今朝見た犬
不思議な場所へやって来てから数日。
少しだけ慣れた様子の主人殿は、首にタオルを巻いて屋敷の外で何か作業を始めました。
「相棒、遊ぼ。」
「嫌です。」
一方、幸運を呼ぶ妖怪でお馴染みの座敷童子の私は、屋敷の中で暇を持て余しております。
と言うのも、いつも一緒に遊んでくれた相棒が、喋るようになってから遊んでくれなくなりました。なんだか、以前よりもノリが悪くなった様な…
「もしかして、偽物の相棒?」
「今更だよッ!」
「相棒は偽物...本物の相棒を返せ。」
驚きました。今まで、本物だと思っていた相棒は、中身が入れ替わった偽物だったのです...。
いえ、もしかすると、この偽物は化け術の使い手なのかも知れません。
「言っとくけど、初めにも説明したからね?読者はとっくに知ってるよ?」
「黙れ、偽物。」
「黙るのはお前だよッ!えっ?何?馴染んで来たところで急に掘り返して来るの...怖ッ!」
偽物が何か言っていますが、そこは無視します。
「化け術の使い手、本物を返せ。」
「化けてねぇ〜よッ!てか、化け術って何?」
化け術を知らない…やはり偽物は、相棒の皮を被っているのです。
「知りたければ、相棒の皮を返せ。」
「皮ってなんだよッ!気持ち悪いな…」
「相棒は気持ち悪くない。」
「相棒の事じゃねぇよ!お前の事だよッ!」
偽物の相棒は怒ると口が悪くなります。
「そんな事よりも…化け術とは何ですか?」
「色々な姿に化ける術。」
「え?そんな事まで出来るんですか?!」
相棒はいつも大袈裟です。
「そっそれじゃあ!ドラゴンにもなれるって事ッ?!」
「ドラゴン?」
目を輝かせているところ申し訳ありませんが、化け術は想像しないといけないので、一度見ないと化けられません。
「見ないと化けられない。」
「そうなんですね。写真があれば良かったのですが...この絵はどうですか?僕が描きました!」
絵に描いた物をお手本にしても良いですが、あまりに下手すぎると、その絵に引っ張られてしまうのでお勧めしません。
「化け物?」
「ちっ違いますよッ!古代龍のレッドドラゴンですよ!」
危うく、化け物に化けてしまう所でした。
「はぁ…じゃあ、ドラゴンはもう良いので、化け術とやらを見せて頂けませんか?」
「今は寝る。起きたら考えてあげる。」
「このタイミングでッ?!子供って何かとすぐ寝たがりません?...て言うか、妖怪でも寝るんですか?」
妖怪でも、動くと疲れるのです。
昔は、猫又と一緒によくお昼寝をしていました。お日様に当たった猫又の毛皮は、ポカポカしていて、ダニの死骸の匂いと温かいふわふわが絶妙にマッチしていて、堪らなく好きでした。
「ふわふわ…」
思い出したら、またあのふわふわに包まれたくなり、夢に大きな猫又が出て来ました。
「ん?猫又…?」
夢から覚めると、猫又と思って抱きついていた相手は相棒でした。
「相棒もふわふわ。」
猫又もふわふわで可愛かったですが、やはり相棒には敵いません。
「眠る相棒、愛くるしい。」
「ん...?あれ?起きたのですね。」
「寝たら元気出た。鬼ごっこしよ。」
「それよりも先に、お約束していた化け術を見せて下さいよ。」
相棒は、化け術が気になって仕方ない様です。
気分ではありませんが、早く鬼ごっこがしたいので一度だけ見せてあげましょう。
「変身の時は、手を狐の形にして、なりたい物を想像しながらコンッと鳴く。」
「それだけで良いのですか?」
「うん。」
さて、何に変身しましょう...変身するとは言え、私は屋敷に篭る家妖怪です。50年以上は屋敷に篭りっぱなしだったので、この術を使うのも久しぶりです。
―コンッ
折角なので、相棒に化けてみました。
「どう?」
「凄い!私がもう一匹います!」
相棒が沢山居るのも悪くないですが、可愛い相棒は一匹で十分なのです。
「四足歩行で鬼ごっこしたい。」
「え〜その姿で鬼ごっこするんですか?」
「四足歩行、足速そう。」
以前テレビで、サバンナ特集を見たことがあります。
ライオンが鹿みたいな動物を追いかけていて、とても楽しそうでした。
それ以来、四足歩行の鬼ごっこに憧れていましたが、周りには相棒と二足歩行の主人殿しか居なかったので、諦めていました。
「しかし、私の体は縫いぐるみなので、期待するほど速くは走れないと思いますよ。」
「それなら、朝見た四足歩行に変身する。」
―コンッ
「ギャァァぁぁ〜!!」
変身した瞬間、相棒が変な声を出して倒れました。
「どうした?」
「そっそれは…四足歩行ではなく、フェンリルと呼ばれる魔獣ですッ!(汗)」
どうやら、朝に見たふわふわの可愛い犬は、フェンリルと言う名前みたいです。
「そんな物騒なもの、何処で見たのですか?」
「外から覗いてた。相棒ずっと見つめてた。」
「イヤぁぁぁ!!食べられるぅぅ〜!!(泣)」
食べられる…?犬は縫いぐるみが好きなので、遊びたいだけかと思っていました。
「それよりもッ!外にフェンリルが居たなら、屋敷主人が危険なのでは?!」
「大丈夫。犬は可愛い。」
「可愛いで済まされる問題じゃありませんよッ!フェンリルに襲われたら、骨すら残らないんですから!」
確かに、テレビに映る犬は、よく骨を咥えていました。
ずっと、何の骨か謎でしたが、あれは主人の骨だったと言う事でしょうか。
「助けに行く。」
「えっ!?そのまま行くんですか?!フェンリルのままですよッ!」
サメのように人齧りで済めば良いのですが、犬は骨が好きなので、骨だけ抜き取られる可能性も…主人殿に何かあれば、それこそ座敷童子の肩書きに傷が付いてしまいます。
「お待ち下さいッ!幾ら貴方が強くても、フェンリルには勝てませんッ......!!」
「主人殿…!」
主人殿の所へ行くと、何故か畑がありました。
「...ん?これは...畑ですか?」
「此処の川の水で野菜を作ったら、とても美味しいんだろうなぁ〜」
「主人殿、無事。」
何はともあれ、主人殿の骨は無事で安心しました。
「良かったです...呑気に野菜の事を考えているなら、フェンリルはまだ見ていませn...ッて!!貴方まだフェンリルのままじゃないですかッ!?」
相棒は何を言っているのでしょうか?私はとっくに元に戻っています。
「大変ですッ!屋敷主人から見つかる前に、早く元の姿に戻って下さいッ!」
相棒が話し掛けているのは、化けた私ではなく、本物の犬なのです。
「相棒、それ私じゃない。」
「何を言って......」
相棒は、犬さんと睨めっこをしています。
「ッ!!!!!フェンリルッ!!ぎゃぁぁ〜!!座敷童子様ッ!助けて下さいッ!!」
さて、相棒とフェンリルは鬼ごっこを始めたようですが...私は眠たくなったので、屋敷へ戻って、もう一度寝たいと思います。