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Don't help me

作者: rom

×囚われの姫は


 お兄様は今、どうしておられるのでしょう。私がここに来てからというものお手紙すら出して差し上げられない始末。

 それもそう、だってここは敵の本拠地。……ようするに、私は人質。何をされるわけでもないけれど、一つだけ気がかりがあって心が休まりません。

 あのお兄様のことです。きっと私を助け出そうと躍起になっておられるのでしょう。

 あぁ、お兄様、お願いです。私を助けることなど考えずに、平和が訪れるのをしばしの間お待ちください。

 お兄様の身にもしものことがあったら、私には……もう――後を追う手段がないのです。



×無敵の男


 俺は、深い安堵のため息をついて言った。

「今日も、無傷で勝てた」

 それは通常の剣士で考えればまず、異常なことだった。しかし、 彼にはケガをしてはならない理由があった。

 ――俺が怪我したなんて聞いたらあいつ、自殺なんて考えるからな。

 兄を思いすぎる妹というのも、ちょっとばかり困りものだった。

「あぁ、ここにおられたのですか」

 声に振り向くと、一緒に戦ったうちの一人に良く似た男が立っていた。

「やはり、噂通りの強さですね。エノン中佐」

 ビンゴ。

 しかし、彼から自分へと向けられた賞賛の言葉は、俺にとっては 不愉快極まりなかった。

「俺はもう、軍には所属していない。中佐などと呼ぶな」

 イライラして少し、声を荒げて言った。忌まわしい呼び名だ。もし俺が中佐になどならず、少佐のままだったら。

 ――あいつを、守れていたのかもしれないのに。

 大切な妹を、昇進の儀式を狙った敵国に奪われた悔しさが、今でも拳をどこかに叩きつけたいほどの衝動となってよみがえって来る。

「くそっ」

「しっ、失礼しましたっ……ではな、何とお呼びすれば?」

「ん?」

 よく見れば、先ほどの男が焦りと恐怖の入り混じった困惑の表情でこっちを見ていた。

 ――また、やっちまった。

「悪いな、怒ったつもりはなかったんだ。普通に名前で呼んでくれればいい」

 いつもこうだ。後悔したって何も変わらないのは分かっているのについ、いらいらしてやつ当たりしてしまう。

「はっ、では……エノン、さん?」

 ちょっと戸惑いながら言った顔がおかしくて、少し笑った。その様子を見て男は慌てた。

「どうか、なさいましたか?」

「あぁ、何でもないよ」

 そうだよ、少なくとも俺は今笑えるんだ。幸せじゃないか。

 ――でも、あいつらの方は。

 ふと、小さい頃のことを思い出した。

 ――もう、エノンってばほんっと、にらめっこ激弱だよね。っかしぃ。

 ――お兄ちゃん弱すぎだよーっ! あははっ。

 一人は助けるべき妹、そしてもう一人は……やっぱこっちも、

「助けないとな」

「妹君……シノエィリ王女様ですか?」

「ん? あ、あぁ。そうだな」

 そう、妹であるシノエィリは、我らがコステル王国の王女。とはいっても、実の兄妹ではない。異母兄妹だ。側室との子で第一子である俺と、正室との子で第二子であるシノエィリ。

