1.入学試験
フィレニア大陸の極東にある非常に大きな王国、『クラウド王国』。
クロノによる被害も少ない割と平穏なこの国なのだが……。そんな平穏をぶち壊すものが居た。
「うわぁぁぁぁぁぁぁあ!!!遅刻!遅刻!遅刻!?」
住宅街の大通りを全力疾走する、一人の少女。
真っ黒な髪を後頭部で一つに縛っており、なかなかに整った顔は中性的で、一見すると少年にも見えた。
服も黒一色で統一されており、黒いワイシャツに黒いショートパンツ、黒いブーツに黒いネクタイと、とにかく黒一色で、これなら人ごみのなかにまぎれても彼女を見失うことはないだろう。
彼女の目指している場所はこの国の中心部。城壁のようなものでぐるりと囲まれた巨大な建物。
大陸一の規模を誇るクロノ・スィーラーの育成所―『ルインズ学院』だ。
「マズイマズイ。ヤバい!ヤバいって!!このままじゃ試験に遅刻!!もー!!!5年に一回しかないって何
事!?」
そう、今日は5年に一度しかないクロノ・スィーラーになるための試験の日であった。
受付終了まであと5分…。少女はさらにスピードを上げた。
* * *
「ま、間に合った……」
受付終了1分前に無事到着し、手続きを終えた少女は城門の前にたたずんでいた。
あたりには老若男女様々な人がおり、ざっと見ても100人近くいた。恐らく全員、クロノ・スィーラーを目指すものだろう。
少女は人ごみの中に知り合いがいないか見回してみたが、これだけの大人数ではさすがに見つけられなかった。
少女は知り合い探しを諦め、現在時刻を腕時計で確認しようとしたところで、今まで随分と騒がしかった人々の騒音が止んでいるのに気付いた。
(……?何…?)
少女が目を凝らすと、遥か前方、城壁の真ん前に一人の老人が立っていた。
禿げた皺だらけの、かなり年をとった老人。しかし人々は皆、彼が何者なのか知っていた。
『ベース・ルインズ』。この学院の学院長にして、かなりの実力者であるクロノ・スィーラー。
しかし実際彼が戦っている姿を見た者はほとんどおらず、あの姿は実は仮の姿だとか、戦闘になると体中の筋肉が発達するなどとといった様々な噂があるが、真相は全て謎に包まれている。
ベースは息を吸い込むと、全員に聞こえるような大声で話し始めた。
「クロノ・スィーラーを目指す皆さま!初めまして。私はこの学院の学園長、ベース・レインズと申します。老若男女問わず、こんなに沢山の方が集まって下さったのは、非常に嬉しいことでございます」
(ええっ、あのジーさんあんな大声で喋って大丈夫なの!?)
少女の心配をよそに、ベースは更に大声で続ける。
「しかし、クロノ・スィーラーは死と隣り合わせの危険な職業。その上、クロノ・スィーラーになるにはそれなりの素質が必要です。ここにいる皆さまを全員クロノ・スィーラーにするわけにはいきませぬ。そこで!」
ベースがパチンと指を鳴らすと、青紫色の水晶が彼の手の上に現れた。ベースは、その水晶を震える手で天に掲げる。少女は思わず目を見開いた。
(げっ!!ジーさん、マジで大丈夫!?)
