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遺伝子ファッショナブル  作者: DRtanuki
第三章:少女とヤクザと教祖
31/66

3-6:運命の交差点

 先ほどから唸り声を上げていた洗濯機が止まり、洗濯終了を告げるアラーム音が部屋に響き渡る。

 散らかり放題だった部屋は希愛の頑張りによって、リビングの床が見える程度には片づけられていた。片づけたゴミやいらない荷物は玄関近くの廊下に積み上げられてひとつの山を形成しているが。

 希愛は片づけに疲れてしまい、いつの間にかリビングで猫のジロを抱えて眠っていた。寝息をすうすうと立てて眠っている姿は、年齢相応の少女の面影を見せる。


「んん」


 寝返りをうった先に、積みあがっている別のごみの山があった。絶妙なバランスで崩れずに山を形成していたごみは、希愛がぶつかった衝撃によってバランスが崩れ、さながらジェンガが崩れていくように次々と転げ落ちていく。もちろん希愛の上にもごみとも荷物ともつかないモノは落下し、彼女は目を覚ました。


「んあ。……もう」


 寝ぼけまなこをこすりながら、希愛はふと外を見る。

 傾きかけた太陽の光が窓から差し込んで、部屋がオレンジ色に照らされている。

 先ほどまでは朝だったはず。

 希愛は壁に掛けてある、この部屋には似つかわしくないアンティークの鳩時計――おそらくはヒトミの客が送ったものだろう――で時刻を確認すると、すでに午後5時近くに時計の長針が迫っている。

 ヒトミは今日も出勤の予定だった。

 ヒトミは店に5時までに出勤しなければならない。遅くとも4時には起こしてほしいと彼女は希愛に頼んでいたし、希愛も決して忘れる事なくヒトミを起こしていた。

 例え寝起きが最悪で腹立ちまぎれに叩かれたとしても、平手で叩かれるだけだからまだマシというものだ。

 これで時間に遅れたとなればどうなるか。

 ヒトミは変に責任感が強く、仕事に遅れる事などを極端に嫌った。以前一度、渋滞で店に遅れ、その時は錯乱して取り乱したと店の人から聞かされた事がある。

 家に戻ってきた後、薬の量を増やして打ち、危うく死にかけた。

 またそうなるとも限らない。

 遅くなっても叩かれてもいいから起こさなくちゃ。

 希愛はゴミの山の中をかき分けて進み、寝室のドアを勢いよく開いた。


「ヒトミお姉ちゃん起きて! 早く出なくちゃ!」


 人が一人眠るには少々サイズの大きいシングルベッドに、ヒトミは口をだらしなく半開きにして涎を垂らし、虚ろな目で天井を見つめていた。


「起きて、起きてってば! ……もう」


 希愛もベッドに上がり、ヒトミの体を触った所で異変に気付く。

 体がなんだか冷えている気がする。

 試しに腕をちょっと持ち上げてみる。だらんと脱力して、妙に重たい。

 恐る恐る、口に手をかざしてみる。

 呼吸が無い。いや、ただ単にちょっと寝てて呼吸が止まっているだけのはず。

 本で読んだことがある。生存を確認したいなら脈拍を確認すればいいと。

 うろ覚えの知識に従って、希愛はヒトミの首筋に手を当てた。

 拍動も無い。


 死んでいる。


 遺体の傍らには、常用している薬のアンプルが数個転がっている。

 最近はアンプルひとつだとちっとも効かないとぼやいていた事を思い出す。

 だからっていきなり数個を一度に打っちゃダメだろうと思ったけど、後の祭り。

 薬物中毒者の死にざまとしてはよくある末路。オーバードーズによる死。


「……どうしよう、どうしよう」


 なーご、と声が聞こえ、ジロが寝室に入ってくる。

 死んだヒトミの遺体を一瞥してベッドに上がり、彼女の顔に体を撫でつけてはしきりに舐めている。

 

 希愛は保護者を失った。

 

