6話 未来を覗くウサギ
未来予知。
限られた人間が―――現在に生きる人間には全く未知の世界、未来を覗き見ることが出来る力。
能力の中でもレアリティの高い能力故に、多くの人間が羨望し、求めた。
未来知ることが出来ればさぞ、素晴らしいだろう、と。
そして全てを捨て未来を手に入れた少年は、喜んだ。ああ、未来とはこんなに素晴らしいものなのか、と。
では、元々未来を持っていた人間はどう思うのか。
その人間は狂人なのか、はたまたただの人間なのか。
◇■◇■◇
どうやらセレナのストーカーは未来予知が使えるらしい。まあ、誰がどんな未来予知を使おうとどうでもいいことだ。
「だから?」
「......え?いやいや、未来予知ですよ!?かなり珍しいんですよ!知らないんですか!?」
椅子から飛び出して机にバンッと音を立てて詰め寄ってくる。それを特に驚きもせずに窘める。
「そのくらい知ってるし、静かにしろ目立つ」
「ぁ、すいません。で、ですが何で驚かないんですか?」
「そこで寝てる奴も同じ系統の能力持ちだし、似たような能力持ちを何人か知ってる」
「えぇ!!この娘が!?」
器用に椅子の上で布団に包まりながらグースカ寝ているレナム。能力はすごいのだが、本人がこれなのでどうしてもすごいと思えないのだ。あと、そいつは男だ。
「それに未来予知は対抗策が無いわけじゃない」
「はぁ?未来予知ですよ?先を読まれるということは先手を取られるという意味なんですよ?それがどれだけ重要なのか知らないんですか?」
何も知らない赤ん坊に言い聞かせるみたいに言ってきやがる。しかもバカを見るような目なのが余計に腹立つ。まあ、これでも、
「そのくらい知ってる。というかお前何学年だ」
「第2学部4年ですが......」
第2学部4年、つまり14歳か。道理で何も知らないのか。第2学部では基本くらいしか習わないはずだからな。
「いいか、それはあくまで基本だ。第3学部の予習とでも思って聞いとけ。―――能力で格上だろうがレア物だろうが、勝てないわけではない」
◇■◇■◇
能力には構成する3つの条件がある。
1つ目はその人物の性格。例えば、熱血で暑苦しい性格の人間は主に熱や炎等の系統の能力を持っていて、逆に冷静でクールな性格ならば、冷気や氷結系統の能力を持つ。稀に変質するものが居るが、本当に稀だ。
これで能力は形が作られる。
2つ目は精神力。簡単に言うならば俺達狂人ほど強い力を持つことになるのだ。狂人だけでなく、確固たる意思や、悟りを開いたものなどが、それに当たる。例え―――それが負の感情だろうとだ。
これで能力の質が決まる。
1,2は後天的でも強化することが出来るが、3つ目は違う。
3つ目は能力そのものの格。マッチの火が、太陽に勝てないように同じ系統だろうと次元が違う能力がある。1,2が上回っていようと、能力の格が下ならば勝つことは容易ではない。いわゆる才能という奴だ。
これで能力の核が決まる。
今回ならば、3つ目だ。向こうが格上だということ。それを上回るためにどうすればいいか、簡単な話だ。
「策を弄する。これに限るだろ」
単純明快。頭を使い、策を練り、知恵を絞り、知略を尽くす。頭脳を働かせ、万策を用いり、知識を蓄えて、戦略を使って、―――上回る。
力で勝てないなら技術を高めればいい、技術で勝てなければ能力を使えばいい、能力で勝てないなら知恵を絞ればいい。
人は古来より、そういって生きてきた。武器を作り、人を集め、技を覚え、策を使った。
能力が格上?―――だからどうした。なら此方は、数で、質で、策で勝つ。完璧な人間など居ない。必ず何処かで勝てる。
「そう俺は信じてる」
