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第13番館永久閉架書庫  作者: 紫乃碧
第一章
2/8

ープロローグー

人間は死を迎えたその時、自らが歩んできた生の痕跡は一切が消失する。けれど私たちは自らの生の証として、消失するその瞬間、人生の全てを記した書物を残す。

よって、それを私たちの生きた証とする。私たち人間の、遺骸とする。


(聖遺書五法憲章・前文より抜粋)




 ーー人は死の先に何もない。


 イヤホンからジジジ、というノイズと共にまだ幼い少年の声が届く。

「くそっ、あのやろ……逃した!おい、ガキんちょっ、そっち行ったぞ!」

 その声に、身を潜めていた物陰からゆっくりと立ち上がる。


 ーー何も残らない。まさに、死は無だった。一体何故。その問いは、途方のない時間問われ続けた。けれど、神は答えない。ただ、無という重い重い運命ばかりが待っている。


 ここは高いビルに囲まれた薄暗い路地裏。この一本道を通るためには、必ず私を倒さなければならない。

 そう考えながら、せいぜい人が二人通れるほどの道幅の真ん中に立つ。目を瞑れば、よく聞こえる。荒い人の息遣い、乱れて先を急ぐ足音。

 ああ、もうすぐ、来る。


 ーーけれど、人間だって弱くない。自分の存在を何とか残そうとした。人間は、生きる証を遺そうとした。

その結果が、一冊の本だった。無に帰すその瞬間、長くて短い自らの人生を一冊の本にするのだ。生まれた瞬間から無になるこの一瞬までを、記した本。


 姿が見えてくる。20代くらいの、背が高い男だ。全身黒に黒いニット帽を深く被ってるなんて、典型的な盗っ人の姿だ。

 全身で盗みにきましたって言ってるみたいじゃない。

 思わず苦い笑みが漏れる。そして向こうも必死な表情の中、勝利を確信した笑みをこぼしていた。大方、背が小さい女一人しかいない事に勝利を悟ったのだろう。

「アホめ」

 イヤホンからまるで私の心を読んだかのように、タイミング良く同じ感想が流れた。


 ーーそして、人間が生と引き換えに遺した本はある場所に収められるようになった。


 男が走るスピードを上げて、こちらに突進してくる。イヤホンから鮮明に、低く気だるそうに、けれど確かに相手に届く不思議な心地よい声が流れた。

「仕上げだ、しっかりやれよ、オリビア」

 私はにっ、と口角を上げる。

「当然」

 そう声を張り上げると同時に男が目の前に迫る。

私を押しのけようと伸ばされた手首を右手で掴み、そのまま体を反転し腕を捩じ上げる。男の低い呻き声を合図に両足を踏ん張り、男の前に進む勢いに合わせて体を僅かに前方を傾かせてーーーー

 一気に投げる。


 ーーそこは決して誰の目にも触れることのない、人の生を記された本たちを収め、そして永遠に守る場所。


 ばぁん、と辺りに音と僅かな振動を響かせる。ろくな受け身を取れなかった男は、状況を飲み込めないまま仰向けの状態で呻き、ぼんやりと、つい先程まで自らの勝利を確信する要因となった女を見上げる。

 女は顔色一つ変えずに、悠然と腰に手を当て立っている。そこに、ふわりと何かが落ちてくる。その正体を理解すると、男は目を剥いた。その落下物は、ゆらゆらと立ち上がると面倒臭そうにこちらを歩み寄ってきた。

「お、お前……今どこから……?!」

 男の問いにはの答えず、その落下物……否、ありえない高さから落ちてきた人間は、ポケットからカードを取り出して男の眼前へ突き出した。


 ーーその場所を。人間の墓場を。人の死の象徴である本を管理するそこを。人は、こう呼ぶ。


 人間はさらに、男の鼻面へカードを近づける。

「館長、デーヴィッド・エドワーズだ」

 そう言うと人間は、鉄仮面の中ほんの少しだけ口を歪めた。その歪な表情に男はますます縮みあがる。

「あー……このカード、身分証明。あんたは、聖遺書五法憲章の第一法に反する行為をした。よって……」

 男はゆらりと立ち上がる。そして、左足を浮かせ。

 男の腹目掛けて振り下ろした。

「強制連行させてもらう」

 冷たく響く声と共に、腹に加わる重圧、そして何故か電流が流れる。遠退く意識を必死に掴みながら、男は何度頭で反芻したかわからない問いを述べた。

「ぅぐうっ!……お前ら……一体……」

 いつの間にか男の傍らには、先程躱した猫のように俊敏な少年も立っていた。見た目も年齢も何もかも共通しないこいつらは、一体何なのだ。

 フードを被った小さな少年が徐ろに、男の体を指差す。

「お前が大事そうに服の中に隠してるその本」

 男はビクリ、と体を揺らす。

「所謂、聖遺書って言うんだけどね。私達はその本の管理……保管をしているの」

 今度は女が口を開いた。

 そして最後に、自然とあの奇怪な人間へ視線が集まる。人間は鬱陶しそうに頭を掻きながら口を開いた。

「その場所……その保管場所というのが」

 さあ、とビルの間を風が通る。

 男はその人間と目があった。ぞわりと、底冷えする、深く冷たい海底のような、深淵を除いた気分になる。

「第13番館……永久閉架書庫だ」

 その名を聞くと、再び男の腹部に鋭い電流が流れ、とうとう男は意識を手放した。

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