表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/7

一話

ふと思いついたから書いた、後悔も反省もないです


病気の名前が出てくるので、不快に感じる方はブラウザバック推奨です

光が瞼越しに眼球に届き、僕は目を開いた。

薄汚れた、木製の天井……

見慣れない色合いをしている。少なくとも、僕の家の天井ではない。


辺りを見ると、長大な、と言うほどではないにしても僕の背丈と比べて遙かに大きな木の策が、自分の周りを囲んでいた。

体の下には、少し煤けたような色合いの白いシーツ。弾力はあまりなくよれよれとしている。


ふと隣に目をやると、銀髪の赤ん坊がすやすやと眠りこけていた。

その赤ん坊は寝返りを打つと、ひしと僕の着ている服を掴んできた。


振り払おうと腕を上げると、やけに重たい。

おや? と思い懸命に腕を動かし視界に入れると、小さく柔らかそうな紅葉の葉のような形をした手の平が見えた。

グー、パーと手を動かすと、その小さな手の平が動く。


まさか……

脳裏に過ぎった可能性を否定すべく僕は立ち上がろうと体を動かすも、どうにも上手くいかない。


必死になってじたばたともがいていると、バタリ、と扉か何かが動く音が聞こえてきた。

その音に反応して隣で寝ていた赤ん坊が泣き出してしまう。

うわ、声でかっ!

すぐ隣で泣き叫ばれた所為でもあるが、鼓膜から頭に衝撃とも言えそうな音の刺激が伝わり思わず顔を歪めてしまう。


そんな僕と赤ん坊を覗き込んでくる者が一人。

でっぷりと太った、人の良さそうな顔のおっさんだ。

泣き叫ぶ赤ん坊と顔を顰める僕を見て、どこか安心したかのような表情を浮かべている。

身なりはそこそこで、ファンタジー物のアニメに出てきそうな貴族のよう。


おっさんは僕の隣の赤ん坊を持ち上げると、あやすように揺すったり聞き慣れない言語で語りかけたりした。

爆発するかのような勢いで泣いていた赤ん坊の声量が次第に小さくなっていき、最終的にはキャッキャという笑い声へと変わった。

見かけによらず、子どもをあやすことに慣れているらしい。


満足したのか再び眠りに就いた赤ん坊をシーツに下ろすと、おっさんは僕の体に手を回すと軽々と持ち上げた。

おっさんはニコニコと笑顔でなにやら話しかけてくるが、僕には何を言っているのか分からない。


時折揺られたり、歌のようなものを聞かされたりして数分、僕の瞼が重くなってきた。

耐えられずに瞳を閉じると、おっさんは僕の体を元の場所へと戻す。

二言、三言ほど言い残しておっさんはその場を後にした。

バタリ、という先ほど聞いたものと同じ音を最後に、赤ん坊の寝息を残して辺りは静寂に包まれた。


「ぁ……ぁう……」


寝言めいた声を出して赤ん坊が僕の体にしがみついてきた。

お……重い……


よく見ると、赤ん坊の大きさは僕の体とそう変わらない。

つまり、僕はこの赤ん坊と同じ大きさをしているというわけで。


……いい加減認めよう。

どうやら僕は、赤ん坊になってしまったみたいだ。




~~~~~~~~~~




赤ん坊になる以前の、僕の記憶は非常に曖昧だ。

知識的なことはしっかりと覚えているのに、僕の今までの人生については、さっきまで見ていたはずの夢、という程度のぼんやりとした出来事しか覚えていない。


たとえば、以前僕は十代の学生だった。

成績も運動神経もそこそこ、いじめられていたりひとりぼっちだったりはしなかったけれど、人気者でもなかった。

家族も両親と兄が一人という普遍的な構成。

得意なことも苦手なことも特になし。


この程度のことしか分からないのだ。

後は、家にペットとしてゴールデンハムスターを一匹飼っていた、くらいかな。


ハムスター……そう、ハムスターだ。

思い出した。


確か僕は、その時ハムスターにひまわりの種をあげていた。

やり過ぎはあまり体に良くないと分かっていたけれど、頬袋に種を詰め込む姿が可愛らしくていくつも与えていた。

頬をぱんぱんにしたそいつがあまりにも可愛いから、指で撫でようと僕は頭に手を伸ばしたんだ。


そして、噛まれた。

たしか、初めてのことだったと思う。


出血するほど強く噛まれてしまった僕はハムスターをゲージに戻すと、傷口を洗い絆創膏を巻いて止血した。

それからしばらくして、気分が悪くなってきて、次第に意識が朦朧としてきて……


なるほど、アナフィラキシーショックだ。


アレルギー反応を引き起こす物質が体内に入ったときに起こる過剰な免疫反応。それがアナフィラキシーショックである。

詳しいことは医学に疎かったらしい僕には分からないけれど、それがハチの毒なんかで起こる危険なものだというくらいは知っている。

ごく一部のハムスターにアレルギーを持つ人間は、その唾液によってごく稀にこれを引き起こし、重篤化した場合死亡することもあるらしい。


……えーと?

つまり僕は、ハムスターに噛まれたことでアナフィラキシーショックを引き起こし死亡、その後赤ん坊に転生したと?


……うわぁ。

なんとも言い難い死因で、僕は転生してしまったようだ。




