お間抜けなポアロ 再登場
僕の趣味は人間ウォッチグだ。対象の人間を決めたら、その人間がどんな人間か推定する。生活環境、職業、家族等……。で、その後、対象人間の後をつけて検証する。どんな所に住み、職業は? 家族は?
観察、推定し、検証する。“人間ウォッチング”は知的趣味で、ぼくは“名探偵ポアロ”なのだ。
でもあの日のぼくは、ぼくとしたことが、とんだ“お間抜けなポアロ”になってしまった。こそ泥と思った男は、“必要なら殺しもする強盗”で殺されかけた。すんでのところを優秀な刑事さんに助けられ、命拾いした。でも、ぼくの推定は大まかなところでは当たっていたのだ。ただ、ちょっと見込みが甘かった、だけだ……。
ぼくはその日、あるファミレス(同じ間違いは繰り返さない! )の禁煙席にいた。一人、ぽつりテーブルに座った男。男は和風ハンバーグ定食とドリンクバーを食べていた。目は虚ろで、時々、独り言を言っていた。
ぼくは、この男を観察の対象とした。
ここで、“名探偵ポアロ”で登場。
スーツを着ている。歳は五十歳前後。スーツは買った時には最高の物だったけれど、長年、同じものを着続けた結果、袖やポケット、襟に綻びが見える。
ここからは、推定。
どこか小さな商社の社員、銀行員、あるいは公務員。男の経済状態は決して豊かではない。平日の夜の八時半、一人でファミレスで食事をするなんて家族はいない! いや、過去、この男には家族はいた。妻も子どももいた。子どもは娘だ。娘は言う。「お父さんとは別にして! 」 趣味は別にない。ただ、テレビを見るだけ。昔は“巨人戦”、今はひな壇に並んだお笑いタレントの戯言を屁を放りながら、馬鹿笑いする毎日……。そんな姿を妻や娘に見せて尊敬されるはずがない。そんなある日、男が残業からローンがたっぷり残った一軒屋に帰ってくると、いるはずの妻と娘がいない。キッチンのテーブルに短い手紙。「家を出て行きます。何故かは、自分の心に聞いて。細かいことは、後日、弁護士を通じて」 男は呟く。「何故? おれは家族のために、毎日残業! 家族のために一生懸命働き、この家を建てた。人並み以上の生活をさせてきた。なのに……。分からない」
優秀な妻の弁護士のお陰で、「あっ」と言う間に離婚成立。慰謝料、まだ成人していない娘の養育費を支払うために“ローンがたっぷり残った一軒屋”を売り、自分は西日しか入らないボロアパートに引越。勿論、そんな引越し誰も手伝ってくれないので、荷造りは自分一人でした……。
ぼくはこんな風に推定をした。さらに、ぼくは確信した。“この男、今夜、自殺する! ”
後は男の後をつけ、物影から男の自殺を見守るだけだ。ぼくは自殺を止めたりしない。折角、そこまで決心したものを止めては悪い。それに言うではないか! “他人の不幸は蜜の味”
小さな鳥居を抜けると石段が続いていた。わずかな明かりしかないので石段の上は暗くて何も見えなかった。男は既に階段を登ってしまったのに違いないと思った。神社の境内で自殺するなんて、なんて罰当りな男なんだ。それだから、妻や子どもに逃げられ幸せになれないのだ……。
ぼくは、足音を立てないようそっと石段を登った。下手に音を立て、男に自殺を止めさせては悪い。石段を登りつめる前に立ち止まり、境内を様子を窺った。人の気配がない。あの男の気配がない。
ぼくは境内に立ち、あたりを見回した。やはりあの男の気配がない。何処に行ったのだ?
「何か、おれに用事か? 」突然、後から声がした。
「別に……」と、振り返りやっとぼくは言った。あの男がそこにいた。いきなり、真っ暗な中後から声をかけるなんてマナー違反だ。勿論、そんなこと口にしなかったけれど……。背中にびっしょり汗をかいていた。
「それなら、おれはおれの用事を済ませる」と言うと、男はぼくの首に両手をかけてきた。あまりの恐ろしさに何も出来なかった。ぼくはぼんやり殺されと思った。死ぬのだと思った……。
一時間半後、ぼくはR警察署にいた。幸いなことに遺体安置賞でなく、十日程前のお馴染み(?)の小さな会議室で、テーブルの向こうにはこれまたお馴染み(?)の刑事さんがいた。
「あの男は日本全国方々で人殺しをしてきた。全く知らない人間を殺してきた。趣味が“人殺し”。人殺しをして高速に乗り数時間後には隣の隣の県にいた。それで警察も犯人を捕まえられなかった」と、刑事さんが言った。
十日程前のぼくはこの部屋で“名探偵ポアロ”ではなく“お間抜けポアロ”だった。そして、今日も“お間抜けポアロ”……。
そんなぼくに刑事さんはごもっともなことを言った。
「“人間ウォッチグ”はもう止めなさい。私も、いつも、あなたを助けられるとは限らない……」
ヤフーブログに再投稿予定です。