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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

そして勇者になった俺は、勇者だった友を追放する

作者: 立草岩央

「悪いな、アルヴィス。オレはもう、お前達のパーティーにはいられない」


魔王を倒した、その日。

誰一人欠けることなく戦い抜いたアルヴィス達は、平和を取り戻した、筈だった。

しかし唯一の勇者・シュランが、告げる。

もう戻る事は出来ないと。


「シュラン、待ってくれ……! 俺は、お前を追放する気なんて……!」

「追放? 何を言っているんだ、アルヴィス? お前が取るべき選択は、それだけじゃない筈だ」

「!?」

「……オレを、殺してくれ」


カラン、と聖剣が投げ捨てられる。

それは勇者だけが扱える神聖な長剣。

命を絶てと言わんばかりに、まるでゴミのように転がり落ちる。

勇者・シュランは本気だった。


「嘘だろう、シュラン……? 何を言っているんだ……!」

「オレはもう、勇者じゃない。魔王を倒した時、オレに流れている魔物の血が呼応した。魔王の力は、倒されても別の魔物に血を通して受け継がれる……これがその証拠だ」


そう言って、シュランは右手を掲げる。

手の甲には今まで皆を救ってきた光、勇者の刻印がある筈だった。

だがそこにあるのは反転した闇。

魔王を倒した瞬間、彼の紋章は魔王のそれに変わったのだ。


「魔王の……刻印……」

「シュラン……お前は、本当に魔王になってしまったのか……?」


後方で崩れ落ちる白髪少女、シロタエと共にアルヴィスは声を震わせる。

確かに勇者・シュランは純正な人間ではなかった。

魔物の血を半分持つ亜人。

人類に仇成す種族の血を持っていた。

それでも彼は勇者として選ばれ、今まで懸命に戦い、魔王を倒したのだ。

だと言うのに倒した瞬間、魔物の血が魔王の刻印を引き寄せた。

そしてシュランから勇者の刻印を失わせたのだ。

更に、それだけではない。


「お前自身が良く分かっている筈だ、アルヴィス。その手の甲にある、勇者の刻印を」

「っ……!」

「オレはもう……勇者じゃないんだ……」


勇者の刻印は消えたのではない。

仲間であるアルヴィスに受け継がれたのだ。

こんな残酷な事があるのか。

今この時を以って、シュランは魔王に、アルヴィスは勇者になった。

互いに相容れぬ存在。

瞬間、シュランの刻印が闇を放ち、その精神を侵食する。

彼は魔王の闇に囚われ、呻き声を上げた。


「シュランッ!」

「は、早くしろ! その聖剣で……! オレが、人であるうちに……!」


アルヴィスは床に落ちた聖剣を見た。

聖剣は勇者の刻印に呼応して力を発揮する。

そして魔王は、聖剣と勇者の力なくしては倒せない。

この場にいる誰もが、それを分かっている。

しかし、剣は取れなかった。


「無理だ……俺には、そんな事……」

「ッ! オ、オオオオオッッッ!!」


目の前の事実を受け止めきれずにいると、シュランが雄叫びを上げる。

獣のような声で、その場から姿を消した。

魔王の本能が逃げる事を強制させたのか。

辺りが静まり返り、敵の気配は消える。

アルヴィスが呆然としていると、シロタエが立ち上がり、駆け寄ってきた。


「アルヴィス、しっかり……!」

「シロタエ、ごめん……。俺には、斬れなかった……」

「良い、良いの……。貴方も、シュランも、何も悪くないから……」


何も、誰も悪くはない。

何故、という思いだけが残された二人の感情を逆撫でする。

持ち手を失った聖剣だけが、僅かに輝いて見えた。







それは数年前の事だった。

当時、放浪者だったシュランは、他人を寄せ付けない雰囲気を放っていた。

偶然彼に出会ったアルヴィスでも、それが察する程の遠ざけ方だった。


「亜人?」

「そうだ。オレの身体には魔物の血が流れている。お前のような純粋な人からすれば、ただの混血。だから、近づかない方が良い」


魔物との亜人など気味が悪いだろう、とシュランは言った。

しかし、アルヴィスは割と平然としていた。

物珍しそうに見るだけで恐怖を覚えた様子はない。

祭壇に飾られていた果物を一つだけ手に取る。


「混血だから何だって言うんだ? 腹が減るのは、皆同じだろう?」

「……」

「行き倒れて上から落ちてきた奴が、カッコつけても仕方ないぜ。それにコレ、生贄用の供物なんだ。オードブルってヤツで、ちなみに俺がメインデッシュ。ただ、こんな状態じゃ祭壇はぶち壊しだし、食ったって問題ないだろう。んで、アンタの名前は?」

