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遺伝子ファッショナブル  作者: DRtanuki
第三章:少女とヤクザと教祖
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3-27:奪還作戦、開始

 静かな夜だった。

 人でざわめく新宿の夜が嘘のように静寂に包まれている。

 まるで誰もが息をひそめて怖いものが通り過ぎるのを待っているかのように。

 ここ数日の東京都心部では事件が連続して起こっている為、警察官がどの繁華街にも配置されている。人影がまばらな繁華街ほど、寂しい物はない。

 それでも街灯やビルからの明かりはいつもと変わらずに街を照らしている。

 しかし一歩路地裏に踏み込むと、その明かりすらも届かず、闇が口を開けている。


今日は新月。星の明かりは東京においてはかき消えるほどの儚い明かりでしかない。

 まばらな間隔で配置されている、切れかかった電灯が照らす路地裏。

 合間には人が目を凝らしてもはっきりと物が見えない闇が存在する。

 その闇の中をすり抜ける車の集団があった。

 乗っている彼らは街の中には不似合いな格好をしていた。まるで今から戦争をはじめようかというような武装を施している。ボディアーマーにヘルメット、ブーツにマスクとどこぞの軍隊の歩兵かと見まがうくらいだ。

 銃もアサルトライフルや狙撃銃と言ったものを装備している。

 もちろん、護身用に拳銃も持っている。コピー品のような粗悪なものではなく、正規の銃だ。どこかから横流ししてもらったのかもしれない。

 車もまた、この市街地においては違和感を醸し出すものだった。

 いわゆる軍用車両である。ときおり自衛隊がこれを使って道を走っているだけでも目を引くのだが、これが数台ほど連なって新宿の街を走っていると目立つ。しかし今は夜なだけに、黒い車体と相まって移動しているとよく見えない。

 今時はこれらの車も電気で動くのだが、その為音がない。普通の車ならエンジン音をあえて立てさせて走るが、この車はそれらの発音装置を切っている。

 

「まだ施設には着かないのか?」

「連中の敷地は無駄に広いですからね」


 助手席の亀の甲羅を背負った男が愚痴り、運転している由人が答える。

 車に乗っているのは皆、石橋の部下たちだった。


「ようやくこの日が来たか。首を長くして待っていたぜ」

「亀だけに?」

「そういう訳じゃねえけどよ。やられっぱなしってのはシャクに障るだろ?」

「全くだな」


 今日、彼らはカチコミという名の陽動作戦を行う。

 教団「方舟」の本部は新宿区の外れにある。都市分散計画のおかげでいくらかは東京の地価も安くなったとはいえ、それでも首都東京の土地が高い事には変わりない。

 それでも教団は東京ドーム二個分と言われるほどの土地を有している。

 一体どれだけの寄付を、あるいは収益を得ているのだろうか。

 ヤクザをやって金銭の事にはそれなりに聡い石橋の部下達であっても、想像できる範疇を超えていた。


 新宿区の外れまで車は走る。

 そしてある道路の交差点を渡ると、街の様相はガラリと姿を変えた。

 今まで通りがかった街は、高くそびえ立つオフィスビルや飲食店が立ち並ぶような雑多な街並みであったが、道路を挟んで先からはそういった建物がない。延々と壁が連なっている。そのほかに建物と呼べるものは、教団敷地内の飾り気のない二階から五階建てくらいのコンクリートビルくらいだ。