「だったら、どうすればいいんですか。やれることはしました!先生にも言ったし、友達にも相談した!けど誰も信じてくれなかった!あいつはそんなことしないって......」
「それで何もしなかったのか?」
「......何をやっても普通な私が出来ることなんてありませんよ」
ふと、フラッシュバックする。どうしようもなく弱く、何をやってもダメだった彼女を。
『何をやってもダメな私が出来ることなんて何もありませんよ、エヘヘ』
目の前にいるセレナとは違い、悔しがることはなく、やる前から諦めていた彼女もことを。人として何もかもダメだった、だが、それでも、彼女は、俺は――――――
「先輩?どうしたんですか?」
システルの声で一気に現実に引き戻される。目の前に不安げに此方を見るセレナの顔が見える。自分の顔が若干歪んだことに気付く。
「いや、何でもない。それで、何も出来ることは無い、だっけか」
「......はい」
「で、それが?」
「え......?お、怒らないんですか?」
「何でだ。お前は怒られたいのか?」
「ち、違いますけど。そうじゃなくて!やる前から諦めるなとか、そういったことを言わないんですか?」
「ああ、確かにそれが普通だろうな。――――――でもそれは強者の言う言葉だ」
やれば出来る。最後まで頑張れ。諦めなければ必ず叶う。必ず努力は実を結ぶ。
これは強者の言葉だ。中には才能が無い奴が言った言葉だってある。だが、それは心が強い奴だ。力が強い、経験が凄い、才能がある、そして―――心が強い。なら、そいつは強者だ。
ああ、確かに前を向かなきゃ強くはなれない。諦めては上手くはなれない。だが、弱者はそう思えるほど強くはないのだ。だから、弱者は必然とこう思う。
『強い人を頼ればいいじゃないですか』
「誰かに頼ればいい。」
出来ないならば、出来る者に頼ればいいのだから。別に頼られる側は断る事だってできるのだから、頼ることとは悪いことではない。頼るということは何も無い弱者へ与えられた特権なのだから。
「まあ、受け売りだけどな」
さて、と頼んだ飲み物を飲み干し、布団に包まれたレナムを連れて行くようシステルに指示を出し、外を歩き出す。システルも着いてくるが、セレナだけは困惑した様子で此方を呼び止める。
「ま、待ってください!何処に行こうとしてるんですか!?依頼は!」
「だから、その依頼を解決しようとしてるんだよ。後、一日だけ時間をくれ。その間に準備しとく」
呆然と立ち尽くすセレナを置いて、立ち去ろうとする所で先程まで眠っていたレナムが口を開く。
「4時間後、襲撃されるよ」
「マジか......」
本当か、とは問わない。何故なら俺はこいつが予知した未来を外したことを一度も知らない。こいつとは長い付き合いで、それなりにお互いのことを知っていたりする。だから、こいつは外さないと、知っている。
おそらくそのストーカーが俺達と接触したせいで焦ったのだろう。だから強硬手段に出た。現時点では完全には分からないが、おそらく合っているだろう。
「ああ、前言撤回。4時間後に変更な」
詳しい話を聞こうともう一度レナムに視線を向けるが、すでにレナムは目を閉じて規則正しい寝息を立てている。何時ものように来いということだろう。分かっていたが、それで本当に時間に間に合うか不安になってきた。
「というわけで、一緒に来てもらう。システルは一応護衛しててくれ」
「分かりましたー」
「返事は一回な」
「一回でしたけど?」
◇■◇■◇
一度ギルドホームに戻ってきたが、キャンキャンと騒ぐセレナがうるさい。
「ちょ、何ですかこのでかさ!ホームというより屋敷じゃないですか!トップクラスのギルド並じゃないですか!!」
「一応うちのギルドは実績があるからな。報酬で貰ったんだ」
「貰ったと言うより、奪ったですよね?」
「......貰ったんだよ」
