5話 『影響』と『睡狂』
彼は天に愛されていた。
人々に愛されていた。
環境に恵まれ、運に恵まれ、友に恵まれ、富に恵まれ、才に恵まれ、
とにかく彼は世界に愛されて生まれてきた。
しかし、生まれながらにして全てを持っていた彼は―――恵まれすぎた彼には、現実は、現在はあまりにも退屈すぎた。欲しいものはすでにあり、したいことは何でも出来る。毎日がただ無意味に過ぎていく。
故に彼は全てを捨てた。環境を、運を、友を、富を、才を―――退屈な現在を捨てた。
そして彼を愛した天は彼の望みを叶えた。そして彼は未来を手に入れた。未定で不確定な世界を―――欲しいものは無く、したいことが出来ない世界を手に入れた。輝くような明日を手に入れた。
そんな彼がとあるギルドに入るのだが、それはまた別のお話。
◇■◇■◇
薄暗い部屋に2人の影。片や黒髪の青年というには少しばかり幼く、片や藍髪の長髪をした女性にも見える少年。静かに眠っている2人の寝息だけが聞こえる部屋に、突如新たな人影が慌しくドアを蹴破った。
「レナム、クテン!さっさと起きろ!何時だと思ってる!」
「んあ?何してのグレン。というか寝かせて」
「そう言ったの何回目だと思ってる!」
「寝みぃ」
「くそっ、こいつ影響されてる!さっき起きろって言ったの、8時だよなぁ!」
現在の時刻、1時32分
「知ら......寝みぃ」
「いい加減に起きろ!依頼入ってんだよ!」
入ってきたのは、ギルド【三日月のウサギ】の狂人たちを纏め上げるリーダーであり、狂人が集うギルドの唯一の普通の人物。グレン=カノース。
今にもキレてしまいそうな形相で、2人に詰め寄るものの、全く起きる気配の無い2人。
「くそっ!おい、システル!もう縛り上げて連れて来い!」
「は~い、分っかりましたー。ほら、行きますよ先輩方ー」
新たに入ってきたのは、薄い水色の髪に同じ色の目をし、神父服を着る少年。
システル=ミリーブ。【狂信】で何もかも信じるという『三日月のウサギ』の中でもベクトルの違う狂人。
服の至る所から鎖を取り出して、2人の体に絡み付ける。そしてそのまま部屋の外に出る。ちなみに2人が寝ている部屋は2階だ。
「はいはい、起きないとこのまま階段下りますからね~」
「ぐぅ......おぅ、ふぎゅ」
容赦の欠片も無く、引きずる。すでにドアなどにあたり、苦痛の声を上げながら意識が徐々に覚醒し始めるクテン。レナムはまだ寝てる。
余談だが、クテンは起きたがレナムは起きなかった。
◇■◇■◇
「今回の依頼は、ストーカー退治だ。依頼人はあのアルフォート学院の生徒だ」
「名前は?」
「さあな、俺も知らん。詳しくはそいつにあってから聞け」
「適当だな、おい。で、依頼人は何処に?」
「3時30分に喫茶店らしい」
黙って時計を見る。
「3時15分だな」
「ああ、3時15分だ」
「「…………」」
「じゅ、15分しかねえ!何で早く起こさないんだよ!」
「お前等が起きないのが悪いんだよ!」
「仕方ないだろ、俺は影響されただけだ!文句はレナムに言え!あとあちこち痛いんだよ!」
「お前も寝てたのに言い訳すんな!あと、俺じゃ無くてシステル言えよ!」
「止めろよ!」
我ながら不毛な争いだと思うが、止める気はさらさらない。すると、
「はいはい、遅れるっすよ~」
「寝むい」
布団に包まったレナムを背負ったシステルがドアの向こうで此方を覗いてる。
「あれか、あの2人連れて行くってことか?」
「ああ、どうやらストーカーは能力持ちらしい」
「ああ、それで」
「早くしてくださ~い、もう時間10分切ってま~す」
時計に目をやり確認する。あと5分になりかけている。ヤバイ。
