3-2:カチコミ
鷹取興業のビルに乗り込む石橋と由人。
ビル内は外の地味な印象とはうって変わって、ホテルのエントランスかと思うほどの煌びやかな装飾を施されている。ヤクザは身なりに気を遣うとは言うが、やはり建物においてもその辺りに変わりはない。何よりみすぼらしいままでは他所に舐められる要因になる。ヤクザは強さと派手さを誇示しなくては生きていけない。
侵入者である二人を早速出迎えてくれるのは、ヤクザの事務所には似つかわしくない、モデル並に綺麗な受付嬢二人組だった。二人とも暇なのか髪の毛を弄ったり、スマホでなにやらやり取りをしている。
ずかずかと二人が受付の前まで来てようやく来訪者に気づいたのか、受付嬢は笑みを作って応対する。
「いらっしゃいませ。わが社にどのような御用でしょうか」
石橋は受付カウンターに腕をどっかと乗せて体重をかけ、半ば凄むかのように受付嬢に尋ねる。
「組長いるかい」
強面の石橋に一瞬怯んだかに見えた受付嬢だが、この手の人々の応対にも慣れているのか仮面のような笑みを作り、決められたマニュアルのようにこう言った。
「……社長は現在外出中で社内にはおりません」
「じゃあ若頭でいいや。確か鷲尾ってのが居たはずだろ。出してくれねえか」
「アポイントはありますか?」
「いや、ない」
「アポイントが無いのであれば今日中のお取次ぎは不可能でございます。申し訳ありませんがアポイントをお取りになって後日またわが社に来てください」
「だってさ、由人」
振り返り、困ったような笑顔を浮かべる石橋。
由人は無表情のままやりとりを眺めていたが、やがて呆れて頭をぼりぼりと搔きながらため息を吐いた。
「兄貴、なんでこんなまどろっこしい事するんすか? さっさと行きましょうよ」
「あんまりにもこの子が綺麗だったからつい、な。話したくなっちまった」
じゃあな、と石橋は受付嬢に声をかけてエレベータの方へと向かう。
元よりカチコミと言えばアポなしに決まっている。
受付嬢は事態をようやく呑み込み、慌てて上の階に居る連中に連絡を取っている。
「綺麗だけど脳のめぐりが遅いなあの二人」
「外面だけ良くてもだめっすよね、やっぱ人間頭が大事っすわ」
「お前の頭の良さって硬さとかそういう方向じゃないの?」
「あっ、兄貴ひどいな。半分あたりだけど」
けらけらと笑いながら歩き、二人はエレベータの前までたどり着く。
▲ボタンを押してエレベータが来るのを待っていると、すぐにエレベータが降りてきた。それも二台同時に。ただし全くの空ではなく、中には鷹取興業の組員と思われる人々が満載になっていた。彼らは思い思いの武器、釘バットや日本刀、警棒やスタンガンなどで武装している。下っ端だからなのかまだ拳銃は持たせてもらっていないらしい。彼らの瞳は二人に対する殺意に満ちた光でギラギラと輝いていた。
「あらら、見事に下っ端ばっか。俺たち舐められてますね兄貴」
「誰が来たか上の連中にも騒ぎを見てもらって教えてやればいい」
二人はそのような視線を浴びても慣れているのか、まるで意に介さない。
一階です、という人工音声の後にエレベータの扉が開く音が辺りに鳴り響く。
扉が開くと同時に、半ば動物の叫びに近い声を上げながら鷹取興業の三下ヤクザ達が二人に対して向かっていく。
「1、2、……30人ってとこですか?」
「少ないな」
肩を上下に動かし、首を回して凝りをほぐす動きをする石橋と、手の骨を鳴らして獣染みた笑みを浮かべる由人。先ほど使っていた警棒を取り出す様子はない。石橋も懐に忍ばせている拳銃を出すつもりはないようだ。
「何処の組のもんじゃあわりゃあ!」
「鷹取組にカチコミ掛けるとはいい度胸じゃねえかごらぁ!」
鷹取興業のチンピラが一人、石橋の脳天めがけて釘バットを振り下ろそうとした瞬間、石橋は懐に入り込んでアッパーを叩き込む。脳を揺らされたチンピラは膝から崩れ落ちて倒れる。そいつが持っていたバットを石橋は奪い取り、今度は日本刀を持っていたモヒカンの男の斬撃をバットで防いでフルスイングを頭に叩き込むと、モヒカン男は受付に吹っ飛んで受付嬢を巻き込んで倒れ、絹を裂くような悲鳴が上がった。
一方由人はその類まれなる打たれ強さと腕力で、数で押してくる鷹取興業の組員をモノともせずに軽々と吹き飛ばしている。鈍器で殴打されても硬い脂肪と筋肉の層で押し返し、刃物による斬撃は生まれつきの強い剛毛がそれを遮る。
「俺の相手がただの人間如きに務まるかよ」
強力な頭突きで相手を壁にめり込むほど突き飛ばし、或いは天井を突き破る勢いで投げ上げるその様はまさに野生の猪の所業に似ている。というか実際に彼は猪の遺伝子を持って生まれており、その膂力と肉体的特徴はまさに猪そのものだ。
一人、また一人と鷹取興業組員をなぎ倒す二人。息が上がる様子もなくお互いに軽口を叩き合いながら。
