嘘と戸惑い
「次の方どうぞ」と看護師のお姉さんに促されてパーティションの中に入ると、眼鏡をかけたおじさんのお医者さんが、優しい顔で椅子に座っていた。
「こんにちは。お名前、言えるかな?」
「さくらぎ、はる、です」
お医者さんの白衣の襟には可愛いくまさんのワッペンがついていた。
「さくらぎはるさん。何歳ですか?」
「ごさい、です」
右手をパーにして返事をすると、お医者さんは目じりを下げて頷いた。
「うん、来年の四月から小学生だね。では、前世の記憶は思い出したかな?」
「……」
「さくらぎはるさんは、昔、どんな暮らしをしていたか、思い出したかな?」
「……お花屋、さん」
私は咄嗟に嘘をついた。思わずうつむき、右手の親指で左手の人差し指の爪を撫でる。
「お花屋さんだったんだね。そしたら次は、お胸の音を聞かせて—」
そのあとのことはあまり覚えていない。帰り道、お母さんと手を繋ぎながら歩いていると、心臓のあたりがチクチクしてきた。風に吹かれた落ち葉がカラカラと音を立てて飛んでいく。
「ほんとはね、まだ前世のこと思い出してないの。嘘ついてごめんなさい。思い出せなくてごめんなさい……」
喉の奥がぎゅっと締め付けられてうまく声が出ない。お母さんは立ち止まって、膝に両手をついて私の目を見る。
「大丈夫。大丈夫よ。陽が謝ることなんてなんにもないの。思い出さなくていい。陽は、今を、これからを生きるんだから」
抱きしめてくれたお母さんの腕の中で、涙が溢れてきた。秋の風がひんやりと通り過ぎて、濡れたほっぺたが冷たかった。




