シオン参上っ! 後編
「無事かエリル!」
ドアに体当たりするが弾き返された。
「いたたた……。」
「何やってるんですか……。」
「うるさいな。……エリルは?」
「遊んでる場合じゃ無さそうですね!」
オスカーがあけたドアの向こうで、ライトに照らされたエリル。
その前には巨大な生物がエリルに襲い掛かっている。
体型は人、背は私達の中で一番背の高いオスカーよりも大きく右手は大きな爪を持ち、左手は異常に膨れ上がっている。
皮膚は赤く、こちらを見た目は私達では無く虚空を見ているようだ。
エリルは壁際に追い込まれ、自慢の槍で必死に抵抗していた。
「ちょ、お前等、見てないで……!」
エリルの声が掻き消されそうな、唸り声。
「何……アレ?」
普段は表情を変える事が少ないオスカーも嫌悪を隠そうともしていない。
颯爽と助けようかと思ったが、これは躊躇する。
「さぁ……。俺も見た事ないですね。」
部屋の空気は腐っている様に気分が悪い。
さっさとドアを閉めたいが、そうもいかない。
「ヒト?」
「人、じゃないですね、どうみても。」
剣を構え部屋に突入する。
ヒトはエリルから離れ、私に狙いを定めた。
思っているよりも俊敏な動き。予備動作無しで天井まで届くジャンプ力。
そのまま天井を蹴り、壁に飛びその勢いのまま向かってくる。
それを剣で迎撃するが、その右爪が剣を阻み左腕の豪腕が私の頭に向かってくる。
後に下がろうにも剣を捕まれている。しゃがんで避ける。
ヒトは私のすぐ後ろに着地した。
ヤバイ、と思うのも一瞬。解放されたエリルがヒトの後方から間髪入れず繰り出される。
ヒトが振り返った瞬間、私も立ち上がると同時に剣を振り上げる。
その右爪でエリルの槍を掴み、私の剣を左腕で弾く。
「うわぁ、触りたくね~。」
オスカーの本気で嫌がっている声。
その拳がヒトの顔に叩き込まれる。
ヒトの顔がぐにっと歪む。剥きだしの歯が更に不気味さをアップさせている。
力が緩んだ瞬間、エリルの槍がヒトに突き刺さる。見た目はアレだが感情はあるらしい。
左手でエリルを殴ろうとしてる。と言う事は私の剣が離されるという事。
「そい!」
手応えはあった。
それでもヒトの動作は止まらないが……左手はエリルには届かなかった。
ヒトは何度も左腕を動かす。しかし何度やっても左腕がエリルに届く事は無い。
ゆっくりと左腕を見る。その虚ろな目が自身の足元を見る。そこには異常に膨れた左腕。
それが自分のモノだと気付かないのか、何度も自分の腕と足元のソレを見比べている。
その不気味さに鳥肌が立つ。私達は自然に距離を取り、全員がドアの前に集まっている。
「何だ、アレ?」
「知りませんよ、急に襲ってきたんですよ。」
「そりゃ、悲鳴も上げるわな。」
ヒトはようやく納得したのか、、足元のソレから私達に視線を向ける。
そして、にやっと笑っているように見える。
「まだやるか?」
剣を向ける。
ヒトはそのまま近くの窓を破りどこかへ消えた。
「で、どうします?」
オスカーが腕組みをしながら聞いてくる。
私達は狭い部屋からホールへと戻った。
ここなら襲われても対応しやすい。
「どうするも何も、このまま帰る訳にはいかん。」
「戦うにしてもキツイですよ?」
動きは俊敏で怪力。
しかも痛覚が麻痺している。厄介だ。
さて、そうしようかと思案していると、ゆらり、と明かりが揺れる。
ふと見上げるとシャンデリアが揺れている。
揺れは次第に大きくなり、
「な、なに?」
「あれ!」
エリルが指差す先にはヒトがいた。
シャンデリアを支えている巨大な留め具が軋む。ぱらぱらと周囲が崩れてくる。
「離れろっ!」
私の声を合図に三人は飛ぶ。瞬間、大きな音が響く。
砕けるシャンデリア。その破片が粉々になり周囲に飛散する。そして、ヒトと目が合う。
「狙いは……私かっ!」
ヒトの右爪が私を貫く。間髪で避ける。
が、そのまま腕を捕まれ引っ張られる。握りつぶされるかと思うほどの力が私の腕を離さない。
一瞬でホールから連れ出される。
「シオンさん!」
「隊長っ!」
二人の声が遠くから聞こえる。
「お前等は戻るんだ! 戻って早く応援を呼んで来い!」
聞こえたのかどうかはわからん。が、この状況で最善だと思う事を伝えたつもりだ。
後は私が生き残るだけ。
