告白は墓穴のあとに
「薬の完成にはどれくらいかかる」
「一週間~」
「長すぎる」
「あのさぁ、集中力のいる作業は長時間続けてできないわけぇ。専門家が言ってるものを——」
「禁書庫の閲覧許可」
「三日。これ以上はさすがに無理ぃ~」
「いいだろう。だが、調薬に取りかかるよりも先にすべきことがあるな?」
「え~? なぁに~?」
「モウシワケアリマセンデシタ……」
「反省の色が見えない」
「マコトニモウシワケアリマセ……うっぷ」
クロの魔力放出に沈んだミディルアードが、床の上で繰り返す。
私はすべてを水に流す覚悟で『不問でかまわない』と言ったのだけれど、どうやらクロにとっては違ったようだ。
「えっと……もう二度と、誰も拐ったりしないなら大丈夫です。結果的には危険な状態だったことにも気付けたわけですし……。ね、クロ?」
「……………………まあ」
「拐っちゃいけないのって人間限定だよねぇ? なら大丈夫〜!」
うんうん。…………うん?
その後クロは、無償奉仕や道徳論の教習などいくつかの罰を申し渡し——なぜか夫人に報告すると言われたときが一番嫌そうだったけれど——備品室を後にした。
隠し部屋で、改めてクロに向き直る。
「お話があります」
「ああ、聞こう」
今私が正座しているのは、ソファに座るクロの手のひらの上。
一度ドールハウスに立ち寄りたいと言ったときにも降ろすのを渋られたくらい、私を心配して過保護に磨きがかかったクロは、片時も私を放そうとしないのだ。
「まずはこちらをご覧ください」
プレゼンよろしくドールハウスから取ってきたものを見せる。
「金属製の……カプセル、か?」
「これはカプセル型のペンダントトップです。中には、私のおじいちゃんの遺骨が入ってます」
「ほう、ヒナの故郷では遺骨を身につける風習があるのか。この国にも、多くはないが遺髪を使った装身具がある」
「身につけるかは人によりますが……。私は元々、このペンダントトップを身につけられるくらいの、普通サイズの人間だったんです」
そうして話した。
別の世界から来たこと。
落ちたペンダントトップを拾おうとして、気付けばこの世界にいたこと。
なぜか自分だけが小さくなっていたこと。
最初のうちは夢だと思っていたこと。
それにより、妖精ではないと伝えそびれてしまったこと。
この世界のことは何一つわからないこと。
元の世界に魔法はないこと。
父親は知らず、幼い自分を捨てた母親はもう顔すら思い出せないこと。
それを悲しいとも思わないこと。
唯一の家族だった大好きなおじいちゃんは、一年と少し前に亡くなったこと。
遺骨入りカプセルは肌身離さず身につけていたこと。
劣悪な労働環境に耐えきれず、飛び出すように会社を辞めたこと。
友人ともすっかり疎遠になってしまったこと。
走るのが得意なこと。
飛ばされてくる直前、世界から孤立したような空虚感を抱いていたこと。
「なので……元の世界から、『いらない』って弾き出されちゃったのかなって」
おじいちゃんのことを思い出して潤んだ瞳で、ハハハと渇いた笑いをもらす。
クロは私の話を聞いてどう思っただろうか。
母に捨てられ、仕事から逃げ出し、友人もなく、世界から不要物とされるような——無価値な私のことを。
「…………指輪に、導かれたんじゃないだろうか」
「え?」
「『宵明く光』——導きの指輪には、わかっていないことも多い。わかっているのは、今はなき古代の技術で作られ、それを継承した者を運命の相手に導くらしい、ということくらいだ。代々受け継がれるうちに細かな情報は失われてしまったのだろう。まさか、界を繋ぐほどの力があるとは思いもしなかったが」
「あの指輪が……?」
私が触れたことで、色の変わった指輪。
ウサギのぬいぐるみの、下敷きになっていた指輪。
「たしかに……あの指輪を見つけたのは、私がこの世界で一番最初にいた場所でした」
「ならば、指輪の力と考えてまず間違いないだろう。俺の『運命』だったばかりに、ヒナから慣れ親しんだ故郷を奪ってしまったのか……。本当にすまない。なんと言って詫びたらいいか——」
「それはもういいんです! 幸いおじいちゃんも一緒だし、元の世界に帰るよりもここで、ずっとクロの側にいたいと思えたから! …………でも、そっか。それなら私、いらなくて追い出されたわけじゃなかったんだ……」
後半は独り言のように呟いて、目尻を指で拭う。
異世界に飛ばされたのだと気付いてからずっと胸の奥にしまい込んでいた苦い思いが、音もなく消えていく。
いらなかったからじゃない、必要とされてここに来たんだ。
何も持たない私を、世界を越えて必要としてくれる人がいた。それだけで、この世界に居場所を与えられたかのような安心感と喜びに満たされる。
「案外、祖父君も『導き』に協力してくれたのかもしれないな」
突然切れたペンダントチェーン。
道を示すように勢いよく転がって、拾おうと伸ばした手に触れた瞬間、共にこの世界へとやってきたカプセル。
「——ふふっ、おじいちゃんならやりそう」
昔から、好きなものやしたいことを我慢しようとしても、おじいちゃんには全部お見通しだった。
訳知り顔で微笑んで、「日菜はこっちのほうが好きだったろう?」と言っている姿が目に浮かぶようだ。
「それなら私……この世界にいてもいいんですね」
「当たり前だ。いなくなられたら、今度は俺がそちらの世界へ探しに行かねばならない」
ビルに囲まれた街中であたふたとして、行き交う自動車に驚くクロを想像してみる。
…………ううん。やっぱりクロは、この世界で堂々としているほうが似合う。
だったら私が、こちらにいればいい。
「ところでヒナ。先ほどの……ずっと俺の側にいたいという言葉は、都合よく受け取ってしまってもいいんだろうか?」
クロの言葉に、ちょっと迷って口を開く。
「恋愛感情と、ただの好意の違いってなんでしょう?」
おそらくこれは恋愛感情だと思うのだけれど、初めてのことなので確証が持てない。
確証のないまま告白を受け入れて万が一恋愛感情じゃなかったりしたら、とても失礼だし、クロを傷つけることにもなってしまう。そんなのは嫌だ。
「好意との違いか。そうだな…………肉欲の有無じゃないか?」
「にくよく……」
にくよく……。
「抱きしめ、口づけて、すべてに触れたいと願う。どんなに好きでも、ぬいぐるみや、家族や友人には抱かない感情だ」
「たしかに……」
「それで、ヒナの感情は?」
クロの瞳が、何かを期待するように輝く。
この流れは、あれだ。
自分が変なことを聞いたばっかりに、『恋愛感情である』と認めることが、『肉欲を抱いている』と告白することと同義になってしまった。ゆゆしき事態だ。
クロに抱きしめられるのは好きだ。
唇同士が掠ったときも、不快感はなかった。
それ以上のことはちょっと想像がつかないけれど……きっと、クロになら何をされても嫌じゃない、と、思う。
答えは驚くほど明白。
一足先に赤くなった頬を手のひらで冷ましながら、腹を括る。
「れ……恋愛感情で、クロが好き……です」
ついに、ヒナの告白————!ヽ(*゜Д゜*)ノ
クロの反応やいかに!?
次回更新は~、日曜日!٩( ᐛ )و