 俺の母親は俺を後継ぎ争いの危険から守るため、コステル王国の王であり夫であるプルトノイに頼んで、俺にただの兵士としての人生を歩ませた。

 そしてシノエィリは十四の時に正式に王女となり、俺との関係は終わった……はずだった。

「そういえばエノンさんは、王女との関係を隠しておられたのですよね」

 でも……と、笑って続けた。

「すみません、でも。こんなに強い方が身を隠せるわけがありませんよね。だって」

 ――今じゃ「死神を退ける男」なんて呼ばれるくらい有名だし。

 そう、俺は結局バレてしまった。原因は、俺の強さにあった。


×伝説の始まりは


 それは、俺がまだ曹長だった頃の話だ。当時中佐だったジルヴェルトが率いる第三小隊は、ある作戦の重要な部位を任されていた。

 コステルには隣り合ったヴァン・クードという王国が存在し、お互いに友好的な関係を保ちながら貿易や文化交流などを盛んに行ってきた。

 そんな二国の友好関係に、一つの問題があった。

 二国に挟まれるようにして小国のソッドという国があったが、宗教を広める為と公言して入り込んだ両国で、仲たがいをさせるような噂を流したのだ。

 しかしその目論見は、失敗に終わることになる。

 仲たがいする間もなく、両国のトップはそれがソッドの仕組んだ事だということを突き止め、手を組んで戦争を仕掛けることにしたのだ。そしてもう、その戦争も大詰めだった。

 今、この小隊が受け持っている任務とは、「城の正面から大軍で攻め込むヴァン・クードの騒ぎに乗じて裏門から侵入し、ソッド領主の首を取る」ことだった。合図は、緑色の煙の上がる爆発。


 ドンッ

 爆発があった。遠く、高く、よく曇った暗い夜空に立ち昇るかすかな緑色の煙。

 エノンは、この状況を不審に思った。確かにそれは合図だ、だが、それならなぜ戦闘の騒ぎが聞こえてこない?しかし、合図があったからにはもう出発しなくては。もしかしたら、着いた頃にちょうどいいのかもしれない。今隠れている森から城までは、五分はかかる。

「行くぞ!」

 ジルヴェルトの声に全員が駆け出す。

 人数は二十人程度。この少ない人数ではあったが、俺には絶対にこの作戦がうまくいく自信があった。

 当時最強の兵士と呼ばれたジルヴェルト率いる第三小隊。戦争では常に重要な戦闘を任され、負け無しという異常な強さから「バケモノ小隊」と呼ばれるほどだった。

 そのメンバーもやはり、有名な兵士ばかりだった。

 この世の全てを斬ることが出来るという少尉「隻眼の剣士、ビルフォン」、魅惑の踊りは死の舞と恐れられる美人中尉「濃艶の舞踊家、エミレン」、狙いははずさず獲物は確実に仕留める中尉「孤高のスナイパー、ハドイル」、そして隊長である中佐の「コステル最強の男、ジルヴェルト」。

