初めての王子の名は
―――強さ 美しさ 神聖さ 穢すことが躊躇われるような、人間とは大きくかけ離れた絶対なる存在
自分にはないものを詰め込んだ 夢の塊
“王子”という存在は、彼らにとって神を超える程に特別な存在だった――――
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「ねぇ見て見て、あたし買っちゃった!」
「うっそ~。これ今すっごい話題のやつじゃ~ん」
「すごーい!いいなぁー」
「まだ開けてないんだけど、皆で一緒に見ようよ」
普通に日常生活を送っていく中、何度耳にしたか分からない会話。
今、とあるカードが日本中で話題になっていた。
そのカードとは、【王子戦争】というタイトルがつけられ都内にあるとあるゲーム屋でしか買うことが出来ないらしい。
何の宣伝もなしに、前触れもなく発売された王子戦争というカードは瞬く間に大変な人気を集め、直ぐにメディアでも取り上げられ日本中で注目された。
人が人を呼び、そのゲーム屋の前には連日連夜長蛇の列が並ぶ。
店が閉まろうが定休日だろうが深夜だろうが、お構いなしに人の列は途切れることを知らない。その為店側が二十四時間営業に切り替えたのは記憶に新しい。
スマートフォンを操作し、あるページへと辿り着く。
発売初日にカードを買い、それをアップして評論家を気取ってそのカードについて考察を綴っているブログである。
これにより、普段滅多に回っていないだろうカウンターが目まぐるしく回っているようだ。そして俺も、そのカウンターを回している一人でもあった。
正直、カードが何であろうがオレは全く興味がない。
だが、このブログに書かれているこのカードの何がそんなに人気になっているのかについての文章は、興味のないオレでも少しだけ見たいと思ってしまう。
人気の秘密は、カードのクオリティが半分以上を占めているようだ。
タイトルの通り、カードの裏にはこの世には存在し得ないだろう美しく着飾った王子達がいた。
アップされている写メを見たが、確かにペラペラの一枚のカードとは思えない程の豪華さだ。
人間離れした精巧に作られたドール以上の出来であり、顔を形作るパーツは全て寸分の狂いもなく計算し尽くされている。
生気のない瞳と表情ではあるが、それがまた逆に素晴らしいと客の間ではとても受けているようだ。
カードは数種類あり、レアが入っていると言われているもので千五百円するらしい。これはあくまでカード一枚の値段だ。袋を開けると五枚入っているだとかパック売りではない。それに、レアというのもあくまで個人の思い込みのようなものであって公式が決めたものではない。
遊び方も公表されておらず使い道の分からないカードに何の疑問も持たず、購入者は一人一枚のみというルールを守り高い金を払って真剣に吟味する。
どれが一番見た目にも申し分ない王子が入っているのかを食い入る様に見つめ袋の中身を透視しようとするその顔は、死を覚悟して戦場に赴く兵士の顔によく似ていると思う。
ブログの文字を流し読みしていると、一件のメッセージが入った。
今日の三時より、駅前のカフェで待ち合わせを約束している友達からだ。家にいても得にやることのなかったオレは二時間ほど早く此処に来た。携帯の時間を見ると、いつの間にか丁度良い時間になっていた。
【もうすぐ着くから】という簡素なメールを読むだけ読んで、閉じる。
そしてまた先程のブログを開く。
そうして五分経った頃、相方は来た。
「お待たせ~!待った?」
「いや、オレも今来たとこ」
白い歯なんか見せて笑顔で登場してきた奴に、ありがちな台詞を吐く。しかし、「その割にはすっごいアイスコーヒー減ってない?」という返しによってオレの上記の台詞は一瞬にして崩された。
「それはそうとさ~―――――」
小さなテーブルを挟んだ向かいに座り、店員にオレと同じ飲み物を頼んだ後そう口にする。
コイツの名前は蓮音 ソウマ(はすね ソウマ)。
名のある資産家の家の息子であり、言わずもがなの大金持ちである。
輝かしい金髪にイケメンの部類に入る顔立ち。頭もよく友達思いであるソウマには、いつも周りに人がいた。