「……シュラン」

「シュラン、か。俺はアルヴィス。よろしくな」


アルヴィスは、にっこり笑った。

彼は村の得体の知れない儀式の供物になりかけていた。

シュランが上から落ちてこなければ、そのまま生きたまま切り刻まれていたらしい。

何故そんな状態で笑えるのか。

亜人であるシュランには理解できなかったが、取りあえず彼は助けておく。

理由はただ一つ。

今いるこの村に、魔物が襲い掛かってくるからだ。

程なくして、シュランの予想通りに魔物の群れが押し寄せて来た。


「お前、何でそんなに狙われてるんだ?」

「分からない。この痣が、関係しているみたいだ」

「痣?」

「魔物は個体ごとに全て種類が違う。そして本来は有り得ない、同じ個体が現れた時、異常な敵意を向ける。目の前に人がいたとしても、な。きっと俺の血は、魔物からすればそういう類の、存在してはならない紛い物なんだろうさ」

「それが痣と関係しているのか……? うーん……」


魔物に生殖能力はない。

だからこそ、魔物は人を襲って異なる種を増やしていく。

それこそが恐れられている原因。

亜人であるシュランにその能力はないが、魔物の血が流れる限り、遠ざけられるのは仕方のない事だった。

そして亜人である身から、魔物からも襲われる。

呪いのような体質。

そんな経緯を放しながら、シュランとアルヴィスは村を守るために戦い、全くの無傷で打ち倒した。


「すまない。直ぐにこの村を出発する。迷惑は掛けられない」

「待てよ、シュラン。俺も一緒に行こう」

「は……? アルヴィス、一体何を言っているんだ……?」

「さっきの戦いで、俺もお前の仲間と思われたみたいだしな。此処にいたら村の皆が危険だし、乗り掛かった舟だ。助けられた恩を返すためにも、最後まで乗せて行ってもらうぜ」

「そ、そんな理由でついていく必要なんて……」

「元々、村からは出て行こうと思ってたんだ。俺もお前と同じで、周りから別の意味で怖がられていて、生贄にされかけてたからな。お前が来て、ようやく踏ん切りがついた。それにその痣、少し心当たりがある」