 一番下の位でも曹長の俺だったのだから、強さは相当だった。楽勝な、はずだった。


 ――いや、もしかしたら初めから、罠に嵌っていたのかもしれない


「どういうことだ」

 俺たちは呆然と、ソッド城裏門の広場で立ち尽くした。そこで待ち構えていたのは間違いなく、ヴァン・クードの軍だった。



×開戦


 二十対千五百。

 当たり前に勝てるわけがなかった。そんなわけがなくても、でも。

「行こう」

 ジルヴェルトの声に反論するものは誰一人としていなかった。裏切りの理由などはどうでもいい、ただ俺たちは――王の命に従うのみ。


 たいまつの炎が煌煌と照らす中、両軍は対峙した。

「ハドイル、前方やや右五十メートル」

 ジルヴェルトがそう言った瞬間、ハドイルの手元の銃から煙が上がり、敵の一人が馬の上から地面に崩れ落ちた。ざわめきが起こる。「大佐!」と叫ぶ声も聞こえた。

 あんな短時間で、しかも見ただけで敵の大佐を判断するとは、ジルヴェルトはさすがという他ない。

 だが、第三小隊の強さは、まだまだここからが本番だった。

「全員落ち着け!」

 敵の誰かが声を上げ、ドンッ。

「な……」

 一瞬落ち着きを取り戻しかけた敵の兵が声を失う。指揮をとろうとして撃たれたのは少将のようだった。

「くっ、隊列を乱すな! がっ……」

 続いて声を上げた中佐も、地面へと落ちていった。

「指揮官は声を張り上げる。撃てといっているようなものだ。」

 ハドイルが静かに言った。もう、すでに敵に指揮官は一人もなく、歩兵のみがずらっと並ぶばかりだった。

「くそぉー!!」

 一人が剣を振り上げて駆け出し、つられるように他の全員が続き、俺たちの軍に向かって一斉に襲い掛かってきた。

 おそらくは、数が多いから白兵戦の方が歩があると判断したのだろう。あるいは、統率の取れない状況で先走った者に続いたか。

「浅はかな奴らだ」

 ビルフォンの声に、全員が思い思いの方向へ散らばった。

 そう、俺たちは組織的な戦法を取られるよりも白兵戦の方が強い。なぜなら。

「あなたたちみたいな雑魚の寄せ集めじゃないのよ、私たちは」

 単純計算で一人につき七十人。壮絶な戦いは、今ここに始まった。



×激戦


 一時間ほど経った。その間に、ビルフォンは斬り、エミレンは舞い、ハドイルは狙い、ジルヴェルトは薙ぎ倒し、俺は腕を振るい、敵の数は半分以下に減っていた。


 ガチャッ。

 唯一見える右目では確認できないが、恐らく左方向から銃で狙われている。だが。

「私の敵ではない」

 ドンッ。という銃声に、ビルフォンはただ左腕を上げただけだった。そしてその腕にしっかりと握られていた剣が、銃弾を……斬った。


 敵の攻撃を舞ってかわすエミレンは華麗で見とれてしまうほどだった。が、それに見とれているうちに兵士たちは一人、また一人と命を落としていた。

 敵だと自分に言い聞かせ、頭を切り換えて斬りかかる兵もたくさんいた。しかし、彼女が舞っている間はどうしたって当たらないのだ。

「まだまだ未熟よ、あなた」

 ふいに彼女の顔が身の前に現れ、その手に鈍く光る……ナイフが握られているのを見た。

 ザシュッ。

 喉から血を吹きながら、兵士の意識は闇の中へと吸い込まれていった。


 立て続けに響いた銃声に振り返ったが時すでに遅く、背後にいた七人の仲間は地に伏していた。だが目線の先に敵の姿は無く……背後でまた銃声。振り返るとまた数人が死んでいて気がついてみると。

「俺一人、か」

 今度はちゃんと前方に敵が立っている。ところが何を思ったかその男が、銃を地面に投げ捨てた。

「どういうつもりだ?」

 問うたが男は答えない。まぁいい。懐から小銃を取り出し、狙いを定めて――

「殺す前に聞く。貴様の名は何だ?」

 敵は兵を睨んで、言った。

「ハドイルだ。死に急ぐ者よ。銃を捨て、神に祈れ」

「答えが欲しいか? クソ食らえだ」

 引き鉄を引いた。ドンッ。

 まさか、な。腹に三発。全部急所を捉えてる。焼けるような痛みに襲われた兵は、ふっ。と息を吐くと静かに笑った。

 ――完敗だよ。手を上げるのすらこっちは見えなかっ……

 銃弾を受けて倒れた兵を見つめながら、片手に握った小銃を手のひらで軽く回した。今日の敵は大した事ないようだ。

「最初の質問の答えだが、弾切れだったからだ」


 ジルヴェルトは獅子奮迅の戦いぶりを見せていた。自分の所へ来た奴らなど蹴散らして、苦戦している仲間のもとへと向かった。相手にされていないはずなのに、それでもジルヴェルトを倒そうと追っている者たちの数は凄まじい勢いで減っていった。行った先の戦いに巻き込まれたのだ。その戦いは、さすがという他無かった。

「ふんっ!」

 足元に転がっていた死体を後方に投げつけて追っ手の目を隠している間に、他の場所にいる奴らに愛用の長剣を横薙ぎに払う。しかしこの剣、ただの長剣ではない。それは剣と呼べるものなのか分からないほど巨大な代物だった。幅は男の顔ほどもあり、刃渡りは六フィートほど。それを彼の強力な力で水平に払われると、斬られるというよりその衝撃で体を砕かれる。

「はぁー!!」

 今この男のおかげで一瞬にしてその命を失った兵は、すでに三百を越えていた。


「二百人目っと。」

 大真面目に数えていたから正しい数だ。

 一番低いバッジをつけていたためか、俺のところへはせいぜい五十人程度しか来なかった。そいつらを五分で片付けると、苦戦している仲間の所へ向かい、襲い掛かっている敵に後ろから斬りつけた。

 目にも止まらぬスピードで敵を倒していたが暇だったので、何となく数えていた倒した数をきちんと数えてみることにした。そして二人目の仲間の所を片付けた時点で二百人。

「次、行きますかぁ!」

 俺は広場のど真ん中へと走り出した。


 さらにそれから数時間が経過し、すでに敵の数は三百人程に減っていた。しかし、こちらの痛手も相当だった。無傷なのは俺とジルヴェルト、ビルフォン、エミレン、ハドイル、そしてパールという少尉のみ。他の仲間は死んだか、もうすでに動ける状態ではなかったし、それに……

