成れの果て
神は人間に飽きてしまった・・・・。
タケルは海岸沿いの国道を西に向かってゆっくりとSUVを走らせていく。
もう長い間整備されていない道路はところどころが崩れ落ち、横転したトラックが道を塞いでいる。
行き止まりになる都度、車を捨てて使えそうな車をさがしては乗り換えて行く。
特に目的地があるわけでもないし、先に希望があるわけでもない。
とにかく動き続けることが第一の目的で、見て、聞いて、感じていたかったのだ。
本当は誰かと喋りたい。
旅の初めにはミオがいた・・・フユキがいた・・・・トモがいた。
今はタケルひとり、それももう終わりが近づいていることをタケルは感じていた。
頬を生温かいものが伝う。涙なのか・・・・それとも・・・・・。
山と海岸に挟まれた道をしばらく行くと、古い集落跡らしき場所に差し掛かった。
もう長らく人の手が入らない田んぼは荒れ果てており、その先には数軒の家が立ち並んでいる。
全てが朽ちかけているのでこうなる前から見捨てられた集落だったのかも知れない。
日が暮れるまで、もう少し先へ進もう。できればホテルのあるところまで。
今でもホテルが営業しているわけではないが、経験上まだ綺麗な布団で眠れる確率が高い。
せめて眠る時くらいは気持ちよく眠りたかった。
それが最後の夜になるかも知れないから。
さらに1時間ほど車を走らせ、燃料が心細くなってきた頃に街に着いた。
元は観光地だったらしく、ホテルも数棟あるしさらに嬉しいことに天然の温泉も沸いているようだ。
何週間ぶりだろう、久しぶりに暖かい風呂に入れる。
ここで終わりにするのも良いかも知れない。
タケルは助手席に置いてあったリュックを背負って車を降りた。
山道を登ったところに家族経営であったと思われる温泉宿を見つけた。
そこは源泉に川の水を引き込んで温度調整をしているようでちょうどいい湯加減になっているし、気になるアレもみあたらなかった。
「お邪魔します・・・・。」
誰もいるはずがないが、なんとなく礼儀のように思えて、挨拶だけして引き戸をあける。
更衣室で衣服を脱ぎ、備え付けのタオルを持って檜風呂へと向かう。
掛け湯をしたあとに湯船に入り、身体を顎まで沈めた。
少し熱めでぬめりけのある湯がタケルの身体を包み込み、硫黄の匂いが鼻をついた。
ああ、またひとつ感じることができた。
その時、突然声が響いた。
「おや、久方ぶりの客人か。少年よ、君はどこからきたのかね?」
驚いてあたりを見回すが誰の姿もない。
声の主の笑い声が響く。
「少年よ。私をみつけるのは困難かも知れないぞ。何せ私も認識できているわけではないのだから。」
「勝手に入ってすいません。でも久しぶりに人の声を聞きました。どこにいらっしゃるのですか。」
しばらくの沈黙ののち、声の主は憐れむような声で言った。
「人の声を聞きたかったと言うことだが、私は人であるかどうか自分でもわからない。まあ、哲学的に見れば私は人なのだろうが・・・・形状としてはもはや人ではないな。」
何かが這うような音とともにアレが現れた。
それは緑色のスライムであった。
ただ、それには不思議なことに顔があり、その目はタケルのほうを見ていた。
スライムの口が言葉を紡ぎ出した。
「誠に恥ずかしい姿を見せることになって申し訳ない。これでも数日前までは自信を持って人だと言えたのだがね。幸か不幸か今の所顔だけが溶け残っているのでこうやって君の姿を見て君の声を聞いて君と話すことができているのだよ。でも明日だったらどうなっていたかわからない。僕は幸運だな。」
タケルは失望し、顔を両手で隠した。
「なんでこんなことになってしまったんでしょうね。」
スライムは気の毒そうな顔で言った。
「そもそもこの状態で僕が生きていること自体非科学的なことだし、今更解明できる人間がいるとも思えない。ただ、ひとつ仮説はある。」
「その仮説とは。」
「僕はね、中学の社会科の教師だったんだよ。古事記の国生みの話をしっているかい。」
「イザナギとイザナミでしたっけ。」
「そう、国生みの際に最初に生まれた神はね、ヒルコと言うんだ。諸説あるんだけど、その神は胞状奇胎だったとも言われていてね。形をなさない胎児だったとも言われている。」
「ヒルコ・・・・ですか・・・・。」
「そう、それってスライムみたいなものだったんじゃないかと思わないかい?」
そんなバカな話はない・・・と思ったが口には出さなかった。
そもそも今の現実があり得ない話なのだから。
そんなタケルの困惑を知ってか知らずか、スライムは話を続ける。
「ヒルコは神様の失敗作として流されたと言う。それで僕はこんなふうに思った。神様は僕ら人間に飽きちゃったんではないかと。」
タケルは叫んだ
「でも、それならどうして全てを消してしまわないの?」
スライムは脱衣場に置かれたリュックを見つめて言った。
「あれは君の友達かい?」
タケルは脱衣場からリュックを風呂に持ち込み中身をぶちまける。
緑色の液体があたりに広がり、その中にいくつかの手と足が蠢いていた。
涙がとめどなく流れていく。
それを見たスライムが慰めの言葉をタケルにかけた。
「神のすることは我々にはわからない。ただ、こんな成れの果ての姿でも私たちは生きているし感じているんだよ。私はその中でも幸運だったと思う。そして君は・・・・・。」
その時、タケルは水面に映る自分の姿を見た。目から溢れていたのは緑色の液体であり、それはとめどなく流れ続けていた。
それと同時にまるで空気の抜けた人形のようにタケルの身体は萎れて行く。
やがて時間と共にその身体は溶けてしまい、最後に眼球だけが残った
スライムはその一部始終を見届けた後、言葉の後半を投げかけた。
「君は、見ることはできるんだ。」