亜人は魔物から襲われる。

それを知った上で、アルヴィスは彼に同行した。

恩を返すと言う意味もあったが、その手にある痣に覚えがあったのだ。

確かにアルヴィスには並外れた戦闘能力があった。

付いていきたいと言うなら、仲間にしない理由はない。

国の中央へと赴き、道中で魔物を撃退しながらも痣の正体を調べ上げる。

そうして暫くして、権威ある学者の下、シュランは勇者の刻印を持っていると証明された。


「シュラン、お前も隅に置けないな! 助け出したあの王女様、お前にベタ惚れだったぞ?」

「どうでも良いさ。オレは自分の出来る事をしただけだ」

「ま、マジかよ……。あんな別嬪、普通だったら即オーケーするレベルなのに……」

「オーケーも何もない。オレは亜人なんだ。皆とは違う」

「俺とお前も違うのか?」

「……そうだ」

「ったく、頑固な奴だなぁ」


国に奉納されていた聖剣を受け継ぎ、あらゆる人々を救う。

勇者となったシュランは一国の王女、アメリア王女にも好意を向けられるようになった。

しかし、彼には亜人という自覚があった。

未だ亜人が勇者である事実を認めない者もいる。

そんな彼をアルヴィスは笑いながら受け入れるだけだった。


「シュラン! この子がシロタエ! 新しい仲間だ!」

「……ども」


そうしてアルヴィスは新たな仲間を一人連れて来た。

同年代位の白髪少女である。

研究者か何かのようで、それらしい白衣も来ている。

ただ微妙に人見知りをしていそうな言動に加えて、目元にクマが出来ていた。

体調が良さそうには見えない。


「顔色悪くないか?」

「徹夜明けらしいぞ」

「何でそんな人を仲間にしているんだ……」

「実力は確かだからさ。俺達二人とも、回復ができないし。後衛がいたら完璧だろう?」


尤もらしいことを言っている。

確かに回復役がいなかったのは事実ではある。

そして彼女も望んで付いて来たらしく、小さく笑った。


「今まで人と魔物の生態は研究してきたけど……勇者や魔王の刻印は手に入らなかったから……。人が魔物に変わる理論……刻印の因果関係……少し、いえ凄く、興味があるの」


どうやらシロタエという少女は、かなり変わった人物らしい。

あらゆる事より研究意欲が勝るのか。

流石のシュランも少しだけ臆する。


「え……何なんだ、こわ……」

「まぁまぁ、そんなに警戒するなよ、シュラン。こう見えて、彼女は結構優しいんだ」

「そう、なのか……まぁ、アルヴィスが、そう言うなら……」

「よし! お前も段々丸くなってきたじゃないか! これでようやく、三人パーティー結成だな!」


そんなこんなで勇者パーティーは結成される。

割と凸凹な面子だった彼らは、互いが互いを補うように協力し合った。

全ては人々を脅かす魔物を討伐するため。

魔物の王である魔王を倒すため。

彼らは迫り来る脅威を全て払い、そして打ち倒した。

平和は訪れ、全てが終わったかに見えていた。







「これが、運命だとでも言うのかよ……」


魔王を倒し、もぬけの殻となった魔王城。

城内にいたアルヴィスは、自身に浮かび上がった勇者の刻印を辛そうに見つめた。

この刻印は自分の意志で払えるものではない。

命ある限り、永久に残り続ける。

魔王は命絶える瞬間、三人に向けてせいぜい苦しめと言い残した。

今の状況を予期していたのだろう。


「シュランの居場所、特定できたよ」

「……!」

「あの山頂。そう遠くには行ってなかった。多分、逃げるつもりがないんだと思う」


魔法陣を発動していたシロタエが、窓から見える火山を指差す。

魔王となった彼は、一旦は退避したが逃げ続けるつもりはない。

襲うためか、或いは倒されるために残り続けている。

深刻そうに彼女は続けた。


「魔王は……周りの人間に対して強い殺戮衝動を持つの。酷くなっていくと、自分の理性すら奪われてしまう。このまま放っておけば、彼は人を襲って、魔物を増やす……」

「そして本当の魔王になる、か」

「魔物を人にする研究……私が、完成できていれば……こんな事には……」


地上に存在する魔物は全て倒した。

今いる魔物は、魔王となったシュランのみ。

そして彼は本能に従って同族を増やしていく。

どれだけ意志が強靭でも関係はない。

浮かび上がった魔王の刻印が、血を伝って意志に介入するのだ。

耐えられないという様子でシロタエは叫ぶ。


「魔王を倒すことが出来るのは、勇者だけ……。お願い、アルヴィス……! 私だって、こんなこと間違ってるって言いたい……! でも、このままじゃ彼も、私達も……今まで築き上げてきたモノが全て……無くなってしまう……!」