「数が、多すぎだろ」

 俺たちの疲労も、ピークに達していた。



×苦戦


 走る。舞う。斬る。撃つ。削ぐ…

 命も、気力も、体力も。


 やっと残りが百人程度になった。今や、前のような豪快な戦いをしている余裕は無かった。

 ビルフォンは静かに待ち、来た敵を斬る。エミレンはほとんど舞うことなく、ナイフで切り続ける。ハドイルも、黙って引き鉄を引いた。ジルヴェルトは数歩踏み込んで敵を薙ぎ払ったかと思えば後退し、体を休めた。俺はパール少尉と二人で、群がる敵を斬り捨てた。

 だが、しょせん多勢に無勢。


「うぐぁぁっ」

「パール少尉!」

 背中を預けていた少尉が斬られ、倒れた。


「弾切れだ」

 ハドイルは銃を目の前に投げつけ、近くの柱に向かおうと―

 ―ドンッ

「ちっ」

 隠れたはいいが、左肩を打たれたようだ。


「もう、切れないっ」

 目の前の男のおでこに最後のナイフを突き刺した、次の瞬間。

 ザンッ

 右腕、左腿、背中。同時に三ヶ所を斬られた。

「あぐっ――っつぅ」

 右足で地面を強く蹴って前に跳び、勢いを殺さずに転がってそのまま、そこにあった柱に隠れた。

「はぁ。はぁ」

 傷は浅いが、血が止まらない。

 ――死ぬのかなぁ


 ビルフォンは、もう自分がまともに剣を振るえないことを悟った。

 キンッ

 押し返された。

 ――まずい

 一瞬で間合いを取ろうと後ろへ飛んだが避けきれず、左腕に焼け付くような痛みを感じた――だが、

「ふっ」

 自嘲気味に笑って、自分の左手を眺めた。

 ――腕を斬られてもこの剣を手放せない所を見れば…

「私の体はまだ、死を望んでいないようだ」

 とりあえずは身を守ることが先決。近くの柱の陰に隠れ、ビルフォンは深いため息をついた。


 ジルヴェルトは目の前から敵をすべて排除したのを確認すると、周りを見渡しながら叫んだ。

「皆、無事かぁっ!」

「ジルヴェルト! こっちだ、早く!」

 声のする方を見ると、エノンが城の方へ走っていくのが見えた。全力で走って追いつき、速度を保ちながら問う。

「他の奴らは!」

「パールは、さっきやられた。他の三人はケガをして、皆、あそこだ」

 その指が指す先には、柱が何本も立っているソッド城の裏庭があった。残りの兵が、そこに集まっている。

「待っていろ、絶対に死なせん!」

「あぁ」

 二人の目には、戦場を生き抜いた男の強い光が煌いていた。



×有名になったワケ


「こっちだ!」

「俺たちが相手になるぞ!」

 その声に、全ての兵が振り返った。その数およそ五十人。あれから一時間はたっただろうに、六人で五十人しか減らせていないとなると……

 ――朝まで生き残れるのだろうか?

 そんな考えが頭をよぎった。実際俺たちの疲労は、もう限界を通り越している。もうその長剣を振るえるのかすら不安だと、ジルヴェルトの顔にはっきりとそう出ていた。

 だが、弱気な考えはすぐに吹き飛んだ。

 ――違うな

「俺に、勝てるかな?」

 虚勢ではなかった。決して過信でもない。自信。それは、何にも増して強さになるものだ。

 ジルヴェルトが一瞬驚いて、そして笑った。兵のうちの何人かが、一歩後ずさった。だが、数と俺たちの状態を見て、慌てず騒がず周りを取り囲んだ。

命がけの戦いは、今ここに始まった。


 ――この言葉は後に、俺たちのこの伝説の戦いの話にくっついてまわる決めゼリフとなる。

いくら無敵の第三小隊と言っても、一般兵五十人が敵だとしても、この状態の二人で立ち向かうのは自殺行為だと、誰もが疑わないだろう。そう、本人たち以外は誰も――


「なぁエノン! 天国ってどんな場所だろうな」

 長剣で兵を三人ほどふっ飛ばしながらジルヴェルトが笑って言った。

「さぁな、もうすぐ見れんじゃねぇのか?」

 笑って、俺は目の前に現れた敵を斬った。

「こいつらがな!」

「バーカ、地獄しか見せてやんねーよ!」

 いつのまにか二人は互いに背中を預け、兵の猛攻にも屈せずに剣を振るいつづけていた。お互いに人数を数えながら、ただ剣を振るう。

 もう、どこを斬っているのかすら分からないが、それでも続々と、彼らの死という名のプレゼントを受け取った者は増え続け、そして兵たちはやっと、自分たちが十人以下になっていることに気がついた。