「皆さまもご存じの通り、五十年前遥か天の彼方よりクロノが飛来しました。奴らの横暴により、沢山の人々が死に、空は以前の色を奪われ、この世界をセピアの中に閉じ込めたのです!!そんな中とある人物が洞窟の奥底でこの水晶を見つけました。この水晶は、素質をもった人間にのみ、クロノを倒せる能力を授けてくれる!この水晶に選ばれることが、クロノ・スィーラーになる条件でございます!」
ベースはそこまで一息で言うと、掲げていた水晶をそっと下ろした。
「では、さっそく試験を始めますかな。では、そちらの貴方から…」
ベースが指名したのは、前の方に立っていた筋骨たくましい大男だった。
「お名前と年齢を」
「俺様はジャグ・ノック!!26歳だ!どうやら、俺様が今回のクロノ・スィーラー第一号になりそうだな」
「それでは、この水晶に触れて…」
大男は勢いよく水晶に触れた。―だがしかし、何も起こらない。
「残念ですが…。貴方は失格のようですな」
「なん…だと…?ふざけてんじゃねぇぞぉ!!!」
大男は怒りに震える拳でベースに殴りかかろうとした。しかし、水晶から出た青白い火花のようなものが大男を弾き飛ばす。
5メートルほどふっとばされた男は、完全に気を失っていた。どこからか現れた黒いスーツを着た男たちが、大男をズルズルと引きずっていく。
「逆らえば、あのようなことになるのでご注意を…。次は、そちらのお嬢さんはいかがですかな?」
ベースに指名されて出てきたのは、メガネをかけた知的な雰囲気の少女だった。しかし格好は非常に短いスカートに網タイツ、更に上半身はかなり露出が激しく、豊かな胸や完璧なスタイルを強調していた。
「ふん、あんな豚みたいな男の次とはね。まぁ良いわ。本当に選ばれた人間っていうのを見せてあげる。見てなさい凡人共」
「名前と年齢を」
「ヘルツ・アラーム。17歳です。覚えておいて下さいね」
何人かの人々が殺気を込めためで少女を睨むが、彼女は気にせず水晶に手を触れる。と、淡い光が彼女の体を包んだ。
周囲にどよめきが起こる。ベースは柔らかに微笑んだ。
「おめでとう、合格じゃ。あちらの扉から中に入って。これから頑張るのじゃぞ」
「はい」
少女はさも当然といった表情で、城門の横にある、小さな扉の中へと入っていった。
* * *
一人、また一人と減っていき、100人近くいた人々もあと数十人となっていた。
ヘルツが合格した後も何人かの者が合格したが、ほとんどの人間は失格し、とぼとぼと帰っていた。
「ずいぶん減ったなぁ…」
少女は人ごみの後ろの方にいたために、まだ試験を受けていない。
(うー、そろそろ順番来そう…。うわぁぁ、緊張するな~もう!)
「では、そちらの貴方。どうぞ」
ベースが次に指名したのは、少女の隣に立っていた少年だった。
少女は自分が指名されなかったことに安堵しながら、思わずその少年を凝視してしまった。別に、少年に一目惚れしたとかそういうわけではない。
少女が彼を凝視した理由は…。
(あっれー?あの子、どっかで見た気するんだけど…)
「名前と年齢を」
「ジュール・アルフォード…。15歳です…」
(うーん、名前聞いても思い出せん。ってか、私と同い年なんだ)
少女が腕を組んで考えている間に、少年は合格していた。
(嘘っ!!?なんか合格してるし!!)
「では、お嬢さん、どうぞ」
「へっ!!?」
突然指名され、躓きそうになりながらも少女は前にでた。
「お名前は?」
「ヘンリー・サティスファーナ!15歳ね!!」
「ほほ、元気じゃのう」
ヘンリーは気がつかなかった。微笑んだベースの皺の奥にある目が、名前を聞いた瞬間鋭くなったことなど―。
彼女は暴れる心臓を押さえつけ、震える手で水晶に触れる。その、瞬間だった。
焼け野原と化した丘。荒れ狂う海。破壊の限りをつくされたどこかの王国。
泣き叫ぶ人々。死体、死体、死体。
そして、最後に見えたのは――。
「な、に、これ…」
「合格じゃよ。おめでとう!」
「え……?」
ヘンリーは呆けた顔で笑顔のベースを見る。
「さぁ、扉の中へと入って」
「あ、はい…」
彼女は合格を喜ぶ間もなく、促されるままに扉へ向かって歩いていった。
しかしその頭の中には、先ほどまで見えていた光景が永遠とフラッシュバックしていたのだった……。
To be continued...