アルヴィスも理解していた。

ここでシュランが人々を襲い始めれば、再び魔物の脅威が訪れる。

今まで戦い抜いて来た全てを失う事になるのだ。

しかしそれは、戦友をこの手で滅ぼすという意味でもある。

彼は床に落ちたままの聖剣を見た。

そして問う。


「シロタエ、教えてくれ。魔王の刻印は、血によって受け継がれる、そう言ってたよな?」

「えぇ、そうだけど……」

「そして勇者の刻印も、血によって受け継がれる。そうだよな?」

「うん……。勇者と魔王の刻印は表裏一体……持ち主が力尽きない限り、その力は永久に身体に残り続ける……」


魔王と勇者の刻印は、ほぼ同じ性質を持つ。

所有者が死ねば、その刻印は同じ種族の者に受け継がれる。

どちらから根絶されない限り、戦いは続く。


「ただ、例外もあった。シュランから勇者の刻印が消えた……いや変わったのは、魔物の血が人の血を上回ったからだ」

「アルヴィス……な、何を言っているの……?」


意味が分からず、シロタエは問う。

アルヴィスは頭が良い方ではないが、既に理解していた。

今までの理屈、因果関係を含め。

どうすれば、戦いを終わらせることができるのか。

どうすればシュランを、たった一人の親友を失わずに済むのかを。


「シロタエ、頼みがある」


真剣な面持ちでアルヴィスは言った。







「はぁっ……! はぁッ……! ハァッ……!!」


火山の山頂。

所々にマグマの跡が残っている大地で、シュランは大きく息を吐いていた。

魔王の意志が、刻印を通して彼を苛ませる。

人々を襲えと、殺せと言ってくるのだ。

勇者として戦い抜いて来た彼に待っていたのは、こんな救いのない未来だったのか。


「結局、オレがしてきた事は、自分で自分を終わらせることだったのか……。は、ハハハ……やっと……やっと、オレも人間に……皆のようになれると思っていたのに……」


乾いた笑いだけがこぼれる。

始めは諦めていた。

自分に生きる意味はあるのか、そう思う場面は何度もあった。

そしてアルヴィス達と出会い、皆から認められ、ようやく居場所を得る事が出来たと思っていた。

それなのに、結局はこの有様。

世界はシュランが生き続ける事を許さなかった。


「アルヴィス……シロタエ……」


悲しそうに呟くシュランの前に、一つの気配が飛び出す。

アルヴィスだ。

聖剣を携えた彼が、ゆっくりと目の前に現れた。

昔のような茶化す雰囲気は一切なく、ただそこに居る。

何やら気配が違うが、そんな事は最早彼にはどうでも良かった。

気持ちが昂り、殺意だけが生み出される。


「……来たのか」

「あぁ、シュラン。もう、俺は迷わない」

「下らない……勇者の力を得て、調子に乗ったか……? 元はオレの力だったと言うのに……!」

「……」

「どうして……どうしてなんだッ……!」


シュランの全身から闇の力が生み出される。

絶好の敵。

殺すべき相手。

彼の意志は既に、魔王の刻印に呑まれつつあった。


「もうオレは、オレの中にある殺戮衝動を抑えられない! 今ならアイツの、魔王の考えも分かる! アルヴィス、お前が憎くて堪らない! 例えどんな相手でも! 憎くて憎くて、殺してしまいたくなるッ!!」

「シュラン……」

「聖剣を構えろッ! この戦いで、全てが決まるッ!!」


もう戻れない。

あの日々は、決して取り戻せない。

振り払うようにシュランは、魔王の力を解き放つ。

まるで倒される事を望んでいるように。

だが、対するアルヴィスは聖剣を構えなかった。


「俺は戦わない」

「は……?」

「シュラン、お前を連れ戻しに来た」


一言、そう告げる。

窮地に陥った仲間を助け出すように。

以前と変わらず、手を差し伸べるかのように。

そんなかつての友を見て、思わずシュランは笑い出す。


「く、クックククク……! ハハハハハハッッ!!」

「お前は、皆の所に帰るんだ」

「ふざけるなッ!!」


彼の怒号が周囲に響き渡った。


「戦わないだとッ!? 帰るだとッッ!? お前はそんなに間抜けだったのか!? それとも、オレがこの手で八つ裂きにしないと、理解できないのかッ!?」

「……」

「この刻印は、オレが死なない限り永久に残り続けるッ!! どうする事も出来ないんだよッッ!! それとも、ここで神にでも願っていれば、奇跡が起きるとでも思っているのかッ!? お前の言葉が、今のオレに届くと思っているのかッ!?」


仲間の思いで助かる、そんな事など有り得ない。

全ては刻印に始まり、刻印に終わる。

どちらかが倒れない限り、永遠に戦いは続くのだ。

シュランは闇の力を纏って、アルヴィスに襲い掛かる。

今までの感情、その全てを乗せて。


「もう、遅いんだよッ!! 何もかもッッ!!」

「まだだ! まだ、お前は取り戻せる!」


それでもアルヴィスは聖剣を抜かなかった。

本当にどうしようもない。

どうしようもない程に、彼は親友を思っていた。

勢いのままシュランは、友の身体を斬りつける。

周囲に血の飛沫が小さく舞い散る。

しかし、その瞬間に彼は目を見開いた。


「な、に……?」

「そうだ……全ての憎悪を俺に向けるんだ……。それが、俺達の……」







「アルヴィス……! 私は、私は何てことを……!」


魔王城の城内で、シロタエは涙を流していた。

彼女の足元には、空になった一本の瓶が落ちている。

それは三人にとっての岐路。

アルヴィスが自ら願い出て、彼女自身が飲ませた決別の証。


「許して……どうか……! 神様……!」


理論を突き詰めていた筈の彼女は、ただ神に祈る事しか出来なかった。







反射的にシュランは飛び退く。

アルヴィスから流れ出た血は、欠片も赤くなかった。

人から流れる筈のない、真っ黒な漆黒の液体。

それが何であるのか、シュランは嫌という程に知っていた。


「アルヴィス……! お、お前……まさかッ……!?」

「あぁ……俺はもう、人間じゃ、なく、なった……」


アルヴィスが笑う。

彼の全身の血は、既に魔物のそれとなっていた。

人から魔物への変貌は、周知の事実。

それを研究していたのがシロタエだった。

彼は彼女の生み出した魔物化の液体を飲み、人間ではなくなったのだ。


「何で、だ……何でそんな事をッッ!!」

「必要、だったからだ。勇者の刻印は、人の血によって、受け継がれる。死ぬまで、取り除けない。だったら、勇者の刻印を持つ者の血が、魔物の血になったら、どうなると思う?」


