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桜衣

作者: tismo
掲載日:2011/11/18

根中将(こんのちゅうじょう)は久しく美しい女性を見ていない。だからその日出会った文月宮(ふみつきのみや)は今も心に残っている。顔が美しかったかは定かには覚えていない。白い頬に赤みが刺し、野苺のように膨らんだ唇は中々に悪いものではなかったように思っている。簾の向こうであまりはっきりと見えなかったのは少し残念だ。


だが、その程度であればかくも感動にはひたらなかっただろう。根中将は顔で飢えることない程に珠玉の女性を囲っている。何より彼女を彩らせていたのは、薄い桃色の十二単(じゅうにひとえ)であった。流水の如く繊細な桃色の生地に栄える白みがかった桜の紋様は、西の海を越えて来た商人からいつか譲ってもらった雪の如く白い陶器を見たとき以上の美しさだった。

そこだけ暁の光に満ちたかのように優美な桜色は文月宮を隠す簾の向こうから少しはみ出た長く艶のある黒髪、日の当たらぬ宮中に覆い隠され生来の美しさを保った白い足と相成って、幽玄な夜桜を連想させた。


上等な布質でキメ細かく、並の職人に造らせたものでない、むしろ希代の一品であろう着物であるはずだ。そして、その衣服を堂々と着こなし、希代の着物にひけを取らない、かの娘を欲しいと、根中将は今宵も一人、彼女を想って、自らを慰めるのであった。

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