 他には教団の信者を客にしようと規模の小さな商店やコンビニがあるくらいで、生活感や人の営みの雰囲気というものが欠けている。

 延々と壁が連なる道を走っていくと、壁の前に等間隔で屈強な男がなにやら立っている。

 着ている白いカソックがはちきれそうだ。


「俺達ヤクザとやってることがまるで変わらんな」

「宗教ヤクザかよ」


 車の後部座席に座っている男たちが鼻で笑う。

 ヤクザの豪邸にもこのように組員が時折警戒している事がある。

 たまに不届きな泥棒が無謀にもヤクザの建物を狙って侵入しようとすることがある。

 あるいは、カチコミの為に侵入しようとする愚かなヒットマンも居る。

 宗教を運営している彼らにも敵がいて、中には過激な奴が施設を破壊しようと侵入を試みた事件があった。もちろんそれは失敗し、捕まった奴の行方は知れない。


「そろそろ教団施設正門前だ。俺たちは門の前に出る道の曲がり角で待機。後ろの車はそれぞれ裏門と通用口まで回れ。全員が位置に着いたら始めるぞ」


 由人が車を止めると、緩んでいた車内の空気は一変し、緊張が漂う。


 教団施設正門前。

 街灯が照らされ、ここにも警備の信者が立っている。

 しかし彼らは屈強な男ではなく、一般信者だった。

 門の背後には詰所があり、そこにも警備員が詰めている。

 深夜で来客も居ないのか弛緩した雰囲気が彼らには漂っていた。あくびをかみ殺しながら監視カメラの映像をチェックしている。


「裏門部隊、配置に着いた」

「同じく通用口部隊、配置完了」

「よし。ではいくぞ」


 車から部隊が出て展開するのは速かった。正門前の道の曲がり角に隠れ、周囲を警戒する。


「俺が門の前に行って警備の目を引く。で、合図をしたらランチャーをぶちかませ」

「了解」


 亀の男が由人の声に応じ、ランチャーの安全装置を外した。


 由人は散歩でもするかのように警備員の守る正門前まで歩いていく。


「よう」

「ん? なんだお前」

「俺は今日からここの警備を担当することになった。中に入れてくれ」

「なんだと? こんな深夜に来るなんて聞いていないぞ」

「なにぶん、急な事でね。連絡がまだ来ていないんだろう」

「……お前、そのマスクを取ってみろ」


 言われるがままに由人はマスクを取る。


「お前、獣人だな。第一、我が教団が獣臭い連中など雇うはずもない。ああ、嫌だ嫌だ。獣の匂いが移っちまう。とっとと失せろ」

「まあそう言うなよ。折角お前らに贈り物を持って来たんだからよ」

「はぁ?」


 警備の男の一人がが首を傾げると、由人は腰に提げていた拳銃を取って構える。

 警備員たちがぎょっとすると同時に、銃口を上に向けて引き金を引いた。

 銃口から発せられた弾丸は、ゆっくりと光を放ちながら空に上がっていく。


「合図だ」


 亀男が光が上がったのを確認すると同時に、曲がり角からひょいと姿を見せる。

 肩口にはロケットランチャーを掲げて。

 ばしゅっ、という音と共に弾丸は高速で正門に着弾し、盛大に爆発する。


「しゅ、襲撃だ! 逃げろ!」


 警備員たちは一目散に逃げ去る。

 次いで、裏門と通用口の方からも同じような爆発音が響き、火柱が上がったのが見えた。


「ヒュウ、いい花火だ」


 程なくして、教団施設内部からわらわらと信者たちが出て来た。

 誰も彼もが狂乱、恐慌状態で泣き叫んでいる人も診られた。信者たちがどれほど要るのか、数える気も失せるくらいの人数だ。

 由人たちは混乱に乗じて、身を隠すのに手頃な植え込みや木の陰に隠れる。

 十分ほどすると、建物の中から出てくる一般信者は居なくなった。


「大体居なくなったな。では施設内部に入って陽動を行う」


 由人たちは正門から見える、見た目は殺風景なビルにしか見えない建物の中に入る。

 しかし中に入ると、地味な見た目からはまるで想像もつかない程の荘厳な礼拝堂になっていた。信者たちが座る椅子はがっしりと身質が締まった木材を使用し、また神父が説教する机は金の刺繍が入ったカバーで覆われている。机の背後には変形Y字型の十字架が大きく掲げられていた。

 

「流石、宗教団体は税金を納めなくてもいいだけに施設も立派だな」

「全く俺達ヤクザは締め付けられて今にも死にそうだってのに、羨ましいもんだ」


 ヤクザたちの愚痴は止まらない。

 それにしても、施設も広いが教団が所有している土地も広い。

 事前に貰っていた見取り図が無ければ間違いなく迷うだろう。

 地図を取り出し、由人がこれから行く道を確認する。


「よし。では裏門、通用口部隊とこの先のエレベータで合流する」

「了解」


 由人たちは合流の為に、礼拝堂から通じる地下施設へとつながるエレベータへと向かった。走りながら、由人がぽつりとつぶやく。


「……石橋の兄貴、大丈夫だろうか……」


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