苦労人は突然に
バタンッ!
後ろ手に勢いよく扉を閉めたヤシュームは、忙しなく視線を往復させて私とクロを見比べたあと、ドサリとその場に崩れ落ちた。
「とうとう人形とお話しになって……!」
……えーと、これは一体どうしたものか……。
ヤシュームはひどく打ちひしがれて、今にも涙せんばかりの沈痛な様子である。
「ヤシューム」
「ええ、ええ、嫌な予感はしていたんです。急にドールハウスに添える水場を用意しろとおっしゃったり、サイズまで指定して人形の服を買ってこいとおっしゃったり、挙げ句の果てには細かく採寸したオーダーメイドの人形服を人気の婦人服店に発注に行けとおっしゃったり」
「ヤシューム」
「昨日も火急の用だとおっしゃるので、人形用個室トイレの調達に奔走したばかり……。愛らしいものがお好きなことは重々、重っ々存じておりますが、動物型のものまでに留めてくださいと! 人型の人形に手を出してはおしまいだと、申し上げたではありませんか……っ!」
……なるほど。
昨日用意してもらったトイレの件だけでなく、今までクロが贈ってくれた諸々のプレゼントはどうやら、すべてヤシュームを介して調達されたものだったらしい。
その嘆きようからも、彼がかなりの苦労人であることが窺える。
「『妹へのプレゼントに』と偽って頻繁にぬいぐるみ類を買い求める私が、周囲からどんな目で見られているかご存知ですか!? 色恋よりも妹にしか関心のない男だと、恋人になったら苦労するだろうと、ご令嬢方には遠巻きにされ……! 当の妹はその噂を聞いて、私のことを白い目で見てくるのです! それでも殿下のお力になれるのであればと私は……、私は……っ」
「俺の趣味を知っているのはおまえだけだからな。頼りにしているぞ」
「うぅ、頼りに…………」
クロの手のひらに乗せられて、床に突っ伏すヤシュームの元へと向かう。
クロはヤシュームの目の前にしゃがみ込むと、私を乗せた手のひらを差し出した。
「ヤシューム、紹介しよう。妖精のヒナだ」
「えっと、はじめまして……」
「は…………」
顔を上げたヤシュームの目が点になる。
「あ、あのっ! 今まで用意していただいた服やトイレなんかは全部私のせいなんです! ヤシュームさんには大変ご迷惑おかけしてしまって申し訳ありません!! それから『妖精』の話ですけど、私は別に妖精——」
「生きてる!!!?」
クールな見た目とは裏腹に感情表現豊かなヤシュームは、弾かれたように後ずさって寝室の扉にビタンと貼りついた。
「そっ、その、それ……」
「『それ』ではない。『ヒナ』だ」
「ヒっ、ヒナ様は生きていらっしゃるのですか!?」
「……まあ、はい。一応」
生きてますよーのアピールに、ぐるぐると両腕を回してみる。
「幻影魔法ではなく……?」
「城内でその手の魔法が使えないことは知っているだろう」
「…………」
ヤシュームはずり落ちたメガネを直すと、恐る恐るこちらに顔を近づけた。
「本当に生きてる……」
先ほどから生きてる生きてる言われるものだからちょっと不安になってきて、こっそりと自分の胸に手を当てる。
トク、トク、トク……
よかった、ちゃんと生きてた。
クロは私を手のひらに乗せたままベッドに腰かけ、ヤシュームはベッドサイドの椅子の上で、どうにかクロの説明を飲み込もうと唸っていた。
「突然『例の部屋』に……」
「ああ。一切の魔力を持たず、俺への害意もない」
「そのうえこんなに可愛い」というクロの言葉に反応を返す者はいない。
「しかし、いくらなんでも就寝時までお側に置くというのは……」
ヤシュームは懸念するような、腑に落ちないような、複雑な表情を浮かべて言った。
突然現れた得体の知れない存在に対して、こちらのほうが自然な反応だろう。クロがあっさりと何もかも受け入れすぎなのだ。
それにヤシュームのこれは、クロの身を案じているからこそだとわかる。
「ヤシューム。先ほどから長らく俺と話しているが、魔力酔いはどうだ?」
「そういえば……? 不思議とまだ、魔力酔いが起こりませんね」
ヤシュームは己の状態を確かめるかのように胸に手を当てたあと、じとりとした眼差しをクロに向けた。
「まさか、療養期間中だというのに多量の魔力を消費されたのですか?」
「そう早合点するな。ヒナが俺の魔力を吸収してくれているんだ」
「吸収……?」
メガネの奥の濃紺の瞳が、真っ直ぐに私を見据える。
「えっと、肌に触れると魔力を吸収してしまうみたいで……」
こうして話している現在も、クロの手のひらの上で絶賛魔力吸収中である。
「差し支えなければ、私にも触れてみていただいてよろしいですか?」
「はい、構いませんよ」
私が了承の返事をすると、なぜだか背後で残念そうなため息が漏れた。
「やめておいたほうがいいと思うぞ」
「いいえ、この身で確かめさせていただきたく思います。では……」
ヤシュームは緊張感たっぷりに、そろそろと手を差し出す。
そんなに身構えられるとこちらまで緊張してくるのでやめてほしい……。
何も、取って食うわけじゃないのだから。
緊張感が伝染する前に早く済ませてしまおうと、手近な位置に差し出された中指の先端にぺたりと手を触れた。
ドサッ
「…………えっ?」
生い茂る草葉を体内にぎゅうぎゅうと押し込まれるような不快感に私が顔をしかめている間に、ヤシュームが目の前から消えた。
——否。下を見れば、椅子から転げ落ちたヤシュームが倒れていた。
「ヤシュームさん!?」
また剣が飛んできたのだろうか!?
真っ青になって寝室を見渡す私の背を、温かな指先がさする。
「大丈夫、ヤシュームは無事だ」
「でもっ、急に倒れて……!」
「ヤシューム、意識はあるだろう。ヒナが心配するからさっさと起き上がれ」
クロの声に応じるように、ヤシュームがふらふらと身体を起こした。
青白い顔をして、見るからに体調が悪そうだ。
「も、申し訳ありません……。ヒナ様、貴重なお力を見せていただきありがとうございます……」
「いえ、そんな……」
触れた瞬間倒れ込んだヤシューム。
こうなることがわかっていたかのように、動じないクロの反応。
これはまさか……。
「倒れたのって、もしかして魔力吸収のせいですか……?」
「はい。私程度の魔力量ではヒナ様の吸収に耐えきれず、大変失礼いたしました」
「そんな! 私のせいで——」
「ヒナ、これはヤシュームが望んだことだ。何も気にすることはない」
クロの言葉に私を擁護するような気配はなく、本当にそう思って言っているだけだとわかる。
「ええ、ヒナ様にはご協力いただき感謝しております。申し訳ありませんが、私はこれで……」
「ああ。ゆっくり休むといい」
安静を言い渡されても仕事を続けるクロの言葉に、ヤシュームは苦笑しながらよろよろと席を立った。
「……ヤシューム」
「はい?」
扉の前で振り返ったヤシュームへと、クロが右手を向ける。
「マフェクト」
「——! 恐れ入ります……っ」
「有り余っているからな」
不憫なヤシューム……(;ω;`*)
今後は水曜と日曜の週2更新になります。
次回更新は~、水曜日!٩( ᐛ )و




