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遺伝子ファッショナブル  作者: DRtanuki
第三章:少女とヤクザと教祖
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3-18:添い寝

 夜の病院は薄気味悪い。

 それは病院という場所が醸しだす雰囲気のせいなのか定かではないが。

 石橋は病院という空間が元々好きではない。好きな人などいるのだろうか。

 

 希愛が入院している病室。

 希愛が眠るベッドの隣に、もう一つ簡易的なベッドが作られている。

 と言っても、ソファを並べただけの、本当にその場しのぎ的なベッドだ。床に寝るよりははるかにマシだなと石橋は思いつつも、微妙にギシギシと固い寝心地には閉口する。

 

 既に夜9時を過ぎ、消灯時間となっていた。

 普段は診察時間を終えたら帰る山賀だが、入院患者がいる場合は一緒に宿泊している。今日はあいにく用事があるとかで代わりの医者を置いているが。

 若い研修医で、どこから見つけて来たのかと思うが軽く話をしてみると金に困っているという。そんな理由で闇病院に来るのは大丈夫なのかと思うが、バイト代が良いし背に腹は代えられないらしい。


 消灯後の病室。ぼんやりとした灯りは点いているが、それだけで歩くには心細い。

 希愛はまだ眠れていなかった。というよりも寝付けないのだ。

 ここ最近はずっと安静に、という山賀からの言いつけをしぶしぶながら守っている為に、体をろくに動かせていない。院内の散歩はやっているものの、走り回ったり遊んだり出来ないために肉体的にはあまり疲れていない。

 横たわって目を瞑っても疲労がないのだから、すぐに目が覚める。

 ベッドの中で身じろぎしていると、隣の簡易ベッドから声を掛けられた。


「眠れないのか?」

「最近、あんまり体動かしてないから」

「俺もあまり眠くないんだ」

「お昼にうたた寝してたからでしょ」


 それよりも病院で寝るというシチュエーションのせいだろうと石橋は考えたが、それは口には出さない。慣れない部屋に慣れない寝床では中々寝付けない。眠れたとしても眠りが浅くなりがちだ。

 

「ねえ兄ちゃん」

「なんだ?」

「前、私の事を妹さんに似てるって言ってたけど、ほんと?」

「ああ」


 じゃあさ、と言って希愛は起き上がる。


「その、私に似てる妹さんがどんな人なのか、知りたいな」


 石橋は少しの間だけ黙り込みながら、目を瞑っていた。

 目を開き、起き上がって希愛の方を向く。


「どこから話そうかな。まあ、妹の事を話すには俺の生まれから話すべきなのかね」

「兄ちゃんの昔話も知りたい~」


 苦笑いしながら、石橋は言う。


「あんまりおもしろくはねえぞ」

「それでもいいよ」

「んーまあ、俺もヤクザになるからには、貧乏な生まれだったんだよ。俺たちが今住んでる新宿区三番街にはスラムになってる地区があってな。ゼロ番地って言うんだ」

「うん」

「俺はそこで長男として生まれた。俺が生まれてすぐ親父は蒸発したよ。母親は詳しい事は話してくれなかったけど、まあどうせあの地区に居る奴は大抵クズかチンピラだからな。そんなクズとくっ付いた母親もまともじゃなくて、親父が居なくなった後は、別の男を連れ込んでそいつから金貰ってたよ。でも浪費しちまうから常に家の家計はカツカツだったな」

「ちゃんと働かなかったの? お母さんは」

「あの街には働く場所なんて限られてたし、そもそも俺の母は働くのには向いてない人だったからな。三日で缶詰工場辞めたりしてたし、協調性が全くないしな」

「そうなんだ……」

「まあ美人ではあったよ。だから別れても次の男がすぐ来たし、そのおかげでなんとか生きてこられたし」

「妹さん居たって言うけど、他の兄弟も居たの?」

「居たぞ。俺の下には弟二人と妹二人居た。どっちも一人ずつ死んじまったけどな」

「死んじゃったんだ……」


 ああ、と石橋は言って懐のタバコを取り出して口にくわえようとした。


「兄ちゃん、ここは禁煙だよ」

「あ、そうだった。ついいつもの癖でな」


 タバコをしまい、頬杖をついて横たわる。


「それで、まあお前に似てる方の妹は俺が中学卒業した後までは生きてたんだよ。弟の方は小学生の時に病気で死んじまった。肺炎だったんだが、保険にも入ってなかったから入院できなくてな」