 それはつまり、路傍で乞食をしたり、ゴミを漁って飢えを凌ぐ生活に逆戻りするという事。身の毛がよだち、ぶるぶると震えだす希愛。

 嫌だ、嫌だ、嫌だ。

 愛玩動物ですらない生活に戻るのは嫌だ。

 多少虐待があったにせよ、ここの生活はまだ人間らしい生活が送れたと言うのに。

 様々な考えがまとまらないまま、頭の中を駆け巡る。

 死体を見つからないように隠す? どこに。

 隠しても根本的な解決にはならない。何より力のない自分ではヒトミを動かす事すらままならない。

 どこかへ逃げる? どこへ逃げる? 当ても無く彷徨った所で以前の生活に逆戻りだというのに。

 死体を通報して警察に保護してもらう? それがマシなはず。

 希愛はヒトミのハンドバッグから携帯電話を取り出した所で、ハッと気づいた。

 警察に通報した所で、捜索依頼が研究所から出ていて連れ戻されるかもしれない。

 そうしたら、また苦痛の日々が始まる。

 乞食生活よりも、そっちのほうがよっぽど嫌だった。

 思い出すのすら苦痛を覚え、吐き気がこみあげてくる。

 それならまだ路上で座り込んで哀れみを貰い、生ごみを齧っているネズミのような生活の方が、まだ自分で選んだ道だと思い込めるだけマシだった。


 結局自分だけでは何も動きようがないと結論に達し、無気力にリビングでTVを流しながら寝ころんでいる希愛。


「お腹……空いたな」


 冷蔵庫にはまだ何かあったはずとと立ち上がりかけた所で、ピンポーンと間の抜けた音が響いた。

 インターフォンの音。誰かが来た。

 数秒後にまた鳴らされ、次いでまた鳴る。

 間隔を置かずに連打され、ついにはドアを蹴り上げる音が聞こえた。

 希愛はリビングの壁に付属されているインターフォン用のモニタ画面を確認する。

 

 見慣れない男。金髪で肩に掛かるくらいの長さ。派手な半袖のアロハシャツを着こみ、首筋や腕にはトライバルタトゥーがみっちり刻み込まれている。きっと服で見えない箇所にもタトゥーが刻み込まれているに違いない。

 いかにもチンピラヤクザといった風貌の男だった。


「おい、集金だ! 何をすっ呆けてやがるんだ早く鍵を開けやがれ!」


 いや、この声には聞き覚えがあった。

 この男は一か月に一回の頻度でヒトミの部屋を訪れ、そのたびに希愛はヒトミに無理やりクローゼットの奥に押し込まれていた。

 ヒトミは男とは薬の取引の他にも逢瀬を楽しんでおり、男が来た時に希愛を見つめるヒトミの目はまるで邪魔者を見るようだった。

 男はしきりに体をそわそわと動かしたり、周囲を異常な程気にしてさっきからあちらこちらを見回している。目の下には深いクマが刻み込まれていて、口の端に少し泡が浮かんでいる。集金と言っていたからにはこのアンプルを売っている売人なのだろうが、自分でも薬を食っているのだろう。


「チッ、早くしろってんだ!」


 男の苛立ちが頂点に達し、殴りつけようと拳を振りかぶった瞬間に扉は開いた。

 これ以上騒がれると付近住民がやってくる。仕方なしに希愛はロックを解いた。

 男は土足のまま無造作に部屋に上がる。


「相変わらず汚ねえ部屋だ。足の踏み場もねえ」


 部屋に入れてしまったけれど、この後どうしよう。

 とにかく見つからないようにしなくちゃいけない。

 とっさに希愛は寝室のクローゼットに隠れた。

 男が履いているらしい革靴の音が外から響いてくる。

 リビングを最初に覗いたのか、足音は遠ざかっていく。ジロの唸り声が聞こえたが、フギャという鳴き声と共に消えた。

 足音は一旦聞こえなくなったかと思うと、またすぐにドタバタと近づいては遠ざかる。

 唐突に寝室のドアが開く音が聞こえた。


「おぉい、マジかよ」


 男の落胆する声。ヒトミの亡骸を見つけたのだ。

 