「何ですか今の間」
本来なら一回り小さなホームを貰うはずだったんだが、うちのアホ共が騒ぎたてすぎて仕方ないみたいな感じで貰った屋敷なのだ。我がギルド最大の汚点である。ジロリと疑うような目が世うちのギルドが間でどう見られているかが分かる。
「ただいま戻りましたー」
システルが団長に挨拶を済ましてる間にセレナを急いで客間に連れて行こうとする。ただの人間が狂人の雰囲気に当てられたらどうなるかと思うと目も当てられない。影狂されてる俺が言うのだ。間違いない。特にあいつだけには会わせたくない。最近居ないが、そろそろ返ってくる頃だろう。
「誰か来る前に急いで―――」
「あら、急いで何処に行こうとしてるの?下僕風情が」
一瞬で空気が変わる。いつもなら軽く感じる空気が鉛のように重く、殺伐とした空間に変わる。その空間の中心に居るのは、おそらくこのギルドで最も狂わせた雰囲気を漂わせている。
「客人の前だ、出てくんなエリザ」
「あら、誰に向かってそんな口を聞いてるのかしら、クテン」
お互い敵意を込め、睨みあう。別に仲が悪いわけではない、そもそも影狂される俺に仲が良い悪いなんてものはない。だが、こいつはそれを許さない。変わる俺を無理矢理固定しようとしてくる。お互いが天敵のような存在なのだ。
何時ものように睨みあうが、今回は咄嗟に後ろに庇ったセレナが居る。顔を蒼白にし、この狂気に飲まれかけている。このままだと発狂しかねない。早く何処かに行きたいが、無理だろう。エリザは自分が上に居て、誰もが下にいると本気で信じている。そういう狂人なのだから。故にエリザは始めて会う相手には自分が上だと知らしめる。そのためには何でもするだろう。
「ふ~ん、その娘が、ねえ」
「手出そうとするなよ」
「別に取って食べようってわけじゃないのよ。ただ面白そうな娘ね」
「......っぁ、......うぁ」
「おい、やめ―――」
「―――あれ?エリザさん、帰ってたんですか?」
殺伐とした空気をまるで無視した声で割り込んできたのは、システルだ。そして、殺伐とした空気が消える。セレナは襲っていた威圧感がなくなり、吸えてなかった息を思いっきり吸い込む。
「助かった、システル。しばらくそいつの相手しててくれ」
「分かりました。ではレナムさんをよろしくお願いします」
「あら、もう行っちゃうのね。面白く無いわね。ちょっとシステル、貴方相手しなさい」
「はい、分かりました」
エリザはシステルを気に入ってるからな、あいつを生贄にしておけば邪魔はされまい。それより、早くセレナをあいつから遠くへ引き離さないと。
「ほら、行くぞ」
「......あ、あの腰抜けました」
レナム担いでいるのに、もう1人担げと?どうすればいいんだ、これ。とそこにマリンが通り過ぎる。おそらく俺とエリザの
「く、クテン君......その娘......」
「ああ、ちょうどいい。こいつを―――」
「うわーん!クテン君の浮気者ー!エメルに言ってやるぅー!」
「ちょ、ちょっと待てぇー!」
叫びながら遠ざかっていくマリンに手を伸ばした体制のまま、固まる。何なんだ一体。
「鈍感系主人公ですか?そんなの何処にでもいますよ」
セレナの言葉が何故か胸にささった。
◇■◇■◇
結局、2人を担いで何とか辿り着いた客間。そこに布団を2枚敷き、片方にレナムを眠らせ、もう片方に自分が入り込む。
「いいか、今から寝るから。ちょうど2時間経ったら起こしてくれ。じゃ、お休み」
「え゛!?ちょ―――」
意識を深く沈め、ある場所に入る。セレナの焦る声は聞こえていたが、もう遅い。何故なら今居るのは未来だ。現在に居ながら未来を感じる。それがこの能力、【白昼予知】。そして此処は―――
「やあ、待ちわびたよ。ようこそ僕の世界へ」