~~~~~~~~~~




一年後。

僕はようやく一人で歩いたり、おっさんや彼を訊ねる人の話す言葉を理解出来るようになった。また、拙い発音ではあるものの、少しだけなら話すことも出来る。平凡だった前世と違って頭の出来がいいのか、はたまた単純に脳が若いからなのかは知らないけど、なんにせよ苦もなく言語を学べたのは大きいと思う。

頭の比重が大きいせいで走ったりは出来ずに、言語に関しても文字については全く分からないけれど。


彼らの話や孤児院の中から、僕は様々な情報を手に入れた。

まず、ここがイミューンという名の街にある孤児院であるということ。

イミューンはそこそこ豊かな街で、それなりの人口らしい。


おっさんの名はプロスタ。孤児院を一人で経営する変わり者みたいだ。

そこそこ裕福で、余った金を使いこの孤児院を建てたらしい。

本人は高く売る為に孤児を養っていると言っているが、彼の様子を見る限りそれは嘘だろう。

孤児院自体は多少ぼろっちいけど、子ども達への食事はしっかりしているし教育まで施している。それらは付加価値を付けるためだけにしては手がかかりすぎているくらい。子どもを売ればどれくらいの利益になるのかは知らないが、採算が取れないだろう。

それに、たった一年とはいえ赤ん坊の頃から彼に世話をされてきている僕には分かる。

彼は心から子ども達に愛情を注いでいる、ということが。


端的に言うと、プロスタはいい人であることを知られたくないいい人なのである。


そして、もしかしたらここは地球ではないかもしれない。

この孤児院の中には獣人とよばれる人種の子どもが数人いた。

彼らは耳が獣のようで、人によっては牙があったり尻尾があったりもする。

彼ら獣人が、僕が前世で死んでからずっと後になって誕生した人間の変異種族、という可能性もなくはないけれど、もしそうだとしても僕の知っている、かつて住んでいたであろう世界ではなくなっているということに他ならない。

もうこの世界は前世とは別の異世界だと考えていた方がいいと思う。


自分がなぜ孤児院にいるのか、それをプロスタは教えてくれない。けれど孤児院にいるんだから理由は大体察している

大方、両親が事故等で亡くなったか僕が捨てられたかのどちらかであろう。


ハムスターに噛まれて死んで、生まれ変わったら孤児。

そう考えると胸中が複雑な感情で溢れかえりそうになる。


今世での僕の名前はペスト。かの有名な黒死病と同名だ。

もっとも、この世界に黒死病があるのかは分からないし、なかったとしたら全くの偶然ということになるから気にすることでもないだろう。

ネズミの一噛みで死に、生まれ変わったらペストという名。

数奇なものである。

今世ではげっ歯類に気をつけろ、という戒めだろうか?


とにかく。

偶然の死から、孤児とはいえ幸運にも再び生を得たんだ。

どうして自我が残ったままなのかは不明だし、そもそも自分がどんな人間だったかすら分からない等色々謎はある。でも、自我に関しては困ることなんて特にないし、自分が何者かなんてこれから知る時間はいくらでもあるから構わないだろう。文字通り一生分まだ寿命はあるんだ。

前世でやり残したことなんかは覚えていないけれど、僕なりに精一杯、一生を謳歌してみよう。


こうして僕、ペストの第二の人生が始まった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