「こいつの上りがあれば今月のノルマ達成するってのに、畜生」


 ベッドを蹴り上げる音が聞こえ、次いでゴミが落ちる音が聞こえてくる。


「しょうがねえ。こうなりゃ金目のモンでもパクッて少しでも金に換えるしかねえ。こんなゴミだらけの家から少しくらいモノが無くなったってバレやしねえさ」


 男は自分に言い聞かせるようにつぶやき、物をひっくり返す音と引き出しを開ける音が交互に響いてくる。

 希愛はクローゼットの中で、声をあげないように口を両手で抑えて耐えている。

 男の足音は遠ざかり、廊下やリビングで荷物やゴミでできた山をひっくり返す音が時折聞こえてくる。

 また更に音は遠ざかる。台所や洗面所を見に行ったのだろうか。

 

 静寂が訪れる。


 しんと静まり返る寝室のクローゼットの中で希愛はしばらく息をひそめている。

 何分経っただろう。時計を持ち込めれば良かったけど、そんな機転を利かせる程の暇なんて無かった。

 目を瞑り、ひたすら待ち続ける。


 …………。


 もう、いいかな?

 クローゼットのわずかな隙間から差し込む微かな明りが、希愛を外に誘おうとしているように思えた。闇の中に居続けるのは、思った以上に精神をすり減らす。

 まだダメ。ダメ。まだ。

 息を殺して気配を隠して、自分はこの空間に居ないと頑なに信じ込ませて。

 

 ここにはだれもいない。

 

 ……永遠と思えるような時間が過ぎた気がする。

 実際にどれくらいの時が過ぎたかなんてはわからない。体感と本当の時の流れにはずれがどうしても生じる。

 わずかな隙間から差し込む光も消え失せた。

 クローゼットの中も本当の暗闇に包まれる。外ももう、夜なのかもしれない。


「……」


 見えない。視界が効かない。怖い。

 侵入者が居るのならなおさら。

 普段は目に頼り切りだから、音を聞き分けるのは慣れていない。

 心が波立ってざわつき、不安の泡は浮いては消えて、また浮かんでくる。

 大丈夫。本当に? 大丈夫?

 膨れ上がった泡が希愛にクローゼットの扉を押させようとした。

 手を伸ばした瞬間、乱暴にクローゼットの扉が開かれる。


「ひっ」


 開かれた扉の向こう側では、男が仁王立ちで希愛を見下していた。


「なんだこのガキは。……ヒトミの奴、ガキなんか飼っていやがったのか。俺にはそんな素振りも見せなかった癖になぁ」


 足元から頭までねめつける男の視線は、まるで何かを仕入れる時の値踏みをしているようだった。


「痩せ細っちゃいるが素材は悪くない。あいつの置き土産としちゃ気が利いてるぜ。ともかくこれで、ノルマ達成だ」


 言っている事が一瞬よくわからなかった。

 でも、男が優しくしてくれそうにないのはわかる。

 男は怯える希愛の腕を無理やり掴んで、引っ張っていこうとする。


「痛い! 嫌だやだやだやだやだ!」


「あぁ、うるせえ」


 わめく少女の首筋に、男は鈍く輝くナイフの刃を当てた。

 刃はじわりと柔肌に食い込み、あとは刃を引くだけで鮮血が吹き上がるだろう。


「おれが嫌いなものは三つある。冷めて不味くなったピザ、愚痴ばっかり言う野郎、そして女の悲鳴だ。これ以上騒ぐなよ、わかったか?」


 男の目はどろりと濁って輝きが無く、しきりに瞬きをして落ち着かない。

 希愛は口を食いしばって叫びたいのを我慢し、こくりと頷いた。


「よし。聞き分けの良いガキは嫌いじゃない。行くぞ」


 先ほどの表情から嘘のように朗らかな笑顔に変わった男は、ナイフを懐にしまい込み、希愛の手を引きながら寝室の化粧台に置かれている宝石類をあらかた無造作にポケットに突っ込み、玄関へと足を向けた。