そう言って、アルヴィスは手の甲を掲げる。

そこにあるのは光の紋章、勇者の証の筈だった。

だがシュランの目に映ったのは闇の紋章。

自分と同じ、魔王の刻印だった。


「勇者と魔王の刻印は、表裏一体。魔物の血は、魔王の根源。だから俺の刻印は、魔王の刻印になった」

「そんな……馬鹿な……」

「シュラン、気付いている筈だ。お前の中にある感情は、俺に対する殺戮衝動だけ。人間に対する、殺意じゃなくなった」


シュランはハッとする。

確かに今もアルヴィスへの殺意は消えていない。

だがそれは彼自身のみに向けられたものだ。

今まで感じていた人々への憎悪が、失われていくのを感じる。

何故。

そう思う彼には一つ、心当たりがあった。


「魔物は同一個体を襲う……存在してはならないから……」

「あぁ……お前が証明してくれた理論だ。そうして、魔王は二体現れた。これで俺達が生き続ける限り、人間を襲う必要は無くなる」


魔物は同一個体の存在を許さない。

例え人がいようと、それらを無視して排除しようとする。

全てはこのためだったのか。

このためだけに、アルヴィスは人を捨てたのか。


「だ、だが! 結局、俺達は殺し合うだけだ! 何も、何も変わっていない!」

「いや、もう変わったんだよ。シュラン」


首を振るシュランに、アルヴィスは微笑んだ。

それは最後の別れのように儚く、消え入りそうなものだった。


「俺は、ここから消える。もう二度と、皆の前に姿を現さない」

「な……! な、にを……?」

「俺達が傍にいる限り、互いに殺し合い、最後には魔王本来の役目を果たそうとする。だから、俺達は近くにはいられない。離れるしかないんだ」

「ぁ……」

「そしてシュラン。お前は勇者として、皆の前で称えられるんだ。お前が一番望んでいたことを、お前が手に入れるんだよ」


アルヴィスは聖剣を、シュランに向けて放り投げる。

それはたった一人の親友の、最後の願い。

人々を救うため、仲間を救うために取った選択。

自己犠牲の果ての結末。

シュランは声を震わせた。


「何だよ、それ……」

「……」

「なんでっ、そんなことを勝手に決めるんだ!? オレがいつ、助けてくれって言った!? 手を差し伸べてくれなんて言ったんだ!? オレは死んでも構わなかった! 仕方がないって! もうどうしようもないって、思っていたのに! そう、思うしかなかったのにッ! アルヴィスッ……お前はッ……!」

「……俺はもう、望みを叶えていたんだよ」


優しい声でアルヴィスは言った。


「あの村で贄として捧げられていた俺を、助け出してくれた。一歩外に踏み出す勇気がなかった俺を、お前が支えてくれたんだ。刻印があるからとか、ないからとか、そんなのは関係ない。俺にとって、お前は最高の勇者だった」