連れ去れた先は、腐臭漂う一室。結構広くこの部屋には電気が通っているのか明るい。
壁は赤い斑点が転々と付着しており、部屋の隅には白いものが散乱している。
明るければ良いってもんじゃない事を学んだわ。
「まったく、こ~んな美女を連れてくるにはムードってものが無さ過ぎじゃない?」
剣を抜き放ち斬りかかる。
ヒトは壁に飛んでそのまま張り付く。私もそのまま追い剣を壁に突きたてる。
「トカゲかお前は。」
天井まで張り付いたまま移動して、私に飛び掛ってくる。
剣を切り上げ迎撃するが右爪がそれを払いのける。
剣を払われ無防備になった所に、
「行儀悪いわねっ!」
口を大きく開け首筋に噛み付こうとする。体を捻り、がちっと言う音を聞いて噛み千切られた瞬間を想像し寒気がした。
首筋を触る。うん大丈夫、噛まれてはいない。
ヒトは四速歩行の野獣の様な体勢でこっちを見ている。じりじりと横に移動し私の隙を窺っている。
剣を構え気合を発しながら私も体勢を整える。呼吸を整えじっと見つめる。
相手は左腕は無い。しかし右腕だけに集中も出来ない。
――焦るな。私はやれる。
「はぁっ!」
気炎を吐き距離を詰める。
まずは右爪。動作を大きくせずにそれを弾き一歩踏み込む。
そして一気に剣を突き出す。壁に縫い付ける。
そこまでは良かった、と思う。
次の瞬間、私は壁際まで弾き飛ばされていた。
「足癖悪いぞ……お前。」
形勢は逆転した。壁際まで追い込まれ、その大きな口が私の間近で大きく開かれている。
爪は私の左手を壁に突き刺し、辛うじて右腕をヒトの首元に押しやる形で耐えている格好。
右手に持つ剣をどうにか動かせればなんとか出来そうなんだけど……ちょっとでも力を抜けばそのまま……。こんな所で人生のゴールを迎えたくはない。、
右腕が押されてくる。
歯が私の首に近づいてくる。
「私に息を吹きかける、な!」
思いっきりヒトの爪先を踏みつける。
若干力が緩んだ。ヒトを突き飛ばすが壁に刺さった爪の所為で離れない。
が、それでも構わない。右腕が使えれば。
ヒトが体勢を整える一瞬あればそれで良い!
ヒトが噛み付いてくる。が、それより早く、
「せいっ!」
ヒトの右腕を斬り、壁から離れる。
壁に頭突きしたヒト。その顔は壁にめり込んでいる。
「ちょっとは……加減しろよ。」
ヒトは足掻いている。ずぼっと壁から抜けた顔は泥に塗れている。
「アンタが何処の誰なのかは知らないけど……ここでアンタを終わらせてあげるわ。」
私の言葉が分かるのか、ヒトの口元は笑っている。
剣を構える。ヒトは立って私の動作を見ている。そして……。
私はホールへと戻り、砕けたシャンデリアを見つめていた。
あの化け物、ヒトはなんだったのか。なぜああなったのか。
二人が戻るまでまだ時間はあるだろうし……。
疲れた体を好奇心で動かし、探索を再開する。
目指した部屋はすぐに見つかった。
一階エリルが襲われた部屋。そのすぐ後に書斎らしき部屋。
大量の本があり、中央にはりっぱな机。
その机の上には埃が被ってある何かの記号や図面が描かれた用紙。
私が見てもさっぱり分からない。ので、後で報告しておくか。
本を見てみるが、どうみても記号か絵にしか見えない古代の文字らしきものがずらっと並んでいる。
ぱらぱらと見てみるがどの本も同じらしい。
好奇心がみるみる萎んでいくのが分かる。
私は机に戻り、よく分からない図面を眺める。
不気味なのは本能的に分かる。が、目的は分からん。角度を変えたり裏返したりしてみるが、読み取れる筈も無く、多分、魔術的な何か、だろう。
どやどやと騒がしい音が聞こえる。
いつの間に眠ったのだろうか、口元が若干濡れている。
ごしごしと拭って立ち上がる。そのまま腕をぐるぐる回しながらドアの前に立つ。
書斎をでる直前、振り返ると机にはなにかを研究している男の姿が浮かんだ。
それは、あのヒトのようにも見えるし、数百年前ここに住んでいたと言われる魔術師かもしれない。
その行き着いた先があれなのか……それともここでは辿り着かずどこかへと去ったのか。
目を閉じ、息を吐く。目を開けた時には机は無人。
私を探す声が近づいてくる。
「さて後は他の連中に任せるか。」
私はドアを閉じ、声のする方へと向かった。
読んでいただきありがとうございました。