7話 夢語るウサギ
そこには全ての可能性があった。
起こりうる確率が1%以下というあり得ない可能性も。
考えれば思いつくような可能性も。
無限の可能性がそこにあった。
そこは数秒後、もしくは何年後、目で見て、耳で聞き、鼻で匂い、舌で味わい、肌で感じるはずのものがあった。
しかし、そこでは見えない、聞こえない、匂わない、味わえない、感じない。
感じるのに感じないという、矛盾をその世界は生み出す。
だが、それがここの絶対的なルールであり、人が容易に手を伸ばしてはいけない領域であることの証明。いや、人は決してそこにいようとはしない。いるならそれは、よほどの狂人であろう。
そして、その世界で恐れなど微塵も感じさせぬ彼は、よほどの狂人であった。
「ようこそ、素晴らしき未知の世界へ。歓迎しよう、我が友人よ」
◇■◇■◇
相変わらず、気味の悪い場所だと思う。感覚が曖昧になり、精神が不安定に揺れる。影響され、レナムの精神、感覚が自分のものとなり、レナムと同じく落ち着く。そもそも空間自体が夢という曖昧な場所であり、現実と何もかもが異なっているのだ。普通であるというのがあり得ない。そういう意味を込めてレナムを見つめる。
「変態め」
「それは僕からすれば褒め言葉さ。何より、君が一番分かっているだろ?」
舌打ちを一つ。現実で寝ている方と違い、目の前に居るこいつは面倒くさい。......いや、それは現実でも同じか。
「もう分ってるだろ。さっさと教えてくれ。あんまり長居したくない」
「おいおい、酷いな。もう少し会話を楽しもうと思わないのか?」
「そんな余裕ねぇよ。あと四時間って、お前が言ったんだろ」
レナムは肩をすくめ、やれやれと言いたげなポーズを取る。此方の世界のレナムは本来、現実で成長するだろう姿を取っている。つまり、長い髪はばっさりと切られ、顔は男らしくなっている。だからこそ、そのポーズが無駄にイラつくので無言で蹴りを入れる。だが、この世界は夢ということで痛みはない。
「あれは僕であって僕じゃないと何回言えばいいんだい。あれはただ生きるだけの本能と少しの理性でしかしかないんだ」
「だけど、あれはお前だ。何回も言わせるな」
「全く。頑固だな、君も」
「お互いさまだろ」
笑う。結局こいつとは、向こうでもこっちでも仲間であり友達なのだ。こうした中身のない会話は楽しいものだが、生憎時間がない。
「で、どれの可能性が高いんだ?」
そこらかしろに存在する未来。無限に広がる可能性が大まかだが、数えられるということはある程度絞られたということ。それでも100は超えるだろう。そこからはもう単純に可能性が高いものを選ぶしかない。
「いや、今回は絞りやすい。相手はどうやら宿命型らしいな」
宿命型。未来を予測する際、その未来が決められているタイプ。同じ未来予測を持つ能力とのぶつかり合いの時は自分の未来を押し付ける形になる。ただし、相手がレナムのような複数存在する未来を持つ場合、簡単に予測される。
「それに強制力が高いが、短時間のみだ。能力の格は低い方だな」
「ということは力任せでいけるのか」
「いや、そういうわけではない。言っただろ、短時間のみだと。限定することで能力としての質を高めている。そう簡単にはいかないだろう」
「じゃあ、いつも通りか」
「そういうことになるな。それに今回は骨が折れるぞ?まあ、僕は見てるだけだが」
「起きたら鼻にわさび突っ込んどいてやる」
「おいやめろ」
夢の世界で彼は話し合う。何にも干渉されず、それ故外の世界のことなど彼らが知るはずもなく。
現実で一悶着起こったことなど知る由もなかった。
◇■◇■◇
そこに座る2人の女の間にはただならぬ空気が漂っていた。
「......」
「むむむ~」
訂正。片方が勝手に敵視しているだけだった。だからといって敵視されている方はたまったものではない。
敵視される方、セレナは居心地の悪さを誤魔化すために紅茶を飲むが、すでにぬるくなったいた。
(確かに変なギルドだって聞いてたけど、此処まで変だなんて)
チラリと自分を睨む、マリンと名乗った女性を見る。髪は綺麗だし、顔も整っている。スタイルは......うん、勝った。自分よりも圧倒的に美人なのに何故睨まれているのか、それが不思議だった。
助けを求めようと思っても、此処まで連れてきたクテンという男とレナムという女の子っぽい男の子は、すでに夢の中。客間と思られる場所に自分を連れてきた途端、
『此処は安全だろうし、マリンも居させるからゆっくりしてくれ。俺は寝るから』
と困惑する自分と一方的に敵視する女性を残し、すぐに寝入ってしまったのだ。
この状況でただ睡眠をとるとは思わないから、何らかの能力を使っていると考えた方がいい。というかそう思いたい。
壁にかかった高級そうな時計を見ると、まだ一時間しか経っていない。あと3時間この状況かと思うと、憂鬱になりそうだ。流石にこの空気はどうにかしたと、勇気を振り絞って声をかけてみる。
「あの、クテンさんとはどんな関係なんですか?」
言ってから後悔する。これではまるで気があるみたいではないか。案の定、マリンが形のいい眉を顰める。慌てて弁明をする。
「あ、いや、別に他意はありませんよ、本当ですよ!」
更に目がジトーとしてきた。
「そ、それに会って数時間で惚れるなんて、現実ではありえませんよ!」
おそらく今、全世界に居るであろう夢見る乙女に彼女は喧嘩を売った。そして、目の前の彼女も乙女であった。
「そんなことないもん。クテン君普通にかっこいいし、そこらの娘なんてコロッといっちゃうもん」
じゃあ、私はそこらの娘ですか。と口から出る前になんとか飲み込んだ。さっきとは違い、活発さがどんどんと減り、代わりに愚痴が始まった。気のせいか部屋まで暗くなった感じがする。
「クテン君最近素っ気ないし、扱い雑だし、やっぱ私なんか興味ないのかな......」
さっきまで不審者を睨む番犬みたいだったのに、今はご主人様に遊んでもらえない子犬みたいになっている。居心地の悪さは依然変わりはない。というか今の方が空気が重い。
「いや、そんなことないですよ!顔も綺麗だし、髪もサラサラじゃないですか!いやー、すごいなー!」
「でもクテンはそんな事一言も言ってくれないし、自分から言っても流されるだけだし、む、胸も......こんなんじゃクテン君が取られるぅ!」
必死にマリンを慰めながら、今更ながら何やっているのだろうと思う。何故かストーカーに追われ、その助けを求めに此処に来たはずなのに、威嚇されて、放置、そして今に至る。つまりストーカーが全面的に悪い。会ったら一回くらい殴ってもいいと思う。
そして、慰められていたマリンがようやく元の調子に戻る。言ったことは本当の事とはいえ、適当だったのだが、それで立ち直るとは中々チョロイ。
「うん、うん。そうだよね!まだチャンスはあるよね!早速今日にでもアピールするよ!早速模擬戦でも誘うことにしよう!ああ、ええと、負けないからね!」
「いや、だから違いますー!」
そして、現在は未来へ変わり、未来はまた次の未来へ移り替わる。
「お互い譲れないものがあるみたいだし、なら『かくあるべし』。天に、未来に賭けようか」