表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/18

《白》




「あは。」

「おはよう。」



背景に溶け込んださらりと真っ白な髪。

大欠伸の刹那に、きっ、と鋭い歯を見た。

三角の耳を跳ねさせる。


猫だ。


先程の、膝が転げてしまいそうな声の主か。


つるんとした両の眼が、蒼く煌めいている。

鋭く突き刺すような瞳孔とは真逆に、目つきは柔和で朗らかな印象を受ける。

短くしゅんとした眉から成るその顔立ちは、感情を読み取らせまいとする仮面のようだ。



女性が箱を置いて寄ると、それが顔を向ける。

ぽん、と頭に手を乗せ、もう一方で頬を撫でる。

それは、すう、と息を吹き。身を預けているよう。


「ハクっていいます。この子の名前。」


「ハク。漢字は白と。」


「そうそう。」


白い尾がくるんとしなる。しゃらん、と、鈴の音。

尾の先に巻かれた紐が、心地よい音色を聞かせる。


「おばあちゃんが飼ってた猫なんですが。この子ももともといい歳だったので。でも。長生きでしたよ。」


老衰か。

記憶を受け継ぐのが本当なら、長く生きた個体ほど知識も豊富に蓄えるはずだが。どうなのだろう。



「家族がいたんですか。」


「まあね。とは言っても。両親は分からなくて。子供の時におばあちゃんが引き取ってくれたの。」


「養子ということ。」


「そうそう。もう少し若い時にね。」


やはり血の繋がりは無い。ただでさえ出生率は減り続けている。今時、繋がりがある方が珍しい。



ハク。と呼ぶ猫の人が、こちらを見た。

浅く会釈を送ると。

きょとんとして動かない。


「ふふ。まあ。目覚めて日も浅いし。なにより、元が猫だからね。」


「あなたも。初めて面会した時は苦労されたんですか。」



「それは。


そうだね。」



言葉を詰まらせて言う。みんな同じなのだろう。


「あなたの子は。」


「ああ。そうだ。手頃な玩具を探しに来たんです。でも、良さそうなものを見つけたので。」


手元の箱をぽん、と叩いて見せる。

あとは、ぬいぐるみでも持って行こうか。


「せっかくですから。うちの部屋にどうぞ。」


「見たい見たい。

でさ。名前はなんていうの。

私はサエ。」


「コタロウです。よろしくお願いします。」


「うん。よろしくね。」


施設で初めての友達が出来た。









寝室に着いた。振り返ると、サエに手を引かれたハクがぺたぺたと追いかけている。

しゃら、しゃり。鈴が鳴る。

転ばないか心配になる。不安な足取りだ。

健気な様子に、ふす、と微笑む。



扉を開けると、少女は眠っていた。

持ち込んだ玩具を置いて、横に腰掛ける。


手の位置が変わっているような。

ほんの少しずつでも、体を動かそうとしているのか。

手に取り、両手で優しく包む。


「綺麗な子だね。名前は。」


「ジロウです。女の子だとは知らなくて。」


「へええ。こんなに可愛いのに。勇ましい名前ね。」


勇ましい。その通り、勇敢だったと思う。恐れ知らずとも言えるくらいには。



すん、と聞こえると、目を開けた。

僕、サエ、ハク、と目線を移動させて、止まった。

真っ白なそれが気になるのだろうか。

ハクはそっぽを向いている。


「ハク。お友達だよう。」


肩に手をかけて言うが、ハクは目を逸らしたままだ。


「詳しくは無いですが。猫はこういうものなのかもしれませんね。」


たはは、と自分の髪を撫でる。

「いやあ。なんか。悪いね。」


二人。もしくは二匹。

それぞれの時間が止まっている。





客人を座らせ、それぞれ自分のペットを撫でる。


ハクは、目覚めて二ヶ月ほどだという。

語学を中心に知育トレーニングを進めている最中で、個の名前や、簡単な言葉は判別できるそうだ。


会話や計算をするにはまだまだ先だというが、名前を呼ばれた事を理解する。たったそれだけでも、かつてよりもコミュニケーションの深度が深まったそうだ。


医者は赤子のようだと表したが。この学習速度は並の生物とは比較にもならないほど優秀だ。

これも技術の賜物だろうか。





相変わらず二匹はぴくりとも動かない。

頬を撫でて瞬きさせる。


「どうしちゃったのう。喧嘩かなあ。」


「初対面で緊張するのかな。何度も会えば、気を許すかもしれませんよ。」


「そうねえ。もうお昼だし。今日は戻ろうかな。」


そんな時間か。時計を確認する。

「そうですね。お話が聞けて良かったです。」


「こちらこそ。部屋の番号、教えるよ。」


グラスを通して、内装の地図が示される。

同じ棟の反対側。あまり離れてはいない。


「ありがとうございます。サエさんの部屋にも、今度お邪魔させてください。」


「もちろん。あと。敬語も、もういいでしょう。仲良しの印に。」


「では。そうします。」


ふふ、と笑う。

「育ちが良いね。まあいいよ。じゃあ。また。」


「また。」



「ハクう。行くよう。」


二人が部屋を出ていく。後ろ姿は、親と子のようだ。

扉を閉めながら、手を振られ、振り返す。


ジロウは、扉の先を見続けていた。





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