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遺伝子ファッショナブル  作者: DRtanuki
第三章:少女とヤクザと教祖
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3-11:探し人は近くにありて

「探してほしい人?」


 石橋が聞くと、希愛はうなずいて続けようとする。


「二年前、私と一緒に研究所と脱出した子がいるの。名前はアリサって言うんだけど」

「まあ待てよ」


 矢継ぎ早に発する声をせき止めて、石橋はにっこりと笑った。


「こんな大事な話は、玄関で話すような事じゃないだろ? まず落ち着けよ。焦って話したら色々と抜けが出るかもしれない」

「う、うん」

「だから、ひとまず荷物を置いて着替えて買い物に行こう。アイス買いに行こう」

「うん!」


 二人がリビングに入ると、由人がテレビを見ながら留守番をしていた。

 本当は2人の護衛の為に一緒に学校についていこうと考えていたのだが、見た目がいかつすぎる為に行かない方がよいと2人に言われてしまったのであった。

 

「あ、ようやく帰ってきたんすか。遅いっすよ」

「お前くつろいでるんじゃねえよ。拗ねてるのか?」

「別に拗ねてませんよ」

「ごめんね。よっちゃんはちょっとみんなが怯えると思って」

「いいんすよ。実際俺の姿見た子供、大抵泣きますしね」


 諦めたように肩を落とし、力なく笑う由人だった。


「ね、よっちゃんも一緒に買い物行こう?」

「あ、俺はこれからちょっと仕事あるんで、ご一緒できないっす。申し訳ない」

「大事な案件なのか?」

「ええ、そこそこに。近々再開発する土地があるんですが、どうしても立ち退きしない地主が居るんすよ。交渉をスムーズにするために俺たちに出番が回ってきましてね」


 由人が獣じみた笑みを浮かべた。

 再開発における問題は新宿区のみならず東京都の都市部においては役人たちの頭を悩ませる問題になっている。素直に従う住民が多い中、この新宿区の住人の中には一癖も二癖もある人々も多い。その時に、役人たちでは太刀打ちできないケースも存在する。

 そんな時に出番になるのが、石橋たちのようなアウトロー達だ。

 正しい手続きや交渉ではどうにもならない時こそ、彼らのように手段を選ばず暴力をふるう事を厭わない人々の力が必要となるのだ。


「今度はしくじるなよ」

「わかってます。今度はきっちりカタにハメてやります」


 由人の眼差しは真剣そのものだった。前回の無様な姿はもう見せられない。

 いや、それ以上にヤクザとしての格も上げたい。いつまでも三下などをやっているわけにもいかない。特別に目をかけてもらっている以上、自分がしくじるという事は兄貴分の石橋にも迷惑をかけるという事だ。これ以上、兄貴分に甘えるわけにもいかない。

 自分も仕事が出来る奴だと周囲に認めさせるのだ。

 由人は猪の柄が背中に大きく入ったスカジャンを着て、仕事に出かけていった。


「俺たちは買い出しに行こう」

「そうだね」


 石橋もサラリーマンのようなスーツから私服のジャケットに着替えた。

 希愛は元々制服の無い学校に通っているため、鞄だけを自分の学習机に置いた。既に机の本棚にはぎっしりと本が並んでいる。ほかにも書棚を要求されて置いてみたら、あっという間に読みたい本を詰められてしまった。希愛の読書欲求は尽きるところを知らない。

 希愛は鞄を机に置くと、石橋に近寄り手を握った。


「へへー」

「お、なんだなんだ?」

「こうやって手をつないだら、親子に見えるでしょ」

「むしろ歳の離れた兄妹だろうな。俺はまだ若い」

「そう言ってられるのもあと2年くらいでしょ」

「むむっ」


 石橋は少し眉を顰めた。三十路の足音におびえる年ごろなのだ。

 2人は手をつなぎながら外へ出た。希愛は親子とは言うものの、やはり2人で並んで歩く姿は親子というよりかは兄妹という方が似つかわしい。

 最寄りのスーパーまでは歩いて5分ほどの距離だ。

 希愛と石橋はとりとめのない事を喋りながら向かっているうちに、あっという間にスーパーについた。

 新宿区四番街は閑静な住宅街だが、こういった街には家族向けのスーパーマーケットが大抵建っている。四番街は高級住宅街でもある。そういった客層に向けたスーパーは、もちろん高くも質が良いモノを揃えている。

