鬼ごっこ
それは、穏やかに時間が流れる午後、私は畳の目を数え、主人殿はお昼寝をしていた頃でした。
「475...476...477...478...」
―ゴゴォォォ…
突然、物凄い地響きが、主人殿と私が住み着く屋敷を襲ったのです。
「うおッ…」
妖怪なので、滅多に驚く事はありませんが、今までにない体験だったので、少し声が出てしまいました。
暫くすると、地響きは落ち着きましたが、外の様子が気になった私は、縁側に続く扉を開きました。
―チリリンッ…
「相棒は留守番。」
外へ出ようとすると、相棒が後ろからついて来たので止めました。霊力は込めていますが、私みたいに力は使えないので危ないのです。
「視察、視察…」
屋敷の外へ出てみると、知らない世界が広がっていました。
知らない植物や動物、空にうっすらと浮かぶ月は、一つ増えていました。
「いつもと違う。」
座敷童子は家妖怪と言われていますが、子供なので外でも遊びます。
座敷童子が出て行った家は没落する。と言う話は有名ですが、私に引っ越す意思がない限り、屋敷が没落する事はありません。
だから、家の外がいつもと違うのもすぐに分かります。
「うわぁぁぁ〜!!」
この叫び声は、屋敷の主人殿です。
「こっここはッ…どこだッ?!」
流石の主人殿でも、家の外が変わった事には気付いたようです。大企業の子会社に勤めながら地道に昇進を目指していた主人殿は、私が住み着く屋敷へ引っ越した事により、晴れて本社への移動が決まっていました。
幸先が良かったので、これは少し可哀想でしたが...この屋敷の主人殿は、鈍臭い上に頼りないアラフォーなので、気付かないまま生涯を終えると思っていました。
―チリリンッ...
あ、この音は...
「何で来たの?留守番って言った。」
相棒が外に出て来てしまいました。1人にさせてしまったので、寂しかったのでしょう。
―チリリンッ……ッ!
叱っていると、相棒が突然倒れました。
「相棒?」
霊力は中から感じるので、まだ動ける筈なのですが、倒れたきり動かなくなりました。
「動かない…相棒、大丈夫?」
「ゔぅぅ…イタタタッ…」
「…相棒が喋った。」
声を掛かると、相棒が再び動き出しました。
「相棒が動いた。良かった。」
「すみません、丁度いい器を見つけてしまい...つい中に入ってしまいました。」
今までは、動くだけで話す事は出来ませんでしたが、倒れて以来、何故か相棒と会話が出来る様になっていました。
「相棒と話せる。」
「僕はこの世界の精霊です。意思しか存在しない為、この縫いぐるみに体をお借りさせて頂きました。」
可愛い見た目の相棒は、声も可愛いのです。
「ところで、貴方は何処からいらしたのですか?」
「分からない、屋敷で畳の目を数えてたら此処にいた。」
「畳の目って数える物なのですか…?(汗)」
畳は数える為にあるのです。
「私の居る部屋は480個、主人殿の部屋は270個。」
「本当に数えてるんですね...」
相棒とお話ししてる...なんか良い。
「ところで、貴方には元々力が宿ってる様に見えるのですが...何の力なのでしょう?」
「力...霊力の事?」
妖怪は、皆んな霊力を持つと言われていますが、それは間違いです。
霊力を持つ妖怪は、ほんの一握り。幸運を招き、神として崇められる妖怪にしか使えません。
因みに、妖怪の総大将と呼ばれているぬらりひょんは、幸運は招き入れないので神様に分類されません。よって、ぬらりひょんは私より弱く、捉え所もない上に、総大将でもないのです。
「この世界には、魔力と呼ばれる力は存在しますが、霊力は初めて聞きました。」
「魔力…神様が使う力?」
「いえ、この世界の生き物は皆んな魔力を持っているので、誰でも使えますよ。」
この世界では、力を使う者が限定されていないようです。
「それより、此処はどこ?」
「此処がどこかも、どこから来たのかも分からないとなると、貴方達は異世界から転移して来たのかも知れませんね…」
「異世界?」
鏡の向こう側や存在しない駅などの彼岸に分類される世界の事でしょうか?
「此処は、メメント王国の北に位置する、危険な魔物が多く生息する一級地帯です。この世界には、一級地帯から五級地帯まで存在しますが、一番危険な場所がこの一級地帯とされています。」
「魔物?」
「魔石を動力源にした生き物の事です。」
魔石…新しい事を知るのは面白いですが、知り過ぎると頭が爆発しそうになります。
「魔力と魔石、何が違う?」
「魔力は、魔法を使う為の素になる力の事です。魔石は、空気中の魔力を吸収した石の事で、魔力が弱い人は、魔石を使って生活しています。」
よく分かりませんが、魔力は魔法の素で魔石は魔法の塊と言う事でしょうか?
