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異世界に飛ばされた限界OL、拾った犬は人間で王太子でした



『エドはかわいいねぇ〜』

『ワフッ!』

『あー、仕事のストレスが浄化されていく……』


 絶賛社会の荒波に揉まれ中の新人OLこと私、北川紗良にとって、実家の犬とご飯だけが癒しだった。

 なのに、どうしてこんなことになったんだろう。


 新入社員は誰よりも早く出社なんて馬鹿げてる……と思いながら通勤していた時だった。

 信号無視のトラックに轢かれ、目が覚めればこの異世界に飛ばされていた。

 ゲームみたいな世界じゃなくて、中世ヨーロッパ風だったのがまだ救いかもしれない。じゃなきゃ飛ばされて早々、モンスターにでも食われていただろう。なんてったって森に一人、動きづらいスーツ姿で、武器は通勤カバンとヒールのみだったのだから。近所の村の人に散々訝しげな目で見られた。

 ……で、困惑して迷走した結果、大雑把な私は開き直った。

 就職してすぐに別世界で無職はやばい、とメイドになったは良いものの、こき使われて疲れる日々。家事ができる方でよかったけど、この世界の常識キツすぎる。


 ああ、元の世界に帰りたい。お腹いっぱいご飯食べたいし、犬をわしゃりたい。


         *


「…………グゥゥ」


 誰かのお腹の鳴った音がした。

 音のした方を見れば、雪の降る街の道の端に、ひもじそうにうずくまる犬がいた。

 野良かそれとも捨てられたのか。こんな寒い日に可哀想だ。泥や雪で汚れて茶色だけれど、元は白い犬だろう。体も大きい。

 なんて考えていたら目と目が合ってしまった。つぶらでかわいい真っ黒な目。


「うち、来る?」


 無意識だった。寒いと人肌が恋しくなるせいだろうか。いや、疲れてるせいだ。


 そう、私は凄く疲れていた。今日は屋敷でパーティーがあり、朝から晩までほぼ飲まず食わずで労働。空きっ腹なのに、旦那様の客に好きでもないワイン無理やり飲まされた。私お酒弱いのに。

 ……つまり酔っ払い且つボロボロの退勤中だったのだ。


 しゃがんで、頭を撫でる。冷たいけど、ちょっとあったかい。

 

「君って毛がもふもふねぇ。サモエド?」

「サモ……? エドワードです」

「そっか、サモエドのエドワードかぁ〜〜。これも運命かな。うちの犬と名前似てるね」


 疲れすぎて幻聴が聞こえる……ぬいぐるみに話しかける人の気分ってこんな感じかな。

 やっぱりかサモエドかぁ。白くてふわふわな毛とクリクリとした黒目に、少しへにゃんとした顔だもんね。


「あ、私はサラって言うの。家は、こっちなんだけど……歩ける?」

「あ、はい……」


 よかった。さすがに大型犬を抱っこして歩くのは無理だから。

 こうして自分の家に連れ帰った。木造一階建て1LDKの超ボロい格安賃貸だ。こんな世界だからペット可かどうかなんて関係ない。

 昔からよくお人好しとか言われるけれど、本当にそうだと自分でさえ思う。自分の生活ですら困っているのに何をやっているのだか。


「汚れてるねぇ。今洗ってあげるからちょっと待って……」

「じ、自分でできます! できますから!」

「そう?」


 うちは裕福じゃないから沸かしたお湯で体を拭くくらいしかできないけど、とやかんを渡した。その間に今日の晩御飯を用意する。

 犬のくせに羞恥心があるのか。別の部屋で拭いて出てきた。まあ綺麗になったからいいか。


「何から何までありがとうございます……」

「お腹空いてるでしょ。今ご飯作ったから……あでも犬は同じご飯食べられないよね」

「い、犬? な、なんでも食べます」


 焦った様子のエドワード。

 えぇ……。異世界の犬は人間と同じものを食べるの?

