前編
埃の付いた窓をさっと手で拭う。
ぱっぱと手に付いた埃を払い、窓を見る。
外は暗く、雲が月を隠している為真っ暗で景色は何も見えない。
ガラスに映っているのは私の顔。
青い瞳に肩まで届く灰金色の髪。闇夜とは対称の白い肌。
にかっと笑うと小さな白い歯。
背は小さくは無いが大きくも無い。
身に纏うのはドレスであれば良かったのだが……。
「まぁ、私は可愛い方だと思うんだ。世界で一番とは言わないが……そうだな。」
目を閉じ考える。
「世界に人口が六十億にいるらしい。その半分が女とすれば三十億人……控えめにいっても十億位以上は間違いないと思うんだ。うん。」
「何バカな独り言言ってるんですか、"シオン"さん?」
慌てて振り返るといつの間にこの部屋に入って来たのか、二人の男が、やれやれ、といった顔で私を見ている。
「な、いつからそこに!?」
「"シオン"さんがバカな独り言を呟いた辺りかな?」
槍を持ち鎧ま纏った赤い髪の男、"エリル"が隣にいる男を見る。
「私は可愛いとか、その辺りからですね。」
銀色の髪にスーツを着ているがその手足には甲を装着している男は"オスカー"と言う。
「シオンさんも仕事、してくださいよ。もう夜になったんですから。」
私はこの二人を連れて山奥の廃館の調査を命じられて来たのだ。
この廃館は、数百年まに魔術士を名乗る者がいたとかどうとか。
で、最近この廃館付近を通ると言っていた旅人や猟師達が次々と行方不明になっている。
その事での陳情が後を絶たず、ついに重い腰を上げた政府が直下の私達が所属する"雷霆騎士団"に調査を依頼してきた、と言う訳だ。
私が今回の調査隊の隊長で二人は部下になるのだが、ちっとも敬意を払わないのは不満だ。
「何ですか、その面白い顔は?」
「いたたた……頬を引っ張るなオスカー。ちょっと背が高いって調子に乗るなよ。」
ぽんぽん、と頭を叩かれる。
オスカーは背が高く、細身だがその体から放たれる拳や蹴りはかなりの威力を持っている。
「オスカー、仮にも上官なんだからちょっとは気を使えよ。」
「お前もなエリル。」
エリルの鳩尾に軽く一発ぶち込む。
大げさに痛がるエリルを見て三人とも笑いあう。
「で、どうだった?」
私達はここに到着して三人で同じ部屋を探索するよりは、と別々の部屋を探索していた。
私が担当したのはおそらく食堂。かなり広く大きなテーブルが中央に、でん、とある。壁にかけられている古びた絵画は誰なのだろうか微笑んでいる紳士。美術品はよく知らないがかなり古そうだ。
燭台は等間隔で置かれている。見上げればシャンデリアがあるからこれはインテリアとして置いてあるのだろう。壁際のスイッチを押すと明かりは点く。誰かがいたのは間違いない。
しかし、目ぼしい発見は無かった。服を誇りっぽくして独り言を聞かれたのが探索の成果だ……くぞ。
それから二人の成果を聞くが、同じようだ。
「ふむ、じゃ、また分かれて探索を続けるか。一時間後にここで報告。OK?」
それぞれ時計を確認して散会。私達は食堂を出て薄暗い廊下を進んでいく。
吹き抜けのホールから立派な階段を上り二階へと向かう。
じめじめとした空気がまとわりつき、私のテンションを下げてくる。
明かりは私が持っている電灯だけ。
「誰?」
廊下の奥から物音が聞こえた。
物音のした方を照らすが……、誰も居ない。
「ネズミ……か?」
私は立ち止まり、周囲を照らす。外は暗く廊下も真っ暗。
立派な木の扉がずらっと並んでいる。
耳を澄まし、他に物音がしないか確認する。
聞こえるのは私の鼓動だけ。
「気のせいかな。」
私は、腰にある剣に手をかけて一歩踏み出す。
近くの扉。耳を当てて中の音を確認する。
うーむ……何も聞こえん。見るからに分厚そうな扉。
真っ暗な廊下の中、自分のしている行為が無駄な様な気がするが……ま、慎重に行こう。
ゆっくりとノブを回す。
回って欲しいような、欲しくないような……そんな複雑な気持ち。
ノブはゆっくりと回る。なんだか……回るなよ、と言いたい気分だ。
真っ暗な室内。明かりを照らすが、異常は無さそうだ。
室内に足を踏み入れる。明かりを動かし見えるのは立派なベッドにテーブル。椅子が二脚あり、大きなタンスがある。ろくに手入れもされていないからかなりガタついている。
どれも埃を被り、しばらく人が入った形跡は見当たらない。
慎重に調べるが、何も無い。もう一度室内をぐるっと確認する。
「……異常、なし。」
一人呟いて部屋を出る。
時計を見ると、
「うそぉん、まだ十分しか経ってないの~。」
体感だともう一時間は経ってないとおかしい。
時計が壊れたんじゃないかな。耳を当てると、ちゃんと動いている。
どうしよう、一回戻ってみようか……?
下を見る。一番最初に戻るってのもなんか怖がってるみたいでヤだしな~。
どうせなら時間ギリギリ、もしくは遅れて戻るくらいが良いと思うんだ、私は。
アイツ等最近、上官である私をバカにしてる風だし。むしろアイツ等が悲鳴でも上げてくれれば……。
そこに私が颯爽と登場して、ぱぱっと片付ければアイツ等の私に対する態度も変わるはずだ。
「うああああああああああああああああああああっ……!」
「そうそう、って、え?」
下からの悲鳴。この声はエリルだ。
「チャーンス……じゃない!」
私は階段を駆け下りる。
そのまま廊下を駆ける、途中曲がり角から飛び出てきた影にライトを捨て剣を抜き放つ。
切り上げられた剣は勢いを止める事無く振り抜いた。
廊下に落ちるライト。真っ暗な空間に現れた影は身動きする事無くただじっと立っている。
切っ先の先にあった顔はオスカー。その顔は闇の中でも分かるほどの蒼白。
「ちょ……。」
「オスカーか。エリルは?」
「俺もエリルの声を聞いて……。」
オスカーの声は震えている。
「お前は無事なのか?」
「隊長の剣に斬られかけた位です。」
「そうか……エリルはどこだ?」
「あいつはこの先に向かったと思いますが……。」
「急ごう。」
私は剣を持ったまま走り出す。
あのバカでも私の部下だ。今頃、涙目で私が来るのを待っているに違いない。
ふふふ。颯爽と助けてやるぞ、エリル。そして私を崇めるがいい。
「隊長、心の声がだだ漏れですよ。」
「乙女の心を読むな。まったく失礼な奴だ。」
「エリルに何が起こったんでしょうか?」
「行けば分かる。」