「アルヴィス……」

「生きろ。生きるのを諦めるな。そして、俺も生き続ける。刻印を消す方法を探して、またお前の元に会いに行く。だからそれまでは……」


そうして言葉を区切る。

呑み込みかけたソレを吐き出すように、勇者・シュランに告げる。


「シュラン、お前はもう必要ない」

「ま、待ってくれ……オレにとって……キミは掛け替えのない……」

「お前を追放する。人の、皆のいる世界に」


瞬間、アルヴィスは闇の力を行使し、姿を消した。

思わずシュランは駆け寄ったが、もう何処にも気配はなかった。

あるのは彼に対する殺意、後悔の念。

そして投げ捨てられた一振りの聖剣だけだった。


「アルヴィスーーーーーーッ!!」


悲痛なシュランの声だけが、辺りに響いた。







「勇者様だ! 勇者様が帰ってきたぞおおおッ!」


魔王城から帰還したシュランは、手袋で紋章を隠したままだったが、街の皆から祝福された。

全ての戦いを終わらせ、人々に平和をもたらした勇者として。

歓声だけが周りを包み込んだ。

彼はその明るさを、眩しそうに、そして悲しそうな表情で見渡す。

するとそんな元に駆け寄る、ドレス姿の少女がいた。


「シュラン様! よく……よくぞ、ご無事で……!」

「アメリア王女……!?」

「私は、この日をどれだけ待ち侘びたか……!」


以前救い出した事のある、一国の王女・アメリアだった。

彼女はシュランを亜人であると知っていながらも、涙ながらにその手を愛おしく取った。

これが人に愛される事なのか。

必要とされる事なのか。

彼はこの場に居場所があると確かに実感する。

するとアメリア王女は、彼の他に誰もいないと気付いた。


「……? シュラン様、他の御二方は……?」

「それは……」

「もしかすると、この手紙が関係しているのかしら」

「手紙?」

「はい。シュラン様が帰還したら、私から渡してほしいと」


王女は何者かから手紙を受け取っており、シュランはそれを貰い受ける。

封を開けてみると、見覚えのある筆跡が並んでいた。

そして読み続けて理解する。

この広い世界。

同じ空を、同じ太陽を、同じ月を見て、確かに此処で生きているのだと。

彼は今まで耐えてきた涙を、ポロポロと零したのだった。







「で? シロタエ、何で付いて来てるんだ?」

「何でって……私にあそこまでさせておいて、サヨナラなんておかしいじゃない。そんなの、私の気が済まない」

「ったく、あれだけカッコつけたのに……お前もシュランも、何でこう頑固なんだろうなぁ」

「カッコ悪くして、ごめんなさいね」


誰もいない筈の黒い森。

魔王の力で転移した筈のアルヴィスの元に、シロタエは追い付いて来た。

彼を魔物にした責任を感じているのだろう。

止せばいいのに、と仄めかしても彼女が離れる様子はない。

前々から意固地な部分はあったが、どうも勇者パーティーの面子はそういう事が人一倍大きいらしい。

勿論自分自身も、そう思いながら彼は自嘲気味に笑う。

シロタエはぶっきらぼうに視線を逸らした。


「シュランは、大丈夫。アメリア王女に手紙を送っておいた。これから何をすべきか、何をしたら良いのか、きっと分かってくれる」

「本当に、付いて来る気なのか?」

「……悪い?」

「俺の身体はもう、人間じゃない。完全な魔物なんだ。シロタエには、帰る場所がある。戻れる場所だってある筈だ。それなのに……」

「でも、貴方は一人でしょう?」


当然のように、彼女は言う。


「これから先、刻印を消す方法があるとしても、ずっと一人で探し続けるつもり?」

「……」

「そんなのは、無理。先に心が壊れてしまう。だから、私も一緒に行く。それに貴方じゃ、右も左も分からないじゃない」

「……?」

「何……? まだ、私に付いて来るなって言うんじゃ……」

「なんか、目元が赤くないか?」

「べ、別に何だって良いでしょう? 泣いちゃダメだって言うの? 私、そんなに冷たい女に見えた?」


目を擦ってシロタエは答える。

そんな様子を見て、アルヴィスは思った。

かつては自身にも、何もなかった。

強すぎる力を持っていたが故に恐れられ、神への供物に捧げられそうになった。

しかし戦いを通して様々なものを見て、確かな絆を育んだ。

それは目の前のシロタエも同じことだ。

シュランだけではない、彼女も共に戦い続けて来た親友だ。

何の変わりもない、変わりようがない事実。

彼に共に生きようと告げたように、アルヴィスはゆっくりと彼女の手を取った。


「いや。温かいよ、とても」

「……!」

「頼む。俺と一緒に来てくれ、シロタエ」


最後の頼みと思って魔物と化したが、また頼らなければならないらしい。

彼の本心を聞いて、シロタエは微笑む。

先の道はどうなっているかは分からない。

魔王が二体現れた事で、人々への脅威は去ったが、互いの殺意は変わらないままだ。

方法などなく、今あるシュランへの思いも、時が経つにつれて薄れていくかもしれない。

だが、諦めたりはしない。

アルヴィスは立ち上がり、黒い森から微かに零れる陽の光を仰いだ。


「必ず、また会えるさ。だってこの世界は、広いんだからな」







それから数十年が経ち。

勇者ではなく国王となったシュランの前に、消息を絶っていたアルヴィス達が現れたという噂が広まったが、真偽は定かではない。

ただ勇者の伝承として、語り継がれる物語の結末として、まことしやかに囁かれるのだった。







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