07: 突入
「今日も、無賃勤務ですかっ!」すると――コーダの画面が眩く光り出した。まるで――新しい生命が生まれたかのように。
「……マジか!すげぇ!これあってんの!?」
「めっちゃあってる!こっからがすごいから!」詩遥は目を輝かせて俺のコーダを見た。
【認証中――ようこそ、結城楓】画面の時計の針が反時計回りに3回回った。しかも回るにつれ――コーダの画面だけではなく本体も心なしか青白く光っている。
【結城楓の精神状態を計測中――異常なし。多少興奮気味。身体状態――足首の不調。その他は良好】
「……すげぇぇ!なに、これカッコ良すぎるんですけど!男のロマンってやつ!!」俺はそう叫んだ瞬間――コーダは目を開けてらんないほどの光を放った。
「……おい!これマジで大丈夫なやつ!?」
「大丈夫だから!ビクビクしてたらちゃんと起動しないよ!」――光が弱まった。
「…………ん?」俺はコーダを見る。すると――真っ白だったはずのコーダがいつのまにか真っ黒になっている。
「……色が……!」俺はコーダを裏返してみると――端末の背面に何故か崩れかかった砂時計とめちゃくちゃ洒落たフォントで『NC3』と言う文字が浮かび上がった。
【パーソナライズ化――成功。ようこそ、ナイトコードへ】そして――コーダは光を放つのをやめた。
「…………」俺は無言でコーダを蛍光灯の光に当ててみる。
「……すげぇ」すると詩遥は俺のコーダを奪い取った。
「ほわぁぁぁぁぁ!なにこれ私よりかっこいいのなんかムカつくんだけど!砂時計って!反則だよ!」俺は詩遥からコーダを取り返す。
「待て一回整理しよう。パーソナライズ化?どゆこと?」
「後で説明するからっ!今日も無賃勤務ですか?」すると詩遥のコーダは俺と同じように輝いた。
【認証中――ようこそ、暁詩遥。身体状態を測定中――精神状態共に良好】彼女のコーダは光が引いた時には、若草色に色を変え、背面には崩れかけた北斗七星が浮かび上がってきた。もちろん、『NC3』という文字も。
【パーソナライズ化――成功。ようこそ、ナイトコードへ】そして――コーダは光るのをやめた。
「セーフ!コーダの起動は今の時間帯になってくると早ければ早いほどいいからさ!」
「まずなんで色が……?」俺はコーダをぶん回しながら言った。
「コーダぶん回すな!マジで壊したらしばく!……コホン。起動の時に色が変わるのは――多分コーダが起動した人と共鳴してるんだと思う。ま、こう言ってる私もコーダを譲り受けた身でもあるから詳しいことはわかんないんだけどね」詩遥はそう苦笑いしながら言って、コーダを机に置く。
「…………譲り受けた……?」俺は詩遥を見つめる。
「なんかね、私たちみたいに世界の崩壊を食い止めてた先代の人たちがいるらしいんだよねー。崩壊ってほら、今に始まったことじゃないから。……でもね、その先代の人達がいるのは確かなんだけど、今どこで何をしてるかわかんないの。わかんないって言うか、誰も知らないってのが正しいかも!」詩遥はそう言いながらまた俺のコーダをひったくった。
「真っ黒に砂時計って……かっこよすぎでしょ!なんで私は草みたいな色に星座なの!黒に星座が良かったぁ!」俺は詩遥から取り返してコーダの裏側を見る。
「NC3……俺たちの部活の名前じゃんか。こんなの前からあったん?」
「なかった!多分コーダが私たちの話聞いてたのかもね!」詩遥は親指を立てた。
「ちょっと!?それってストーカーみたいじゃんか!怖いんですけど!?後々結城楓君、遅刻しすぎですとか言い始めたら俺泣くぞ!?!?」
「それはないから!いやでも――あるか。私のダイエット事情も寝言も記録されたし」
「……俺、今日帰ったらこいつをトンカチで壊す」詩遥は俺の背中を叩いた。
「バカ!壊すなってあれほど言ったじゃん!」すると俺のコーダは――掌の上でカチカチ音を立てながら変形を始めた。
「なになになになになに!?!?怖い!怖いってば!!!こいつ俺たちの話聞いて怒ったか!?!?」コーダは俺がそう叫んでる間にも変形続けている。
「あ、これも説明しとくべきだったね」詩遥が思いついたように手を叩いた。