「いいねえ戦闘に特化した肉体持ってるのはさ。うらやましいぜ」
「何言ってるんすか兄貴。戦いは肉体の能力だけで決まるもんじゃないって何時も口癖で言ってるじゃないですか」
「半分は負け惜しみだ。俺みたいな奴は体と頭をフル回転させなきゃ勝てないからな」
軽口を叩きつつも、石橋は次々と一撃で相手の急所を突き、悶絶あるいは気絶させて倒していく。二人の活躍によっていつの間にか鷹取興業組員の数は減り、残るはたった一人になっていた。
その男はもうとっくに戦意を失い、武器をかなぐり捨てて立ち尽くしている。
「あんたらが強いのは良くわかったから、もう勘弁してくれ!」
男に近づき、石橋が問いかける。
「最近お前らの中から羽振りが急に良くなった奴は居ないか?」
「羽振りが良く……? そういえば高城って奴が妙に金遣いが荒くなったのは覚えている。今まで女遊びするにも苦労してた癖に最近は高級クラブに通いだしたりスーツを新調したりしてたな。派手にやってるから組長に見られたらただでは済まないが、今は組長は病に伏せってるし若頭は今ゴタついてる案件で手一杯で正直組内はいま緩々なんだよ」
「ほう」
流石三下。いらん事までペラペラと喋ってくれる。
鷹取興業は二人が所属する組の敵対、とまでは言わないが縄張りが隣接するだけにちょくちょく小競り合いが起きる組である。有力な情報だ。
「で、高城ってのは今どこに居るんだ?」
「多分7階辺りに居る筈だ。最近役職に就いたから個室を与えられている」
「情報提供感謝するぜ。じゃあ気絶してな」
「あばっ」
石橋はいつの間にか奪い取ったスタンガンを男の首筋に当てると、火花が一瞬閃いたのちに男を昏倒させた。
襲ってきた人間がすべて倒れていることを確認すると、二人は再びエレベータの前に向かう。
「しかし情けないな。こういう時こそ若頭が組織をキッチリ管理すべきなのに、別件に掛かりっきりで内部統制が取れてないのは能力が足りないんじゃないか?」
「そうっすねえ」
二人はエレベータに乗り込み、7階のボタンを押す。
エレベータの扉が閉じて、上に参りますという音声の後に音もなく個室は上に昇っていく。2階、3階、4階、5、6……。
「7階です」
音声が告げるとともに、扉が開く。
扉の先には一人の黒服が二人を待っていた。武器等は持っておらず、まるで二人の来訪を歓迎するかのように佇んでいる。
「貴方がたがお探しの人はこちらに居ます」
振り返り、歩き出す黒服。
一瞬石橋は怪しんだが、罠なら罠でそれもまた一興。後ろにいる由人と目配せをして、二人は黒服の後をついていく。
長く殺風景な廊下を歩いた先に、ひときわ目立つドアがあった。木製のがっしりとした素材で作られており、プレートには[若頭補佐 高城晃]と刻まれている。
「どうぞ」
黒服が入るように促す。ドアを開け、中に入る二人。
入った瞬間に聞こえる銃口を向ける音。それもひとつどころではない。
部屋にはギッシリと構成員達が詰めかけ、今まさに入った二人を射殺せんという勢いで見ている。部屋はかなり広く、観葉植物と黒革張りのソファが置かれている。およそ20人はいると思われる構成員達が中に居てもまだ余裕が感じられる。
由人がドアを開けようと振り返ると、既にドアは施錠されており部屋から出る事はかなわない。由人は舌打ちし、石橋を見つめるが彼は口の端に張り付いたような笑みを浮かべて崩さない。この状況下すらも楽しんでいるのだろうか。
張り詰めた緊張が部屋中に広がる。
誰もが様子を伺う中、部屋の奥のマホガニー製のデスクと総革張りの椅子にゆったりと腰かけた男が立ち上がり、部屋中に響く大きな声で言った。
「まだ撃つんじゃねえぞ」
先の尖った革靴の足音と、ちゃらちゃらとした金属音が同時に鳴らされ、金髪の坊主頭の若い男が二人の前に姿を現した。紫色のひどく派手なスーツを着込んで、首や腕に金で作られたネックレスやバングル、時計を着けている。その姿に石橋は思わず眉を顰める。あまりにも成金という風情で酷く下品だった。
「俺が高城だ。お目当ての人間に会えてよかったな。だが死ね」
高城が手を上げると、一斉に構成員達が引鉄に手を掛ける。
それでも石橋の薄い笑みは崩れない。だが目は笑っていない。
「引鉄を引いちまったら後はもう殺し合いだぞ。本当にいいんだな?」
「何を言ってやがる。命乞いするなら今のうちだ馬鹿が」
「OK、ならお前らに教育してやる」
石橋は懐から拳銃を取り出し、靴を脱いで裸足になり部屋のガラスすらびりびりと鳴り響くような大声で叫んだ。
「俺が尾熊組の石橋隆之だってことをな!」
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3-2:カチコミ END