「くそっ」

 愕然として逃げ出した兵に、俺たちは後ろから斬りつけた。

「逃げんなよ、お前らの忠義は、そんなもん、か」

 残り五人。

「あいつらの受けた痛み、償ってもらうぞ」

 残り三人。

「これは失った仲間の分」

 残り二人。

「これは柱の陰で苦しんでるあいつらの分だ」

 残り、一人。

 俺は走って逃げていたそいつの前に回りこんだ。どこからそんな力が湧いて来たのか分からないが、とにかくその時は体が妙に、馴染んだ。

「てめぇにはっ、俺たちの分だっ!」

 目の前で振り上げられた剣に怯え、男は動けなくなった。

「あ、あぁ、あぁぁぁぁぁぁ!」

 ザンッ

 地面に倒れて動かなくなったのを確認すると、俺は柱の方へ歩いて行った。そして、小さく呟いた。

「疲れさせんなよ。それと、クソ食らえ」

 柱の陰で、ハドイルが笑った。

「どうだ、ヴァン・クード」

歩きながら右手で、拳を作った。それを高く上げて、白くなってきた空を背に、大声で叫んだ。

「勝ったぞこのやろぉー!」


 朝日に染まる城に悲鳴が上がり、ソッドという国はそこに消滅した。

 結局この戦いで生き残ったのは、コステル国の兵士五人のみ。俺は無傷だったが、ジルヴェルトは城の中に首を取りに行った際に少しケガをした。

 あの三人もケガをしていたが、応急処置のおかげで何とか生き延びることが出来た。そしてこれが、俺が有名になってしまった「ワケ」なのだった。


 その後俺は、一気に少佐に昇格という異例の事態に巻き込まれ、国民の英雄になると同時にその素性が――つまり王女の兄だということが、全国民にばれてしまったのである。



×再会


 ……ん?

 どうやら眠ってしまっていたらしい。閉じたまぶたが開けられない。唇にも何かが当たっている。寝袋か? うつぶせに寝たみたいだな、俺は。

 頬にもサラサラしたものが当たって…ん?

