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遺伝子ファッショナブル  作者: DRtanuki
第三章:少女とヤクザと教祖
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3-1:取引現場

「なあ姉ちゃん。一体どういうつもりで俺のシマで薬なんか買おうとしてんだ」


 新宿区三番街のとある路地裏で、静かに、ドスを効かせた低い声が響き渡る。

 路地裏はごみが散らばり昼間から薄暗く、何かの縄張りを示すようなスプレーで書かれた落書きが万年閉められたままのシャッターや、薄汚れた壁、窓ガラスに描かれている。それらの壁のコンクリートもひび割れ、窓ガラスは大概が割られている。まともな人であれば進んで足を踏み入れようとは思わないだろう。

 そういった場所は、必然と言うべきかガラの悪い人々がたむろしており、また後ろめたい事をやる人々が仕事や取引を行う場所としてよく使われる。


 今、路地裏では二人の女が、若く屈強な肉体を持ち、イノシシのような逆立てられた髪型をしているヤクザに壁に押し付けられ詰められていた。彼のプロレスラーと比肩しうる程の肉体はそれだけで圧力を感じさせるには十分である。

 若いヤクザの背後にはもう一人、いかにも高そうなスーツを着た、若いヤクザと比較すればまだ細身な男が煙草を吸いながら女二人を横目で見ている。視線を足元から顔まで動かし、品定めするかのように。彼もまたカタギではない事は雰囲気からもすぐにわかる。

 彼の足元にはフード姿の男が血まみれで倒れていた。顔が酷く殴打されており、前歯がほとんど抜けるか欠けるかしている。恐らく若いヤクザにやられたのだろう。

 女二人は酷く怯え、手も足も歯もガタガタと震わせて男二人を涙目で見ているばかりだ。


「ごめんなさい、許してください」


 手を合わせて哀願する二人。


「ごめんで済んだらなぁ、俺らの商売あがったりなんだよなぁ」


 若いヤクザが叫び、また彼女らは怯える。

 細身の男がそれを制して口を開く。


「……俺の縄張りではな、クスリはご法度なんだよ。この辺うろちょろしてる奴らならそんな事知ってて当たり前なんだがな」


 男は耳元まで近寄り、冷徹な響きを持って彼女らに囁く。その声だけで一人は失禁してへたり込んでしまった。

 残りのもう一人が涙をこぼしながら答える。


「ほ、本当に知らなかったんです! 私達はただ、ここでならクスリを簡単に手に入れられるって教えてもらって……」


 男は彼女の答えを聞き、しばらく黙って視線を落とした。


「君ら、本当にただの素人みたいだな。こんなクソ溜めうろついてないで大通りでも歩いてりゃあいいんだよ。クスリなんかろくなもんじゃねえ。辞めとけ」


 吐き捨てて、行けよと女二人に告げる。二人はそのまま逃げるように路地裏から走り去っていった。男は女二人が見えなくなるまでその姿を追っていた。

 ようやく見えなくなった所で、男は視線を下に落とし顎をしゃくる。若いヤクザがズタボロになっていたフード姿の男を無理やり立ち上がらせ、壁に押し付けた。

 男は煙草に火を点け、一呼吸したのちフードの男に煙を吹きかけて言う。


「お前、誰からブツを仕入れてるんだ?」


 フード男は仏頂面のまま、黙して答えない。

 細身の男はため息を吐き、フード男の着ている服の袖を捲って煙草の火を押し付ける。人の肉が焼ける、焦げ臭い匂いが辺りに漂う。


「あっぐっ」


 フード男のくぐもった悲鳴が漏れる。

 更に細身の男はもう一度尋ねる。


「誰から、クスリを、卸してもらってンの?」


 男の背後で、今度は若いヤクザが何処から取り出したのか金属製の特殊警棒で素振りを始めている。棒が空を切るたびに、風切り音が狭い路地に響き渡る。男はそれでもだんまりを決め込んでいる。


「由人、やれ」


 細身の男が言うと、由人と呼ばれた若いヤクザはフード男の左腕を警棒で思い切り叩いた。骨がひしゃげる鈍い音とともに、フード男の喉から豚のような悲鳴が絞り出される。細身の男はそれを聞いても眉一つ動かさない。


