始まりの朝
三題噺もどき―きゅうひゃくにじゅうはち。
寝起きの、重たい頭を抱えながら階段を降りる。
足を踏み外してもいいように手すりにつかまりながら、ゆっくりと。
一階までたどり着き、左に曲がり、目的地へと向かう。
「……」
茶色の、身長よりも頭二つ分程大きな扉の前に立つ。
―脱衣所への扉。
スライド式の扉は、正面に立つと右端に凹みがある。
そこに手をかけ、左側へと動かす。
何かに引っかかったような感触がしたが、気のせいだろう。
「……」
開いてすぐ目の前に広がったのは。
真っ黒な。
ゆらゆらと揺れる。
「……」
首から上のない。
手首から先のない。
腰から下のない。
「……」
「……」
「……」
妹のアンダーシャツだ。
昨日干してある洗濯物がそのまま放置されている。
部屋に持っていけとさんざん母に言われているはずだが、持っていく様子は一ミリもない。妹―末っ子―の着替えは全部ここに吊り下げられている。
「……」
気付けば年がら年中半袖を着ている妹だが、それでも私よりは服にこだわりがあるのでまぁ、邪魔で仕方ない。
毎日着るモノなら最悪分かるが、基本的に学校にいる以上私服なんてそう着ることはない。
それなのに、ここに設置された物干し竿の三分の一を占めるくらいには置かれている。
「……」
我が家は外に干さないので、基本室内干しだ。
それなりの大きさの物干し竿がつるされてはいる。
脱衣所もそれなりの広さがある。
洗面台に洗濯機にさらに棚をおけるくらいにはある。
それなりのサイズの三分の一を占めているのだから、相当邪魔なのだと伝わってほしい。
「……」
私も制服や下着なんかは置いているけれど、それは全員そうだし。
制服はここに置いておきなさいと教育されているので、文句は言われない。
ただ私服やジャージ類は部屋に持っていけと言われている。
忘れてここに放置していることもあるが、そういうときはいつの間にか母が部屋に放り投げている。……妹のはしないくせにな。
「……」
まぁ、そんなことはさておき。
私は顔を洗うためにここに来たのだ。
用があるのは、脱衣所に設置された洗面台である。
「……」
目の前にあったアンダーシャツをのれんのようにしてくぐり、洗面台へと向かう。
ヒヤリとした感触が腕にあたり、少し鳥肌が立つ。
寒いとまではいかなくても急に冷たいものが触れると驚くものなんだろう。
「……」
洗面台の前に立ち、眼鏡をはずす。
鏡がついているけれど、できれば自分の顔なんて見たくないので。
そこに視線を移すことなく、蛇口のレバーを上に上げる。
ぬるま湯が出るようにレバーで調節し、暖かくなるのを待つ。
「……」
ジワジワと温度の上がる水温を指先で感じながら、ぼうっと水が流れるのを眺める。
びしゃびしゃと音を立てながら、指を跳ね、白い陶器を濡らしていく。
こぽこぽと言いながら、栓のされていない穴から、こぼれていく。
「……」
水の音ってなんでこんなに心地いいのだろう。
寝起きでまだ働いていない頭は、ついその音に聞き入る。
さっさと動いて学校に行く準備をしないといけないのに。
「……」
今日からまた、学校が本格的に始まる。
3年生の2学期が始まる。
また、あの子と毎日話せる日々が始まる。
「……、」
突然指がピクリと跳ね、それにはたと気づき、動き出す。
さっさと顔を洗って朝食を食べよう。
今日から2学期だ。
お題:洗濯・アンダーシャツ・のれん




