさすぎる。
生まれてからずっと一緒で眠る場所も近く、共に風呂に入らされたこともある仲だというのに、僕のことを嫌っているらしい、としか僕は彼女もことを知らない。
こんなでは、何光年かかっても彼女と仲良くなることは出来ないだろう。
……光年は距離の単位だったっけ?
というわけで、僕は彼女と会話をしてみることにした。
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その日の夜、月明かりの差す部屋の中で、僕とフィアナは見つめ合っていた。
無言である。
お互いに一言も発することなく、ただひたすらに無言。
そもそも、僕は今まで彼女が話しているところを見たことがない。
赤ん坊の時に僕の隣で泣きわめいていたから声帯は問題がないはず。それなのに共に暮らす同居人の声を聞いたことがないのだ。
他の孤児にそれとなく聞いたところ、彼女が話せることが確認できた。プロスタさんにも話を聞いたために間違いなく彼女は言葉が話せる。
その際、プロスタさんに頑張れと背中を叩かれたり年上の女子にニコニコとした笑みを浮かべられたりしたのだが、あれは一体どういう意味があったのだろうか?
しかし、このままずっと見つめ合っても埒があかない。
僕から彼女に話しかけることにした。
「あの、さ」
だが、僕は続く言葉を発することが出来なかった。
何故か?
彼女が怖いのだ。
改めて彼女の顔を見ると、それはもう綺麗なものだった。
しかし、凍てつくような眼差しを向けてくる彼女の表情には愛想が欠片もない。
幼い風貌ながら、可愛いというより綺麗、格好いい……それ以上に怖いのだ。
それに、彼女は一切表情を動かさない。
こちらの目を見据えたまま、瞬き一つしてこないのだ。
時折薄めの唇が動いたりしているが、呼吸による副次的な動きで他意はないだろう。
そんな彼女に、僕は恐怖していた。
彼女が齢三つにして、美しすぎるために。
完成された芸術品がまるで光り輝くような、雄大な景色があたかも自分に迫り来るかの如き……そんな迫力を彼女は持ち、僕はそれに気圧されていた。
三歳の幼女にビビる、中身は推定十代の三歳児。
それが今の俺だった。
手の平に爪が突き刺さるほど拳を握りしめ、震える心に喝を入れる。
内面の年齢なんて関係ない。男の子は、女の子の前で弱さを見せてはいけないのだ。
恐怖の対象が、その女の子であればなおさらである。
たとえ嫌っている相手からだとしても、怖がられて喜んだりする人間は少ないだろう。精々性根が腐った奴か天性のサディストくらいだ。
意を決して話しかけようと――したところで、僕の喉は再度動きを止めた。
な……何を話せば良いんだ……
相手が同年代(中身にとって)なら、おそらく僕はごく普通に会話できただろう。少し自身はないけど。
しかし、相手はどんなに美しくても怖くても、三歳の幼女。
なにをどう話せば良いのかさっぱりわからない。
こんなときは……そうだ、素数を数えよう。
安定安心の素数の出番だ。これを数えることによって、今まで多くの人間が心の平安を保ってきたとされている。
素数とはそんな素晴らしい数なのだ。天国までいけるくらい素晴らしい。
二、三、五、七、十一、十三…………
よし、落ちついた。
やっぱ素数って最高だな。
さて、彼女にはなんの話をしようか。
友達になってください、と正面から突然言っても反応が返ってくる可能性は低いだろう。
相手は鉄面皮のフィアナだ、無反応でこちらを睨み続けてくるに決まっている。
では、なにか物語でも聞かせてあげよう。
まず、相手に自分に対して好意的な興味を持ってもらうことが重要だと思う。
敵意を持っているとしても、いくら怖かろうと、所詮三歳児だ。僕のように前世の記憶でもない限り面白いことには目がないだろうし、興味さえ引ければすぐに嫌っていたことなんて忘れるだろう。
そうなれば、多少強引
話しかけ方なんてものも気にしなくていいや、どうせろくに国語力なんてないし彼女も気にしないだろう。そもそも幼女に気を遣うなんて馬鹿馬鹿しい。
「フィアナに言いたいことがある」
出来る限り真面目な表情を浮かべ、僕はフィアナへと語りかけた。
彼女の形の良い眉が少し歪む。
前世の記憶で一番印象に残っていた漫画を一つ選び、僕は再度口を開いた。
「J○J○の奇妙な冒険……」
突然妙な言葉を発した僕に向けられた、驚くフィアナの顔を僕は一生忘れることがないだろう。
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チュンチュン、チュンチュン
鳥の鳴き声を聞いて、僕は眠い目をこじ開けた。
うーんと目一杯伸びをするべく腕を上げようとして、その上げようとした腕が悲鳴を上げた。
「いづっ」
見れば、僕の隣で僕の腕を枕代わりに、フィアナが幸せそうな表情で眠っていた。
こ、これは……
どうしてフィアナがここに……?
まさか、昨晩何かあって、仲良くなりすぎて三歳児同士で、致してしまった……?
い、いや! 僕は悪くない! まだ第二次性徴を向かえていないんだ! 出来るわけがない! だから僕は悪くない! やれば出来るなんて嘘だ!
というか、昨日何があったんだ?
さっぱり覚えていない。
なんか妙にみぞおちの辺りが痛む気がするし……
「むふぅ……これが……『世界』、だ……」
ふと、フィアナがそんなことを口走った。
可愛らしい声だった。
どうやら寝言だったようで、もにゅもにゅと口元を動かして彼女は寝返りを打った。
「あひぃっ」
僕の腕に電流が走る。
ええと……?
昨晩本当に何をしたっけ?
てか、なんでフィアナがDI○様知ってるの?
なんでフィアナが僕のベッドに寝てるの?
一線は越えられたの?
「ふみゅん……」
疑問は尽きなかったが、可愛らしい寝顔を見ていると最後の以外は全てどうでも良くなった。
その日から、フィアナは僕から滅多なことがない限り離れなくなった。寝るときも、同じベッドを使うようになった。
言葉こそ発しないが、意思疎通も出来るようになった。
他の女の子の孤児と話していると、全力で腹パンしてくるようにもなった。その度に給水タンクまで吹っ飛ぶ自分の姿をなぜだか幻視した。
プロスタさんは、僕たちが仲良くなったのを見て泣いていた。
ちなみに、一線は越えていなかったし未だに越えていない。
将来的にはいつか、越えたいと思っている。
断じて僕はロリコンではないけれども、彼女となら越えられそうな気がした。倫理観とかも含めて。
ス○ンドのように背後についてくるフィアナを見ながら、僕は今でも首をひねる。
あの晩、僕は何をして、どうやってフィアナと仲良くなって、何故そのことを覚えていないのか……
フィアナと仲良くなるという目標を達成できたし、まあ、いいか。
部屋の隅から、チュウという鳴き声が聞こえてきた。