 スーパーに入ると、まず希愛は一目散にアイス売り場のコーナーへと向かった。

 目を輝かせながら彼女が手に取るのは、先ほど言っていたように他よりもちょっと高めな値段設定のアイスだ。成分もラクトアイスではなく、きちんとアイスクリームと表記されている。

 

「おいおい、アイスはひとつだけだぞ」


 石橋が追いついた時には、すでに希愛は買い物かごの中にたくさんのアイスを詰め込んでいた。ちょっとお高いカップアイスの他にも、複数個入っている箱入りのアイスにシャーベット系のものまで、様々な種類のものが見え隠れしている。

 

「ケチ」

「そうじゃない。冷凍室がもう満杯なんだ。余裕があるスペースはアイス一個分だけだ」


 実際彼が言う通り、石橋家の冷凍庫の中はアイスのみならず、冷凍食品やロックアイスなどで満杯ギリギリだった。


「タカ兄ちゃんが冷凍のお好み焼きとかさっさと処分しないから、私の分のスペースが無いんだ!」

「その前に、それだけアイス買ってもお前食べきれないじゃん」

「食べきれますー。お腹いっぱい食べますぅー」

「腹壊すからやめとけよ。前も一日にアイス何個も食べて腹壊してトイレに籠ってたろ」


 ぼやきながら石橋はアイスを元の場所に戻す。結局、かごの中に残ったのは最初に入れたちょっとお高いカップアイスのみとなった。


「ケチケチケチ」

「さて、食料の買い出しを始めようか」


 石橋は手早くそれぞれの食品売り場を回り、肉、魚、野菜や果物などを次々とかごの中に放り込んでいく。


「今日の晩御飯のメニューは何?」

「そうだな。アジが安かったからアジの開きかな」

「魚? わたし魚よりもお肉がいい。ぎゅうにく」

「好き嫌いしないで何でも食べなきゃ、大きくなれんぞ」

「むぅ」


 そう言われると、希愛は自分の体を見回してうなった。石橋のもとに来てからというもの、食事に関しては飛躍的に向上したために多少は体重も増えたが、いまだ標準体重には程遠い。あばらもまだ少し浮き出ているし、腕も足も細い。身長も他の子どもたちに比べれば頭半分くらいは低い。やはりこれまでの荒んだ生活が明らかに彼女に悪影響を及ぼしていた。


「将来はナイスバディのお姉さんになって、兄ちゃんと結婚したいのにな」


 それを聞いた石橋は鼻で笑いながら言う。


「だったら尚更、何でも食べないとな」

「あ、兄ちゃん冗談だと思ってるでしょ! わたしは本気だからね!」

「はいはい」


 聞き流しながら石橋は無人レジにかごを通す。商品についているマイクロチップをレジがすべて読み取り、ものの3秒程度で会計が済んだ。支払いも持っている端末の電子マネーで支払うのでお釣りなどもなく実にスムーズ。レジ袋に会計の済んだ商品を詰め込み、石橋と希愛は部屋に戻ったのだった。


「さて、晩飯を作ろうか」


 コンロのつまみをひねり、火を点ける……はずだった。


「ん?」


 何度ひねり直してもコンロはうんともすんとも言わない。

 

「完全に壊れているな」

「ええ? 晩御飯どうするの?」


 2人のお腹が同時に鳴った。


「どうしようかなぁ……。あ」

 

 腕を組んで考える石橋の頭に、一つのひらめきが宿る。


「そういえばマンションの向かいに弁当屋があったんだよな」

「じゃあ、今日はそこでお弁当買おうよ」

「決まりだな」


 再び2人で、今度は弁当屋に向かう。

 向かいにあるという弁当屋は、いつからあるのかわからないが、高級住宅街の中に建つには少し似つかわしくないような、こじんまりとした地味なマンションの一階を改装して作られたものだった。

 今となっては大抵の弁当は無人工場でオートメーションで作られているが、未だに個人での手作りを売りにした弁当屋も無くなったわけではない。この弁当屋も手作りの温かみを看板に掲げることで、この住宅街の住人の支持を掴んでいた。