「ねえ、どこに行くの? それだけは教えて」


 哀願するように希愛が男の顔を見上げる。


「ま、こんなごみ溜めよりは遥かにマシな所だから、安心しろよ」


 希愛の頭をぽんぽんと撫で、男は部屋のドアを開けた。

 口の端に嫌らしい笑みを作りながら。

 ヒトミの住むマンションから降りて行った先に止めてあったのは、何度も衝突して車体がベコベコにへこみまくった自動車だった。

 男は無理やり車に希愛を押し込むと、車のキーを解除すると同時にアクセルを強く踏み、勢いよく車を発進させた。




「着いたぜ。降りろ」


 促されて、希愛は恐る恐る助手席から降りる。

 目の前にあるのは、古ぼけて外装が所々剥げ落ちたりひび割れているビル。恐らくは商業用の施設として建てられたのだろうけど今や看板や飾りも無く見る影もない。

 入口にはいかにも屈強な用心棒といった風体の男がガムを噛みながら壁に寄りかかっている。

 希愛を連れてきた刺青の男は、用心棒と何か合言葉らしきことを言い合うと、用心棒がにやけながら希愛を一瞥し、入口の鍵を開けた。


「入れ」


 ビルの中は埃っぽい匂いと何かの煙の匂いで充満していて、息苦しく空気がよどんでいる。

 男に促され、軋む木製の廊下を歩いて行った先の部屋の前には、中年の腹の出た眼鏡の男が、いささか小さいデスクに座ってノートに何かを記帳していた。

 その中年男がちらと希愛を見る。


「ヒバラよ。そいつ、新入りか?」


「ああ」


「ふむ。ちょっと痩せぎすだが見栄えを良くすれば間違いなく固定客が着くな」


 会話の内容に希愛はぞっとした。

 本で読んだことがある。つまりここは、少女たちが売られている場所なのだ。

 ヒバラと呼ばれた男が部屋の扉を開けると、そこには生気のない目の少女たちが薄い毛布を敷かれた床に、それぞれ転がっていたり、虚空を見つめていたりした。

 どの子も手首に腕輪が装着されて番号が振られており、彼女らは番号で管理されている。名前など無いという事か。


 冗談じゃない。


 こんなところで売られる為に逃げ出したんじゃない。

 ここで囚われているのなら、結局研究所に居るのと何ら変わりない。

 

 希愛は感情のままに体を翻し、駆け出した。


「あっ、こら、おい待て!」


 希愛の走る速度は思いのほか早く、その場にいる大人たちの誰もが追いつけずあっという間に通路を駆け抜ける。

 希愛は扉の鍵を開けて外へ出ようとした。

 しかし、腕を振って大きく一歩を踏み出そうとしたその瞬間に、腕を強い力で掴まれて引き留められる。


「!?」


 事態をいち早く察知した用心棒が、希愛の腕をがっしりと掴んでいた。


「たまにあるんだよな。脱走。逃げたらお仕置きだってわからなかったか?」


 男の低い威圧的な声と共に、頬に平手打ちが飛んでくる。

 男としては手加減した極めて軽い打撃だが、少女にとっては十分に痛い一撃。

 ばしん、ばしんと叩く音が辺りに響き渡る。


「いたい、いたい、やだ、やだ、だれか助けて!」


 希愛の声が響く。

 だが誰も来ない。

 道を通りすがる男も女も、叩かれている希愛を見てはまたかといわんばかりの呆れたような、諦めたような表情で行ってしまう。

 ここは売春宿が立ち並ぶ街。今の光景も日常茶飯事なのだ。

 

 諦めて受け入れれば楽になれる。

 何かから逃げて、どこかへと行けば幸福になれると信じているのは、目の前の残酷な事実から目をそらしている証拠だ。

 痛みを受け入れて、自分の境遇を受け入れて、慣れていけばいずれは何も感じなくなるしそうしたら幸せではないにしても、日々を過ごして行けるくらいの糧は得られる。

 諦めろ。

 諦めろ。

 ひとつ打たれるたびに、それは希愛の心に入り込もうとする。

 

 嫌だ。

 

 それでもどこかへ、どこかへと逃げ出せば、行けばきっと救われる。

 根拠のない思い込みだけどそれでも今の境遇から、嫌な事から、目を背けて、そらして駆け出していくことを辞めたくない。

 強く手をひかれても、いくら叩かれても。


 希愛の頬が赤く腫れあがったころ、一台の黒い車が通りすがりかけて止まった。

 そして車の中から一人の男が降りてくる。

 黒いスーツにストライプのシャツ。真っ赤なネクタイにサングラスをかけた、如何にもヤクザといった風貌の男。

 男は叩かれている希愛と、用心棒の男を一瞥する。

 

