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遺伝子ファッショナブル  作者: DRtanuki
第三章:少女とヤクザと教祖
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3-10:授業参観のあと


 とある土曜日。

 一般的なサラリーマンや普通の学生などであれば休みになっている曜日。

 だが希愛達の通う「東第三新宿小学校」は今日はあいにく休みではない。

 希愛の学年である4年C組の教室の中は、生徒が行儀よく自らの席に座りながら教師が黒板に書く板書の内容を一生懸命電子ノートに写している。

 そして今日はいつもの授業風景とは違う所がある。


 ずらりと教室の一番後ろに並び立っている大人たちが居た。

 誰もが服装を整えて授業風景を見ている。

 わが子がちゃんと授業を受けているのかどうかを今日確認できるのだ。

 活発な子の親は、授業中も落ち着きなく動いている子供を見てハラハラしており、おとなしいながらもぼーっとしがちな子の親は、授業内容をきちんと頭に叩き込んでいるのかどうかを凝視している。


 今日はいわゆる授業参観だった。

 そして石橋の養子、宇佐美希愛は最前列の真ん中で授業を受けながらも時折後ろをちらちらと伺っている。

 視線の先にいるのは、もちろん石橋隆之であった。

 いつものヤクザらしい格好ではなく、一般的な企業に勤めるサラリーマンのような服装で身を固めている。地味なグレーのスーツ上下に、ダークブルーのネクタイ。髪の毛は七三分けにし、セルフレームの黒いふちのメガネをかけている。腕時計も煌びやかな宝石を埋め込んだ派手なものではなく、安物のシルバーの時計を付けている。

 

 学校から何か言われているわけではないが、この格好は希愛からの要望だった。

 いつもの格好はあまりにも周囲に威圧感を与えすぎるから、と。

 当初、石橋は授業参観に来るつもりはなかった。ヤクザをやっている自分が学校に来ても良いのか、いや良いはずはないと考えて。代わりに愛人を母親としてよこそうと考えていた。彼女ならば母親役を立派に果たしてくれるだろうと思って。


「だめ。絶対タカ兄ちゃんが来なきゃ授業参観行かない」


 しかし、希愛からの我が儘に近い要望でそれはあっけなく拒否される。

 確かに石橋の愛人の由実にはよくしてもらっていたが、それとこれとは全く話が違うというのが希愛の主張だった。何より、一人の父親として自分の姿を見てほしいと。

 よくよく考えてみればそれも当然のことだと石橋は思い直し、予定を組み直して今日の授業参観に臨んだ。

 少しばかりいかついが、どこにでも居そうなサラリーマンに扮した石橋の格好は、意外と良く似合っていた。


 そして石橋自身は、慣れない格好の上に学校に保護者として来るなど初めての事だったので、全く落ち着かない心持ちで教室に居た。学校など小学校のうちはともかく、中学校に上がってからはサボるのが当たり前だった。それ以降はもう学校には縁が無いと決めつけていただけに、今回こうやって改めて学校に来るのは新鮮だった。

 周囲に居る一般の大人たちと同じように馴染めているのだろうか。

 そればかりを気にしていると、先ほどから振り返っている希愛に睨みつけられている事に気づいた。

 おどおどしてないでしっかり前を見て。

 そんな風に言われているような気分になった石橋は、胸に手を置いてひとつ深呼吸をして心を落ち着ける。

 改めて教室の中を見回すと、生徒の数は二十人程度とあまり多くない。

 少子化の影響なのか、あるいは生徒数を絞っているのかもしれない。

 入学させる生徒を厳選しているからか、彼らの学習意欲は活発で誰もが先生の板書を熱心に写し、問題にも手を挙げて答えている。

 その中でも希愛は群を抜いており、先生が板書している途中でも気になることがあれば質問をしたりして、時折先生を困らせたりしていたのには思わず笑わずにはいられなかった。

 授業はつつがなく進行し、45分の授業時間はあっという間に過ぎ去り、チャイムが鳴って授業参観は終了した。

 終わった後、ホームルームがあるという事でしばらく親たちは昇降口の辺りで子供たちが来るのを待つことになった。

 石橋もそれに倣い、昇降口でタバコをふかそうと懐に手を入れたところで、学校敷地内禁煙の文字を見て手持ち無沙汰に空を見上げていた。

 やがてホームルームを終えた子供たちが親めがけてやってきた。親はそれを温かく迎えている。

 こういった普通の親子を見るにつけ、石橋の心境は複雑になる。

 まともな親を持たず、自分もこのように親に甘えられる環境には居なかった。

 それがうらやましくもあり、また自分がこうやって養父とは言え親をやっているという事が意外でもある。果たして自分は親としての責務を果たせているのだろうか。

 

