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遺伝子ファッショナブル  作者: DRtanuki
第三章:少女とヤクザと教祖
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3-39:終わる前に


 苦しそうに喘ぎ、口からは血を吐き出しながらも柄山はまだ何かを伝えようと、血まみれの手を石橋に差し出す。石橋は無言でその手を握る。

 

「お前に伝えなければならない事がある」

「駄目だよ、まだ死なないでよおじいちゃん! ねえ兄ちゃん、お薬まだ余ってない?」


 希愛の悲痛な叫びに対して、力なく首を振る石橋。

 もう先ほどの痛み止めのモルヒネで全て使い切ってしまった。

 柄山の所持品は無いか探ってみたものの、着ている服と刀、連絡用の携帯に財布以外は何も持っていない。


「黒服たちなら何か持っているかも」


 希愛が探しに行こうとするのを、柄山は止めた。


「もういい。俺はもう疲れたんだよ」

「でも!」

「希愛よぉ、お前を一度は拘束しようとした、情けない男だぜ俺は。この後に及んで助かりてえとは思わねえよ」

「……それでオヤジ、伝えなければならない事ってのは」


 問いかけに、柄山は一度大きく息を吸った。


「プロジェクトキマイラについてだ」

「知ってたのか、オヤジ」


 思わず石橋の声が大きくなる。


「ついでに、俺の本当の事も少し話しておこう。俺は、マル暴の捜査員だった」

「だった、って事は今は違うのか?」

「組長にまでなっちまったからには、もう警察には居られねえからよ。警察には辞表を出して、ヤクザとして生きるようになったのさ。だが、その時のツテやコネは今でも生きている。竪菱組がここまで大きくなれたのは、裏でガッチリと警察と手を組んでいたからなのさ。他の組は摘発されまくって規模を縮小してきたが、ウチやその傘下だけが何故ここまで勢力を伸ばせたのか、今まで疑問に思った事は無かったのか?」


 にわかには信じがたい話だが、妙に警察とのつながりが太いとは石橋も感じていた。

 警察とヤクザの繋がりは昔からあり、持ちつ持たれつと言った感じだった。

 戦後、ヤクザたちは悪い連中をある程度取りまとめて仕切っていた事もあり、警察も彼らを上手く使って治安の維持を図っていた。その代りに、ヤクザたちが活動しやすいよう便宜を図りつつも。

 時代が下るにつれ、警察力が充実してきた事もありヤクザの存在を認めないようになってきた。それは国民の要請でもあり、警察の治安管理上の懸念でもあった。彼らは法律でがんじがらめにされ、おおっぴらに活動できなくなった。

 だが、それはまた別のアウトロー達が台頭する事を意味していた。

 

「半グレ連中やマフィアがのさばる中、俺達の組はシノギでそれなりにやっていけてましたね……。今思えば警察が見逃してくれていたわけですか」

「そう言う事だ。それに、警察と繋がりのある俺を組のトップとして置いておいた方が何かと管理しやすいと警察は踏んだのさ」


 柄山は一度息を吸う。


「それで、希愛についてだが。彼女はプロジェクトの被験者だったんだろう?」

「ああ」

「方舟の遺伝子とやらの適合者。不老不死の可能性を秘めた子」

「オヤジ、なんで不老不死なんかに今更執着したんだよ。そんな人じゃなかったはずだ」


 石橋の声に、柄山は苦笑いで返した。


「これは言い訳になるが、お前に後継者を断られたからだよ。お前に俺の意思を継いでおけば、安泰だと思っていたんだがな。おかげで気の迷いが生じてこのざまだ」


 柄山は今一度、瞳の輝きを取り戻して石橋の目を見据える。


「俺が死ねば、間違いなくお前たちは竪菱組から追っ手を差し向けられるだろう」


 組長を殺した張本人をむざむざと逃がす訳がない。それこそヤクザ組織のメンツが立たないだろう。石橋は当然狙うとしても、希愛にもいずれその目は向く。方舟の遺伝子の適合者であり、取引材料としても使い道がある。組長直々に動いていた以上、希愛が重要人物であるという認識は組上層部には間違いなく行き渡っている。