「い、石橋さん! 一体何の用でぶへっ」


 石橋は用心棒の男に容赦ない右ストレートを叩きこむと、男は壁に吹き込んでしたたかに背中を打ち、気絶してうなだれる。

 平手打ちの様子をにやけながら見ていたヒバラは狼狽し、石橋の前に駆けつける。


「ちょっと!? いくら若頭でも理由なしに組員を殴るなんてありえませんよ」


「理由か。ガキを殴ってるってだけで十二分におつりがくる」


「は?」


 石橋の額に青筋が浮かんだと思った次の瞬間、ヒバラの股間に強烈なサッカーボールキックが叩きこまれ、ヒバラは悶絶して倒れ込む。


「ゲスが」


 左の拳を振り上げ、更にヒバラの顔面を殴りつける。

 殴った衝撃でヒバラは後頭部を道路に強く打ち付け、そのまま気絶した。

 希愛はその様子を茫然としたまま見ていた。

 石橋は希愛を見て、つかつかと歩いてくる。


 殴られる?


 身を固くした希愛に対して、石橋は近づいて歩を止めると、しゃがみこんでサングラスを外した。

 目線を希愛と同じにして、微笑む。


「何処から来た?」


「……」


 どうしたらいいのか全くわからず硬直する希愛。


「話したくないならそれでもいい」


 石橋は希愛の頬に手を添える。ごつごつと骨ばって傷だらけの手は、暖かかった。


「痛かっただろう」


「……うん」


「お前、俺の家に来な」


「え?」


 思わぬ提案に目を丸くする希愛。石橋は立ち上がり、サングラスをかける。


「何処にも行き場がないんだろ。こんなクソ溜めに連れてこられた時点でわかる」


「……」


「乗りな」


 石橋は希愛の手を優しく引き、車に乗せた。

 今度は何処へ連れていかれるのだろう。家と言っていたけどそれは本当なのだろうか?

 身を固くしている希愛をよそに、運転手の男はしかめ面で石橋を見ていた。


「カシラ。なんでこんな小娘連れてきたんすか」


「うるせえぞ由人。俺のやる事にケチつける気か?」


 由人は渋い表情のまま、エンジンをまわす。


「へぇへぇ。まあいいっすけどね。……あん中には、他にも一杯同じような境遇の娘がいるでしょうに」


 首だけを捻ってビルを見る由人に、事もなげに石橋は言い放った。


「何言ってやがる。あそこの商売潰してガキは施設にぶち込むに決まってんだろ」


「マジで言ってるんですか? ヒバラは組長直下の組員でお気に入りですよ。あいつの商売潰したら組長の面目丸つぶれですけど、大丈夫なんすか?」


「おれの目の届くところでゲスな商売やってんのが悪いんだよ」


 吐き捨てるように石橋が言うと、由人は声をこらえながら笑い始める。


「あ? 何かおかしいか」


「カシラのそういう所に惚れて俺、弟子になったんだったなって思い出しまして」


「馬鹿な事言ってねえでさっさと出発しろ」


「はい」


 由人はアクセルをゆっくりと踏み、車を走らせ始めた。

 希愛は後部座席から助手席の石橋の顔をじっと見つめる。


「? 何か用か?」


 希愛は答えない。

 ただじっと石橋の顔を見ている。


「……」


 石橋は希愛の顔を見つめ、希愛もまた見つめ返す。

 明らかに怖い雰囲気の強面の男の人なのに、不思議と目を真っ直ぐと見られる人。

 そんな人に出会ったのは初めてだった。


「何お互い見つめ合ってるんです?」


「いや、べつに」


 昼間のAMラジオの通販番組が車内に呑気に流れている。

 やがて石橋は正面を向き直り、流れる風景を見てつぶやく。


「……やっぱ似てるんだよな」


 ぼそりとつぶやいたそれはラジオの音声に紛れてかき消えた。



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3-6:運命の交差点 END

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