 続いて、由人は左の太腿に警棒を振り下ろす。更にフード男は悲鳴を盛大に上げ、涙と涎をぶちまけながら再び路上に倒れ、痛みに喘ぐ。


「たすけ、助けてくれえ!!」

「叫んだ所で誰も来ねえよ。ここはそういう場所だ。知ってて取引場所に選んだんだろうが。ええ?」


 細身の男は革靴でフードの男の顔を踏みにじりながら唾を吐いた。


「早く吐けよ。今ならその程度で勘弁してやる。どっから卸してもらってんだ」

「たたた、鷹取興業からだよぉ! お願いだ! 勘弁してくれ!!」


 口から泡を飛ばしながらフードの男が答えると、細身の男はニンマリと満足そうな笑みを浮かべた。


「よく吐いてくれた。あと右足と右腕を折るだけで勘弁してやる。由人」


 再び、若いヤクザが警棒で肩を叩きながらフード男ににじり寄る。

 予想と違う展開にフード男は明らかに狼狽する。


「て、てめえ話が違うぞ! 左腕と左足だけじゃあねえのかよ!」

「本当ならお前は殺して東京湾の魚の餌にする所なんだぜ。せめてもの温情って奴を感じてほしいもんだがな」


 言われ、フードの男は顔色を真っ青にしてガタガタと震えているがもう遅い。

 振り下ろされる無慈悲な一撃。鈍く骨が砕ける音が響く。再び豚の悲鳴が絞り出され、辺りに響き渡る。

 もう一撃。またしても骨が砕ける音。同時に、男は白目を剥いて口から泡を吹いて失神してしまった。哀れな男だ。


「顎もいっときますか、石橋の兄貴」

「時間の無駄だ。これから出向かなきゃいけない所があるからな」


 石橋と呼ばれた男は煙草を投げ捨て、近くの路側帯に待たせている黒塗りの車に乗り込んだ。運転席も後部座席もかなりゆったりとしており、また内装も豪華なもので設えてある。車体自体も頑丈に作られていて、万が一車同士での衝突があったとしてもよほどの差がない限りは中にいる人を守ってくれる。銃弾に対する防備も万全で、拳銃弾程度であれば貫通どころか弾き返すだろう。

 由人が運転席に座り、後部座席に石橋が座る。


「鷹取興業でしたね?」

「そうだ。行くぞ」


 由人はアクセルを踏み、ゆっくりと車を走らせ始めた。

 ぐねぐねと曲がりくねった路地を通る。路地を囲むように貧者の住まうバラックや古い民家、無計画に作られたコンクリート団地などが立ち並ぶ。どれも今の建築基準を満たしておらず、次に大震災でも起きれば全て潰れかねない。

 路地裏と同じように街も建物も汚く、古い。

 石橋は眉をしかめて険しい顔をしている。


「兄貴どうしたんですか?」


 由人は気になり、石橋に話しかけた。


「あー、いや。相変わらず汚ねえ街だなって思っただけだよ。気にすんな」

「そうっすか? こんなもんでしょう、この街は」


 そういう意味じゃあねえんだよな。

 石橋は喉元まで出かかったそれを抑え込んだ。由人は怪訝に思いながらも、黙って車の運転に集中する。

 間もなく路地を抜けると、車は大通りへと入った。

 高層ビルが立ち並び、多数の行き交う人々の喧騒が車越しでも聞こえてくる。

 ひとつ、道を渡るだけでこれほどまでに街の様相は異なる。元々東京と言う街は地区ごとに街の色合いも違うが、ことに新宿という場所においてはそれが顕著だった。


 かつて、新宿という街は無軌道な開発によって街が荒れ果てていた。

 それを整然とした綺麗な街にすべく、行政は大規模な再開発と区画整理を行った。大きな反対運動や区画整理における立ち退きでの騒ぎ等、様々な問題はあったものの数十年かけて行われ、結果的には成功した事業として扱われた。

 ただひとつの例外を除いては。


 新宿区三番街ゼロ番地。


 唯一区画整理をしなかった、いや手を付ける事が出来なかった地域。行政の人々は臭いモノには蓋と言わんばかりに見ないフリをしてそこだけは前世紀のままの、無計画な街並みが残っている。先ほどの路地裏の通りもその名残の一つだ。

 平たく言えばゼロ番地はスラム街である。住民は貧しい人々、スネに傷を持つ人、他者に言えない仕事を営む人が多い。また、ヤクザや海外マフィアなどの拠点も存在している。当然ながら普通の人々であれば近寄ろうとは思わない場所だ。


 ……車は新宿の大通りをゆるりと走っている。交通量が多く、信号が狭い間隔で置かれているためにほとんど徐行という速度で走らざるを得ない。

 石橋は大きなあくびをかまして、由人に尋ねた。


「で、まだ鷹取興業にはつかないのか?」

「もうすぐです。そこの交差点を左に曲がればすぐですから」

「こんなのろい速度じゃあ何時になっても着かねえよったく。歩道でも走り抜けた方が速いんじゃねえのか」

「まあまあ」


 目の前の信号が青になり、由人は交差点を左に曲がる。大通りから少し外れた細い路地の道。少し走って左に薄汚れた一つのビルがあった。カーナビとビルを見比べながら何度も頷く由人。付近に時間制限付きの駐車スペースがあったので車をそこに止め、二人は車を降りる。


「着きましたよ。看板は掲げてませんが確かにここが鷹取興業です」

「随分としみったれた所にあるもんだな。まあウチも対して変わんねえか」


 ビルを見上げる石橋は懐から煙草を取り出し、火をつけた。


「んじゃ、一丁行くとするか」


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3-1:取引現場 END

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