プロローグ 狂気のウサギ
趣味で書いてます。
ああ、何故こうなったのだろう。
少年は冷静に思う。一体何故、誰が、どんな理由でこうなったのか。
しかし、何も知らぬ少年には答えが出るはずも無く、ただ1人、そこに立ち尽くした。
見知ったはずの顔をした黒い死体に囲まれて。
◇■◇■◇
始まりは誰も知らない。気付けば隣に居た友人が、親が、子が、黒い何かで塗りつぶされたように固まり、死んでいる。ふと目を離した瞬間に、そこには人の形をした黒い死体に変わり、徐々に人が居なくなっていった。
少年が村に離れていた数分間で人口200人少の小さな村は全滅した。それに例外は無く、少年が村を探しても誰も生きている者は居なかった。
たった1人残された少年はただぼんやりとした思考で考えた、
ああ、何故こうなったのだろう
と。知り合いが死んだにも関わらず、そんな疑問が真っ先に思いついた。彼に悲しいと思う感情が無いわけではない。ただそれが感情の波を揺れ動かすこともないだけなのだ。それをどれほど異常なのか彼は知っているし、理解している。本当ならば泣き叫んでも可笑しくないはずなのに彼の目は全く濡れなかった。
しばらくして、彼は行動を開始した。まず、村の仲間を埋葬してやろうと思い、それぞれの穴を掘る、
掘る掘る掘る掘る掘る掘る掘る掘る掘る掘る掘る掘る掘る掘る掘る掘る掘る掘る掘る掘る掘る掘る掘る掘る掘る掘る掘る掘る掘る掘る掘る掘る掘る掘る掘る掘る掘る掘る掘る掘る掘る掘る掘る掘る掘る掘る掘る掘る掘る掘る掘る掘る掘る掘る掘る掘る掘る掘る掘る掘る掘掘掘掘掘掘掘掘掘掘掘掘掘掘掘掘掘掘掘掘掘掘掘掘掘掘掘掘掘掘掘掘掘掘掘掘掘掘掘。
まだ幼い少年がその小さな手で200人近くの人間を埋葬するには途方も無い労力を要する。100人分の穴掘り終えたところで彼は力尽きた。息を荒げ、地面に倒れこんだ彼は考える。
天涯孤独になり、村から出たことの無い彼に頼れる人間など居らず、例え大きな都市に行こうが幼い彼が何を出来るはずも無く奴隷商に捕まって終わりだろう。そもそも此処から他の街になど最低でも100キロはあるだろう。何の手段もない彼がこれから生きるには絶望的過ぎる状況だった。
おそらくこの時が彼のターニングポイントだったのだろう。少年しか居なかった村にある1人の男が訪れた。
◇■◇■◇
男は少年に尋ねた。
「なあ、何故こうなった」
少年は男に何の感情も込めずに淡々と返した。
「知らない」
男は怪訝そうに言った。
「何故そんな風に居られる。死んでるんだぞ」
少年は答えた。
「俺は何処か狂ってるから」
男はその言葉にそうか、とだけ返し、周りの死体を観る。1人1人が精巧に出来た人形のようで、少年が穴を掘っていなければそれが人間だと普通に分からなかった。それに今までにこんな災害を聞いたことも無い。だがもし、これが人の力で起こされたものならば、そいつは相当狂った奴だと、男は普通に思う。そしてこんな状況で本当に何も思ってなさそうな少年を見て、普通に可哀想だと思った。心の中に打算的な考えもありながら。だから声を掛ける。
「なあ、お前これからどうする気だ」
「さあ?適当に生きる」
「なら、お前は俺と来い。お前に色々と教えてやる」
「............分かった」
「俺はギルドをやっている。そこでお前に戦う術を、生きる術を教えてやる」
「俺は狂っている。それでもいいのか」
男はにやりと普通に笑う。
「ああ、むしろお前みたいな奴を探していた。なんせ俺のギルド、[三日月のウサギ]にはお前みたいな―――」
―――狂人しか居ないぜ。
まるで役者のように大々的に仰々しく、だがどこまでも普通に言った。そのあとに、まだ2人しか居ないけどな、と付け加えた。
「ようこそ、狂人。お前を俺達は狂って歓迎する」
この日、少年―――クテン=エンペントは狂人となった。