 まあいいやドッグフードなんかないし好都合だ。


「今日のご飯は豚汁なの」

「とん、じる?」


 お屋敷でメイドをしている私がここまで貧乏生活な理由がこれ。

 元々腹っぺらしで食いしん坊だった現代人の私が、こんな異世界なんて耐えられるわけがなかった。

 おかげで家計は食費のせいで火の車だ。元の世界ではこれを見越して給料のいい会社に就職したのに。


「い、いただきます」

「はい、めしあがれ」


 ズズっと一口。うん、美味しい。豚肉の油と自家製味噌の安心感よ。にんじんもごぼうもホックホクだし、大根は汁がしみしみ。

 ……ああ、あったまる。


「サ、サラは料理人かなにかなのですか?」

「そんなわけないじゃん」


 というか豚汁に夢中で全く見てなかったけど器用な犬だなぁ。スプーン持って……いやそんなわけないか。私ったら疲れすぎだ。


「これ簡単だよ」

「そうなんですか……?」


 まずは豚肉を切り落としてにんじん、ごぼう、大根をごま油で炒める。この時、ごぼうのアク抜きを忘れずに。この世界のご飯がまずいのはきっと下処理しないせいだ。

 んでお湯入れて、煮えたら味噌足して。

 小ネギ……はないから何やら太い玉ねぎのようなネギもどきを細かく切ったのを散らして完成。


「美味しかった?」

「はい、とても……!」


 私もエドワードも大食いなせいか、鍋は一瞬で空になった。エドワードは空の大鍋を見て呆けている。


「あ、やっぱり私大食いだと思う?」

「っいや! いい食べっぷりで……魅力的です」

「魅力的って。何それ。ありがとう」


 気を遣ってくれていい子だなぁ。

 お腹いっぱいになったら眠くなってきた。ささっととお皿洗っちゃって……。


「じゃあもう寝るからベッド行くよ」


 そう言って寝室のドアに手をかけた。……が、エドワードはついてこない。


「どうしたの? 寝ないの?」

「いや……その……え!? お、俺は床で寝ますので!」


 うちの子とは大違いだ。同じサモエドなのに。あの子なんて私が自分の部屋に向かおうとした瞬間についてきて、私より先にベッドに乗ってたよ。

 知らない人の家だと寝れないような繊細さんなのだろうか。人懐っこいサモエドには珍しい。


「でも……床だと寒いでしょ。私も寒いし。一緒に寝ればいいじゃない」

「寒いんですか?」

「うん。とっても」


 そういうと急に悩み始めた。右前足で頭を押さえて唸っている。

 かわいいなぁ。テレビとかに出れそう。


「わ、わかりました。手とか出さないので安心してください」

「別に寝相くらい気にしなくていいよ。うちのも相当悪かったから」


 朝起きたら顔の上に足が乗っていたこともあったっけ。危うく窒息しそうになったこともあった。

 そんなことを思い出しながらベッドに沈み込んだ。ああ、あったかい。最近ずっと一人だったからなぁ。


「おやすみ、エドワード」

「……お、おやすみなさい、サラさん」


 これは実家の犬に浮気だろうか。まあ、メスだし嫉妬深くないから大丈夫だろう。

 今夜は久々によく眠れそうだな……。



         *


「えぇ!?」


 目が覚めたら、隣でイケメンが眠っていた。同じ年くらいだろうか。

 シルクのようでふわふわな白髪に、整っているのにふにゃんとしている顔。そして半裸。細マッチョだなおい。

 私昨日何があった?

 ええと、激務でしょ、アルハラでしょ、んで帰りにサモエド拾って、一緒に豚汁食べて、寝て……。


「ん……、おはようございます」

「っお、おはよう!」


 ……よくよく考えれば、犬は喋らない。そもそも犬じゃない。最初から人間だった。超絶サモエドに似た人間だった。

 つまり酔った上に疲れ果てた昨日の私の幻覚……。


「あわ……あわわ……」


 とんでもないな私。何してんだ私。

 わかりやすく取り乱している私に、エドワードも焦り出した。


「っ今すぐ出ていきます! 昨日はありがとうございました。このご恩は一切忘れません」

「ちょ、ちょっと待って! どこか行く当てはあるの?」

「……それは」


 しゅんと顔を下げるエドワード。ああ、見える。垂れ下がってる耳が。いや、私まだ疲れてるな?

