家は食べ物ではありません
「もしかして私、ちっちゃくなっちゃった——!!?
——なーんてね! 夢でしょ夢!」
大袈裟な一人芝居をカラカラと笑い飛ばす。
突然見知らぬ場所にワープして、そのうえ自分が小さくなっただなんて。
こんな非現実的な状況、夢としか考えようがない。
きっと疲労の蓄積した状態でアルコールを摂ったのがよくなかったのだ。
まさかビール一杯で寝落ちしてしまうとは。
……それにしても、一体どこからが夢だったのだろう。
チェーンの取れた巨大なペンダントトップ——おじいちゃんの遺骨入りカプセル——に視線を落とす。
「夢の中でくらい、遺骨じゃなくておじいちゃん本人が出てきてくれればいいのに……」
寄る辺ない呟きが、空気に溶けて消える。
滲みそうになる涙をぐっと堪えて顔を上げると、カプセルをしっかりと脇に抱え直して改めて周囲を観察した。
明るい空間。
愛らしいぬいぐるみたち。
頭上遥か高くには、浮き彫り細工を施された優美な天井が見える。
うん。これはきっと、『楽しい』夢。
最近は僅かな睡眠時間にも悪夢にうなされるばかりだったので、こうした楽しい雰囲気の夢というのは実に久しぶりだ。
これも会社を辞めた効果だろうか?
「せっかくなら、思いっきり楽しまないとね!」
一人きりの生活でめっきり増えてしまった独り言を唱えつつ、とりあえず手始めにと、目の前のふわふわなお腹にもう一度飛び込んだ。
もふんっ
「んーっ、この子も抱き心地最高ぅぅ!」
手当たり次第抱きついて、ふわっふわの毛並みに埋まりながら思う存分頬擦りをする。
昔から、可愛いものが好きなのだ。夢の中ならば誰の目を気にすることもない。
「……ん? 屋根?」
ふと見上げたぬいぐるみ山脈の隙間に、建物の屋根らしきものが見えた。
どうやらこの空間にはぬいぐるみ以外の物もあるらしい。
もふもふと毛足に撫でられながらぬいぐるみの間を抜けてみれば、そこには立派な洋館があった。
「すごーい……」
大きくて瀟洒な、西洋風の館。
門や庭はなく、いきなりデーンッと建物だけがある。
チョコレートブラウンの外壁のすべすべとした手触りを確認した私は……おもむろに口を開いて、壁に噛りついた。
ガチッ!
「ったーい!」
口を押さえて痛みに悶絶する。
だって……だって、お菓子の家かと思ったのだ!
楽しげな夢の中で、大好きなぬいぐるみに囲まれて、美味しそうなチョコ色の——とくれば、憧れのお菓子の家が出てきてくれてもいいはずじゃないか!
恨みがましく外壁を眺めながら、とぼとぼと歩いて入口を目指す。
立派な両開き扉の前に立ってみると、外観から予想していた通り、それはちょうど私が通れる程度の大きさだった。
もし住人がいるとすれば、きっと私と同じくらいの背丈をしているはずだ。
コンコンコン
「すみませーん! 誰かいませんかー?」
館はしんと静まり返り、中で人の動く気配もない。
恐る恐るドアノブを引いてみれば、なんの抵抗もなくガパッと扉が開いた。
まあ夢の中なのだし、入ったところで不法侵入には問われないだろう。
「お邪魔しまーす……」
広い吹き抜けの玄関ホール。天井に吊るされたシャンデリアには明かりが灯っておらず、窓から入る光りだけが頼りの薄暗い室内。それでも十分、豪華な造りだということはわかる。
正面にある幅広の階段は、踊り場で左右に分かれて二階へと続き、一階にも二階にもたくさんのドアがある。
「誰もいないなら……いいよね?」
ちょっとした冒険に、ドキドキと足を踏み出した。
「うっわぁ!! びっ……くりしたぁー……」
三つ目のドアを開けた瞬間、目の前に『住人』が現れた。
バクバクいう胸を擦って落ち着けながら、改めてしげしげとそれを眺める。
「人、形……だよね? 着ぐるみ……では、ない……か」
二本足で立つ、リスと思しき人形。
身長は私の目線くらいで、ずんぐりとした三頭身に、フリフリのワンピースを着ている。
突ついても揺すっても反応はなく、中に人が入っているわけではなさそうだ。
「やっぱりここって、ドールハウス?」
そこかしこに片鱗はあったのだ。
本棚の本を出してみれば、ページの開けないただの模型であったり。豪華な家具なのに、まるで『ミニチュアを拡大した』かのような独特の大味さがあったりと。
そうとわかれば、ますます好奇心が膨らんでいく。
遠慮なくあちこちのドアを開け、ふむふむと言いながら精巧な小物を手に取ってみたり、猫足のバスタブにすっぽりと収まってみたり、不意打ちで現れる住人に一々心臓を飛び上がらせたり。
二階の廊下から窓を覗けば、『外』の様子がよく見えた。
「おぉー……」
どこまでも続く、広々とした『室内』。
フルーツの乗った巨大なローテーブルに、ぬいぐるみの鎮座する巨大なソファ、天まで届きそうなほど高い本棚。
……まあこの場合、私が小さいだけで、外に見える家具類は普通の人間サイズなのだろう。
目線の高さからするに、このドールハウスは棚か何かの上に置かれているようだ。
たくさんのぬいぐるみやドールハウスがあるくらいだから子供部屋のような空間を想像していたけれど、見渡したそこは意外にも、ワインレッドと木のブラウンを基調とした、大人らしくシックな室内だった。
「——か、ちゃんと例の物も探していただかないと!」
「あー、わかってる、わかってる」
壁の向こうからだろうか、くぐもった男性二人の話し声が聞こえてくる。
この夢に、私以外にも登場人物がいたなんて。
「私にお任せいただければすぐに探し出して——」
「ここは俺以外立ち入り禁止だ。ほら、おまえもさっさと出ていけ」
「はいはい、承知しました」
一人分の足音が遠ざかっていく。
……ガチャッ
大きな物音と同時に、くぐもって聞こえていた声がクリアに響いた。
「はぁぁぁ……」
「っ————!」
叫びそうになった口を咄嗟に両手で塞ぐ。
盛大なため息とともに『部屋』に入ってきたのは、見上げるほどの大男。
よほど耐え難いことでもあったのか、その眉間には何本もの深いシワを刻み、ぐっと口角を引き下げて鬼のような形相をしている。
しかし——短く切り揃えられた黒髪。横分けにされた少し長めの前髪から覗く、鋭いアイスブルーの瞳。すっと通った高い鼻梁に、およそ日本人とは思えない精悍な顔つき。上等そうな服をさらりと着こなす均整の取れた身体といい——普通の表情をしていれば、間違いなくモデル級のイケメンだろう。
もしやこれが、自分が深層心理に思い描いている『理想の男性像』なのだろうか?
夢には自分でも気付いていない願望が投影されるものだと聞く。だとすれば、自分は超ド級の面食いということに……。
痛たたたた。痛い。
夢の中だというのに、現実が胸に刺さって痛い。
そんな目で見ないで! だから彼氏がいたことないのかとか言わないでぇぇぇ!!
次回更新は、また明日!٩( ᐛ )و