「急ぐぞ!」
「あ~待ってくださいよ。こっちはレナム先輩背負ってるのに」
「おう、頑張れよ~って聞いてないか」
ドアの向こうでドタバタと慌てた声が遠のく。軽くため息を付きながら、あの3人組のことだから時間がかかりそうだと思いながら、ふと伝えわすれたことを思い出す。
「ま、特に問題ないか」
◇■◇■◇
街中を走る。人並みを避けて、時に乗り越えて、目的の喫茶店に向かう。後ろでシステルに背負われている寝息が聞こえ、軽く怒りを覚えつつ、周囲の人間を見る。背負われながら布団に包まれて眠るレナムを見ても特に何も無いように見ている。勿論普通の人間は二度見くらいはするし、此処の人間が可笑しいわけではない。いたって普通である。狂っているのはこっちのほうだ。
「改めて思うがお前の能力、やっぱ便利だな」
「何の事ですか?」
「ん、いや何でもない」
後ろへと視線を移し、すぐに戻す。俺ら狂人の中でもやはりこいつは何処か違うと感じる。
システルの能力は自覚していない故に使える能力だ。そもそもこいつは自分のことを何の能力も持たない人間だと思っている。それにこいつは【狂信】だから―――
「あ、着きました」
色々と考えているうちに着いたようだ。店内を覗いて依頼主らしい人物を探す。学生のはずだから制服でも着ているはずだと思い探しても居ない。店内には他の人間も居て見つけることが出来ない。
「誰が依頼主だ?」
「いや、僕も知らないんですけど」
「マジかよ。そもそも何で依頼主のこと知らないんだよ、あの中年親父」
中年親父に軽く殺意を抱きながら、それらしき人物を探す。うちのギルドはある意味有名なことで知られているから、そのギルドに依頼する奴なんてそいつもネジが2、3本抜けているはずだ。
「あの」
「ん?」
声を掛けられた方向を見ると、マリンと同じくらいの背をした見た目普通の女の子が居た。マリンと同じで見た目はいいのに中身がどうしようもない子か。本当に残念だ。
「何ですか、その残念な目は」
「いや、何でもない。君が依頼人か?」
「は、はい。私はセレスティナです。呼び方はセレナでいいです。話はその、中でお願いします」
「ああ、分かった。システル、行くぞ」
「は~い、分かりました~」
「あの、その前に聞きたいんですが、何でその人布団を包まれてる娘を背負ってるんですか?」
「は?お前、これが普通に思わないのか?」
内心驚愕で埋め尽くされながら、グースカ言っているレナムを指差す。それに対してセレナは何言ってるんだといった顔で此方を見ている。
「何を言ってるんですか?どう見ても可笑しいでしょう。逆に何も思わないほうが普通じゃないです」
おそらくこの場でレナムを可笑しいと思える奴は俺とセレナくらいだろう。何らかの能力をでシステルの能力を無効化しているか、単にシステルの能力が効いていないのか。個人的には前者であると思っている。システルの能力は本人含め無差別だ。たった1人効いていないなどあり得ない。ただ、そうすると何故ストーカーに付きまとわれているのだろう。そのストーカーも能力持ちなら無効化して自分の手で解決出来るはずだ。
ちらりとセレナの顔を見るとしきりに周りを警戒している。よほど不安なのだろう、傍から見たら挙動不審すぎる。
「店に入ってから話を聞こう。システル、中に入るぞ」
キョロキョロと余所見をしているシステルに声を掛け、セレナと店に入る。一番奥の周りに誰も居ない席を選んで座る。店員に適当な飲み物を頼み、セレナに目で話を促す。セレナは実はと前置きをして話始める。
「私のストーカーはどうやら未来予知が出来るらしいのです」