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NC3:ナイトコード  作者: 自宅愛好家
始まり
11/12

09: 再生

「ターッチ!楓君の負けね!」俺たち2人は肩をゼーハー言わせながら川のすぐ近くの木の下に座り込む。

「無理……!お前なんか速すぎ……!……ってか俺不利やん!なんでお前から逃げながら道案内しないといけないんだよっ!」詩遥は大声で笑いながら俺の背中をバシンと叩いて続けた。


「私ね、昔陸上の大会で全国2位まで行ったことのある実力者だよ?その時点で楓君の負けは確定してました!お疲れっ!」

「あ、お前ずりぃぞ!俺みたいなニート(休日限定)がお前みたいなチーターに勝てるわけないだろうが!」詩遥はぺろっと舌を出した。


「…………その無性に殴りたくなる顔は置いといて――川に着いたけど……本当に崩壊してんのこれ」すると詩遥は俺の頬を掴んで顔を詩遥の目の前に持って行った。

「……お遊びはここまで。ここから先は本当に危険。だからわざとこの辺で君を捕まえたの」

 詩遥の瞳は、さっきまでの無邪気な笑顔とはまるで別人だった。


「それって……」俺は思わず黙り込む。

「いい?ここから見る光景は下手すれば私たちの存在を消してしまうくらい危険なの。いくらコーダを持っていてもね。だからお願い。自分を見失わないで」俺は黙って頷くことしかできなかった。詩遥はうっすらと微笑んで頷いた。


「ごめんね。急に怖がらせること言っちゃって。コーダのナビゲートによるとそこ右のはずだから。……合ってるよね?さっきも言ったけど私だってこの辺初めてだし!」し春はそう言って立ち上がって俺を置いて歩き始めた。

「……楓君!そんなとこでぼーっとしてない!行くよ!そだ、私妹役ね!」俺は慌てて立ち上がって詩遥の元へ駆けた。


 詩遥の後を追って右に曲がった瞬間――俺の足が止まった。

 ――俺の目になんとも言えない……めちゃくちゃ綺麗で幻想的な光景が飛び込んできた。

「なに……ここ……」いつもなら優雅に流れてるはずの清雄川が……流れていない。ふと空を見上げると――。

「……川だ」そこには水ではない、割れたガラスのようなものが見事な螺旋を描きながらゆっくりと流れていた。


「……ね、綺麗でしょ」詩遥が口を開いた。

「ここはね、そこにいた人たちの未練……とか、忘れたくない記憶が綺麗に投影された場所なんだよ。そんな場所を崩壊っていうんだよ」俺は辺りを見渡すとさっきまだ色のなかった世界が青やオレンジ、黄色に赤……なんか、宇宙みたいな感じで染まっている。


「……なんか綺麗で……暖かくて……どこか――」

「……懐かしい。分かるよ。君が思ってること。崩壊を食い止めたくない。ここに留まりたい。きっとそう思ってるはず。でもね」詩遥は俺に向き直った。

「その誘惑に負けたら――存在が……消える」俺は詩遥をみた。

「……私もね、毎回この誘惑と戦ってるの。この誘惑は――コーダも護ってくれない」俺は思わず俯いた。すると――背中に鈍い衝撃が走った。


「ま、こんな綺麗なところで演技できるって考えてみて、そう考えると楽しそうでしょ?なんかミュージカルって感じで!」

 「…………」俺はいつもならツッコんでただろうが、なんか今はそんな気分じゃなかった。詩遥は俺の目を見てふっと笑ってヘッドホンの手を当てた。

 「コーダ、リプレイ開始」すると詩遥のコーダから銀色の光が放たれた。その光は――暖かい春風のように俺を包み込み――どこからかにぎやかな笑い声や屋台の音……夏祭りの喧騒が耳に入ってきた。


 「……これは……!」俺は詩遥を見ると……どこかいつもと違う感じがしてなぜか目を離せなかった。まるで――夏祭りで浴衣を着たクラスの女子みたいな感じでなんか変な感じがした。

 「楓君、準備はいい?できたなら早く演技――リプレイを始めるよ!」

 「……この……なにこれ……その場面に本当にいるみたい……」詩遥はそう聞いた瞬間ふっと笑った。

 「これは、リプレイ用のコーダの機能。空間に安全なエリアを作り出してそのエリアの中では未練が残った時と全く同じ情景が再現されるの。わかった、お兄ちゃん?」俺は息を呑んで――ニヤッと笑った。


 「おう詩遥!夏祭り、楽しもうな!」俺と詩遥は目を見合わせてくすっと笑った。そして――。

「お兄ちゃん!私歩くの疲れたから肩車してよぉ!」詩遥は目を輝かせた。――なるほど。こんなスタンスでいくのね。

「いやだ。俺だって疲れてんだ。だって詩遥、今ここに着いたばっかりだろ?」詩遥は満足そうに笑った。


「えぇぇ!?そこをなんとかっ!……あ、そだ!焼きそば奢るから!チョコバナナでもりんご飴でもなんでも奢るから!」俺はわざとらしく腕を組んだ。

「しょうがない。射的で勝負な?詩遥が勝ったら肩車もするしなんでも好きなもの一つ奢るよ」

「え!?ほんと!?」

「ただし!詩遥が負けたら今日帰るまでずっと俺の荷物持ちな」


「ちぇっ!ケチ兄貴!」――なんか、これ、めっちゃ楽しい。詩遥が言ってた通りだ。俺がそう思ってると――目の前に射的の屋台が現れた。屋台の店主は淡い影のように見えて実態はない。