 ――まて、俺仰向けに寝てるぞ? 一体どうなってんだ。

 そして俺はゆっくりと目を開けて……目の前に顔があった。

「うわぁぁぁぁ!」

 急いで飛びのく。そんな俺を見てクスクスと笑ったその顔は、夢で見たのと少しも変わらなかった。

「エ、エミレン? 何やってんだ一体」

「え? 何って。かわいい顔して寝てたからー」

「おい、まさか」

 嫌な汗が背中を伝う。

「起きないとキスするよ。っていったのに起きないエノンが悪いでしょ」

「あのな、それ起きなくて本当に実行する奴初めて見たぞ」

 今、俺は顔が真っ青だった。目覚めが悪すぎだ、これ。

「それはそうと、何の用なんだ?」

「何言ってるの? 今日は記念日でしょ。ヒーロー記念日。」

 あぁ、そうか。と俺は思い出した。そうだ、今日は俺たちがあの戦いから帰還した日であり、俺たちがヒーロー呼ばわりされるようになった日でもある。

 あれは四年前の出来事だったが、それから毎年、五人でプライベートに集まって楽しく飲めや歌えやの大騒ぎをすることに決めていた。

「今日か、そうだったなー」

 シノエィリの事があってすっかり忘れていた。

「ってことは、もしかして他の皆も?」

 ううん。とエミレンは悲しそうに首を振った。

「皆今じゃ、かなりのつわものとして名を轟かせちゃってるから」

「そうか、シノエィリのために頑張ってくれてるのか。ありがたいな」

 思わず笑みがこぼれた俺に、エミレンはふと、思い出したように言った。

「あっ、そうそう。彼は来てくれたわよ」

 誰だ? と思ったら、頭をポンポンと軽く叩かれた。

「元気そうで何よりだよ、エノン」

 見上げると、そこには優しい笑顔があった。

「ジルヴェルト!」

 どうして彼に会うと、こんなにも嬉しいのだろう。まるで子どもが父親にするように抱きついてしまった。

「ははっ、お前は子どもみたいな奴だな」

 ジルヴェルトは戦友であり、同士であり、それでもやっぱり俺にとっては何よりも。

「憧れの存在なのよねぇ」

 エミレンは静かに微笑んで、そんな二人を見続けた。



×今、この世界は


「戦況は、どんな感じだ?」

「今日、五十人の小隊で最後の敵の拠点に乗り込んだよ」

「わぁ、勝ったの? ……やっぱり。さっすがエノン」

 話は尽きなかった、が。

「名残惜しいけど、そろそろ行かなくちゃ」

 そう言って立った俺に、ジルヴェルトは言った。

「次は、どこだったかな」

 ふぅーっ。と息を大きく吐いてから、言った。

「本拠地だよ。ついに」

「そうか、今まで長かったな」

 本当に、長かった。


 四年前のあの戦い以来、二つの大国の間には急速に溝が作られ、広がり、やがて戦争が起こったのが三年前の春。

 いつかそうなるとは思っていたが、実際なってみるととても、つらいものだった。

 ――あいつが敵になってしまうなんてな

 顔立ちの整った、美しい顔が目に浮かんだ。幼馴染すら、この手で殺めなければならない世界になってしまった。

 三ヶ月前、ついにヴァン・クードは王女シノエィリを人質に取った。あれは、昇進式の時のことだった。俺がついに中佐になるということで、国民が詰め掛け、兵がその対応に追われているところを狙われた。

俺が、あの時側にいてやれば、俺が少佐のままだったら。その後悔も、失った後では遅すぎた。そしてその事によって、コステルの優勢は一気に崩れ去った。防一戦とは、いつか崩れ去るものだ。そのうち、この国は終わってしまう。


 ――そのくらいなら、この命など王のため


 そうして作られたのが、王女の奪還を目的として「五人の英雄」を中心に作られたゲリラ「勇気の契り」。


「俺たちも、よくやるなぁ。って思わないか?」

 俺は振り返って、二人に言った。

「はっ、何をいうか。今更だろう、張本人」

「私は、いつまでもあなたについて行くわよ。あ、いっそのことさ、愛の契りも結んじゃう?」

 思わず吹き出して、それから笑いが止まらなくなった。二人もやがて、つられて笑い出した。

 今、この世界はつらく、悲しいものでも、いつか皆が笑えるような世界に、この声が空いっぱいに響くような世界にしたいと思う。

「明日は、頑張ろう」

 笑ったせいで潤んだ瞳は輝き、

「えぇ、もちろん」

 その声は澄み渡り。

「シノエィリ王女を、絶対に助け出すぞ」

 決意の声には間違いなく、勇気があった。



×最後に英雄は


 俺たちの勇気と、命と、人生をかけた戦いは、愛する人のため、友のため、見知らぬ人のため、そして何よりも、この世界が救われることを願い。

 朝日と共に、始まる。


 答えが出るまであと、どのくらいあるんだろう?

 分からないけど、でも。

 俺は、大切なものを守りたいと思う。俺の、未来を切り開きたいと思う。

 俺が。そう、つまり皆と一緒に。仲間と共に。

 それでもその戦いは、自分たちが、自らの力で、守りたいものを守る。

 人生という長い戦いの中の、ほんの一コマだ。

 明日がどんな日になるにしろそれも、


 この広い世界の中の、ほんの一コマなんだ。

読んでくださってありがとうございました。

ペンネームは「rom」と書いて「ロム」と読みます。

長編小説として書く予定だったものの飽きてしまって、最初に思いついていたおいしいところだけを選び抜いたのがこの作品です。と言えば、この作品を読んだ後のもやもやの原因がわかるでしょう。

そういうわけで、これを読んだだけでは疑問点が多く残ってしまいます。

いつか長編として形になってきたらその全てをここに掲載したいと思うのでどうか気長に待ってやってください。

それでは、読んでいただいてありがとうございました。

また会えるのを楽しみにしています。

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