人を楽しませることが上手くて太陽のように笑っているソウマは、極力人とは接したくないオレとは根本的に違う。
そんなオレ達がどうして友達という仲になれたのかも、今ではあまり覚えていない。だが、もうかれこれ三年以上の付き合いというのだけは覚えている。他の奴と違って、コイツには遠慮も気兼ねも必要ないから付き合いやすい。だから、こうして一緒にいるのかもしれない。
「ねぇ王我、今世間では何が流行ってるか知ってる?」
はっきりと言えばいいのに、随分と遠回しに聞いてくる。言いたいことは我慢できずに言ってしまうコイツにしては珍しい。
オレは何か企んでいるのだろうかと思いながらそれに答える―――――ことはせずに、後ろの席を顎でさした。
「およ?」
オレの行動に首を傾げ、顔を通路側に出してオレの後ろの席を見る。
そして何を見たのか、納得したような声を出した。
後ろの女子高生だろう三人は、既に開封の儀は終えたのだろうかとても盛り上がっていた。話を盗み聞きすると、どうやら一番高い千五百円のカードを購入したらしく思っていたよりもいい王子が入っていたようだ。
買った甲斐があったと、興奮は最高潮に達していた。
「で、あれが何なんだ?」
オレの問いに、ソウマはただ一言殴りたくなるぐらいの笑顔で言ってのけた。
「買おう!!!!」
携帯を持つ手に自然に力が入り、ミシッと音がしたのはこの際聞かなかったことにする。だが、コイツが言った言葉だけは聞き流すことは出来なかった。
「ほら、俺達も流行にのった方がいいよ!王我だって取り残されたくないでしょ?ただでさえ王我は俺しか友達いないんだしさ」
「おい、それは幾らなんでも言い過ぎだろうが。オレはあえて友達を少なくしてんだよほっとけ」
「ほらほらまた強がっちゃって。何枚も買えって訳じゃないんだし、一枚ぐらいよくない?俺ずっと気になってたんだよね~」
後ろの席を羨ましそうに見ながら、ソウマは言った。
片手間にストローでアイスコーヒーをかき混ぜ、目はオレではなく後ろを見ている。
「だったらお前だけが買えばいいだろ。何でオレまで…」
「俺一人だけが買ったって面白くないだろ~?いいじゃん減るもんじゃないし!」
納得いかないといった言い方をしても、コイツには効かないらしい。
金持ちからすれば、千五百円という金額は減らないもののようだ。だがオレは諦めない。諦めたくない。
カードゲームなのか何なのか分からない需要の無さしか感じられないそんなカード、買ったって損するだけだ。ずっと気になっていたソウマからすれば得かもしれないが、興味のないオレからすればお金をドブに捨てるのと一緒。
変な壺を買わせる悪徳業者のように、あの手この手で一緒に買わせようとしてくるソウマの言葉にオレは頑として首を縦には振らなかった。
ソウマによる一方的な話を聞くこと一時間弱…
後ろからガタガタと席を立つ音がした。お勘定の話をしていることから、もう此処を出るようだ。
案の定、パンツが見えそうな程に短いスカートを履いた今時の女子高生三人組が話しながらオレ達の席の横を通っていく。
「……ぁ?」
一番後ろにいた茶髪の女が通った時、何かがヒラヒラと床に落ちたのをオレは見逃さなかった。相手を見失う前にと、直ぐにそれを拾う。女が落としたのは一枚のカードだった。しかも、今現在進行形で買いに行こうと急かされている例のカードだった。
ムラのない綺麗な銀髪を緩くマフラーのように無造作に首に巻き、透明に近い灰色の瞳はもの憂げに斜め下を見つめていた。そこに表情はなく、本当に無機質な人形のようだ。
先程見ていたブログに上がっていた王子とは違い、この王子からは例えようのない儚さが感じられた。何かを思いつめているような顔をしていて、その顔を見ていると何となく胸にくるものがあった。それが何なのか全く分からないのだが、その王子を見ていると少しの懐かしさを感じたのだ。
勿論、オレがこの王子を見るのは初めてだ。だから、懐かしいなんて感じるは本来あり得ないことである。
「あ、あの…」
しゃがみこんで動かなかったオレの頭上から、小さな声がかけられた。
ハッとして上を向くと、少し恥ずかしそうにしながらカードを落とした女子高生が立っていた。
「あ、悪い。これ」