「私たちがナイトコードの時に歩き回ってるといくらコーダが護ってくれてるとはいえ少しは影響を受けるの」コーダは俺の手を這って左の手首に巻きつく。
「だから、崩壊を食い止めてる間は文字通り、『肌身離さず』持っておくことが大事なの。ほら、スマホの形だと肌にくっつかないでしょ?だからコーダはそのことを考えて勝手に形を変えるの。例えば――」コーダは手首に巻きつき終わったら小さくなった画面が眩く光った。まるで――。
「スマートウォッチみたいな感じにね!今変形したばっかの!」俺は袖を捲って手首を見る。そこには――漆黒のバンドに『NC3』と印字されている。
「…………マジか」コーダは俺の声に反応するかのように画面がついた。そこには――さっきの崩れかけた砂時計が。
「…………最高!俺こんなの求めてた!マジでカッケェ!最ッ高!」詩遥は俺を見て微笑んでいる。俺は――なんか気になってはしゃぐ手を止めた。
「スマートウォッチ……?ってことはお前ももしかして――」すると詩遥は待ってたかのようにニヤリと笑って背中から何かを取り出した。
「これが!私の変形!言ったじゃん!パーソナライズされてるって!」俺の目線の先には――若草色の骨伝導型ヘッドホンが詩遥の指にぶら下がっていた。耳と耳を繋ぐ部分の――アーチっていうのか?それが北斗七星の形をしている。……無駄にオシャレ。
「スマホ型だとダッサイのにこの形だとかっこいいのなんなんだろうね」詩遥はそう言いながら慣れた手つきでヘッドホンを耳にかける。その耳に接する部分は――俺のスマートウォッチのバンドと同じような感じで『NC3』と印字されていた。
「これのすごいとこがね!」詩遥は思い出したかのように右耳側のヘッドホンをダブルタップした。
「こうやってスマホみたいに画面が目の前に投影されるから機能面も困らない優れもの!楓君も試してみて!」俺はスマートウォッチを見る――すると側面に小さなボタンがあるのを見つけた。
「……これか?」試しに押してみると――画面から俺の目の前に車のタイヤくらいデカい――6芒星の図形が表示された。しかも、3Dでくるくる回りながら。
「……撤回。やっぱそっちの方がいい」詩遥が頬を膨らませながら俺の目の前の図形を睨んだ――瞬間。
【警告。これよりナイトコードに突入します。突入まで30秒】俺の腕時計と詩遥のヘッドホンからそこまで大きくなく……だけど確実に引っかかるくらいの音量で響いた。
「……いよいよ……だね!今日も元気にやってこー!」
「お前、軽くね?」
「私このヒーローみたいなこと初めてもう6年だよ?そりゃー慣れるよ!」すると俺たちの地面がグラグラと揺れ始めた。
「うわ!?何!?地震!?」詩遥は俺の肩に手を置いた。
「落ち着いて。これはただの前触れみたいなもん。政府の人たちには“ただの地震”で通ってるから、最近の地震のニュースはぜーんぶそれ。ま、ナイトコードのこと知らないから当たり前か」俺は唾を飲み込んだ。
【ナイトコード突入まで10秒――】
「楓君、これだけは覚えておいて」詩遥は俺と目を合わせた。詩遥の目はロウソクのような明るい炎が宿っているように見えた。
「ナイトコードの中では自分を見失わないで。それだけ気を付けておけばあとは遠足みたいなもんだから!」
「見失うと……?」詩遥は目を伏せた。
「……コーダが安定してキミを……」
「…………それって……!」俺は無意識にスマートウォッチになったコーダを握りしめた。
「……護れなくなる」
【突入まで5秒。4……3……2……】
――音がなくなった。
世界の色も、同時に消えた。
モノクロに沈んだ街の中で、色を持っていたのは俺と詩遥――それだけだった。
「…………!」俺は窓に駆け寄って勢いよく窓を開ける。
そこは――教室よりも色のない世界が広がっていた。
……パチッ。
詩遥が電気を消した。教室は外の世界と同じようにモノクロになった。だけど――街灯とか電光掲示板とかの人工的に作られた光だけは淡い青色になっている。
「じゃ、行こっか!」そんな味気のない世界に俺の左手首と詩遥の耳が一際存在感を放っていた。まるで――俺たちの道標のように。
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