「だから、お前たちはアメリカに行け。そこにプロジェクトキマイラの、その前段階のプロジェクトノアについても知っている奴が居る。そいつには俺の知り合いだと言えばアポくらいは取れるはずだ。お前たちには知る権利がある。キメラ人が何故生まれたのか、そしてどのように世の中に広がっていったのかを」

「それはエンノイアとか言う奴が喋っていたような――」

「私、行く。行きたい」

「希愛!?」


 力強くうなずく希愛。


「私、知りたいの。私たちがどうして生まれたのか。私がどうして遺伝子に適合出来たのか。何より、どうしてそういう計画が生まれたのか。エンノイアが言ってた事は多分嘘じゃないんだろうけど、あいつの証言だけじゃ足りないだろうから」


 そして希愛は拳を固める。


「それで、もし私の体が何かしらの計画の役に立つんなら、協力したいの」

「希愛、お前そこまで考えて……」

「それに、重要人物だと認識してもらえたら、保護もされるかもしれないじゃない。日本よりもアメリカのほうがそう言うの頼りになりそうだし」


 舌をペロッと出して希愛は笑った。ちゃっかりとそんなことまで考えるようになっているとは思わなかった石橋は、つられて笑ってしまった。


「すっかり大人だな、お前も」

「俺も老いるわけだ……。さあ、早く行け。俺からの連絡が途絶えたら間違いなく組員が大勢やってくるぞ」

「どうやら、その前に違うのが来たようだぞ」


 微かに遠くから聞こえるパトカーのサイレンの音。

 次に、石橋の携帯に着信が入った。


「兄貴! やっと教団施設の近くまで戻ってこれましたが、警察が非常線張りはじめててこれ以上寄れないっす! 合流地点を指定するんでそこまで来れませんか?」

「おう、こっちの用事も粗方済んだところだ。今からそっちに向かう」

「石橋!」


 柄山が叫ぶ。


「今生の別れだ。次は地獄で待っているぜ」

「……いや、それもまた次の機会にさせてもらいますよ、オヤジ」

「なに?」


 その時、ヘリコプターのローター音がけたたましく鳴り響くのが聞こえて来た。

 この建物の屋上に着陸したかと思うと、屋上のドアは無理やりに破られる音に続いて、ヒールの音が聞こえて来た。


「実はオヤジと戦い終えてからすぐに、山賀に連絡させてもらった」

「全くこんな朝から人を呼びつけるんじゃないっつうの」


 寝ぐせも直さず、化粧もしていない女医が鞄を持ち護衛と共に現れたのである。


「悪い。先生には借りを作りっぱなしだ」

「いいわ。竪菱組組長を瀕死の状況から救ったとあれば、大分貸しになるからね。でも酷い怪我。すぐに病院に連れて行かないと」


 山賀は鞄から応急処置用のアンプルを取り出し、柄山に注射した。その後すぐに止血剤を胸の傷に押し込む。


「いたたたたっ! なんて乱暴な処置をしやがんだこのアマ!」

「ああ訂正。この調子ならまだ死なないわね。ま、ナノマシン剤が傷を治してくれるし、血液の流出も止めたから後は病院で輸血して、しばらくおとなしくしてもらえば大丈夫かしらね」

「すまない先生。後は頼んだ。俺達はもう行かなきゃならない」

「いいわ。警察は何とか上手くごまかしておくから。しばらく貴方達と会えないと思うと寂しくなるわね」

「安全を確保できたらまた連絡するよ」

「バイバイ、先生」


 石橋と希愛はビルから脱出しようと窓へと向かう。

 その背中に、柄山が声を掛けた。


「……お前たち、絶対に死ぬんじゃねえぞ」

「オヤジこそ、大人になった希愛を見るまでは死なない約束だろう?」

「そうだったかな」


 お互いに笑った。

 多分会える機会は、ほとんどないかもしれない。

 だがそれでも、生きてさえいればいつかは会えるかもしれない。

 願いを胸に、二人は駆け出した。


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