「親子、ね」


 ヤクザも一種の疑似家族である。

 だがそれはあまりにも普通の親子関係とはかけ離れている。元々はならず者たちが集っている組織なだけに、親と子という関係性を持ち込まなければ組織が維持できなかったからそうしてるだけの話だ。

 子は親の為に存在し、自分を犠牲にしてでも親に尽くさねばならない。

 ヤクザの言う親子とはそういうものだった。

 

 少々待ちくたびれてきたところで、希愛がようやく昇降口にやってきた。


「遅いぞ~……っておや?」


 その後ろには、先ほどまで授業をしていた担任教師が居る。


「石橋さん」

「はい、何か?」

「わが校では、新しくこの学校に入学なされたお子様の親御さんとは機会を得て面談をすることになっているのです。今時間がありましたら面談をしていただきたいのですが」

「まあ、この後も特に予定は入れてないので良いですけど」

「よろしいですか? では申し訳ないのですが教室の方まで一度お戻りいただければと思います」

「という訳で、希愛、悪いけどちょっと車の中で待っててくれ。鍵はこれな」

「うん」


 石橋は希愛に鍵を渡し、教師と一緒に先ほどまで授業を行っていた教室に戻る。

 活発に生徒たちが挙手をして授業を受けていたのがうそのように静かな教室。

 座席を寄せ、向い合せに二人が座る。

 自然と肩に力が入る石橋。果たして希愛はうまくやっているのかどうか。


「……それで、希愛さんの学校での生活態度ですが」

「はい」


 教師は真面目な表情から一転してにっこりと笑った。


「全く問題ありませんね。授業は熱心に聞きますし、周囲の生徒とも仲良くしています。友達もできてクラスにはよく馴染めていますよ」

「そうですか。……それは良かった」


 学校での事は希愛から毎日聞いていたとはいえ、改めて第三者の意見を聞いてほっと胸をなでおろした。本当に学校生活を楽しめているのだな。自分とは違い、これから全うな人生を彼女には送ってほしい。心から願っている。

 ところが教師は少しばかり眉をひそめた。


「ですが、少しだけ気がかりな事もあるんです」

「なんですか?」

「時々なんですけどね、何か寂しそうな表情をする時があるんです。友達と一緒に居て、楽しそうにしているのに、ふっとした瞬間にどこか遠くを見ているような、そんな顔なんですけどね」

「……」

「私が何か気になることでもあった? と聞いてもなんでもないよと言われてそれで終わりなんですよね。石橋さんは何か希愛さんから悩みがあったりとか言われたりしてませんか?」

「いや、とくには何も聞いてませんが」

「そうですか……。それ以外には本当に何も心配ないんですけどね。何か思い詰めてるんじゃないかって言う気がするんです」

「わかりました。気を付けて見てみます」


 面談はそれで終了した。

 これ以外にも雑談があり、15分くらいで済むと思われていた面談は二倍以上の時間を要してしまった。

 小走りで車に向かい、運転席のドアを開けると助手席には頬を膨らせて待つ希愛の姿があった。あからさまに機嫌が悪い。


「兄ちゃん遅いよ」

「悪いな、話が長くなっちまった」

「アイスクリーム買って。300円くらいする高いやつ」

「わかったわかった。一旦家に戻って着替えてからな」

「わーい! 兄ちゃん大好き!」

「現金な奴だな」


 車のエンジンをかけ、帰途につく二人。臨時の駐車場として使われていた校庭にはすでに石橋の車以外、ほかの車はなかった。

 学校からマンションまでは徒歩で2分の所にある。車で来る必要性はあまりないのだが、念のための安全を考えてのことだった。

 すぐに車はマンションの駐車場に着く。

 エンジンを止めた所で、希愛がぼんやりとしていることに気づいた。


「希愛、どうした?」

「あ、うん。……なんでもないよ」

「そうか。希愛も鞄置きに行こうか」

「うん」


 エレベータを上がり、部屋の前に着いた。

 石橋が部屋のカギを開け、中に入ろうとすると、スーツの裾を引っ張られている感覚があった。振り向くと、希愛が裾を掴みながら石橋を見上げている。

 何かを言いたげに口を開きかけて、また閉じる。

 裾を握っていた手は下がり、なんでもないと言わんばかりの笑顔を作った。


「なあ、希愛。何か言いたいことでもあるなら何でも言ってみな。力になれるかもしれないぜ」

「……」


 石橋は膝をつき、希愛と同じ目線にまで姿勢を下げる。


「俺とお前は親子だろ。存分に甘えてみればいいんだ」


 言ってから、石橋は自分がこんなことを言う人間だったかと内心驚いた。

 石橋の言葉を受けてか、希愛は真っすぐに石橋の目を見据えて呟く。


「ありがとう、兄ちゃん」


 続けて言葉を紡ぐ。


「探してほしい、人が居るの」


 

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