「……」

「希愛に似てた妹……明美はな。貧乏でともすれば辛気臭くなる家の中でも常に明るくてな……まあ、努めて明るくふるまおうとしてたんだろうけど、良く俺に懐いていたよ。兄ちゃん、兄ちゃんってな。ちょうど今の希愛みたいに」

「わたし、そんなに兄ちゃんにまとわりついてるかなあ?」

「自覚が無いのか? 暇さえあれば俺についてくるじゃないか」

「むう」


 希愛は頬を膨らませるが、石橋はその様子を見てつい笑ってしまった。


「まあ、それでも何とか俺たちは生きていったんだよ。ガキでも出来る仕事して、それで足りない生活費を賄ってな。でもいよいよどうにもならない時が来た」

「それはいつなの?」

「俺が中学校を卒業したと同時に、母親が居なくなったんだ」

「どうして?」

「わからん。まあでも居なくなる予感はあったよ。もう若くないし、最後に捕まえた男を逃したくなかったんだろう。手紙だけ残して忽然と消えた。なけなしの一万円と一緒に入ってた手紙には、ごめんねって言う一言だけが添えられてたよ。何がごめんねだかな」


 石橋が吐き捨てると、希愛が俯いて呟く。


「私にはお母さんとか、お父さんとかいないからよくわからないけど、きっと子どもを残して去るのは、辛かったんじゃないかなって……」

「……多分そんなとこだろうよ。でもな、俺たちは実際問題暮らしていかないといけなかった。母親が居なくなった時点で俺は進学するっていう進路は潰れたし、働くにしてもあの辺じゃろくな働き先が無い」

「それでヤクザになったの?」

「ああ。まあヤクザになっても貧乏な奴は貧乏なままだが、俺は稼げたからな。新人によく任される集金でも回収率ほぼ100%だったから、上の方の覚えも良かった。これでひとまずは食い扶持に困る事も無くなって、なんとか毎日を暮らしていけたんだ」

「ふうん」

「ある日だ。俺はいつものように集金の仕事を終えて、自宅まで戻る途中だった。十字路を曲がって家の玄関が見えた所で、勢いよく玄関の扉が開いたんだ。泡食って出て来たのは弟だった。一体何があったのか聞いてみると、妹が車に轢かれたって話でよ。俺と弟は急いで病院に行って妹の無事を祈った。が、通されたのは霊安室だったよ。妹はまるで眠っているかのような顔で冷たい金属のベッドに横たわっていた」

「……」

「即死だった。妹はその日の夕飯の買い物に出かけていてな。スーパーで買い物を終えて交差点を渡っている途中に、暴走した車に突っ込まれたらしい。その轢いた相手ってのが当時尾熊組と敵対していた組の奴で、ひどく酔っ払っていた。もちろんすぐに刑務所に送られたが、しょせん危険運転で一人ひき殺した程度では懲役刑だ」

「兄ちゃんは、その後どうしたの?」

「何をどうしたか知らんが相手は数年で出て来たから、捕まえたよ」

「……捕まえた後は?」

「本当に聞きたいか?」

「聞きたくないから止めとく」

「賢明な判断だ」


 石橋はベッドに横たわり、希愛も眠気が来たのかひとつあくびをして同じように寝転がる。


「ねえ」

「なんだ?」

「復讐して、気は晴れた?」

「虚しいだけだったよ。でも、やらないよりははるかにマシだ。何より俺の気持ちの整理を付ける為にもあれは必要だったと思ってる」


 ふと時計を見ると、いつの間にか時計の針は10時を指していた。

 ひとつ大きなあくびをし、希愛の目が次第にしょぼしょぼしだしている。


「眠いんだろ。そろそろ寝な」

「うん。ね、手を繋いで」

「そりゃまたなんで」

「繋いでると、寂しくないから」


 石橋は簡易ベッドをより希愛のベッドに寄せ、距離を詰めた。

 そして手を繋ぐと、眠くなった希愛の高い体温が伝わってくる。


「これで安心。どこにもいかない」

「ああ。ここにいるよ」

「ねえ兄ちゃん」

「なんだ?」

「兄ちゃんは、どこにもいかないよね。死なないよね」

「死なないさ。たとえ前みたいにボコボコになっても、必ず治して戻ってくる」

「うん。よかった」


 ぎゅっと、石橋の手を握る力が強くなる。


「いなくならないで、ね」


 そうして希愛は目を瞑り、寝息を立て始めた。


 いなくならないで。

 その言葉の意味を反芻する。

 寝息を立てる希愛の顔は、あどけなくいとおしい。

 この子を悲しませないようにしなければ。守らなければ。

 その為に自分は何ができるだろうか。

 薄暗い中、石橋は希愛の事を見て考え続けていた。

 

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