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遺伝子ファッショナブル  作者: DRtanuki
第三章:少女とヤクザと教祖
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3-13:暴走(中)

 四番街は住宅街なだけあって、道の幅はそれほど広くはない。大通りなら車の往来が多いだけに幅を大きく取っているが、歩行者が主となる道はせいぜい車が一台ずつすれ違えるくらいの道幅だ。

 加えて路地裏は曲がりくねって複雑な分岐も多い。石橋は散歩が趣味のひとつだけに、四番街ならどこをどう行けばどの道に出るのかを熟知している。男は恐らく、この辺りの道には詳しくないだろうし、巨体なだけにスピードもそこまで早くはない筈と石橋は睨んでいた。

 石橋は走りながら背後をちらりと見る。

 だが男は、陸上選手と遜色ない速度で石橋の背後を捕えようと迫ってくる。

 見た目には明らかに100kgを超えていそうな体で自分よりは遅いだろうと石橋は思っていたが、どうやら全身がほぼ筋肉の塊と見てよさそうだ。巨体をモノともしない走る速さに、石橋の背筋に寒気が走る。

 このまま走っていても追いつかれる。ならば。


「希愛、俺の背中にしがみつけ!」

「う、うん」


 石橋は靴を脱ぎ捨てて裸足になり、駆け出した。

 向かっていく先は、個人住宅のブロック塀。石橋や大男の身長よりも高く、モルタルで塗られている塀は指先をひっかける場所もなく、普通の人間なら道具の助けが無ければ登れない。だが石橋なら登れる。

 ヤモリの天井や壁に張り付く能力を持っている彼ならば、このような垂直な壁は床と同じように駆け上がる事ができる。

 塀を垂直に疾走し、乗り越えて住宅の敷地に着地する。


「不法侵入だけど許してくれよな。今は緊急事態だから」


 独り言で言い訳しながら、石橋は背後を振り返った。

 流石に指をひっかける場所もない、垂直な壁は登ってこれないはず。

 石橋はほっと一息ついて、前を向こうとした。

 次の瞬間、塀をハンマーで叩いたかのような、すさまじい轟音が響き渡った。

 まさかと思う暇もなく、続けざまにもう一度衝撃が塀を襲う。

 あっけなく音を立てて崩れ去った。

 もうもうと立ち込める埃の後ろからのそりと姿を現したのは、やはり大男だった。

 無表情を保ったまま標的――希愛を見据える男。


「大昔の映画の悪役かよ……」


 悪態をつきながら、石橋は希愛を背負ったまま駆け出した。

 目の前に立つ立派な邸宅の壁を駆け上がり、ソーラーパネルが連なる屋根の上まで登る。

 すると男も続いて、家の窓枠に指を掛けて家を器用に登り始めた。

 