 というか、半裸の無一文を追い出すほど私も鬼畜じゃない。もう一緒にご飯食べた仲だ。今更他人は無理。


「うちにいていいよ」

「え、そ、それは……」

「拾っちゃったもんはしょうがないし。その代わり家事とかお願いね」



 こうして、北川紗良改めサラは実家の犬に似てるエドワード(人間)と一緒に暮らすことになった。いわゆるヒモ……いや家事をやってくれるルームメイトができたのだった。



         *


 ……けれど、エドワードはまったく家事スキルがなかった。今までどうやって生きてきたんだと心配になるくらいに。

 そもそもキッチンの火の付け方すら知らない。教えても目玉焼きは黒焦げ。


「ちょっ……火加減!」

「お、お腹壊すと思いまして」

「だからって消し炭にしてどうするの!?」


 洗濯物を頼めば洗濯板の使い方すら知らない。脱水はしない。何度教えてもしわくちゃ。


「こうやってパンってシワを伸ばしてから干すんだよ」

「こうですか……ってああ!」

「勢い良すぎて空に飛ばさないでしょ……普通」


 掃除を頼んだら、部屋の床をびしょびしょにされた。どうして雑巾を絞らないんだ。


「あのねぇ……」

「ご、ごめんなさい!」

「いや、別に怒ってるわけじゃないんだけど」


 一向に上がらない家事スキル。もはや次は何をやらかすのか楽しみなまである。まあ拾ってきたのは私だし、責任もってゆっくり教えればいいだけの話だけど。

 逆に仕事スキルは高いようで、近所の人からちょくちょく仕事をもらっているようだった。


 そんなある日のこと。


「サラ! 俺明日から商会の代書人として働くことになりました!」

「……えぇ?」

「ご近所さんのご親戚のご親戚のお姉さんの旦那さんの妹さんの息子さんのツテで」


 随分遠いところからきたな。

 まあ、喜んでいるようだしいいか。家事はまったくできなくても仕事はできるようだし。

 それよりも今日の晩御飯だと私は鍋をかき混ぜる。


「ふぅん。頑張ってね」

「はい!」


 というわけでエドワードは就職した。


 そして、この頃からだろうか。エドワードが私に随分と懐くようになったのは。

 よく撫でて欲しがるし、抱きついてくるし。最初の日のように一緒に寝るようになった。海外って凄い。私はスキンシップ嫌いじゃないし、本物の犬で慣れていたからいいけれど。普通の日本人だったら赤面してぶっ倒れると思う。


「サラ、今日も仕事頑張ってきました!」

「うん、お疲れ様」


 ワシワシと頭を撫でてやるとハグをされる。お日様みたいでいい匂いだ。


「今日のご飯はなんですか?」

「んー今日はねー」


 それからはあっという間だった。エドワードは凄く優秀だったらしい。

 商会の代書人になったと思えば、領主様の元で会計士になり、最終的に王宮の役人になっていた。

 ……どういうこと?


「これ、今月のお給料です」

「え、あ、うん」


 おかげでご飯は豪華になり、家を引っ越し、私は仕事を辞めた。

 え、これ、立場逆転してない?

 養うつもりが養われてない?


「ねえ……今更なんだけど、エドワードってどうしてあんなボロボロだったの?」


 今日も仕事から帰ってきたエドワードにそう聞くと、きょとんとして、知らなかったんですかという顔をする。


「恥ずかしながら、濡れ衣で王位を剥奪され、身一つで国外追放されまして……」

「んん? 王位?」

「はい、元は隣国の王太子だったんです。先帝の隠し子で……つまりは権力争いに負けちゃって」


 いや、知らない知らない。どゆこと?

 え、つまり私が拾ったのはサモエドでもホームレスでもなく、隣国の廃嫡王太子だったと??

 理解が追いつかず、皿を落とした。間一髪でエドワードが拾ってくれたけど。


「ふ、復讐とかしなくていいの?」

「今が幸せなので」


 にっこりと人畜無害な笑顔のエドワード。

 ああ、なるほど。人が良すぎる。だから濡れ衣着せられたのか……。

 結構大事なのに当の本人はどうでもいいらしく、晩御飯をじっと見つめている。


「それより、今日のご飯はなんですか?」

「……唐揚げ」

「からあげ……? 美味しそうですね!」


 ま、まあいいか。毎日美味しく楽しく暮らせてるし。その分私が幸せにすればいい。いつも通り今日もご飯大盛りにしてあげよう。

 ……そう思っておくことにした。これが、ほぼ結婚してるのと同じだとは全く気付かずに。


「あ、そういえば入籍はいつにしますか?」

「……はぁ!?」


 前言撤回、前途多難。

 ……嫌じゃないから、凄い困る。



 読んで頂きありがとうございました。

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 コメント、ツッコミなんでもお待ちしております。

 ちょうど最近長編を完結させました。読んでいただけたら嬉しいです。おばあちゃん令嬢が野菜を作るほのぼの小説です。

(下のスクロールするとリンクがあります)

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