この世界に馴染むには、まだまだ時間が掛かりそうです。
「相棒、物知り。」
「そんな事はありません、この世界にいるのが人より長いだけです…」
「どれくらい?」
「それは…」
―ドドドドォォォ…ッ!!!!!
相棒と話をしていると、突然、轟音が鳴り響きました。
「何の音?」
「分かりませんが、嫌な予感がします…ッ!」
すぐに正体は分からず、相棒と一緒に音の鳴る方を見つめていると、森の奥から緑色の怪物がこちらへ向かって来ました。
「大きい…」
「これは大変ですッ!早く逃げましょうッ!」
大きな緑色の豚が、人のように二足歩行をしているのです。
「あれ何?」
「あれは、キングオークと呼ばれる魔物ですッ!全体的に緑色で、金棒を武器として使用するのが特徴ですッ!力の強さは個体差があり、AランクからEランクまでのオークが存在しますが、あのオークは1番強いAランクですッ!」
「説明いい、早く逃げて。」
「貴方が聞いたんでしょうがッ!!」
相棒が何を言いたいのかは分かりませんが、これが鬼ごっこだと言う事は分かります。
「そっそう言えば...貴方は霊力が使えると言っていましたよね?」
「うん、使える。」
「なら、あの魔物も追い返したり出来ませんか?!」
出来るか出来ないかで聞かれたら、出来ない事はありません。ただ...
「追い返したら、鬼ごっこ終わる。」
「鬼ごっこッ!?リアル鬼ごっこの間違いですよッ!!」
「リアル?鬼はあんな見た目してない。」
「そっちのリアルを言ってんじゃねぇんだよッ!!追い掛けられてるのはリアルで、鬼は例えの話だよッ!!」
怒った相棒、何だか怖いのです。
「...分かった。倒したら後で鬼ごっこね。」
「はいはい!後で幾らでも相手しますからッ!今はあの鬼をどうにかして下さいッ!!」
因みに、力の発動方法は演唱が必須ですが、演出は使い手によって異なります。
決まり台詞や決めポーズを作っている方もいますが、私の場合は決まり台詞が思いつかなかったので、頭の中で演唱しています。
ー術式演唱 地の術・風壁
このように、霊力の術と形を演唱する事で、自動的に手の平から霊力が溢れ出して来るのです。つまり、演唱は霊力の扉を開く鍵の様な役割を果たしています。
「ゔぅぅグァァァ!」
「すっ凄い...ッ!あのキングオークを、一瞬で追い返したッ!」
風の術を鬼に当てると、驚いて逃げられてしまいました。仕方ないので、リアル鬼ごっこは次の機会にしましょう。
「上級の冒険者が数人で倒すレベルのキングオークを、一人で追い返すなんて…!」
追い返すコツは、壁をイメージしながら演唱する事です。間違えても、風刃にしてはいけません。鬼が積み木になってしまいます。
「そう言えば…貴方が使う霊力は、この世界の魔力に凄く似ているのですが、属性も存在するのですか?」
属性が何かは知りませんが、術なら存在します。
「霊力は、水金地火木土天冥海の術がある。」
「えっと…術とは何ですか?」
「術式に使う霊力の種類。」
「えっと…その術式とは何ですか?」
首を傾げる相棒は、本当に生きているみたいです。
「霊力を発動させる式みたいなやつ。」
正しく説明すると、霊力の術と形を並べたものが術式です。
この術式を使えば、色んな霊力の術を組み合わせる事も可能です。
例えば、火と地を組み合わせれば熱風などを形に、水と土を組み合わせれば、泥や泥水などを形にする事が出来ます。
組み合わせたい時の演唱は、先程の術式に付与と言う言葉と組み合わせたい術を付け加えるだけです。
「因みに、術式にはどの様な種類が?」
「術式に種類は存在しない。」
何故かと言うと、術式に必要な「形」と呼ばれるものに種類がないからです。
基本的には、水火木土は其れらに関連するもの、金はお金や幸運、地は大地や風や生き物、天は光、癒し、空間に関連するもの、冥は暗闇、暗黒粒子、海は海に関連するものが、霊力界隈ではよく形として使われています。
まぁ、それも使い手次第です。
ただし、屋敷の主人殿に訪れる幸運は霊力ではなく、私のオーラによるものです。
「座敷童子さんは、基本属性以外の属性もお持ちと言う事ですね。」
「基本属性?」
此処に来てからは、新しい言葉をよく耳にします。
「この世界に存在する基本属性とは、火水風土の四つの種類の魔力を意味します。霊力と比べると、魔力はもっと単純な仕組みですが、貴方の術式である天と冥の術は、この世界では、光魔法と闇魔法に属します。」
「難しい...」
相棒は難しい事をスラスラと言えるのです。
「それと、光魔法と闇魔法は大変珍しい特殊属性ですので、天と冥の術は、あまり人前では使わない様にして下さい。」
私の力は珍しいみたいです。これなら、主人殿の屋敷も守れるかも知れません。