四
警察署を後にしたレイラは、白のカローラに乗り込んだ。
扉を締めてから、エンジンも点けず背もたれに寄りかかる。目をつぶったまま深く息を吸った。その息を吐き切る直前に呼気が震える。
頬が勝手に痙攣し始める。つられて雫が頬を伝う。
もう一度深呼吸をする。手の甲で涙を拭ってからエンジンを回した。
それでも手はハンドルに伸びない。足もアクセルにかからない。
レイラはほとんど記憶にない父のことも思い浮かべた。優しかったように思う。行政書士だった父は母の帰化の申請に携わり、仲を深めたという。母も父のことを悪く言うことはなかった。
周囲の話だと父も母も人柄は好かれる方だったと聞いた。
そんな二人が、なぜ殺されなければならないのか。
父の死のことはほとんど知らない。母が教えたがらなかったからだ。母の同意がなければ、真相は知らなくても良いかと思っていた。父が殺されたという事実も、色々調べていくうちに嫌な部分も覗かなければならないだろう。
過去を掘り返しても、父が戻ることはない。無意味に心を痛める必要はないと思っていた。
だけど――
レイラは意識して体に力を入れる。ハンドルを強く握り、駐車場から車を発進させた。
――知らなければならない。少なくとも母の死の真相は。突き止めなければならない。報いる為に。
レイラはBluetoothを利用し、社会部の同僚へと電話をかけた。
『なんだ。どうした?』
二年先輩の柳原だった。地元出身で、私立探偵との繋がりがいくつもある人物だった。
「人を紹介してほしいんです」
『人?』
「はい。探偵を」
『探偵?』
スピーカーの向こうからも怪訝そうに眉を歪める様子が窺えた。
「はい。できれば事件性があるものに対して、操作能力がある人を」
『お前まさか』
「お願いします」
『報復なんて考えてないよな?もしかしてご家族だったか?』
「私は大丈夫です。このネタ、私が記事にします。部長にはそうお伝え下さい。ご心配には及びません」
『――分かった。とっておきの伝手紹介してやる。弟の同級生で――』
「弟さん?」
『――名前は幽凪義人』