 すると俺のコーダがピコンと光った。

 『いい感じだよ楓君!当時の風景がどんどん現れていけば行くほど、うまく行ってるってこと!……伝えるの忘れてた、演技中で話したい場合はコーダを通して連絡ね!』詩遥を見ると、詩遥は俺にウインクをして屋台に並んである銃を引っ掴んだ。


「お兄ちゃん、あの1番上のクマのお人形さん!それがターゲットね!先に落とした方が勝ち!ぜぇったいに!負けないんだから!」詩遥はイタズラっぽい笑顔で銃を構えた。

「あ、おい!フライング!それなし!」俺は詩遥の横に並んで銃を掴む。……なんか銃は昔よく触れてた感触と全く同じな気がする。

「お、お二人さん今から競争かい?」声のした方を見上げて見ると……さっきまで影だった店主がにっこりと笑いかけていた。しかも影ではなく、ちゃんと人間の姿で。


「あ、おじちゃん!私がね、勝ったらね、お兄ちゃんに肩車してもらえるの!あとなんか奢ってくれる!」詩遥は笑顔で店主に言うと店主は天使のような笑みを浮かべた。

「そうかいそうかい!じゃー特別に3発おまけしてあげよう!頑張ってお兄ちゃんに勝つんだよ?」

「え?おじちゃん俺のは!?」すると店主のおじちゃんは笑顔で耳打ちした。

「ないよ!ここは可愛らしい妹ちゃんに勝たせてあげるべきじゃないのかい?」――なんかいい匂いがする。隣を見ると焼きそばの屋台が出来上がっていた。その反対側には……たこ焼きの屋台が。


「お兄ちゃん準備はいい?じゃ、よーいスタート!」詩遥はクマの人形の鼻目掛けて――撃った。コルク栓は虚しく跳ね返った。

「はっ!外してやんの!ダッセェ奴!」

「そんなに言うならお兄ちゃんがやってみてよ!」

「よっしゃ任せとけ――」俺はコルク栓を詰め込んでトリガーを引いて構え――引き金を引いた。


 ――カランカラァン!

「お兄ちゃんおめでとう!一等賞のクマのぬいぐるみは君のものだ!」店主のおじちゃんは詩遥の方をチラッとみてウインクをした。

「あ!お兄ちゃんに負けた!やだやだやだ!あのお人形欲しい!」俺は詩遥の肩を叩いてさっき手に入れたばっかのクマのぬいぐるみを差し出した。

「お兄ちゃん……これ……」


「はいはい。これやるから。だから泣くな。罰ゲームもチャラにしてやるから」

 詩遥はほわぁぁと顔を輝かせながら両手でそれを受け取って、ぎゅっと胸に抱きしめた。

 「……お兄ちゃん、だいすき」その瞬間――川沿いの空間がふわりと光に包まれ、地面がゆっくりと色づいていく。気づけば、俺たちの足元には夜店の明かりが連なり、屋台がずらりと並んでいた――。パン、という小さな音が空に響いて、みんなの視線が夜空を見上げた。

「お兄ちゃん!なんかね、花火があるみたい!一緒にみようよ!」俺たちの周りに人だかりができた。もちろん、影ではなくちゃんとした人。俺たちの足元で鬼ごっこをしている小学生が走り回っている。


「……よし!花火!行くか!でも人多いしはぐれるな……」俺は詩遥に背を向けてかがみ込む。

「ほら、乗れよ。肩車。その方が花火も見やすいだろ?」詩遥は顔を輝かせて俺の肩に飛び乗った。

「お兄ちゃん、早く行こ!」その瞬間、俺たちの目の前の上空に煌びやかな光が弾けた。それと同時に俺のコーダが少しだけ光り輝いたような気がした。

「ほわぁぁぁぁぁ!お兄ちゃん!花火だ!すごい綺麗!」


「……すげぇ!めっちゃ綺麗だな!」俺は屋台の陰に行って立ち止まる。

「詩遥!今の見たか!空中で4つに分かれたぞ!」

「うわぁぁぁ!あれ蝶々みたい!かっわいぃ!」俺と詩遥は同時に息を吐いた。

「なぁ、詩遥。今日、ここ来てよかったな」

「うん!また来ようね!お兄ちゃん!」


 次の瞬間、空に咲いた最後の花火が、夜空にゆっくりとほどけて消えていった。

 ――まるで、それが合図だったかのように。

 目の前の屋台が、影絵のように淡くなっていく。

 浴衣姿の人々が、笑い声ごと光に還っていく。

 詩遥の肩に感じていた体重も、一瞬だけ……ふっと軽くなる。


「……詩遥……?」

 気づけば、俺は肩車をしたまま川沿いに立っていた。

 けれど、さっきまでのあの色彩とざわめきは、跡形もなく消えていた。

 そこにあるのは――元通りになった川と、ほのかに香るチョコバナナの匂いだけだった。色は消え、他のところと同じようにモノクロで。


「……よっと!」詩遥は俺の肩から飛び降りた。

「楓君!お疲れ!演技すごいうまかったね!私正直演技でじゃなくて普通に楽しんじゃってた!」

「俺も……なんか、本当の兄妹みたいで……」詩遥はふっと笑った瞬間――。

 【タスク完了。未練は無事昇華されました】

 俺と詩遥のコーダは一斉に光るのをやめた。


「なぁ……詩遥?これから俺たちどうすんの?もう崩壊を食い止めたわけだろ?」詩遥はうーんと考え込む。

「今日やるべきことは全部やったし、今日は帰って寝よっか!そだ、帰り道一緒なとこまで一緒に帰ろ?」詩遥はそう言ってにっこりと笑った。夜の川には、もう花火の音も、祭りのざわめきもなかった。

最後まで読んでくださってありがとうございました!


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