「いらっしゃいませ」


 レジに立っている、恰幅のよいおばさんがにこやかに挨拶をする。

 メニューを眺めながら、どれにするかを考える2人。


「俺はから揚げ弁当がいいな。ボリュームがすごい。から揚げがはみ出そうだ」

「わたしはビビンバ丼がいいな」

「辛いけど大丈夫? お嬢ちゃん」

「うん。辛いの大好き」

「じゃあ、から揚げ弁当とビビンバ丼をお願いします」

「はぁい! 少々お待ちくださいね」


 おばさんがレジ奥の調理室に入ると、から揚げ弁当とビビンバ丼ね! という声とともに調理人のおじさんの威勢の良い声が聞こえた。

 注文を受けてから作るスタイルの為、少々時間がかかるようだ。

 石橋と希愛は待つために店内に設置された簡単なベンチに腰を掛けた。

 5分くらいすると店内には香ばしい匂いが漂ってくる。

 少しして、調理室と店内を隔てるドアが開く音が聞こえた。


「おまたせしました!」


 弁当二つを入れた袋を持ってきたのは、おばさんではなく少女だった。

 その少女に、希愛は見覚えがあった。

 あまりの突然の再開に、目を丸くしてしばたたかせる。


「アリサ……ちゃん?」

「……?」


 少女の方もしばらく希愛を凝視し、ぱったりと袋を床に落とした。


「希愛ちゃん? 希愛ちゃんなの?」


 希愛に突撃せんばかりの勢いで抱き着くアリサ。

 金利の肩まで届く髪の毛が揺らぎ、赤い瞳からはとめどなく涙が流れる。

 状況を飲み込めずに、ただ唖然とする石橋。


「な、なんだ? 一体何がどうなってんだ」

「タカ兄ちゃん。この子が、わたしが探してた子なの。アリサっていうの」

「マジかよ。こんなド近い場所に居たのか……。色々探す手間が省けたからいいっちゃいいんだが」

「ねえアリサちゃん、どうしてここに居るの?」

「うーんとね……希愛ちゃんとはぐれてからは、街に座ってみんなから食べ物もらったりお金もらったりしてたんだけど、ここのお弁当屋のおばさんに拾ってもらったの」

「そうなんだ……。わたしもね、タカ兄ちゃんに拾ってもらったの。すごい良い人なんだよ」


 再会を喜び合う中、あ、とアリサが声を上げ、希愛から離れて落とした袋の中身をのぞき込む。


「ああ、よかった。お弁当、中身はみ出したりしてなかった」


 弁当の入った袋を改めて希愛に手渡すアリサ。その顔には涙の跡が伝いながらも、赤い瞳には輝きがあった。

 希愛とアリサの騒ぎ声を聞いてか、調理室の向こうから先ほどのおばさんがやってきた。


「あらあら何の騒ぎかしら」

「あ、おばさん聞いて! あたしの親友の希愛ちゃん! やっと会えたの!」

「あら、本当に?」


 おばさんは目を見開いて、希愛とアリサを交互に見る。アリサのはにかんだような笑顔を見て、おばさんの顔もほころんだ。


「本当に良かったわねえ。今日はいい日だからお弁当、タダにしちゃうわ」

「あ、いや、そういうわけには」

「いいのいいの。アリサちゃんがあんなに喜んでる姿、見たことなかったからね」


 おばさんの眼にもうっすらと涙がにじんでいた。

 ハンカチで涙をぬぐい、石橋の方に向き直る。


「あんたの娘、いい子に育てないとおばさんが許さないわよ」

「は、はぁ」

「じゃあ希愛ちゃん、近いうちに必ず遊びに行くから待っててね」

「うん、待ってる」


 希愛とアリサは抱き合い、笑顔で別れた。

 アリサは2人の姿が見えなくなるまでずっと手を振っていた。

 おばさんがアリサの隣に立つ。


「良かったわねアリサ。この再会も神様の思し召しかもしれないわ」

「うん」

「じゃあ、今日はそろそろ店じまいにして教会に行きましょうか。その前に今日の出会いに感謝を捧げましょう」


 おばさんはアリサの肩に右手で優しく触れ、左手でポケットに入れているモノを取り出して握る。そして目を瞑って軽い祈りをその場で捧げた。

 アリサも同じようにポケットに入れているものを取り出して掲げ、目を瞑る。


 2人がその手に握っていたものは、奇妙なY字型をした十字架であった。

 

 

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