「嘘だろオイ!」


 ロッククライマー顔負けの技術と腕力で、あっという間に二階のベランダにまで登る男。

 石橋は家の逆側の壁を急いで走り下り、住宅の裏の路地へと逃げ込んだ。

 大通りに出ようかと一瞬考えたが、あの男は恐らく人が居ても意に介さずに真っすぐにこちらに向かうに違いない。障害になるものは全て排除してでも。

 曲がりくねった路地ならば、壁を駆け上がって下りてを繰り返していけば、自分の体力が続く限りいつかは撒ける可能性もある。

 ぞくり。悪寒が背筋を走った。

 だがあの男は、壁を苦にしない技術を持っている。登る速度はさすがに自分よりは遅いとはいえ、それでも追いついてこれる程度にはクライミングが上手い。

 一体どこでそんな技術を身に着けたのか。

 いや、見た目こそ人間だが獣の能力を持っている連中はいくらでもいる。自分のように。

 ならば奴の能力の高さも合点が行く。壁登りが上手いのを見るあたり、おそらくはサルあたりの能力を持っているに違いない。


「……もしかしてこのまま追いかけっこしてたらまずいんじゃねえのか」


 ぼそりと石橋はひとりごちる。

 とはいえ、これ以上の案は今のところ思い浮かばない。

 一旦希愛を隠して武器を取りに行くか。

 迷っている暇などない。

 ひとまずは希愛をどこかに隠さなければ。自宅はダメだ。

 男を撒いて、その上である程度の襲撃にも備えられる場所。となれば、この周辺では一つしかない。

 三番街まで行かねばならないが、ここからなら走ってでも5分くらいで行ける距離だったはず。

 ふと、石橋の肩を握っている手に力が込められている事に気づいた。

 ジャケットに食い込んだ爪の色は白く、わずかに震えている。


「大丈夫だ。俺がお前を必ず守ってやる」


 石橋が声をかけると、希愛はうなずいで体をより預けて来た。

 男はつかず離れずの距離を保って石橋を、希愛を追いかけてくる。

 石橋が壁を乗り越えれば男も乗り越え、屋根を伝えば男も伝ってくる。

 まるでこちらの疲弊を狙っているかのように。

 実際、何度も上り下りを繰り返し、街を裸足で駆け巡っている石橋の疲労は大きい。人を背負っていればなおさらだ。

 撒けない以上、このまま逃げていても埒が明かないが、かといって打開策も浮かばない。どうすると考えているうちに、大通りに出てしまった。


「くっ」


 人通りが少ない四番街の大通り。

 ベッドタウンと言われているだけに昼間は殊更に人が少ない。通勤、退勤時の時間帯ならばそこそこ人は通っているが、それでも新宿の賑わっている場所に比べるべくも無かった。


「くそ、流しのタクシーはいないのか?」


 石橋は周囲を見回すが、このような住宅街を流すタクシーはまずいない。

 たまに住宅マンションの前に止まっているのも見かけるが、あれは大抵出かける住人が呼びつけているパターンがほとんどだ。

 昼下がりの住宅街は恐ろしいほどに人気がない。特に新興の住宅地ともなれば、暇な老人が居て周囲を見張っているという事もなく、大抵の住人は仕事をしているかどこかに出かけているかのどちらかで、あれだけドタバタ走り回ってもパトカーが回ってくる事すらなかった。四番街で空き巣の被害が出たというのはたまに聞くが、強盗殺人と言った犯罪が極めて少ないというのも頷ける。


 嘘のように誰もいない大通り。

 一歩踏み出そうとして背後から現れる気配。

 路地裏から、アスファルトを強く踏みつけながら歩いてくる音。

 ざりっ。ざりっ。ざりっ。

 ぬらりと大男が姿を現した。多少額とシャツを汗で濡らしているが、あれだけの運動をしていても全く息が上がっていない。余力が残っている。

 対して石橋はというと、昔鍛えていて今でも体力の維持に努めているが、背中に人を背負いながらの走りは正直堪えるものがあった。疲労が溜まり、これ以上は全速力で走っても追いつかれるかもしれない。


「希愛、ちょっと降りてあのビルに隠れててくれ」

「う、うん」


 言われ、希愛は近くのビルに走って逃げた。

 男は希愛を追いかけようと踏み出すが、石橋が男の前を遮った。


「いい加減にしろよ、この変態筋肉モリモリマッチョストーカー野郎が」


 見上げる石橋に、見下ろす男。

 視線が交錯し、火花を散らす。


「なんとか言ったらどうなん……」


 男が無言で拳を振り上げる。棒立ちからのノーモーション左アッパーカット。

 きわどいタイミングで石橋はスウェーバックし、なんとか避けた。

 視界の端に動く手を捕えていなければ、きっと顎をかちあげられて石橋は宙に浮いていた事だろう。風圧で石橋の前髪が舞い上がり、わずかにかすったのか顎がばっくりと裂けていた。アスファルトにぽつぽつと血痕が垂れる。

 男は石橋がアッパーを避けたのを見て、わずかに目を見開いた。

 そして一息、ふうと息を吐いてゆっくりと両手を構える。ボクシングの構えに似ているが、拳は握りしめずにわずかに開いている。足は右足を後ろに、前にした左足に体重を少し乗せるような形で、肩幅程度に開いている。

 先ほどの鋭いアッパーといい、今の構えと言い、この男は間違いなく経験者だ。

 だが体格に優れる奴が勝つとは限らない。が、今の石橋の状態でどれだけ戦えるのか。

 石橋も構えを取った。石橋の構えは手を軽く開いた状態で、拳を握らない。

 肩幅よりも大きく足を開き、重心はわずかに後ろに掛けている。

 軍隊格闘術仕込みの構えだ。

 息は上がっている。万全の状態ではない。


「へっ」


 石橋は笑った。

 万全な状態で戦ったことなどほとんどない。

 いつだって何らかのアクシデントや不都合があった。そんなのは百も承知だ。

 銃もない。相手も何らかの使い手。積み重なった疲労。

 それでも自分は勝ってきた。負けるわけにはいかない……。


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